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ouroboros  作者: 納見 丹都
第五話
60/65

骨の騎士

 一行が再び足を止めたのは、それから更に三十分も過ぎた頃である。


 しつこいほどに曲がりくねり、視界がひらけるたびに繰り返されていた戦闘が唐突に止んだのだ。


 目の前に広がるのは闇。


 比喩ではない。

 もちろんダンジョン内のこと。闇の中に居るのは当然なのではあるが、いくら照度が低いとはいえ、ライゼの操る照明魔法にも、ランタン程度の明るさはある。実際、すぐ横の壁や床は、前方に向かって伸びてゆくのがきちんと見える。床もまた然りだ。それが意味することなど一つしかないだろう。


 ──直線、か──


 そう思いながら、ライゼは進行方向に目を凝らし、自身が操る照明魔法を前方へ飛ばす。道は緩やかに下りながら、唐突にその勾配を急なものに変え、丁度その境目には横穴が一つ。


 ライゼは眉をひそめ、リアを見た。が、彼女は何も語らず、ただ小さく肩をすくめただけだ。やれやれと首を振ると、横穴の前に立ち、顎に手を当てて考え込むような仕草をすると、再び本線の通路に目を向ける。


 見たことのある光景だと、ライゼは思った。

 事前情報ではダンジョン第一層の経路は三つとなっている。今自分たちが居る本線と、残る二つのパーティーが進んでいる二系統の。

 だがそれは間違いだ。

 実際にはもう一系統存在する。

 今目の前にある、人工林から伸びた、ゴブリンの巣窟へと続く道が。


 振り返り、パーティーの仲間に目を向ける。

 騎士二名に疲れた様子はない。キリエも相変わらず。アルスは地面に腰を下ろし、それを介抱するようにリアが支えている。


「どうですか? アルス様は」

「まぁ、戦えるのではありませんか? この場に居る以上、辛いだの苦しいだのと言っていられる状況でないことくらいは、アルス君も理解しているはずです」


 揶揄うでも労わるでもなく、右手をアルスの頚部に当てたままのリアが答えた。アルスの方は目を閉じたままである。

 MPの枯渇による症状の内、頭痛や眩暈は回復薬や回復魔法で何とかなっても、心が生み出した、あるはずの無い疲労感は癒しようがない。回復薬をどれほど飲もうが、最終的に待つのは意識の喪失──気絶だ。


「とりあず、ご心配なく。私たちが居る以上、アルス君に死はありませんから」


 リアの言葉に、無表情なままのキリエも頷く。今はリアが仮の主である。従わないわけがない。


「アルス様。間もなくゴブリンの集落です。敵は多数、行けますか?」

「大丈夫。いけるよ」

 ライゼの問いかけにアルスは瞼を開いた。

 リアに礼を言うと立ち上がり、ライゼの隣に立つ。別にふらつく様子も何もない。

「疲労感が残っているだけで、HP自体はほぼ満タン。といっても元々HPが少ないので安心はできませんが。まぁ、体力的には問題はないはずですから、ぱぱっと進みましょう。時間の無駄です」

 スカートについた埃を落とすように、手で二回、裾を叩きながら、リアはそそくさと立ち上がるとアルスの背中を押した。


「では、行きましょう。全員、警戒は怠らないように」


 ライゼの号令と共に、一行は再び歩を進める。

 慎重に、慎重に。

 が、知った道だ。先ほどまでの慎重さは軽減され、自然と歩みは早足へと変わる。


 緩やかに湾曲する下り道を。

 風を切り、僅かに息を弾ませ。


 前回は道を探りながら、二十分ほどかけて、その場所へ到達した。今回は迷いながらではない。戸惑う必要もない。

 近づいてくるぼんやりとした灯り。僅かに速度を落とし、洞窟から広間へとつながる場所。その縁に身を預ける。あの時と同じように。


 ダンジョン内の生物は、時間をおけば復活する。


 余りにも理不尽なその決まりごとは、このガイダでも健在の筈だ。覚悟はきめなければならない。

 敵は数百に及ぶゴブリンの群れである。今回はグラムも、キリエも助けてはくれない。戦闘自体はリムニアの人間のみで行わなければならない。

 ダンジョンの探索の為に用意された人員は、計三十六名。対するゴブリンの数は言わずもがな、だ。戦力差は歴然、というわけでもない。アストレアであれば、やはり少数のパーティーのみで殲滅可能であると聞かされている。最終的に六パーティーが集まって、それが不可能であるというのなら、そもそもアストレアを仮想敵国として動くなど愚の骨頂。素直に降伏準備をしたほうがマシだろう。


