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ouroboros  作者: 納見 丹都
第五話
56/65

海蝕洞

 ガイダ。

 リムニアにおける最初のダンジョン。


 その入り口は当初、ライゼたちが侵入した人工林の中に存在した、件の物のみであろうと思われていた。

 ではグラムたちは何処から入ったのか。

 軍が警戒する中、件の入り口から侵入することは不可能である。かといって、ライゼたちより先に、入り口に陣取っていたゴブリンたちを蹴散らして侵入したのかと言えば、そういうわけでもない。


 カルマートの沿岸部。

 そそり立つ岩壁にぽっかりと空いた海蝕洞。揺れる水の波紋に照らされた、ほの暗い洞の最奥に、それはあった。


「ここが、正規の入り口ですか?」


「正規かどうかは知りませんけど、前回あなた達が使用した入り口は、いわば裏口、勝手口の類です。そもそも入り口に門番を配置するようなダンジョンなんてありません。捕食が目的なのに入り口で排除とか、愚かしいにも程があると思いませんか?」


 面白くもなさそうに言葉を紡ぐリアに苦笑いで応えると、ライゼは改めて目の前の入り口を見た。

 長い年月をかけて波に侵食、削られて形成されたこの洞窟は本来、奥行き五十メートル程で行き止まりとなる、知る人ぞ知る観光スポットに過ぎない。

 洞穴の中央は一段深く海水に沈んでいるが、壁際には段差があり、人が外から歩いて中に入ることも出来る、天然の埠頭の様な構造になっている。実際ガイダの漁師の中には、ここを港として利用しているものもかつては居たのだが、それも昔の話だ。


 ライゼはその、本来であれば行き止まりとなっているはずの、かつて岩壁だった場所を見た。

 岩壁に穿たれた直径十メートルほどの穴が、そのまま更なる奥へと伸びている。

 人工林の穴の様な小さなものでも、急こう配で下に向かっているわけでもない。

 凶悪な獣の顎の様に、無数の牙のようなつらら石で飾られた、まるで年経た鍾乳洞のような壁面。そこに振り返れば目に映る浸食洞の面影は無い。


 ──ここから先は、異界だよ──


 まるで穴自体がそれを告げているかのようだ。


 ライゼは自身の後ろに立つ仲間に目を向ける。

 カルマート正規軍、および魔法師団によって選ばれた精鋭、総勢三十六名。

 それぞれが六人ずつのチーム、いわゆるパーティーを組んで、ガイダダンジョンに挑むことになる。


 当初、軍幹部は戦争でもする気なのか、大部隊での侵攻を進言したが、当然の様にそれは却下された。

 なにしろ彼らの目的はダンジョンの破壊ではなく、修練の場として、素材収集の場としての、このダンジョンの情報を持ち帰る事。いわゆるマッピングなのだ。必要なのは機動力であり、戦闘における柔軟性である。

 そもそも戦闘は、部隊展開が可能な、たとえば前回のゴブリン集落戦の時の様なホールでのみ行われるわけではない。道中の、幅二~三メートルの坑道内で行われるものが主なのだ。何時、何処から襲撃を受けるかもわからない場所で、部隊が長い隊列を組むなど自殺行為に等しい。なにしろ個としては、敵の方が強いのだから。


 ライゼが手を後ろに組み、整列をしている部隊員の前に移動すると、少し間をあけて左横に副官──前回のゴブリン戦での経験故か、本作戦の副官を任ぜられたショルトが立ち、それに遅れ、二人に挟まれるようにして銀髪の男性が中央に立った。


 ギロリと、前に立つ部隊員を睥睨する。


 背はそれほど高いわけではない、精々が百七十程度だろうが、身に纏う威圧感か、あるいは広い肩幅や厚い胸板のせいか、それ以上に大きく感じる。

 ライゼの様な似非軍人ではない。生粋の軍人だ。名をスヴェルトという。

 階級はライゼの一つ上、中佐である。


「注目」


 ショルトの号令に合わせ、全員の視線が彼に集まる。


「では、これよりダンジョンの調査を開始する。予定通り、魔法師団、ライゼ少佐を筆頭とする第一パーティーを先頭に第二、第三パーティー。二時間経過の後に第四、第五、第六パーティーが内部に侵入。事前に各リーダーに配布した資料の通り、ダンジョン第一層には計三つのルートが存在していることが、アストレアの協力者の手によって確認されており、その全てが下層に到達が可能な物であることもわかっている。分岐点到達後、第二、第三、第五、第六パーティーは、本線を進行する第一、第四パーティーと別れ、分岐する支線の探索を開始。以降は独自の判断のもとに情報の収集に当たってほしい」


