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ouroboros  作者: 納見 丹都
第五話
63/65

残響

 炎が弾け、同時に複数の雷撃が骨の騎士を襲う。

 自身のものではないその魔法に、ライゼが一瞬動きを止めた。


 反射的に、魔法の発生点と思われる方向に向けたライゼの瞳に映ったのは、自身と同じ藍色のローブに身を包み、黒い鎌のような杖を持った同僚──シャンテの姿である。


「遅くなりました、援護します!」


 駆け寄る彼女の声とともに、取り巻きを一掃した二つのパーティーの騎士が、一斉に骨の騎士に斬りかかった。

 周囲に促され、一歩下がったラルジュにはヒーラーから回復魔法が飛び、銃士たちにもタイミングを合わせるだけの余裕が生まれたのだろう、再び銃声が響き始める。


 リアの言葉通り、勝利は時間の問題だ。

 一パーティーでも、それがきちんと機能しているのであれば、時間さえかければ勝利できた相手である。それが三パーティーであるのなら、なおの事だろう。


 足掻くように振り回される剣を、再び前面に立ったラルジュの盾が止め、同時に他の騎士たちが斬りかかる。身を縮め、防御姿勢をとる骨の騎士を、続けざまの魔法攻撃が襲い、タイミングを合わせるように一時離脱した騎士たちに合わせ、銃士たちの砲火が襲う。

 ゲームの様に、HPなどというものが表示されるわけではないが、それでも蓄積されたダメージがどれほどの物であるのかは、一見して明らかだ。徐々にその動きは緩慢なものへと変わり、鎧の隙間から見える白い骨には、まるで出血の痕のような亀裂まで見える。


「とはいえ、油断は命取り、か」


 そう独り言ち、ライゼは杖を垂直に振り上げると、真っすぐ真下、大地に突き立てた。深く息を吐き、傍らで詠唱を行うシャンテの名を呼ぶ。

 窮鼠猫を噛む、という言葉がある。

 それがリムニアにも存在するかは定かではないが、ライゼにも同様の考えがあった。

 余裕など、今の自分たちにあるはずがない。落とせるときに落とすべきだと。


 シャンテは横目でライゼを見ると、その意図を理解したのか小さく頷き、腰にぶら下げていた小さな筒を前線に立つ騎士たちの方向、いや、その頭上に向けた。同時にポンという小さな発火音と共に、黄色味がかった光球が、風切り音と共にラルジュたちの頭上をかすめるように飛ぶ。


 その光を視界の隅で確認すると、ラルジュの口元から舌打ちが漏れた。

 黄色の信号弾は後衛からの警戒指示である。もはや勝利はゆるがない状況、その追い込みで忙しい時に、と思いながら後衛に目を向け、その目が大きく見開かれた。


 シャンテは既に援護射撃を再開している。ただし、手にはもう一本、信号弾の発射筒を持ったままでだ。更に視線は横へ。隣に立つライゼに向かう。こちらは杖を大地に突き立て、半眼の瞳は宙に。伸ばした両の手は眼前に構え、その手のひらの間には赤い光球が、フレアを伴いながら渦を巻き──

「──ちょっ!」

 ラルジュの口から思わず声が漏れた。

 仮にも魔導士団に付き添っていた身である。つい最近、ガイダダンジョンに向かうにあたり、莉々からあの魔法の指南を受け、鍛錬に励むライゼの姿を見ている。

 莉々が示したその破壊力の大きさも、だ。

 それは少なくとも現状、ライゼ以下、魔法師団の人間が扱うことの出来る魔法としては、最大の魔法といえるだろう。ただし、いまの彼女たちでは、準備に時間がかかりすぎるが故に、一刻を争う実戦ではとてもではないが実用的とは思えない魔法。それを──


