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ouroboros  作者: 納見 丹都
第四話
42/65

魔物

「何をしている。撃て!」


 エミユの声が響くと同時に、放心状態の兵士たちが慌てて次の弾丸を装填する。

 その光景を前に、莉々の顔に苦笑いが浮かんだ。


 彼らが手にしているのは前装式の、いわゆるマスケット銃である。この距離でバタバタと装填作業に勤しむなど、ゲームであれ戦場であれ『殺してください』と言っているのと同じではあるが、訓練以外で銃を撃つ機会も、それどころか仮想敵すら存在しない平和な時代を生きている彼らには、それが正しく理解できないのだろう。


 あきれ顔の莉々が見守る中、兵士たちがようやく装填作業を終え、銃を構えた。


 再び響く銃声。


 クラルに覆いかぶさったままの兵士が、再び彼の頭を守るように抱えこみ小さくなる。標的は目の前の少女なのだ。至近距離の銃撃であれば、そう外すことは無いだろうとは思いつつも、流れ弾が来ないとも限らない。


 と、その兵士の目の前に転がってくるものがある。

 ひとつ、ふたつ。

 それはひしゃげた小さな、金属の塊。

 思わず見上げた目の前の光景に、兵士の口から「へ?」という声が漏れた。


 彼女の表面に当たった弾丸は、一つ残らずパラパラと落下してゆく。跳ね返るでもなく、まるで緩衝材にでもあたったかのように。


「まぁ、そうだよねぇ。シーサーペントに手こずる人たちの武器だもの。わざわざ静止させなくたって、わたしの物理防御は抜けない。か」


 その声に、思わず見上げた兵士の顔が赤く染まった。

 目の前には自分の方に背を向け、わずかに屈みながら身をよじり、埃でもはらうような仕草をする莉々の姿。地に伏した彼の位置から見上げた光景は──


「いいもの見たかい?」


 自分の下に居るクラルがぼそりと呟く。

 兵士の顔がさらに赤くなり、絶句しながら思わず立ち上がろうとするのをクラルが引き留めた。


「──何を、しているか!」


 銃撃に効果が無い。その事実を前に放心状態となった兵士たちに、エミユの激が再び飛ぶ。が、兵士たちはオロオロとするばかりである。

 彼らに業を煮やしたのか、エミユは一つ舌打ちをすると鞘を放り投げ、壇上から駆け降りた。


「この化け物が!」


 叫びながら莉々に向けて剣を振り下ろす。

 莉々はそれを冷ややかに見つめ、そして──


 剣は刃が莉々に触れたと同時に、キンッという音をたてエミユの手を離れ、右手を押さえ呆然とするエミユの足元に落ちた。

 まるで意図せず硬い鉄の塊か何かに全力で斬りかかったように、右腕がビリビリと痺れている。


「無駄」

「──ちっ」


 抑揚のない莉々の声。その視線が自分ではなく、王に向いていると理解した瞬間、エミユは落とした剣に手を伸ばし、そして知った。自身の手が指先から白く変色していっていることに。


「な──」

「大人しくしていなさい。命までは取らないから」


 冷たい。

 その感覚と同時にエミユは理解した。

 白い色が霜であること。その色が猛烈な勢いで自分を侵食し、自身を凍らせているのだということを。だが、もはや彼に抗う術などあるはずもない。剣に手を伸ばした姿勢のまま、エミユは白い彫像と化した。


 目の前の光景に、周囲の者は言葉もない。

 沈黙の中、先ほどまでとは違う、エランの低い声が響く。


「殺したのかね?」

「まさか。ただの手品ですよ。ただの、ね」


 莉々の声に抑揚は無い。

 足元に伏せたままのクラルと兵士に起きるように視線で促すと、再びエランに向き直った。


「とはいえ、あんまり長い事このままにしておくと、後遺症が残らないとも言い切れません。早めに、済ませましょうか」


 莉々が両手を後ろに組み、顎を上げ、朗々と話し始める。

 クラルは一歩下がり、彼を守っていた兵士は──へたり込んだままだ。


「既にシーサーペントがカルマートの近くまで来ている以上、陸生生物も、飛行生物も、いずれこの地にたどり着くでしょう。仮にアストレアの侵攻が無かったとしても、脅威が無くなったわけではありません」


