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03:腹ペコ男を拾って餌付けする私




 街歩きを兼ねた情報収集をしていると、ぐうっとお腹が鳴った。


「お腹減った」



 そんなわけで、がっつり系の肉が食べたい気分の私は屋台がある場所に戻ってきた。


 午前中に会ったキッズ達は見当たらず、少し残念になりながらお肉の匂いに誘われて、焼き鳥串とつくね棒的なもの数本と果実水を購入して、さてどこで食べようかときょろきょろと動かした、その視線の端に()()()()()が映った。


 とあるもの。


 それは体育座りしている人間だった。


 黒髪の男だ。


「……あのー」


 声をかけると男は顔を上げた。


 あ、目隠れさんだ。多分、若い。


「えっと、どうかしましたか?」

「……」


 目隠れさんは返事もせずに、私の手の果実水と串に刺さった肉を見ている。


 目は隠れているが、『見ている』と断言できる。

 彼は、私をじっと見ている、と。


「……これ、食べます?」


 私が果実水が入った瓶を渡すと、目隠れさんはそれを警戒心なく受け取り一気に飲んだ。

 次に焼き鳥とつくね棒的なものを全部渡すが、それは一瞬でなくなって、『あれ? なくなっちゃったなあ』みたいな風に首を傾げている。

 いや、あなたが食べたんですよ。


「足りますか?」

「……」


 ううん、とでも言うように首を振る目隠れさん。


 そんな素直な目隠れさんに私は吹き出した。可愛い感じの『ぷっ』ではなく『ぶはっ』と。


「分かりました。ちょっと待っててくださいね、買ってくるので……わっ」


 私が立ち上がると目隠れさんも立ち上がり、驚いて声が出た。

 目隠れさんったら想像よりも背が高い。

 一五三センチの私の頭一個分ほど大きいので、一七五センチ前後だろう。

 この国の人間は皆体格が良いから、彼は普通なのかもだけれど。


「えっと? 一緒に行きます?」

「……」


 こくん、と素直に頷く目隠れさん。


 もしかして、話せないのかな? と思ったけど、そのことは確認せずに「じゃあ行きますか」とだけ返した。


 なんだか母の葬式の時の自分のように見えて、放っておけない。

 勝手にシンパシー感じてるのかも知れない。



 目隠れさんは大人しくついてきた。


 まるでブラック・ロシアン・テリアと、グレートデーンを足して二で割ったような人だ。




 焼き鳥がどうしても食べたかった私は先ほど購入したものと同じものを買った。本数も同じだ。果実水は彼の分と合わせ二つ買う。

 焼き鳥串と果実水は目隠れさんに持たせる。

 そして今度は目隠れさん用には、ベーコン串や肉や卵がみちっと詰まったサンドイッチを買った。



「……いただきまーす」


 道の隅で立ちっぱなしで食べることに抵抗感があったけれど、周りにはそんな人達が溢れていたので気にしないことにした。


 買ったものをばくばく食べる目隠れさんは、食べるのが早くてちゃんと噛んでるのかな、と疑問が浮かぶ。

 それだけ空腹だったということだろうけど。


「あの、ゆっくり食べてくださいね?」

「……」

「取りませんってば!」

「……」

「そんなにお腹減ってたんですか?」

「……」


 目隠れさんは私の言葉に頷いたけれど、すぐに食べ終わってしまった。




「めか……お兄さんは、クキュルレプス出身の方ですか?」


 目隠れさんに見下ろされながら、無言で咀嚼に勤しんで、ようやく食べ終わったところで気になってきたことを私は聞いてみる。


「……」


 こくん、と頷く目隠れさん。


「言葉は通じてますよね?」

