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ouroboros  作者: 納見 丹都
第五話
57/65

第一層

 無数のつららで覆われた、まるで鍾乳石で作られた顎の様な壁面は、入り口から二十メートルほど進んだところで様相を変えた。

 十メートルほどあったダンジョン坑道は、そこで突き当たるかのように急激に狭く、半分ほどの広さになり、壁面も、以前にライゼたちが通った人工林の入り口からの物に等しく、火成岩だろうか、溶岩洞窟で見るような黒々としたものになっている。

 一見、ごく普通の洞窟である。振り返らない限りは。


『分岐後までは特に危険はない』


 侵入時にリアから聞かされた言葉に偽りはなく、人工林を入り口とした経路がそうであった様に、ここまでに敵性生物との遭遇は無く、アルスに至ってはもはや観光気分である。

 景色の変わり目に立ち、口をぽかんと開けながらそれを見比べている彼の様子に、ライゼは小さく笑った。


 改めて、ライゼもまたその壁面に触れる。

 鍾乳石の様な突起は脆く、手で握りしめると簡単に崩れた。一方、溶岩洞窟の様な壁面は当然の様に硬く、場所によっては黒曜石の様な鋭利さまで持ち合わせている。見た目通り、組成が全く異なるのだろうが、なぜこのような洞窟が出来るのか、彼女からしたら疑問以外の何物でもない。

 とはいえここで停滞する訳にもいかない。頭をふりながら、立ち止まったパーティーメンバーに声をかけようとするライゼの耳に、リアの「不思議ですか?」という声が届いた。


「まぁ、そうですね。まるっきり別の種類の洞窟ですから」


 ライゼの疑問に、リアがニヤリと笑った。元がゲームのNPCであり、プレイヤーのサポートが本職の人間である。基本的に世話好きなのだ。


「ここからがダンジョンだから。ですよ?」


 ライゼには、その言葉の意味が解らない。眉間に皺をよせ、首を傾げている彼女を横目に、リアは周囲に目を向けると、こちらに目を向け、動きを止めているアルスに微笑みかけると手招きをした。生徒は多い方がやる気を出すタイプなのだ。

 駆け寄るアルスをまって、リアはライゼにパーティーの前進を促した。

 騎士が先頭を行き、それに続いてライゼ、アルス、リアと続き、キリエが面倒くさそうにしんがりを務める。


 キリエの生み出した照明魔法の明かりの下、長い影を落としながら一行は進む。

 やがてリアが口を開いた。

 彼女からしたら、立ち止まったままで話し込むような内容ではない。所詮はアストレアの人間からしたら雑学レベルの、どうでもいい話である。どのみちしばらくは平和な道行、ながらで十分だ。


「たとえば、植物の種を植えるときって、どうしますか? リムニアの常識がわたしたちと異なるなら話は別ですが、そうでないなら私の望む答えが返ってくると思います」

 リアの質問にアルスが手をあげ、リアが微笑みながら答えを促す。まるきり郊外授業の生徒と先生だ。

「それは、土に穴を開けて、それから埋めて水をかけて──」


 アルスの言葉にリアは笑みを浮かべ「正解。つまりはそういうことです」と、アルスの頭をなでた。

 莉々にされたときとは違い、アルスの表情に、素直に褒められたことに対する喜びが現れる。

 リアは見た目にはライゼと大差ないように見えるが、実年齢は三十に近い。

 ハーフエルフは、種としての寿命は人間種と大差はないのだが、青年期が異常に長いのが特徴である。六十を超えたあたりから一気に老け込むのだがそれもまだ先の話だ。

 いずれにせよ見た目はそうではなくとも、雰囲気からそれを感じるのか、アルスからするとリアは、背格好が自分に近い莉々とは違い、アイロニカルな思考の持ち主ではあっても間違いなく大人の、更に言えば理知的で美しく、保護者的な雰囲気を強く感じさせる人間である。

 そんなに人間に褒められて、嬉しくないわけもないのかもしれない。


 そんなアルスに微笑みかけながら、リアは「これはまぁ、新規ダンジョンではよくある話で、今回もそうとは限りませんが、まぁ十中八九というやつですね」と前置きをすると言葉を続けた。


「さっきまでの穴は、ダンジョンの核となる種子を埋めるために、誰かが開けたものです。ついでにいうと、あのつらら石も、見てわかる通り鍾乳石などではありません。おそらくは何かで溶かされた、岩のなれの果てです」


