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ouroboros  作者: 納見 丹都
第四話
39/65

プロローグ

 深夜。

 晴れ渡った空に月が浮かぶ。


 特に代わり映えの無い、白銀に光る月。

 これだけはアストレアもリムニアも変わらない。月はただの一つしかないのだ。

 満天の星が彩る空は青暗く、月から降りた光は直下の海にその影を落とす。

 静かな海。

 ただ波の返す音だけが繰り返される海。


 アストレアから境界を越え、更に南に500キロの位置。セレスタと呼ばれる大陸の南端。カルマートの沿岸部。

 まるで突き出すようにそそり立つ岩壁に、ぽっかりと空いた海蝕洞があった。

 洞の直径は二十メートル程だろうか。ゴツゴツとした岩肌には、水面の反射であろう、いびつな模様が幾重にもゆらゆらと揺れている。


 その洞窟内に一隻の船が停泊していた。

 リムニアで主流となりつつある蒸気を利用した船ではない。アストレアでよく見る中世の帆船を模した魔導船である。ただし、グラムたちが乗っていた船とは大きさがだいぶ異なる。

 全長二十メートル程だった彼の船に対し、こちらは五十メートル近い。帆は広げておらず、マストも洞窟内に船を収めるためか、その姿を消している。


「いいのかねぇ。これ?」


 と、その船上に立つ、赤いローブの男が問いかけた。


「知らねぇよ。ボスがやれっつーんだ。いいんじゃねぇの?」


 別の赤いローブが答え、船がけん引する巨大な(いかだ)を見た。


 筏には黒い幕がかけられ、その中にあるものをうかがい知ることはできない。

 わかるのはそれが四角い形であること。一辺が彼らの乗る船に等しい大きさであることだけである。


 グルル。と黒い幕の内から何者かの唸る声が聞こえた。

 声に呼応するように、ゴンと、何かを叩く鈍い音が洞内にこだまする。


「外来種かぁ。元の世界でも問題になってたけどよ、自分が撒く側に回る日が来るとは思わなかったわ」

「はっ。気にすんじゃねえよ。どっかの保護団体でもねぇのよ」

「無駄口は終わりにしとけ。もう行くぞ。あとは神のみぞ知るってやつだ」


 別の誰かの声に、元の二人が肩をすくめた。

 やれやれと頭を掻きながら一人が船尾に向かい、筏と船をつなぐロープを外す。


 それを確認すると一人の男が右手を上げ、同時に魔導船はゆっくりと洞窟の出口、海の方へと動き始めた。

 一方の筏は逆方向、洞窟の奥へと進んでゆく。潮の流れに従っているわけではない。洞窟内の浅い水の下で、使役された魔物が筏を曳いているのだろう。青く細長い影が、筏の下に浮かびあがっている。


 やがて掛けられていた布は海水に引きずられるように落ち、中に在るモノをさらけ出した。


 差し込む月明かりに照らされたそれは、黒い、巨大な(ケージ)


 中に居たのは緑色の肌を持つ小人の群れ。

 百に近いゴブリン。

 群れのボスであろうか、ひときわ大きな個体を中心に檻の中に散らばっている。


 もう一つ。

 彼らを見下ろすように中空に浮かぶ物があった。


 赤い、不安定な球状の──まるで水中を漂う泡が。


 直径五十センチほどのそれは、まるで単細胞生物(スライム)の様にウネウネと自身を歪ませながら、時に眼下のゴブリンに触手を伸ばし、時に自身の中心部、核であろう部分を震わせて、その時を待っている。


 ──何を?


 問いかけるものはいない。

 応えるものもまた同様に。


 それはグラムがリムニアに向かう、数か月も前の事。

 莉々がリムニアに渡ってから──すなわち世界変異の日から、一年を経過したころの事である。

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