 顎を上げ、胸を張り、後ろ手を組みながらスヴェルトは朗々と語る。

 配下となる部隊員たちの目は真剣そのものである。軍人なのだから当たり前ではあるのだろうが、実際に戦闘などと言うものを経験することのない世界である。既に己の存在意義すら忘れた彼らにとって、災害派遣ではなく、血が流れることを承知の上で、敵が居る場所に向かうという現実は、彼らの瞳から余裕を奪っていた。


「なお、本作戦の目的は、周知のとおりダンジョン内のルート探索であり、戦闘ではない。が、敵性生物との遭遇時は当然の様に戦闘となる可能性が高い」


 そこで言葉を区切ると、スヴェルトは横に立つライゼに、一瞬目を向けた。


「諸君の装備は、魔法師団団長より提供された魔大陸の装備、あるいはそれに準ずるものである。恐れることは無い。これまでの様に己の無力さを嘆くことも無いだろう。だが、油断というものはそういう時にこそ起こるものだ。くれぐれも、その事を忘れないように。以上だ」


 自分で語った最後の言葉が気に入らないのか、スヴェルトはその言葉と共に、足早に後方に下がった。

 彼は生粋の軍人だ。リムニアの、カルマートの。

 莉々などという異界の、訳の分からない人間の手を借りるのが気に入らなかったのだろう、その表情は憮然としている。


 ライゼは苦笑いしながらその場を後にすると、少し離れた場所で右手を挙げた。

 同時に第一パーティーのメンバーが彼女の下に集まる。


 一パーティーは六人で構成される。

 何故六人なのか、明確な理由は無い。班として成立する人数であるのは確かだが、実際のところは、莉々が「大抵六人だから」と言ったからである。ゲームがそうだったから、とは口が裂けてもいえないだろう。


 ライゼが率いる第一パーティーのメンバーは、彼女を筆頭とし、前衛として騎士団から二名。莉々曰く、お守り役のリアとキリエ。最後の一人は領主の息子、アルスである。

 アルスに関しては当然、誰かの推薦などではない。自薦である。

 彼の参加については、当然の様に領主含め、多くの者が反対したのだが、結果的にはこの場にいることを許されている。

『ダメだというならひとりで行ってやる』という言葉が脅し文句になったわけではない。莉々とグラムが許したのだ。『行け』と。


「やっぱり、辞退しませんか?アルス様」

「やだ」

「ですよねぇ」


 ふんす、と息を荒げるアルスを前に、ライゼは項垂れ気味に頭を掻いた。

 一見、ライゼや他の魔法師団の人間と同じ藍色のローブに身を包んだ、小さな魔法使い。当然の様に莉々の手製であり、アルスのような、低レベルの人間が装備できるものとしては最上位の性能を誇り、リムニアで流通している鎧などよりは、遥かにたかい防御力をもってはいるのだが、それでも心配なものは心配だ。これから向かうのはある意味、死地である。


 とはいえ敬愛する莉々が許可している以上、自身に拒否権などありはしないのだ。ライゼはそう思いながらため息をつき、足を前に出した。

 いざとなれば命を懸けてでもアルスを守る。元々彼女の仕事は要人警護だ。それ自体は苦痛ではない。


「行きましょう。最初に目指すのは第一層の最奥。ゴブリンの集落です」





「だいじょうぶかね。アレ」

「大丈夫でしょ?」


 海蝕洞。

 その入り口から彼らの様子を見つめていた二人が呟く。

 グラムは地面にどっかりと腰を下ろし、莉々はその横に立った状態で手を後ろに組みながら、ライゼたちの後ろ姿を見守っている。

 もとより彼らに同行するつもりなどない。この二人が居ては、ダンジョン低層の怪物たちは近づいてはこないからだ。現時点で彼らの主戦場が低層(そこ)である以上、それでは彼らの成長を妨げることになる。


