亡者の兵
ライゼたちの目に入った分岐点は、十メートル四方の小さなホールの様な部屋になっていた。
一見、行き止まりの壁面。
壁に穿たれたのは小さな、高さ一メートルにも満たない三つの真っ暗な穴。
それを通路とみるか、罠と見るかは人それぞれだろう。
ライゼたち第一パーティーが進むのは、主線と思しき中央の穴。
複線となる左右に分かれる二つの穴は、騎士団員がリーダーを務める正規軍主導の二パーティーが、各々進むことになる。
共に魔導師団の人間も配置されてはいるが、今の段階では、ほぼオブザーバー扱いである。
莉々の下で、魔物への対処なども一通り教育されている彼らが主導権を握らず、パーティー内でも後方に立たされているのは、既存の軍人たちのプライドゆえだろう。
なにしろ魔導師団も軍属ではあるが、新進の彼らは未だ既存の軍人から見れば異端である。階級と共に、領主の覚えもめでたいライゼ率いる第一パーティーは仕方ないとしても、せめて他の二パーティーに関しては、民間出身者の多い彼らに主導権を奪われることの無いようにという意図があるのだろう。普段、このような場に駆り出されることなどない、軍の中でも高位の貴族階級が占める割合の多い、騎士団員が各パーティーのリーダーとして配置されたのもその為である。
ライゼのハンドサインを合図に、三つのパーティーは各々進むべき道へと進路を取った。
リアの言葉通りなら、ここから先では戦闘が発生する。わざわざ声をあげて敵に存在をアピールする必要も無い。ライゼからすれば、冗談とも思える程の広範囲を照らすキリエの照明魔法もここまでだ。ここから先は、ライゼたちの戦いである。
腰をかがめ、あるいは這うように、その小さな入り口をくぐる。
狭いのはほんの数メートル。
そこを過ぎれば通路は四メートル弱、大人二人が両手を広げれば両端に手が届くかどうか、というほどの大きさへと変わる。
息を吐き、通路に降り立つと、ライゼは左右を見回しながら、自ら生み出した照明魔法を前方へと飛ばし──舌打ちをした。
光が壁に遮られている。
それまで真っすぐに伸びていた道が、大きく湾曲しているのだ。
当然の様にそれは、この湾曲を過ぎても、次を過ぎても続く。直線は精々、十数メートルがいいところだろう。当然の様に照明魔法で照らされる範囲、索敵範囲も限られてくる。どう足掻いたところで死角になる部分を見ることなど出来はしないのだ。
「『自分たちに有利な環境を』そう考えるのは誰でも同じです。さっきの入り口の狭さ然り、視界の悪さ然り。侵入者に有利な、見通しのいい通路なんて、あるわけもありません」
後ろから聞こえるリアの声に、ライゼが無言のまま恨みがましい目を向けた。
ただし天井に、だが。
「もっとも魔物の方も索敵は視界頼りですから、条件は一緒──なんてこと、あるはずがないことくらいは理解していますよね? なにしろこちらは何とも不用心なことに、煌々と明かりを灯しているわけですから。彼らからしたら、私たちの接近は丸見えもいいところ。恰好の獲物とはこのことですよねぇ」
嘲笑を含んだリアの声に歯噛みをしながら、ライゼ一行は進む。
敵の気配も何もない。自分たちの足音。擦れあう装備が奏でる音。
それだけが響く洞内を。
最初にそれに遭遇したのは第三パーティーである。
先頭に立つのは、以前グラムと鍛錬をしていた騎士団員。現在は魔導師団に出向中ではあるが、元々正規軍人であり、王国の貴族でもある。
バランス的に第三パーティーのサブリーダーを任された、その男──ラルジュの足が止まった。
「構えろ。何かいる」
抜刀し、ブロードソードを正眼に構え、正面、十メートルほど先──湾曲した道の先を睨みつける。
身にまとう装備品はリムニアのものではない。
莉々から提供されたハーフプレートである。
武器と合わせ、ランク的にはかなり低いD相当。丁度初期村を卒業する人間が着る程度の装備品ではあるが、このダンジョン、この階層では間違いなくオーバースペックだ。
ラルジュの言葉に、全員の目つきが変わる。
無言のままに動きを止め、彼の視線を追った。
刹那の静寂