「……」


 こくん、と頷く目隠れさん。


「……答えにくかったら答えなくてもいいのですが、もしかして話すことができないのでしょうか?」

「……」


 こくん、と頷く目隠れさん。


「話せるようになりたいですか?」

「……………」


 私は数十秒の後に、小さく小さく頷く目隠れさんを確認すると、彼の左手を取りかがませた。


 そして私は目隠れさんの喉に手を当てた──されるがままである。

 ちょっと可愛い。


 会ったばかりの男の人に、なんでこんなことができたのか分からないけれど、嫌悪感だったり危機感はなかった。


「お兄さんは話せるようになります。そして、喉風邪を引かなくなります。喉の病気にもかかりません。これは一生涯、有効です」


 言い終わり、目隠れさんの左手と喉から手を離した私は、三歩後退して目隠れさんに聞いた。


「お兄さんのお名前は?」


 目隠れさんは一歩距離を縮めてから言った。


「──ル、イ……ルイシャルト、です」

「おお〜っ!」


 私の言霊、すごくない? と思っていると、目隠れさんことルイシャルトさんが「すごい」と呟いた。

 そして、自分の喉を押さえてから「あー」だの「うー」だのと言って、声が出るのを確かめてた。


 それから、隠れている目で私を見て言った。


「あなたは魔法使いなのですか?」と。


 私は首を傾げる。


「どうなんでしょう? 私にもよく分からないです」

「『よく分からない』?」


 ルイシャルトさんの声には、困惑の色が混じっている。

 そして私は急に心配になってきた。


「……あ、あの! 私って、ルイシャルトさんの恩人ですよね!?」


 言った瞬間、言い方を間違えた! と思った。


「え? あ、はい」


 ああ、彼は困惑げだ。


「ええっと、なので、私のことは内密にお願いできますか?」

 私は顔が熱くなるのを感じながら、早口で言った。


「ああ、なんだ。そんなことですか。もちろん誰にも言いません」

「ありがとうございます!」


 私が感謝の言葉を言うと、彼は首を振った。


「それは僕の台詞です。今すぐには難しいですが、お礼は絶対にさせてください。今何か困っていることがあれば、お手伝いできる範囲でさせてほしいです。こんな怪しい男に言われても信じられないでしょうが……絶対に恩は返します。なので、どうか、」


 信じてもらえませんか。


 そう締められた言葉に、私は頷いた。


 我ながらチョロい。



「はい、信じます」



 ──これが、私とルイシャルトとの出逢いである。





 ◇◇◇





 そんなこんな、かくかくしかじかで、私は翌日には彼を案内役にクヴィワルトを出て、彼の故郷クキュルレプスに向かう……ことはせず、ジラドランという名の国に行くことになった。


 ジラドランは夏季が短い国で、多民族が多い国らしく、黒髪でも目立たないと聞いたらもう行くしかない。


 私は暑い夏が大嫌いだし、目立つのも大嫌いなので、即決である。





「へえ。なんかグリム童話に出てきそうな継母だねー」


 辻馬車での移動中に話を聞けば、彼はなかなかの苦労人だった。

 というかシンデレラの男版みたいな人生を歩んでいる人だった。


 ん? そうなると私の立ち位置はビビディ・バビディ・ブーを唱えるマダムか?

 ……どうせなら魔法少女がいい。


「童話?」

「ああ、『シンデレラ』っていう物語だよ」

「へえ? どんな話なの?」

「継母とその連れ子である姉達に日々虐められてる可哀想な女の子のお話でね……」


 シンデレラのあらすじを簡単に説明すると、ルイシャルトは「あははっ!」と笑った。

 いや、笑えるとかメンタル鬼強いな?


