02:テンションがイカれてる異世界二日目の私
おはよう、太陽さん。おはよう、小鳥さん。
と、どこぞの眠れる姫のようなことを思ってみたりなんてしない異世界生活二日目の私は、喉の乾きを覚えて目を覚ました。
……いや、待て。これは乾きだけのせいではない。
喉が乾いているのに加えイガイガする。これは風邪の引き始めに違いない。
私は風邪を引くと完治までに時間がかかるタイプだ。
熱自体は下がっても喉がやられて痛みと咳が治りにくい。
「やだー、風邪引きたくないー、治ってよー」
カスカスな声で言った瞬間、喉の痛みが消えた。
「嘘ぉ…………あっ! ステータスさん、オープンなさって?」
猫撫声で、そしてお嬢様言葉で頼んでみる。
………。
……。
しかし、私のステータス的なものは……(以下略)。
私はふわもちフローラルなベッドで足をばたばたさせて「うーっ!!」と呻く。
なぜ! 私のステータス的なものはオープンしてくれないのか!
異世界召喚されたのに!
しかし、落ち込んでいても仕方がない。
お腹も減ったことだし、腹ごしらえをしよう──気持ちの切り替えが早いところが私の長所である。
顔を洗い、鏡の前で髪を手櫛でさっと整えて着替えてから部屋を出て階下へ向かう。
朝食は一階の食事スペースで出されるらしい。
一階の食事スペースに着いて部屋の鍵を見せると、トレーに載った朝食が用意された。
葉野菜とベーコンが浮いている透明なスープと、固めのパンというシンプルなメニューで、朝は食べない派の私には丁度良かった。
というより、眞坂家では私の朝食が出ないので慣れただけなのだけれど。
「いただきまぁす!」
昨晩夕飯を食べていなかったこともあり、朝食がとても美味しく感じられた。
温かいものがお腹に入り、ふっと肩の力が抜ける。
知らない内に力が入っていたようだ。
空腹がなくなると、元気になるのだから私は単純である。
もしかしたら、元気じゃなかったからステータス的なものがオープンしなかったのかも知れない? と思い、ぽそりと「ステータスオープン」と言ってみた。
「…………」
が、今回も私のステータス的なものはオープンしない。ガッデム!!
朝食を食べ終え、三階に戻った私は、自分の『〇〇してよー』がどこまで叶うのか知りたくて確かめることにした。
制服、スクールバッグとその中身、ローファー。昨日買ったもの──元チュニックのワンピースが一着、生成りのシャツとくたっとしたスカートを一枚ずつ、寝巻きを一着、下着四セットに靴下が四足。ブーツ、カバン、小さいポシェットをベッドの上に広げ、「うーん?」と考える。
大荷物である。
私はこの国に長居する気は一ミリもない。
なんせ、愛子が聖女の国なのだ。そんな国にいたくない。だから私がこの国を出るのは決定事項である。
何が何でもこの国を出る! 絶対にだ!
