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01:ド畜生女と異世界トリップしちゃった私




「その子には、嘘吐きと盗人の血が流れてます。ですから、聖女はあたしです。その子じゃありません!」


 指を差されて腹が立った私の口から「あ?」と低い声が漏れた。


 その私の声に、「きゃっ」と言って体を震わせる彼女は、さぞやか弱く見えるだろう。

 なんせ彼女の十八番(おはこ)だ、初対面の人間は九分九厘騙される。


 はいはい、可哀想、可哀想。よかったねー、おめでとー。




 突然だが、ここで一つ昔話を語らせていただこう。

 ──昔々あるところに、婚約者のいる男がおりました。その男は婚約者がいたのにもかかわらず、婚約者の従妹ととっても『仲良し』になりました。その結果、婚約者と婚約者の従妹は同時期に身籠りました。女を二人同時に身籠らせた男は十年もの時を共に過ごしていた婚約者ではなく、婚約者の従妹を選びました。『さしすせそ』を駆使する婚約者の従妹は、そういった経緯から男の名字を名乗る権利を勝ち取ったのです。そして男は婚約者とその腹の中の子を捨て、()婚約者の従妹と夫婦になりましたとさ。めでたしめでたし、完。


 この胸糞悪い物語の登場人物である、()婚約者こと敗者の女こそが私の母である。

 もう一度言おう。敗者である。勝者ではない。

 そして、私の目の前で顔面偏差値が天元突破したキラキラメンズを上目遣いで見上げる女こそが『勝者の娘』、眞坂(まさか) 愛子(あいこ)である。

 さすが嘘吐きと盗人の娘ですね、と()()したいところだが、誠に遺憾ながら私も嘘吐き男の血を引き継ぐ娘なので、それは言えない。


 さて、女手一つで私を育ててくれた私の母は、ある日突然、過労で倒れてそのまま帰らぬ人となった。

 それからすったもんだの大騒動の後、私は眞坂家に引き取られることが決まり、眞坂夫人からは昼ドラも吃驚で真っ青ないびりをされ、その娘である愛子には転校先の高校で悪い噂を流され孤立させられた。

 眞坂家の家長である男は、そんな妻子の悪行に気付きながらも助けることはせず、それどころか私に残されている母の遺産をちょろまかした正真正銘のゴミクズ野郎だ。


 そんな地獄と書いて眞坂家と読む家なんて出ていきたかったが、未成年で寄る辺ない私の選択肢は『高校を卒業し地獄から這い出る』一択だった。

 なので、逃げれば良かったのに、などとは思わないでほしい。


 だから、寮付きの就職先が決まった際は本当に嬉しかった──あと三週間我慢すれば、地獄から這い出ることができる、と。

 そんな矢先、私は床に浮かび上がった紋様と文字のようなもので構成された光る環状の図形の中に吸い込まれた。

 愛子と一緒に。


 おえっ!



 何種類もの絵の具を混ぜたような異様な色の景色が目の前に広がり、気分が悪くなったところで、それはぴたりと止まった。

 酷い乗り物酔いのような感覚が抜けていくと、「おお、成功だ!」という芝居がかった大仰な口調の声が頭上から振ってきた。


 顔を上げると、某ファンタジー映画に出てくるような白髪白髭の魔法使いみたいな老人がいた。

 目をしぱしぱさせた私が、成功って何ぞ? てか、ここ何処? と疑問に思っていると、金髪蒼眼の男が跪き言う。


「ようこそ、聖女様」と。


 そして、振り返り、某ファンタジー映画に出てくるような白髪白髭の魔法使いみたいな老人に問うた。



「で、どちらが、聖女様だ?」



 ◇◇◇



 私は、海外の美形コスプレイヤーさんのような格好をした集団に猜疑の視線を向けられながら、小さく息を吐く。

 どうやら目の前のコスプレイヤー様方は、愛子の言った冒頭の言葉を信じているようだ。

 まあ、愛子の言葉は、半分は当たっているので否定できないが……。

 しっかし、腹の立つ女である!

 母を侮辱する愛子のことを今後、ド畜生女と呼んでやりたいくらい腹立たしい。


 盗人は手前(てめえ)の母親だるぅおうがっ(巻き舌)!!!!


 ムカムカする気持ちが抑えられずに、眉間にぐしゃっと皺が寄る。



 某ファンタジー映画に出てくるような白髪白髭の魔法使いみたいな老人曰く、国宝の(ぎょく)──魔力の貯まる水晶的なもの?(もごもご喋っててよく聞こえなかった)が瘴気によりヒビが入っているとかで、そのヒビを直す為にそれができる聖女を呼び寄せたそうだ。


 が、私の感想としては『知ったこっちゃない』だ。


 しかも聖女が愛子?

