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ouroboros  作者: 納見 丹都
第五話
59/65

理由

 照明魔法に照らされた洞内に、白い煙と、焼けた鉄錆のような匂いが漂う。


 最前に立つ騎士は、剣を鞘に納め、ライゼもまた一つ息を吐き、自身の横でぜいぜいと息を切らすアルスの肩を叩いた。

 数歩、前に出ながら騎士に周囲の警戒の維持を指示し、足元に散らばる、炭化した破片──スケルトンの亡骸をつまみ上げる。

 わずかに力を込めると、それは乾いた音と共に砕け、パラパラと足元に零れ落ちた。所詮は低級の魔物。不死者(アンデッド)などと、名ばかりのものでしかない。


 戦闘自体は一瞬である。


 遭遇と同時に騎士が盾を構え前進。接敵と同時に騎士が押さえているスケルトン以外に対し、ライゼとアルスが魔法を放つ。騎士が相手にしているスケルトンも、別に強者というわけではない。今の装備であれば一振りで粉砕できる相手である。攻撃を集中させる必要すらないのだ。それでも──


「大丈夫ですか? アルス様」


 ライゼの問いかけに、少年は何とか顔を上げると作り笑顔を浮かべた。

 ここに至るまでに敵と遭遇(エンカウント)したのは七回程度。放った魔法は十発に満たない。それだけで既にMPは尽きかけているのであろう、彼女の目に映るアルスの顔面は蒼白、目は虚ろだ。

 ライゼの心配が分かるのか、アルスは右の手のひらを彼女に向け、笑顔のまま首を横に振った。頭を抱えるようにこめかみを指で強く抑え、大きく息を吐くと、ストレッチでもするかのように、背を反らした。


 アルス自身、わかっている。

 これは最初から言われていた事だ。


『魔力の質は悪くない。だが魔力量(MP)が乏しい』


 莉々が不在だったこの数か月、ライゼたちと鍛錬は重ねてきたが、そこには微々たる変化しかなかった。それでも正直、『子供だから少ないのだ。大きくなれば──』という気持ちがあったのも事実である。鍛錬さえしていれば、MP量も増えるに違いない。努力というものは、必ず報われるのだと。


 だから深く気にすることも無かった。

 キリエの存在を知るまでは。


 ──天命──


 持って生まれたスキル、素質。向き、不向きというもの。

 人が生きる上で必ず知る、残酷な現実。

 自分は決して、キリエの様にはなれない。

 それでも戦えるのか。魔法使いとして立つことができるのか、それが知りたかった。


 そんなことを考えながら、少し離れた場所で、ぼうっとこちらを見ている黒衣の少女に目を向ける。同時に湧き上がった想いに、思わず頭を強く横に振ると「情けない」という言葉が口から漏れた。

 その言葉に怪訝な表情を浮かべるライゼに、乾いた笑いで答えると、アルスは腰にぶら下げたMP回復薬に手を伸ばし、一気に煽った。

 疲労感が消えるわけでは無い。変わらず体は重く、足元もおぼつかない。だが、それでもさっきまで自分を支配していたネガティブな感情や頭痛。眩暈の類は、いくらか緩和されたような気がした。

 額に浮いた脂汗をぬぐい、天を仰ぐと深呼吸をする。


「要するに、僕のMPは初級魔法を十発も撃てば尽きてしまう程度しかない、て事だよね」


 呟きは小さく、ライゼは一瞬アルスに目を向ける。が、彼女がそれに答えることは無かった。

 肯定するのは簡単だ。事実を事実として伝えればいい。それは残酷ではあるが優しさでもあるだろう。事情が事情ならなおさらではある。が、それでも『そうですね』と、簡単に答えるのはやはり抵抗がある。例え本人がそれを自覚しているとしてもだ。


 アルスはもう一度、だが今度は顔を前に向けたまま、視界の隅でキリエを見た。

 同時に湧き上がる、自身の感情に辟易する。自分はこんなにも小さい男だったのかと。


 感情を殺すには、彼はまだ幼すぎるのだ。


 そんな少年の視線、その暗い色に気づき、リアは「ふぅん」と、鼻を鳴らした。どこか嫉妬にも似たその色は、彼女自身にも覚えがあるものである。

 腰の高ささほどの岩に腰かけたまま、顎を上げ横に立つキリエを見る。

 表面上は興味なさそうにライゼたちの戦いを眺めながらも、常に回復魔法を準備し、不測の事態に備えていたリアと違い、キリエの方は完全に傍観者だ。何をするわけでもなく、杖を手に、時折首をかしげている。