「全員離脱。でかいのが来るぞ!」


 ライゼの手がゆっくりと頭上にかかげられ、同時にシャンテが再び信号弾を打ち出す。

 その色は赤。

 危険を知らせる信号弾。


「伏せろ!」


 ラルジュが叫び、ライゼが両の手を振り下ろす。

 同時に赤い光球は消失し、代わりにボーンナイトの足元から、爆発音を響かせながら炎の渦が立ち昇った。


「──っ!」


 衝撃に、身を低くしたラルジュが表情を歪める。

 残響の中、びりびりと空気が震え、熱波をまき散らしながら、立ち昇る炎が周囲を赤く染め、その中心に立つボーンナイトを焼いてゆく。

 顔面を左の手で押さえ、もがく様に剣を振りまわし、だが逃げることも叶わずに。


 あれは檻だ。とラルジュは思った。

 閉じ込められ、焼き尽くされるのを待つだけの、炎の檻だと。


 目の前のその光景を見つめながら、鎧で覆われていない肌が、炎の熱に焼かれてゆく感覚に再び表情を歪める。

 実際にダメージを受けている訳ではない。あくまで視覚的な要素でそう感じているだけだ。莉々の作った装備は、この程度の二次的なダメージであれば完全に遮蔽する、が、それでも脳は存在しない熱さに苦情を訴える。


 やがて燃え盛る炎の中、ボーンナイトは奇怪な姿勢のまま、動きを止めた。

 赤々と燃える炎にその身を焼かれ、黒く炭化させた躰をボロボロと崩しながら。


 ──おわったのか。


 そう思い、力が抜けたようにその場にしゃがみ込み、後衛のライゼに目を向ける。

 視線の先の彼女もまた、今の魔法の行使でMPの大半を消費してしまったのだろう、シャンテに体を支えられ、辛うじて立っている状態だ。

 ラルジュの視線に気が付いたのか、ライゼは小さく手をあげると、すぐ傍で膝をつき、項垂(うなだ)れたままのアルスに目を向けた。

 ふぅ、と息を吐き、少年にケガのないことに安堵しながら、自身を支えるシャンテに礼を言うと、少年の下へと歩をすすめる。仮にも主君の息子、少々無茶な要求もしてしまったなと罰の悪そうな表情を浮かべながら、だ。


 何時しか立ち昇っていた炎の柱は細く細く、その姿を変えながら、やがて一筋の煙となって消失した。

 あとに残されたのは煤で黒く汚れた鎧とロングソード。

 もう一つ、鎧の傍には、何故か燃えることなく小さな革袋が残されていた。いわゆるドロップ品というものであるが、リムニアの兵には馴染みのないものであろう、銃士の一人が、恐るおそる銃口で革袋をつついている。

 骨の騎士、その本体は煙と共に昇華し、欠片すら残ってはいない。


 戦闘の終わりを確信したのであろう、脱力し、どこか安堵の表情を浮かべる一同の様子を、傍観者として見つめていたリアは、苦笑いを浮かべながら「まぁ、及第点、なのは確かですが」と、小さな声で独り言ち、スカートについた埃を(はた)きながら立ち上がると、目の前で相変わらず不満げな表情を浮かべるキリエの肩を叩いた。


「とはいえ問題点は山積みですね。序盤のパーティーメンバーの暴走、初見ダンジョンに対する想定の甘さ。ついでに言わせてもらえば、ライゼもそうですが、基本的に全員練度不足です。装備に勝たせてもらった感があるのは否めません」


 キリエに語り掛けているわけではないのだろう、視線はライゼたちに向けたまま、ぶつぶつと解析をしながら、キリエの横を思案気な表情で通り過ぎる。向かう先はライゼと同じ、未だ膝をついたままのアルスの下だ。


「下手の集まりとはいえ、面子的にこちらの方が能力上位だったからよかったものの、もう一ランク上の敵だったら全滅してもおかしくはなかったでしょうね。まぁ、ウチのマスターがこの場に居たら、ギリギリと歯を鳴らしそうな──」


 と、リアの足が止まった。


 目の前でアルスの背に手を回すライゼの目が、リアを見ていた。

 訴えるように。

 助けを乞うように。


 少年は瞼を閉じたまま、ライゼの呼びかけに応える事もない。

 涙は既に乾き,その痕を眦に残したまま、まるで眠るように。


「アルス様が、アルス様が!」


 戦いを終えた洞内に、ライゼの声が響く。

 浸っていた勝利の余韻、それさえ霞むほどの、悲痛な叫びが。

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