 女の嫌なところを集めてドロッと煮詰めたような愛子が聖女?


 しかし、文句はあれど、私は聖女なんてなりたくない。

 というか、なりたくない以前に『なれるわけない』だと思う。

 だって、私が聖女なんて笑っちゃう。


 私は、はーーーっと態とらしい息を吐き、立ち上がり着ていた制服の埃を(はた)く。


 そういえば帰宅した玄関先で、たまたま愛子にあった瞬間での召喚だったので、私の恰好は善良で真面目な高校生だ。

 ちなみに愛子は『大好きな友達親子のママ♡』に買ってもらった某ブランドの真っ白なワンピースを着ている。

 可愛い顔に分類される女なので、彼女の恰好は似合っているのだろう。が、私には底意地の悪い嫌な顔にしか見えない。

 だがそれを口にすれば『ブスが僻んでる』なんて言われるに決まってる。

 僻んでねーっつうの!!! と叫びたい私である。


「……彼女の言う通りです」


 私は、瞼をぴくぴくさせながら笑って言う。


 自分で言うのもなんだが、百点満点の笑顔だと思う。

 そして、高校三年間で培った私の『スマイルゼロ円』を舐めんなよ、という気持ちで言ってやった。


「なので、私のことは元の世界に帰してください」と。


 しかし、返ってきたのは「それはできない」である。

 それも、少しも申し訳なく思っていない声色と表情で。なんなら、蔑みが混じったそれで。


 ソレハデキナイ???


 私はただ、頭に疑問符を浮かべることしかできなかった。


 私に語彙力があればそれはもう罵ってやるというのに、悪口のレパートリーが少ないことが大変に嘆かわしい。

 育ちが良いせいだろう、こんな時咄嗟に罵る言葉が出ないので悔しいったらない。

 そういえば、日本語の罵り言葉は海外の人に引かれるほど『やべえ』らしい。

 そんなことをつらつら考えていると、目の前にジャラッという音と共に両手に乗るほどの袋が投げられた。

 おそらく中身はお金だろう。


「出て行け」という言葉と一緒に。


 私はそのジャラジャラ袋を無言で拾った。


 プライドなんか腹の足しにもならないので、くれるというなら有り難く貰うまでだ。

 返せと言われたって絶対に返さない。


 顔を上げた際、愛子の『あたしの勝ちよ!』みたいな顔が視界に入ったが、見慣れた顔なので腹は立たない。

 ただ、内面が存分に表われたぶっさいくな面していやがるなーという感想だ。


 スクールバッグにジャラジャラ袋を入れた私は早々に謁見の間とやらから、ガッシャガッシャと煩い鉄の鎧を着た背の高いお兄さんに連れ出され、王城の裏門に案内される。


 売られる子牛の気持ちってこんなかなあ……。


 ドナドナドーナードーナーと頭の中でBGMを流していたけれど、人の目がなくなると鎧のお兄さんの歩行スピードは私に合わせられた。

 おや? と首を傾げると、優しい声色の「こっちだよ」が私の耳に届いた。


 なんというか、鎧のお兄さんはとても親切な人で、王都の街の地図をくれたり、その地図にお勧めのお店の印を付けてくれた。


「文字が読めたらいいんですけど……」


 呟きながら地図を受け取ると、なんと読めた。やったね!

 さきほどちらりと見た時は読めなかったと思ったのが、勘違いだろうか? と疑問に思ったけれど、鎧のお兄さんの申し訳なさそう且つ親切な説明で、そんな小さな疑問はすぐに消えた。


 最初に服屋に行って、それから飯屋に行くことを決めた私が鎧のお兄さんにぺこりと頭を下げると、その頭を撫でられた。

 なんでも私と同じ年頃のご病気の妹さんがいるらしい。

 が、年齢を聞くと妹さんは十三歳で、五つは上だろうなと思っていたお兄さんは私の一個上の十九歳だった。


 いやいや〜、十三歳はないって〜〜!


 こちとら花の高校三年生。しかも四月からは社会人予定だったのだ。

 酒も煙草も嗜めないが選挙権がある、れっきとした大人である。


 さすがに冗談ですよねー? と私が笑いとばすと、気不味そうに目を逸らされた。

 その態度にムッとした私だが、彼は召喚後に会った人間の中で一番優しい人間なので、『ムッ』を引っ込めて「妹さんのご病気がよくなりますように」と、言ってまた頭を下げた。

 今度は頭を撫でられなかった。

 ……寂しいなんて思ってないんだからねっ、ちょっとしか!