 莉々の言葉を笑うものは、もう居ない。


 先ほどの光景が全て、仕組まれた見世物であったなら話は別だ。が、タネがわからない以上、それは現実と同義である。

 皇太子は今も目の前で凍り付いたまま。銃撃も効果なし。その現実を前に、それをおとぎ話だなどと言える者などいる筈もない。


 だが彼女が何を話しているのか。エランにも、貴族たちにも理解できなかった。前情報として魔大陸の事は聞かされている。侵攻があり得ることも。とはいえ常識的に、そんなものがあり得ないことも事実である。


 世界が統一される以前。その戦争の中で、既に世界地図は完成している。未開の大陸などこの星に在りはしない。何より魔大陸が存在するとされている海域は、もともと航路として利用されていた場所である。それは間違いようもない事実なのだ。


「あなたたちの武器の威力は御覧のとおり。軍艦の主砲ですら、私から見たら雑魚に等しいシーサーペント相手に苦労する。では、彼らが都市部に現れたら、あなたたちは、どう対処するというのか」


 誰かが小声で呟いた。

「彼ら、とは何だ?」と。


 何が現れるというのか。

 野生生物? そんなものが現れたところで駆逐すれば良いだけの事ではないか。

 誰もがそう思い、目の前の少女を見た。


 銃も、剣も効かない少女を。


「おとぎの話と思うのならばそれでもいい。ならばそのまま、世界の変容を受け入れることなく──食い殺されなさい」


 静かな声。


 それと同時に莉々と王の中間。その床面に光の筋が走った。

 雷の速さで、キイィンという高周波の音を立てながら、幾つもの円と絡み合う幾何学模様。さらに意味不明な文字を描き出してゆく。


 見たことのない図形──いや、似た図形なら知っている。

 そう思い、エランは身を乗り出した。

 非現実的な光景。それを前にして好奇心が勝ったのか、それとも感覚がマヒしてしまったのか、呆けた様にふらふらと。


 世界の歴史に地球もリムニアも、大した差などない。この種は同じような経緯を経て今の時代にたどり着いているのだから。

 それは宗教儀式に出てくるシンボル。あるいは物語に出てくる魔法陣。

 どれもこれも非現実的で、限りなく無意味な──


 やがて図形は完成した。

 先ほどまでよりは弱い、だが未だ燐光を残し、耳障りな音を立てたまま。


 周囲の者が息をのみ見守る中、図形の中央から、それは現れた。

 茶色い、毛だらけの手。


 それがまるで魔法陣の縁をつかむように反り返る。

 次に上腕が、深い穴から身を引きずり上げるように筋肉を膨らませ、更に頭部、胸と姿を現してゆく。やがて全身を魔法陣から引き揚げると、「ブルルルルゥ」と、荒い息を吐き、威嚇するように周囲をねめつけた。


 目が合ったのか、誰かが「ひっ」と声を上げた。


 身の丈二メートルを優に超える巨体。

 リムニアには馴染みのない動物の頭部をもった、人型の怪物。


 騒ぎ聞きつけた城内の他の兵士たちが、ドアを蹴破るようにして謁見の間に飛び込んでくる。援軍の到着に、ようやく我に返ったのか元々居た兵士たちも銃を構えた。


「見せて。貴方たちがどこまでやれるのか。Eランク(この子)相手に」


 冷たい目で莉々が呟くと同時に、けだものが咆哮をあげた。


 全身を覆う茶色い獣毛。頭部に生えた二本の角に潰れた鼻。

 それはアストレアにおいて、こう呼ばれる存在である。


 狂牛、ミノタウロスと。

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