 彼女にはアルスの行動が理解できないのだ。

 同時に彼の参加を許可したグラムと、莉々の考えも。


「あの少年の事が気になる?」


 目を細めたリアが、言葉なくアルスを見つめるキリエに問いかける。普段、何につけ無関心なこの少女が、興味を示していることが面白いのだ。


 未だ、レッドローブによって投与された薬の影響は消えてはいない。

 ただの中毒症状であれば、回復魔法による治療も可能だったかもしれない。だが死後、復活したプレイヤーですら支配可能な()の薬剤は、もはや薬というよりは呪いに近い。しかも高位の神官、聖職者ですら解呪不能な、特別強力な。

 グラムたちとの合流後、薬剤投与が止まった事と、禁断症状がリアの回復魔法により緩和されているおかげで、状態は徐々に快方には向かっている。だが、未だ彼女を支配しているのは虚無であり、物事に対する関心も感情も、それが視界に入ったほんの一瞬に湧き上がるものでしかない。


 優先されるべきは命令。

 その遂行の為に自身の感情を維持する必要はない。

『感情は命令遂行の為には邪魔にしかならない。故に基本は虚無であれ』

 そう教育されているからだ。


 その少女が、少年を見ながら首をかしげている。

 心の内までをリアが知ることは出来ないが、関心を持ち、それを維持しているという事実は特筆に値する。


「何のためにあの人は居るの?」

 ぼそりと、その小さな口から言葉が漏れた。

「強制されてるわけでも、ちゃんと戦う力もないのに」

 そう呟くキリエの表情に変化はない。

 厭うでも怒るでもなく、ましてや憐れむ訳でもなく、ただ少年の姿をその瞳に映している。


 それは彼女の本心だ。


 戦いの場において、弱者は足手まといでしかない。

 彼がそこに居るメリットなど、何処にもないのだ。なのに何故彼はそこに居るのか。何故周りはそれを許すのか。

「思春期の少年というのはああいうものらしいです。戦う人間でありたい、強い人間でありたいと、自分の理想を頭の中に作り上げて、そのうち理想と現実の境も判らなくなって。何という病気かは忘れましたが、心の病らしいですよ? まぁ、実際に行動に移して、戦いの場に立つ人間は稀だそうですが」

「だから、許可したの? 邪魔にしかならないのに」

「正直邪魔ですね。彼が居なければ、進行速度ももっと上がるはずですし、ライゼたちの負担も軽減されるはずです」

 そう言いながら、リア視線をアルスに向けた。

 ライゼに体を支えられ、力のない笑みを浮かべる少年に。


「マスターの真意は解りません。想像はできますが」


 リアが目を凝らすように細める。同時にその瞳に燐光が宿った。

 鑑定スキル。

 彼女の目に映るのは現在のアルスの情報。表示されるのは、少し調べれば誰でもわかるようなものでしかない。


 名前、アルス・コルネット

 年齢、十二歳

 性別、男

 種族、人間

 称号、young mage

 総合評価、G


 それだけだ。

 鑑定などこの程度の物でしかない。所有スキルが見えるわけも無ければ、成長限界がわかるわけでもない。現状の基本情報がみえるだけの代物である。

 リアはその情報を前に、ふたたび首を横に振った。

 莉々から聞かされた話では、鍛錬開始は半年ほど前。でありながら、いまだ称号にyoung(初心者)の文字が冠されている。おまけに評価もG。ゴブリン一匹相手に死闘を繰り広げ、勝負がつかずに痛み分けになるレベルだ。素養がないのは明白だろう。


 視線を反らし、ライゼを見る。


 名前、ライゼ・クルース

 年齢、十七歳

 性別、女

 種族、人間

 称号、practice mage

 総合評価、D


 ほう、と、リアの唇から感嘆が漏れた。

 先日までは見習いを意味するApprentice(アプリリアンス)の文字が冠されていたが、いまはpractice(プラクティス)、熟練者に変わっている。評価もEからDへ。プレイヤーほどではないが、習熟期間が半年に満たない状態でこれなら、NPCとしてみればかなり早い部類だ。


