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ouroboros  作者: 納見 丹都
第五話
64/65

守護者

 蛍の様な小さな灯りに照らされた洞内で、獣がギチギチと牙を鳴らす。

 瞳には憎悪を、口腔からは怨嗟の声を。

 深い紫の肌は鱗に覆われ、だがその躰は朱に染まり、むしろ黒に近い。

 己が身から滴り落ちる血だまりの中、もはや自力で立ちあがることすらできず、ただ目の前の敵──二つの、黒い人影を睨んでいる。


 もしも、獣の姿をリムニアの民が見たのならば何というだろうか。


 悪夢だと、絶望するだろうか。

 あるいはそこに神聖さを感じ、跪くだろうか。


 蝙蝠の様な翼を持つ四足の獣。

 長い首、体格からすれば小さいと思える頭部。赤い瞳、頭部から伸びた二対の黒い角。


 アストレアにおいて(ドラゴン)と呼ばれるものの一種。毒の竜(ポイズンドラゴン)


 体長は四~五メートルほどの小型の──いや、竜種と聞いて、誰もがイメージするような巨大な体躯を有するものなど、ごく僅か、亜種と呼ばれる存在でしかない。

 通常の竜種はみなこの大きさなのだ。

 更に人語を解し、話し、魔法を操るだけの高い知能もつのはその中のごく一部、希少種と呼ばれる存在である。その上に在る古龍ともなればもはや神の領域に近い。

 すなわち、人でいう所の超越者。

 例えば彼らの様な──


「予想はしてたけどよ、随分と趣味の悪い(ドラゴン)を選んだもんだな」

「対人特化型の代表格だからね。MOB相手じゃ決め手が薄いから、竜種とはいえ普通の人が選ぶようなペットじゃあ無いものね」

 グラムの言葉に、莉々がつまらなそうに答えた。

 互いにそれは知るところである。二人は共にいわゆるゲーム廃人だ。戦争も、対人も、通常の狩りも、どれも経験済みである。


「PKか」

「たぶんね。もっとも、この子がテイムされた竜なら、の話だけど」


 莉々の言葉に、グラムは鼻を鳴らすと肩眉を吊り上げた。

 視線を横に立つ黒い影に向ける。


「野生の毒竜が、ゴブリンの群れ引きつれて何百キロも泳いでよ、守護者気分でダンジョン育成かよ?」

「すごいねー。おねぇさんもびっくり?」

「まじめにやれよ、おっさん」

「うるせぇ、殺すぞ、ガキ」


 僅かに怒気を含んだ莉々の言葉が返ってくるが、グラムは意に介すことなく「はいはい」と受け流しながら顎に手を当て、視線を目の前の毒竜から頭上、壁面に向けた。

 ダンジョンの入り口同様、溶けた岩がつらら石の様に垂れ下がっている。床面も同様に平坦とは言えず、まるで溶けた発泡スチロールの様である。


「笑っちゃうよねぇ、毒で岩が溶けるわけないのにさ。演出上やりたかったんだろうけど」

 グラムの視線に、莉々が苦笑いを浮かべながら呟いた。

「この辺はゲームを引きずったまま、か。設定はどこまで影響してんだかな?」

リムニア(こっち)でも魔法が使える以上、全面的に影響してるんでしょう。もうどっちかっていうと、この世界自体、私たちからしたら拡張パックみたいなものだよね?」

「拡張パック、ねぇ」


 莉々の見解に間違いは無いのだろう。

 そう思いながらグラムは天井、更にその上に在るはずの虚空に想いを寄せた。

 遠いどこかで、おそらくはその道筋をたてたであろう男の姿を思い浮かべながら。


「何を、考えてやがる。あのバカは──」

「──睦月」


 思考は莉々の言葉で遮られた。

 目の前の毒竜が、体を起こしたのだ。

 二人からすれば取るに足らない相手。何匹居ようが同じこと。たとえそれがどれほど悲壮な覚悟で挑んできたとしてもだ。


 グラムがやれやれといった風に、太刀を手に一歩前にでた。莉々は後ろ手にそれを眺め──

 毒竜が顎を開く。喉元が一瞬膨れ、同時に暴風の様に紫の霧が吐き出された。

 莉々がわずかに目を細める。

 同時に展開された光の幕が、まるで傘の様にグラムの前面を覆い、紫の霧は標的である二つの黒い影に届くことなく、まさに霧散した。


「直前にボロクソにやられた相手に牙を剥く、とかよ、野生の獣だったらまずねぇよな」

 グラムが、だらりと下げた刃を返し、鍔が鳴る。

「ゲームならでは、か」


 毒竜の前肢に力がこもる。

 腰半ばの深い傷ゆえだろう、後脚はもはや動かない。

 それでも敵に向けて飛び掛からんとその身を低く構え、溜めた力を一気に解放する。

 響き渡る、地を蹴る音。それに合わせ、グラムの刃が白い軌跡を描く。

 風を切る音と共に、滑るように真っすぐ上へ。


 迫る毒竜の躰がグラムの横を通り過ぎるように、そのままの勢いで崩れ落ちた。顎はグラムに届くこともなく、その首から上だけが宙を舞い、弧を描く。

 どさり、と転がる生首を横目に、グラムは血振りをすると刃を鞘に納めた。