 母親が亡くなってすぐにやってきた継母の連れ子の意地悪な継兄に毒を盛られて声を失くしたルイシャルトは、クヴィワルトに捨てられたそうだ。


 が、金もなく声もなくツテもない、ないない尽くしの彼は、文字通り途方に暮れた。


 そんな時、しょんぼりしながら体育座りをしている彼に声をかけたのが、ビビディ・バビディ・ブーを唱えない魔法少女の私である。


「ルイの境遇に比べたら私なんて恵まれているほうだねー」

「いや、()()()()だって同じようなものでしょ?」


 さて、シャーヤこと、十朱(とあけ) 桜文(さあや)とは私のことである。


 しかし、この国の人は『桜文』が上手く発音できずに『シャーヤ』になるらしく、例に漏れずルイシャルトも私をそう呼ぶ。


「そんなことないよ。期間はルイのほうが長いし、毒飲まされたりとか……私は大怪我とかはしてないし、毒も盛られてないもん……頑張ったんだね、ルイ」

「シャーヤもね」

「うん。……でもさ、嫌なことが先に来ちゃったから、きっと私達のこれからは良いことばっかりだよ!」

「ははっ、そうだね。……そうだといいな」

「そうだよ、そうに決まってる」



 話をしている内にルイシャルトと私は同い年であることが判明し(すごく驚かれた)、互いに敬語をやめた。

 しかし、一緒にいると兄妹に見られるのが解せない。春生まれの私のほうが秋生まれの彼よりもお姉さんだというのに。


 いや、まじで解せない。この世界では十八歳って成人なのに。


「でもさ、本当にクヴィワルトから離れていいの? シャーヤは……」


 声のボリュームを落としたルイシャルトは続けて言う。


「聖女だ」


 だけど、私は顔を顰めて即答する。


「違う!」と。


 それでもルイシャルトは引かなかった。


「クヴィワルトにいれば聖女として称えられて崇められて、何不自由なく過ごせる、いや、それどころか贅沢して暮らせる。綺麗なドレスだって着ることができるし、自分で何もかもをしなくていい生活だってできる」


 しかし、私も引かない。

 それこそが、嫌なのだ。


「私は称えられたくも崇められたくもない。過度な贅沢だって、肩書きがなくなれば、ひっくり返るような立場だって要らない。私は、身の丈に合った生活をして生きたい。綺麗なドレスなんかいらない。着たいと思ったら自分で買う。それに私は、自分のことは自分でできるよ」

「シャーヤ、」

「最後まで聞いて!」

「……分かった」


 私は、一語一語、ルイシャルトに勘違いなんて起こさせない! という決意を持って話す。


「そもそも私は傅かれたいなんて思ってないの。……それに、ネット小説でよく見る『○○になんてなりたくない』って言っておいて、最終的にそれになっちゃうような口だけで平凡を望みます系の主人公と違って、私は本当の本当に! 心から! 平凡で普通を望んでるの!」


 私の力説にルイシャルトは、目を瞬かせた。


 そして、


「ねっと小説? ……というのは、よく分からないけど……まあ、うん。シャーヤの想いは、分かったよ」

 と言って、安心した顔で微笑んだ。



「分かればよろしい!」



 こうして私はルイシャルトと共にクヴィワルトを出たのである。




 ◇◇◇




 トラブルらしいトラブルもなく、ジラドランにはクヴィワルトを出発してからちょうど二ヶ月目に到着した。


 トントン進み過ぎて怖い……っ!

 などと思うはずもない私は図太い女だ。


 むしろルイシャルトのほうが怖がっていた節がある。


「こんな順調に事が進むなんて裏がありそうだ……」

「あははっ。そんなわけないじゃん。裏なんてないよー。心配性だね、ルイは」

「……シャーヤはもう少し気にしたほうがいいよ」




 ルイシャルトとはジラドランに着いたからサヨナラなんてことはなかった──現在、ルイシャルトと私は同じアパートメント……のお隣さん同士という仲である。


 無一文のルイシャルトの家賃を貸したこともあり(+自分の家賃)、この時点でジャラジャラ袋の中身は金貨十枚を切っていたので、これはいかん! となった私達は仕事を探すことにした。


 結果、ルイシャルトの仕事はすぐに見つかった。街で一番大きな商会の会計だ。

 即戦力としてすぐ働ける十八歳なんて日本では考えられないので、ルイシャルトはすごい。


 だがしかし……私の仕事はなかなか決まらなかった。


 これは私の見た目がネックとなった。


 この国では十五歳以下の子供はお小遣い程度しか稼ぐことができないらしく……異世界(ここ)で子供に見える私には、まともなお給金が貰える仕事がないのだ。


 そのせいで気を遣ったであろうルイシャルトから「シャーヤ一人くらいなら養える」と真面目な顔で言われ、今暮らしているアパートメントの一ヶ月の契約期間が過ぎたら一緒に暮らそうとごくごく自然な感じで言われた。

 が。当然、断った。

 だって、いくら見た目が十三歳だろうが、私は正真正銘十八歳。やりたい盛りの十代男子と同居なんて危険な橋は渡れない。……それに母とクズのこともある。

 そう簡単には信じられない。


 いや、彼のことは信じているし、私が、自意識過剰だなだけだとも理解している。事実としてそうなのだろう、とも。


 それでも私は最終的に一人暮らしの快適さを選んだ。

 なんせ憧れの一人暮らし。


 自分だけの小さなお城(へや)に私は大満足なのである。

 


 そんなわけで無職な私は今日も街を歩きながら、ジャラジャラ袋が空になるまでの猶予期間の中、仕事探しに勤しむのである。



 ちなみに、現時点でもまだステータス的なものは私の目の前にオープンしていない。


 なんでだっ!?

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