その中にカタ、カタという異音が混ざる。
少しずつ、少しずつ近づきながら。
「ゴブリンか?」
構えるラルジュの横に立った、第三パーティーのリーダーであるスールが耳打ちをする。
「さぁね。隊長、ともあれ抜刀した方がいい。指示を──」
と、言いかけた所でラルジュの表情が凍った。
白い影。
それがひょいと顔を出したのだ。
誰しもがその身の内に持ちながら、だが現実にはあり得る筈の無い異形。
それが、まるで昼日向に散歩をする老人の様に緩慢な動きで、一体、また一体と曲がり角の先から現れ、ラルジュたちの姿を認めると、まるで笑うように殆ど抜け落ちた歯を、カタカタと鳴らした。
「……スケルトン」
後方に立つ魔導師団の少女が呟く。
少女の言葉など無くてもわかる。あれは白骨だ。
良くある人体骨格模型。綺麗に肉をそぎ落とされた白骨体。プレイヤーのみならず、アストレアの冒険者であれば誰でも知っている、ポピュラーなアンデッド。
引きつった笑みを浮かべながら、スールも抜刀し盾を構える。
「おいおい。動く白骨死体だとよ。冗談みたいな光景だな」
「フォローします」
後方で魔導師団の少女が声をかけた。
ラルジュは、声をかけてきた少女に一瞬目を向ける。
二人並んでいるが、どちらも小柄な、似たような体格な上に同じ藍色のローブ姿である。その顔も目深に被ったフードの所為で、見ることも出来ない。
唯一の外見上の違いは、一人は白い、十字架をかたどったような杖。もう一人はまるで死神の鎌のような刃のついた、黒い杖を装備しているくらいである。
ラルジュに声をかけてきたのは黒い杖の方だ。
「シャンテ。攻撃魔法は無しで行く。これも経験だ。レーネ、バフを頼む」
ラルジュの言葉に合わせ、もう一人の白い杖を持つ少女──レーネと呼ばれた小柄な少女が詠唱を始めた。
「銃士隊、射撃準備!」
スールの指示で、ほぼ硬直状態だった銃士二名が、慌てて片膝をつき銃を構える。遅れてレーネのバフが振りそそぎ、全員が淡い光に包まれた。
「いきます」
盾を前面に、身を低く構えたラルジュが呟き、同時に音をたてて地を蹴る。
狙いは先頭に立つスケルトン。
距離は五メートル。
ほんの数歩の距離だ。
その動きに呼応するように突き出されたスケルトンの両手を、盾で払いのけるとブロードソードを振りかぶる。
カツッ、と、乾いた音が響き、スケルトンの顔が、半ばからはじけ飛んだ。「ちっ」と舌打ちを漏らしながら、返す刀で胴を薙ぐ。
──浅いか──
反射的に二歩下がる。
ラルジュの見立てに間違いはなく、のけ反りはするも、両断には至らないその斬撃を前に、姿勢を元に戻したスケルトンが、肉の無い半顔で笑った。
「──撃てぃ!」
間髪置かぬスールの号令の下、二発の銃声が響き、残された半顔がはじけ飛ぶ。が、彼のスケルトンが倒れることはない。わずかにのけ反っただけだ。
頭部を失った体で、笑うように身をゆらゆらと揺らすその姿に、撃った銃士の口から「ひっ」という小さな悲鳴が漏れる。
「狙うべきは脊椎です。スケルトンはそれで動きを止めます」
後方の少女、シャンテにかけられた言葉にラルジュが無言でうなずく。
戦い方はグラムに師事しているのだ。他の騎士、剣士よりはサマになっているとはいえ、知識面では、生粋の魔法師団員に及ぶべきもない。なにしろ籍はそこにあっても、所詮自分は騎士である。師団員の為の護衛役でしかない。
ラルジュはぺろりと、乾いた唇を舐めた。
「了解」
言葉と共に再び盾を前面に、剣を持った手を眼前で交差させる様に振り被り、じりじりと足を滑らせる。
シュッという呼気が漏れる音。
同時に間合いは消失し、頭部を失ったスケルトンに向けて、縦の一閃が走る。
狙いは違わず、脊椎の大半を縦に割られたスケルトンはパラパラと崩れ落ち、二度と動くことは無かった。
残るスケルトンは三体。
再び間合いを取ると、ラルジュは血糊が着いたわけでもないブロードソードを一振りし、次の一体へ狙いをつける。
「行きます」
声と同時に再び地を蹴る。
ガイダダンジョン、第一次調査における、最初の戦闘。
それはこうして始まったのだった。