 床に広がってゆく赤黒い血だまりを横目に、「あーぁ」と莉々が溜息をつく。

 ゲームの仕様のままなら、今頃この毒竜の飼い主の視界には「ペットの〇〇が死亡しました」というメッセージが表示されているはずである。

 誰が殺したのか、そこまでの表示は無いはずではあるが、相手がグラムたちであると、特定するのは容易いだろう。

 なにしろ今のリムニアでこの毒竜に対処できるものなど、他に居はしないのだから。


「やっちゃった。たぶん飼い主、仕返しにくるよ?」

「はっ、今更かよ」


 莉々の問いかけに笑いながらそう答えると、グラムは首を鳴らした。

 彼──彼女の言葉通り、事実上この竜の主とは敵対関係となったことになる。

 とはいえ元よりこの海中洞窟に向かう時点で、この展開は予測していたことではあるのだが。

 何しろこの毒竜の主はリムニアにダンジョンを生み出し、更に村一つ、二百人以上の被害者を生み出した元凶である。クエスト上、リムニアの守護者の立場となった莉々はもとより、共闘者の位置にいるグラムもまた、その姿勢にかわりはない。

 今の状況で、手を取り合える相手ではないだろう。


「しっかし、わざわざ海中にこんな巣作ってよ、竜がここに居るのはまぁ。ダンジョンの完全クリア阻止用なんだろうけどよ、何だってリムニアに種を持ち込んだ? 安いもんじゃねぇんだけどな」


 独り言の様に呟くグラムの言葉に、莉々も同意するように小さくうーんと声をあげた。

 ダンジョンの元となる種は、ダンジョン最深部のボスがドロップするレアアイテムである。

 植えた種がダンジョンとして正しく機能できるレベルに育てば、そのダンジョンを中心として都市が発展、毎日コンスタントに一定の利益を得ることが出来るのだが、種自体の流通量が非常に少なく、RMTの材料となっているのが実情である。

 当然のようにそこに絡むのは、まっとうなプレイヤー達とは無縁の輩だ。


「あんたのクランはやったことないの? ダンジョン育成」


「あるにはあるけどよ、所詮NPC相手の小遣い稼ぎだ。運営が創ったダンジョンみてぇに、冒険者たちが流れてくる様なのは出来たことねぇし、大抵は持って半年、村レベルに発展したあたりで完全クリアされて消滅だ。それなりに利益はでるけど、たいしてメリットはねぇな」


 実際ダンジョン育成は、デメリットも多い。

 得られる金銭はそれなりだ。個人で稼ぐには難しい金額が手に入ることに間違いは無い。だが、攻略に乗り出してくるのはNPCだけではないのだ。

 低レベルの間こそ、プレイヤーの侵入は不可能だが、それなりに育てば保護も解除される。

 もって半年。

 グラムの言葉は、そういう意味だ。

 プレイヤーからすればこの手のダンジョン攻略など、難しくはない。

 ダンジョン育成の為にかけた手間、コスト、人員。それを考えればダンジョン運営など、ステータスとしての物でしかないと、グラムが思うのも当然だろう。

 そんな思いを知ってか知らずか、莉々は苦笑いを浮かべながら「まぁね」と呟いた。基本フリーな立場を続けてきた彼女としても、ダンジョン運営などというコンテンツは、興味をそそられるものではなかったのだ。


 ただし──


「ただし、ここがアストレアならね。じゃぁリムニアだったらどう? プレイヤーが居ないこの場所で、新素材、新技術、仮想敵に備えたダンジョンビジネス。そうね、あたしだったらここをリムニアのヘイブンにまで育て上げる自身があるわ」


 莉々はそう答えながら思う。

 リムニアを守護せよ。

 まるでその実現に協力するかのようなこの展開に、違和感を覚えずにはいられない。だが同時にクエストというものは、ある意味そういうものの連鎖だったな、という思いもある。

 問題は──


「笑えねぇな。同じことを連中が考えてるんだったらよ」

「目星はついてる?」

「まぁ、な」


 まるでため息の様に、グラムが答えた。


 国として、リムニアの存在を最初に知り、動いたのはビエネス大公国だ。

 その中で、キリエに投薬を行ったのも、裏で大公を動かしたのも彼らだと、サラからは聞かされている。

 なるほど、彼らであればアストレアからこの地にまで手を伸ばすことも難しくはないだろう。アンダーグラウンドな場所にありながら、その構成員は下部組織も含めれば大規模クランすら凌駕すると言われるほどの組織である。財力も人員も申し分ない。

 それなりに世を知るプレイヤーであれば、知っていて当然の相手。

 血と、欲にまみれた赤い集団。


 聞き取れないほど小さな声で、グラムがその名をぼそりと呟く。

 洞内に響く遠い地鳴りの中、その呟きはあまりにも小さく、莉々の耳に届くことは無い。だが、まるでグラムの言葉をなぞるように、その唇は言葉を紡いだ。


 レッドローブと。

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