 ゆっくりと、広間の内部へと、縁から顔を出す。


 視界に、広間の様子が広がる。

 内部を照らすように置かれた無数の松明。高い天井。

 意図せず、足が前に出る。

 まるで夢遊病患者の様にふらりと、注意も警戒も、なにもなく。


「これが、この場所の本来の姿です」


 背後からリアの声が届く。


 応えることなく、ライゼは立ち尽くした。

 目の前に広がるのは誰も居ない、集落の影もない、ただ広いだけの空間──いや、それだけではない。

 足元には前回のゴブリンたちの遺留品だろうか、無数に散らばる骨、骨、骨。

 その異様な光景に、遅れてきたアルスたちも言葉なく息をのんだ。


 ここは墓場だ、と。


「ガイダを襲い、多くの被害者を出したあのゴブリンたちは、この場所を間借りしていただけのフィールドモンスターにすぎません。あのスケルトンたちのような、ダンジョンが産み落としたダンジョンの子どもたちではなく」


 ライゼは周囲を見回す。前回来た時には気が付かなかったいくつもの横穴。そこから、同じように広間の様子を伺う他パーティーの人間の姿が見える。

 その姿に手を振りながら「ではあの骨はゴブリンの?」と、問いかけるがリアは首を横に振っただけだ。ダンジョン内で死んだ者は、骨も残さずダンジョンに吸収される。それは人であれフィールドモンスターであれ変わることが無く、足元に転がる全ての骨も、厳密には骨などではない。演出上創られた、ダンジョンの構造物にすぎない。


「ダンジョン産のモンスターがダンジョン外に出られれば、ゴブリン(彼ら)の必要性などなかったのでしょうけれど、所詮はダンジョンコアが生み出した偽物。彼らが存在できるのも、この中だけです。だから、どうしても彼らのような存在が必要だった」


 彼らのような存在。

 その言葉の意味を測りかね、ライゼは首を傾げた。


「有機型のダンジョンが生命体である以上、餌──この場合は冒険者ですが、それ無くしてはダンジョンも餓死します。が、冒険者が居ない土地にくるのです。当然、餌を運んでくれる飼育係というのは必要でしょう? しかも彼ら自身、今回の様に、死ねば非常食を兼ねる、という存在なわけですから、便利な事この上ない」


 淡々と言葉を紡ぐリアを横目で見るライゼの視界が、ふいに揺れた。

 眩暈ではない。足元が、地面が揺れているのだ。

 地鳴りを伴い徐々に強さを増す揺れに、怯えた様にアルスがきょろきょろと周囲を窺い、他のパーティーのメンバーも横穴から抜け出すと、急ぎ部隊の長であるライゼの下にわらわらと集まり、警戒態勢をとった。

 平然と構えているのはリアとキリエの二人だけだ。


「と言っても、あなたたちを助けて以降、私たちもここに潜ってはいませんからね。今話しているこの内容も、あくまでそうであろうという推測であって、真実は、また別かもしれません」


 アルスが「あ」と、小さな声をあげた。

 徐々に収まりつつある揺れの中、散らばっていた無数の骨が、ゆっくりと浮かび上がり、バラバラに散っていたそれが、本来あるべき形へと組み立てられてゆく。

 白骨の兵へと。


「いずれにせよ、このダンジョン第一階層は、仮の主であったゴブリンの死によって、ようやく真の姿を取り戻した、ということです」


 リアの、右の手がゆっくりとあがり、しなやかな指が前方を指し示す。

 まるで初めからそこにそれが現れるのがわかっていたかのように。


「ゴブリンが居なくて肩透かし、なぁんて思っているのなら大間違い。むしろゴブリンのほうが、楽だったはず」


 十数体のスケルトンの兵。

 道中で見かけた、無手のスケルトンではない。手に剣と盾を持ったスケルトンたち。

 その中に、ひときわ大きな個体が居た。

 鎧をまとい、同じく剣と盾をもった個体、第一階層の主が。


「ボーンナイト。これで第一から第六までの階層主すべてが一致。マスターの言う通り、まるで奈落のコピーですね」

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