「あんたの従者もいるし、キリエも居る。見た感じ中級ダンジョンくらいの感じだし、むしろ戦力的には過剰じゃない?」


 グラムは「だろうね」というと面白くもなさそうに顎を突き出した。

 実際レティシアからもそういう連絡が来ている。現時点でダンジョンは六階層からなり、各フロアにボスが存在。最下層のボスでもAクラスに届くかどうかのデュラハン。

 ライゼたちの様なリムニアの初心者集団のみでは厳しいかもしれないが、キリエやリアのような、A~Bランクの人間が存在するのならば、十分に対処可能だ。


「そういえばアンタの嫁もまだ潜ってるんでしょ? いっそマップデーター、共有させてあげれば?」

「あいつは満足するまで出てこねぇし、おれは四層までの情報しか持ってねぇよ。それも全部頭ん中だ。スクショもとれねぇのに手書きしろってか?」


 グラムはぶっきらぼうに答えると、自身の頭を人差し指でトントンと叩いた。

 かつてと変わらず、マッピングは基本的に自動であり、イメージさえすれば何時でもマップデーターを頭の中に映像として再現することが出来る。が、他者に渡すには一手間必要だ。


「書写スキルは持ってないわけ? あんたの嫁ならできるでしょ?」

「出来るけどよ、あいつは自分の身内以外にゃ情報は回さねぇよ。そういうところはドライなんだ」

「偽善者のあんたとは大違い?」

「うるせぇよ。おっさん」


 グラムの言葉に、莉々は引きつった笑顔を浮かべると、その背中を蹴り上げた。


「痛ってぇな。何すんだよ」

「だから言ってんだろ? 今は身も心も女の子なんだって!」

「知るかよ。リアルを知ってる人間に何言ったっ──てっ!」

「あのね、睦月ぃ。今の状況でこう言うのは変だけどさ、例えば男の子が一回死んで生まれ変わって、それが女だったら、そいつは男?」

 腰に手を当て、柳眉を吊り上げる莉々に恐れをなしたのか、グラムはのけぞる様に身を引くと、目を反らしながら「まぁ、女だよな」と答えた。

「理由はっ!」

「いや、だって女だし」

「あたしも女だよ? しかもDNAレベルでさ。アストレア世界で女として生まれた、正真正銘の女の子っ!」

「ちっ。すっかり女気分かよ。ネカマのくせにっ、てっ──痛てぇって!」

 莉々の剣幕に身を縮こませながら、余計な一言を呟くグラムの背中に、再度蹴りが飛ぶ。

「ていうかさ、アンタの言う通りなら、あたしたちは元のプレイヤーの生まれ変わりでもなければ、転移でもないんだろっ? 向こうの性別とか、関係ないじゃんっ!」

 腕を組み、仁王立ちする莉々の姿は、美しさも相まって迫力がある。グラムはひたすら後ずさりするばかりだ。何しろ元が破壊神と言われるほどの強者である。切れさせて魔法でも打ち込まれたら、たまったものではない。

 漏れそうになる舌打ちを押さえ、仕方がないと膝を揃えると無言で俯く。

 怒れる相手を前に何を言おうが「言い訳するな!」と一喝されるのがオチだ。そのくせ黙っていると「なんで理由を話さないの? 言ってくれなきゃ、わかんないじゃない!」とまた怒られるのだ。

 何故だろうか。まるでレティシアに怒られている時と同じ感覚に陥っている自分に苦笑いが浮かぶ。となれば、やはり嵐というものは、通り過ぎるのをひたすら待つのに限る、と。

 一方、莉々の方も大人げないと思ったのか、我に返ったように俯くと、額に手を当て、首を横に振る。彼──彼女自身思う所はあるのだ。


「このキャラに、引っ張られてるんだよね。あたしも。最初の頃にあった違和感もいつの間に消えてるし、喋り方もそうだけどさ、昔みたいな考え方ができなくなって──」


 俯くグラムの姿に申し訳ないと思ったのか、しおらしい声を出す莉々の目に、揺れるグラムの肩が映る。


「笑ってんじゃねぇぞ。このクソガキがっ!」

「やっぱ男じゃねぇか!」

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