 気を付けて、と心配そうに言う鎧のお兄さんに見送られ、彼が見えなくなったところで、私は「ステータスオープン!!」と叫んでみた。


 なんてったって異世界だもの!


「…………あるぇ?」


 しかし、残念なことに私のステータス的なものはオープンしなかった。


「ははっ、だよねえ。恥ずかし。うう、はず……恥ずかしい……ネット小説、読み過ぎぃ……」


 私は熱くなった顔を両手で扇ぎながら足早に街を目指す。


 いやあ、ほんと恥ずかしいね、まったく……と思いながらも、期待を捨てられない私は三度ほど言い方のバリエーションを変えて「ステータスオープン!」を言ってみた。


「……」


 が、やはり、言い方のバリエーションを変えたところで私のステータス的なものはオープンしなかった。




 そんなこんなで私は街に到着した。


 狭くごちゃごちゃした雰囲気の入り口は原宿の竹下通りの雰囲気を彷彿とさせられ、猛烈にクッキーとポップコーンと古き良きなクレープが食べたくなったけれど、おそらくこの街にはないだろう。いや、絶対ない。

 そも、食い意地を発揮させている場合ではない。

 私の制服姿は目立つ。さっきからじろじろと見られている。日本ではこんな視線を向けられることがなかったので、辛い。


 私はさっさと鎧のお兄さんから貰った地図に印をつけてもらった服屋に入った。


 しかし、会計時でちょっとしたハプニングが起こった──ジャラジャラ袋の中身が金貨で驚かれたのである。

 私もその反応に驚いて、誤魔化すのが大変だった。


 それから、一着買うだけではお釣りが凄いことになることが分かり、服の他にも下着やらブーツやらカバンやらを購入し、人の良さそうな店主さんに宿屋を紹介してもらってから店を出た。


 すっかり疲れてしまった私は教えてもらった宿屋の扉を開き、二泊したいと伝えると、宿代は銀貨十二枚だった。

 安いか高いかが分からないが、朝食付きと聞いて即決する。


 案内された部屋は最上階の三階だった。

 一番良い部屋で一番値の張るそうだ。

 最安値の部屋ならば十泊できると言われたが、私は虫が苦手だ。とても苦手だ。

 一番安い部屋は一階らしく、調理室に近いと聞いてしまってはお断りである。だって絶対Gが出る。



 窓を開けると、そよそよと優しい風に頬を撫でられた。


 空の色は上方に向かって赤、黄、橙、薄紫へ染まり、綺麗なグラデーションで、風に乗って夕餉の香りが漂ってくる。

 私は鼻歌交じりで窓から街を見下ろした。ナントカ交響曲のナンチャラという、下校時間に流れる有名なクラシック曲だ。


「あーあ」


 なんというかまあ、夕焼けはだめだ。とてもだめだ。


 ……何がだめって、感傷的(センチ)になってしまう。


 こういう時は『セルフ励まし』に限る。私は、「大丈夫、なんてことない」と自分に向かって言い聞かせてから窓を閉めて、備え付けの机の上にジャラジャラ袋の中身を出した──金貨が十九枚に、銀貨が十枚、銅貨が十三枚。

 金貨二十枚貰っておいて、即行でこの減り具合では少々不安な気持ちになる。


「はあ、これからどうしよう……」


 うーん、うーん、と悩んでも答えが出ないのは私が疲れているからだ。

 加えてとても眠い。


「あーもうっ、埃っぽい! 汗でベタベタする! さっぱりしたいー! 髪洗いたいー!」


 と言いながら買ってきた寝巻きに着替えようと、今着ている服を脱ぐと急にさっぱりした。


 もう一度言おう。急に、さっぱりしたのだ。

 そう。風呂上がりのような清涼感を感じるのである。髪もサラサラだ。


「んんん???」


 私は疑問に思いながらも寝巻きを頭から被り、先ほどまで着ていた服を持ち、「可愛いワンピースになーれー……なんちゃって」と呟く。


 途端、色褪せた薄緑色のチュニックは、鮮やかな緑色をした型崩れをしていないレトロ可愛いワンピースになった。


「おおっ……! ステータス! オープン!」


 ……。


 ……。


 やはり、私のステータス的なものは……(以下略)。


 私は「くっ!!」と呻き、ベッドにダイブし、「ちくせうっ!」と叫んだ。


 ……なんて硬いベッドだろう。


 こんな硬いベッドなんて「ふわっふわの、もっちもちにな〜れ!」の刑である。


 ついでにフローラル系の匂いになるようにしてやる。



 私は、ふわもちフローラルなベッドに、にんまりと口角を上げたまま眠りについたのであった。

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