 ──キリエの存在が刺激になった、ということかな? 莉々様が、この場にキリエを同席させたのも、それが狙いかもね──


 そう思いながら、仏頂面のキリエに目を向ける。

 既にスキルは解除され、その瞳に宿っていた燐光も無い。今更キリエを鑑定したところで意味はないだろう。比較対象として見るには、超越者に等しい能力値を持つキリエと、NPC(一般人)に等しいライゼたちを比較するのは、無理がある。


 ──超越者。か──


 と、キリエと純粋な超越者たちを同義とした自分に、リアは苦笑いを浮かべた。


 超越者とNPCは違う。

 それは能力差だけの問題ではない。


 事実、一部のNPCはプレイヤーを凌駕するような能力値を誇っている。リムニアの民であるキリエもまたNPCとカテゴライズするのなら、まさにそのクチだろう。が、それも自身で選択した結果ではない筈だ。


 能力値。性別。容姿。

 自由に、望んだ形でこの世に生れ落ちることを許された存在。

 ホルダーではない、既にゲームであった時代の記憶を失った者たちですら、受精卵となる以前、魂の段階で、自身を望んだ形に造り上げたことを認識している。


『それを可能とする彼らは、果たして人間なのか』


 それは長く論議されてきた事柄である。

 アストレアであっても、彼らは異端なのだ。

 一般の人間を遥かに超える能力、不死性を持ち、時に世界を救い、英雄と呼ばれ。

 だが同時に、ギルドに加入しない超越者は、魔物、怪物と同義であり、討伐対象として処理される。


 ──祝福されし、人ならざる存在。か。祝福したのが神様なのか悪魔なのかはわからないけれど──


 そこまで考えた所で頭を横に振る。

 思考がそれている。そもそもそんなことを考えていた訳ではない筈だ。


「何故だとおもいます?」


 改めてキリエに問いかける。アルスがここに居る理由、同行を許された理由を。

 が、当のキリエは既に興味を失っているのか、無言のまま視線は遥か彼方の天井である。

 もう飽きたのかと、苦笑いを浮かべると、リアは視線をライゼたちに戻した。

 そろそろ移動するのだろう、手を上げこちらに合図をしている彼女たちに、小さく手を振り答えると、いつものとおり、最後尾で彼女たちを追従する。


 歩きながら、視線をアルス──ライゼに笑顔を向け、たわいもない話に興じる少年の後ろ姿に向けた。


「残念だけど」


 リアが呟く。

 皮肉などではなく、心から、少年を思うように。


「現実を知ることも必要だから、ここで区切ってもらわないとね」





 ──それは、アルス自身も理解していた事である。


 本来、自分は前線に立つ必要のない人間である。

 いずれ父の後を継ぎ、公爵となり領主として、領民の為に、国の為に生きる。必要なのはその為の能力であり、個としての戦闘力など、決して必要ものではない。


 それでも戦う人間でありたい。物語の主人公の様に、強敵を自らの手で打ち倒し、同時に政治家としても民に愛される、英雄のような存在になりたいと思った。

 幼い心が願ったその姿に手が届くことなど、あるはずはないと承知の上で。


 じっと自分の手を見つめる。


 魔法。

 結局のところ、それも自身の望む力とはなりえなかった。今の彼であれば銃を手にした方がマシだろう。幼い頃から義務として続けてきた剣の方が、遥かに有用だろう。


 結局のところ、自分は守られる側の人間なのだ。

 もちろん広義でいえば、守られる側ではなく、領民を守る守護者の類ではあるのだろうが、自分で自分の身も満足に守れない、ただの人間だ。


 強く拳を握り、ぐるりと周りを見渡す。

 先頭を歩くライゼ付きの騎士を。自分の後を歩くリアを、その横で退屈そうに自分──いや、前方に目を向けるキリエを。

 最後に、並び歩くライゼの横顔を見る。


 ああ、とアルスは思った。

 こうやって共に歩くのも、これが最後なのだろうなと。

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