 リアの言葉に、ライゼの足が止まる。

 誰か、とは誰だ? と。

 彼女たち自身、これまでリムニアに存在しなかったダンジョンが、どうして発生したのかを未だ理解してはいない。どうやって作られるのか、もだ。

 ダンジョン形成についての詳しい記述は、莉々の著書には無かった。リムニアの人間からすれば唯一の情報源。とはいえ、一から十まで、全てを網羅しているわけではないのだ。莉々からすれば、あれは、あくまで覚書でしかない。様々な人間の手を経て、全てが網羅されるのは、ずっと先の事になるだろう。


「それはどういう──」

「誰かが魔法か何かで穴を開け、溶けた地面にダンジョンの種子を打ち込んだ。ということです。ダンジョンの種子は、ダンジョンコア──まぁ、有機型ダンジョンの心臓部、本体ですね。それが産み落とした実を低層の魔物が食べ、その魔物がダンジョンコアに外に放り出されて、流浪の果てに、どこか遠い場所で創った巣穴で発芽。というのがパターンですが、今回の場合は、誰かが種子をリムニアに持ち込んで、栽培目的で直接埋めたのではないか? そう、マスターは見ているようです」


 アルスは「樹みたいですね、ほんとに」と呟きながら。ライゼは口元に手を当て、考え込むように眉間に皺を寄せながら、リアの言葉に聞き入った。


「世界変異から一年。この間に、自力で海を渡ってリムニアで巣作り。しかも岩盤を溶かすだけの魔法を使って? そんな低層の魔物なんて居ませんよ。ガイダの惨劇? アレもその過程で起きた悲劇に過ぎない、ということでしょう。首謀者の目的はわかりませんが」


「何のためにそんなことを……」


 ライゼの問いかけに、リアは無表情に肩をすくめた。


「父はそのことを知っているんでしょうか?」

 続くアルスの問いかけにはやわらかな笑みを返し、彼の頭をそっとなでる。

 対応の違いに不快感をおぼえながらだろう、目線を反らすライゼに冷笑をうかべると、リアは言葉を続けた。


「さぁ、どうでしょう? 莉々様がどう考え、どこまで領主に話しているのか、それは私にはわかりません。マスターもまだ確証を持っているわけではありませんし、あくまで今の段階では『かもしれない』というレベルの話です。案外本当に自然発生、というのもあるかもしれませんしね。例えば低層の魔物がより上位の、例えば飛行生物に捕食されて、うまい具合にコアが消化されることなく、ここまでたどり着くことが出来たのなら、とか」


 そこまで話したところでリアが足を止め、周囲を一瞥した。

 その彼女の表情の変化に気が付いたのか、ライゼがリアの視線を追う。

 黒々とした穴の向こう。照明魔法が照らすその下に映るのは、最初の分岐点である。


「だからこそ、私たちはこのダンジョンの攻略途中で、それを調べる為に上層に戻り、あなた達に出会い──」


 リアが浮かない顔で、小さくため息をつきながら言葉を紡ぐ。

 素人集団の引率役。ヒーラーとしては中々にやっかいな役回りである。

 あの分岐点。そこを過ぎればダンジョンは牙を剥く。当然だ。有機型ダンジョンは生き物なのだから、当然の様に餌を求める。

 だからこそ、ここまで平和な道行を用意した。

 哀れな獲物を奥へ、奥へと引き込むために。


「──だからこそマスターと莉々様は残られたのですよ。その原因を調べる為に」





「行ったね」

「だな」


 莉々の言葉に頷くと、グラムは自身の腹の上に乗り、マウントポジションからの打撃を加えようと拳を固める莉々の脇を持ち、ひょいと退けると、尻を(はた)きながら立ち上がった。