一夜経ち、私はこれを結論付けた。
しかし、この国を出るにはこの荷物を持って旅をしなければならない。
いや、無理でしょ。これは嵩張る。
「ええっと、異世界あるあるの何でも無制限に収納できる便利なバッグになってほしいです。あ、生きているものは収納できなくて大丈夫です。それと、私以外使用できないようだと嬉しいです。盗難防止で私以外が持つと三〇〇キロくらいの重さになってください。……なれそうですか?」
私は敬語で昨日買ったカバンを撫でながらお願いしてみた。
そして、制服を入れてみた。
瞬間、カバンの中から制服が消えた。
「……だめ」
私は焦った。とても焦った。
「待って待って! 制服! 制服戻ってー! 返してーっ!」
叫ぶと、手に制服が戻ってきた。
良い思い出が少ない高校生活だったけれど、この制服は母の残してくれたお金で買ったものだ。絶対に失いたくない。
同時に、母の遺産を眞坂夫婦に全部捕られた時のことを思い出してしまい、悔しい気持ちで胸の中が真っ黒に染まって苦しくなる。
「…………よかったぁ」
ばくばく煩い胸を押さえて、制服を抱き締めてから深呼吸する。
そして、大丈夫と呟いて、今度は一番値段の安かったシャツをカバンに入れる。
──シャツは制服を入れた時のように消えた。
そして、カバンをひっくり返しても出てこないのを確認してから『シャツを出したい』と心の中で強く念じてみた。
しかし、シャツはカバンから出てこない。
「……ん? 出ない? なんでぇ? 生成りのシャツさーん? 出てきてくださー、わっ! 出た!」
どうやら声に出して言わないとだめらしい。
私は手の中にあるシャツを確認してから、それを再度カバンに入れて、他のものも順番に入れる。
そして最後に制服をしまってから、「制服」と言って取り出し、また制服を入れ、「制服」と言って取り出すのを三回繰り返し、私はようやく制服を取り出すのをやめた。
「便利ー! よし! ステータスオープン!」
感想と共に何度目かの言葉を叫ぶ。
「……」
が、私の目の前に半透明の長方形は浮かんでいない。
ふと思いつき、「いでよ! ステータス!」と言ってもみたが、これもだめだった。
「も〜〜〜!」
こうなったらもう、絶対にステータス的なものをオープンさせてやりたい私である。
心の中で、諦めないぞ! えいえいおー! とした私は、情報収集の為に街に出かけることにした。
国を出るにも、治安と気候の良い国に行きたい。
そしてご飯が美味しいところも条件に外せない。
そんでもって出来る限り早くこの国からトンズラしたい。
◇◇◇
日本よりかは近代化していないけれど、街には活気があった。
履き心地良くなってくれます? と、願った登山用並みにゴツいブーツは最高な履き心地で羽毛のように軽い。もちろん新品にしたのでぴかぴかだ。
収納マジックポシェットとの組み合わせもなかなか様になってる。
そんな甘辛コーデな私は宿屋を出て適当にぶらつき、はてさて、どこに行こうかと考えている内に油と甘い香りに誘われ、自然と香りの発信源の屋台に向いていた。
揚げドーナツだろうか?
親指と人差し指をくっ付けたくらいの大きさの直径三センチほどのそれは、こんがり綺麗なきつね色でとても美味しそうだ。
屋台の前には子供達がわらわらと集まっていて、屋台のおじさんに「買わないならあっち行け」と怒られている。
「おじさん、これで買えるだけくださいな」
「あいよ! まいどありぃ!」
屋台のおじさんに銀貨一枚を渡すと、揚げドーナツが四十個入った紙袋が二つ渡された。
思っていたよりもかなり多いし、ずっしり重い。
「ねえ、一緒に食べない?」
いいなあ、と見ている子供達に、『あれ? 私、誘拐犯みたいじゃない?』と思いながらも言うと、子供達は「やったー!」「わーい!」と満面の笑顔でついてきた。
怪しまれても困るのだが、「危機感、大丈夫そ?」と聞いた私の気持ちも分かってほしい。
なぜならば、異世界と言えば人攫いである(偏見)。
「私が言うのもなんだけど、知らない大人について行くのはだめだよ? 怖い人かも知れないからね?」
私は真面目なトーンで、揚げドーナツが入った紙袋を覗き込む子供達に注意をした。
すると、一番年長のガキ大将っぽい男の子が「は?」と顔を上げて言った。
「オイラ達、知らねえ大人になんかついて行かんし」
「? 揚げドーナツにつられてついてきてるじゃない」
「何言ってんの??」
「いや、何って……お姉さん、知らない大人でしょ?」
「ねーちゃん、大人じゃねえじゃん。子供じゃん」
「なっ、なぬぅ!?」
私はガキ大将的男児にこんこんと説いた。
私が十八歳のお姉さんであることを。
『ねーちゃん』ではなく、『お姉さん』と呼びなさい、とも言った。『お姉様』でも可。
だが、彼らは、むっしゃむっしゃと揚げドーナツを食べながら「ねーちゃん」と呼びやがる。
生意気なクソガキ共め。……健やかに育てよ!
「お姉ちゃんはクキュルレプス人なの?」
揚げドーナツを食べている子供達の中で一番大人しい女の子が私に聞いてきた。
「くきゅぷ? ……もう一回言ってくれる?」
「クキュルレプス!」
「くきゅるれぷす?」
私は女の子の口の横に付いている砂糖を指で拭いながら首を傾げる。
「違うの? 髪と目が黒いからクキュルレプス人かと思ったんだけど」
「……あー、うん、くきゅるれぷす人、かな? どうかな。ええっと、あなたは?」
私は下手くそな誤魔化しをして、話題を変える為に質問を投げた。
「クヴィワルト人だよ。ここにいる子達、皆クヴィワルト生まれクヴィワルト育ち!」
クヴィワルト生まれクヴィワルト育ちということは、この国の名が『クヴィワルト』ということだろう。
そして黒髪黒目の人間のいる国『クキュルレプス』があるらしいことも分かった。
確かにここ──クヴィワルトは、金髪やら明るい茶色の髪と淡い色の瞳を持つ人間が多い。
制服を着ている時よりは視線が少なくなったけれど、やたらと通り過ぎる人と目が合うなあと思っていたけれど、黒髪黒目が珍しいことが原因なのかも知れない。
つまり、クヴィワルトにいたら目立ってしまうということか……。
「──じゃあ、私はクキュルレプスへ向かえば生きやすいのかな?」
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「……ううん。何でもない。あ、ほら、クソガキ共に負けないでドーナツ食べな。遠慮なんかしないで欲張って」
「はーい!」
私は揚げドーナツを頬張りながら、今後のことをぼんやりと決めた。
元気なキッズ達と別れた私は、クキュルレプスに行く為に今度は大人と話すことにした。
一番最初に目に入った文具屋に入り、銀貨三枚と銅貨五枚でノートとペンを買う。
日本のものより質が良くないので、憧れ文具に変身してもらおう。
「アルマンのノートとペリカンのボールペンになーれー」
それから文具屋の髭の似合うオジサマに地図を売っているところを聞き、クキュルレプスに行く為の手順を聞く。
髭の似合うオジサマは嫌な顔をすることなく、地図が無料で貰えて且つクキュルレプスに行く方法を教えてくれるギルドを紹介してくれた。
オジサマにお礼を言って店を出て、異世界といえばなお約束のギルドに着くと、受付けの色っぽいお姉さんが「こんにちはぁ」と子供に言うような口調で挨拶された。
が、もういい。はいはい、もう子供でいいよーと諦めの気持ちだ。
いいもんね、いいもんね! あと十五年もしたら若見えのお姉様だもんね! ふんっだ! の気持ちでもある。
ここだけの話、私は某ドラマ主演アラサー女優M様に憧れている。
将来はM様のような強強で美人で、キャリアがバリバリ風なウーマンになりたいと思っている。
……とまあ、私の明るい未来の話は今は置いておこう。
「クキュルレプスへ行きたいので、行き方を教えていただきたいです。それと、地図が貰えると聞いたのですが、一部いただけますでしょうか?」
「わ〜! お嬢ちゃん、しっかりしてるねぇ。お父さんかお母さんのお使いかな?」
無言でにこり(必殺事なかれスマイル)としながら、受け付けのお姉さんから地図を受け取り、クキュルレプスへの行き方を先ほど買ったノートにメモしたのだが……。
「ん? ……あれ?」
──アルマンのノートとペリカンのボールペンになっていない?
「……アルマンのノートとペリカンのボールペンになりなよ」
……。
が、何度頼んでもそれは安価なノートとペンのまま姿を変えることはなかった。
「えー……なんで?」
仕方がないので、一番上等なノートとペンになっては貰ったけれど、日本のものよりは大分質が劣る。
分からないまま他にも色々質問をして諸々の対応もメモした後、受け付けのお姉さんに手を振られながらギルドを出た。
ここまでは(ノートとペン以外)、怖いくらい順調だ。
異世界だというのに、治安が良いのも驚きである。
「トントン拍子に進むなー。これからもこうだといいなー」
私はふんふん鼻歌交じりで、街探索に向かうのであった。