「セクハラ」


 と、呟きながら身を抱く莉々に、侮蔑を込めた冷笑を返す。が、確かに少女の器だ。心は中年男性でもそこは認めよう。これ以上は話が進まない。

「わぁったよ」

 頭を掻きながら莉々に謝罪をすると、グラムは洞内に入り込んだ暗い海面を見た。

 波音に混じり、遠くで軍人たちの鳴らす軍靴の音が聞こえる。金切り声をあげているのはあの副官だろう。中間管理職にストレスが集中するのは、どの世界でも変わりがない。


「なぁ」

 ぼそりとしたグラムの問いかけに、莉々もまたその視線を追う。

「ホントにここに居んのかよ?」

「十中八九ね」

 莉々の回答に逡巡はない。

 だがここに何が居るというのか。

 彼らが見ているのはダンジョンではない。海面だ。

「何でそう思う?」

「目的があるならここにいる。無いならアストレアに帰ってる。それだけのこと」

「意味が分かんねえ」

 頭をぼりぼりと掻きながら、表情を曇らせるグラムに、莉々は苦笑いで応えた。

「植物を育てるとしようよ。種を植えてさ。そしたらちゃんと芽が出たかどうか、大抵の持ち主は確認するよね。更に言えば、成長具合も気になるでしょう? 害虫がついたら駆除するし、必要なら肥料も与える。土壌もわからない、育つかどうかもわからない場所なら尚の事。でも植えっぱなしで放置なら、とっとと家に帰っちゃうでしょ? 育とうがどうしようが、関係ないんだから」


 難しい顔で「まぁな」と、答えながらグラムは、口調が更に女子に傾いていく莉々の様子に顔を伏せた。『笑うな』と、自身に言い聞かせながら。

「でもさ、そんな種なら、わざわざ遠く離れた異界の大陸に植えに来たりしないよねぇ。めんどうくさいだけだもの」

「だから『目的があるならここに居る』か」

 合いの手を打つグラムに「そういうこと」と答えると、莉々は再び海面を見た。

 その目つきに険がある。

 彼女は怒っているのだ。


「ダンジョンの真の主。ここに種を植えた張本人。どんな相手か、しらないけど、いい度胸だよねぇ。あたしの手の届くところでさぁ」


 莉々の言葉に、グラムは頭の中で十字を切った。周辺の地形に被害が出ないことを祈るばかりである。いわば莉々は戦術兵器なのだ。個としての強さのみを追い求めたグラムとはわけが違う。


「それにしたってな、なんで海の中よ?」

「一番怪しかったのはダンジョン内だったんだけど、それらしいのは無かったんでしょ?」

 先にグラムから聞かされていた話を思い出しながら莉々が呟く。

 彼の情報の大半は、レティシアからもたらされたものである。離れていても通信鳥(ウィスパー)を利用してのやり取りは続いている。彼女は今も六層、最下層を探索中だ。

「なら海の中しかないとおもう。そいつが何者かはわかんないけど、陸上に陣取ったんじゃ目立つからね。MOBにしろ人間にしろさ。」

 莉々が自分の顔を指差しながら笑った。

 たしかにこんな僻地にアストレアの人間がいたら騒ぎになるだろう。顔を隠したところで同じだ。「怪しい人間が居る」そう思われたら隠れる意味すらなくなる。MOBであるなら尚の事だ。


「海上に船を浮かべて。ってのもあるかもだけど、それこそ目立つしね。そしたらあとはもう潜るしかないじゃない。現実的に考えたらナンセンスだけどさ、まぁ、ゲームの中じゃよくあるパターンだし。と、いうわけでぇ──」


 バン。と莉々がグラムの肩を叩いた。

 今は女性の細腕。大した力はないはずだが、思わずグラムはゲホゲホと咳き込んだ。


「わたし、水泳嫌いなのよね。一人で行ってくれる?」

「ふざけんな」

「しかたないなぁ。じゃ、とっておきの水着セット持ってるけど、着る(みる)?」

 しなをつくる莉々の水着姿を連想し、おもわず頭振ると、グラムは立ち上がった。

 これ以上莉々のペースに惑わされるわけにはいかない

「いいからバフよこせ。素潜りじゃ五分しかもたねぇ」

 ぶっきらぼうにそう答えると、グラムがストレージから愛用の大太刀を取り出し、その姿に莉々は舌を出した。揶揄うのもここまでか、と。

 詠唱もなく、杖を振ることすらなく二人がは淡い光に包まれる。

 ぶくぶくという音と共に、無数の泡に包まれるような演出は、水中で気泡に包まれている様子を現しているのだろう。


「じゃ、いこっっか。まずはご挨拶に」


 莉々が笑う。愛らしい顔で。

 先ほどまでと同じ表情──だが、その瞳に浮かぶのは、ひどく酷薄な色であった。あった。

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