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ouroboros  作者: 納見 丹都
第一話
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プロローグ

 死の大地と呼ばれる場所があった。


 誰もいない不毛の地。

 呪われた大地。

 そう呼ばれ、忌み嫌われた土地が。


 かつてこの地にも開墾の手が伸びたこともあったが、結局は徒労に終わった。


 剥き出しになった岩盤と、ろくに緑の存在しない(れき)の沙漠。

 一年を通して雨が降ることなど数えるほどしかなく、その雨も緑を生み出すには足りず、そのほとんどが無意味に気化してゆく。


 せめて何処かに小さなオアシスでもあったなら違ったかもしれない。

 だがこの地に唯一あるのは塩湖である。

 その塩湖も資源として魅力を感じるほどの物ではなく、更には細ぼそと流れていた川も数年前に枯れ果て、もはや生活の基盤は失われた。


 この土地は死んだのだ。

 人が住まうものとしては。

 いや、死んでいたと、言ったほうがよいのかもしれない。



 誰もいないその場所に砂塵が舞う。

 一陣の風とともに。


 かつて試みられた植樹のなごりなのか、ぽつりぽつりと生えているねじくれた朽木の間を通り過ぎてゆくその音が、どこか悲鳴のように聞こえる。

 カラカラと、野ざらしの骸骨(されこうべ)が「こちらにおいで」、と笑った。


 見上げた空は血のように赤く、墨を撒いたような黒い雲が漂う。


 中空には円環をまとった黒い太陽。


 ()()()、終わることの無い皆既日食(それ)に大地は照らされる。

 明るく。影を落としながら。

 まるで自身が明るい太陽だとでもいうように。


 いびつな(ことわり)に支配された世界。


 まるで死の世界を描いた、出来の悪い絵のような世界。


 ──否。


 完全な死の大地など、ありはしない。


 ここは遥か遠い、成層を超えた世界ではない。

 太陽の表面でも地の奥底にうごめく星の血液(マグマ)の中でもない。


 たとえそれが人が住むにはそぐわぬ熱砂の沙漠であれ、極寒の地であれ、ここは命あるものの住まう星の上なのだ。

 そこに必ず生命は存在する。


 足元をよく見ればそこに。


 わずかばかりに生えた緑の陰に。


 岩の陰に、塩湖のほとりに。


 今日も小さな虫が餌を求めカサカサと音を立てる。

 その虫を糧とする小動物がそれを食らう。

 小動物はさらなる獣に喰われ、そして──。



 一匹の、やせ細った蛇がそれを見ていた。

 狩りの成果であろう、小さな子狐を食らう同種の蛇を。

 足から胴の半ばまで飲まれた子狐に、もはや暴れる様子はない。

 すでに絶命しているのか、あるいは運命を悟ってすべてを諦めたのか、濡れた黒い瞳は力なく、ただ虚空を見続けていた。


 しゅるしゅるとも、もう一方の蛇が、餌をむさぼる同類の背後に回り込む。

 気取られぬよう、ゆっくり。ゆっくりと。


 かぱり、と大きくあぎとを開く。

 その目に、何かが映った。


 見慣れた赤い空と黒い雲。

 天に開いた穴のような黒い太陽

 そして──。



 黒い影が立っている。


 身にまとった黒いインバネスを風に揺らし。


 何時からいた?


 否。


 何処から現れた?


 誰一人歩いて来た様子などない。

 空から舞い降りたわけでもない。


 忽然と、それは現れたのだ。


 黒い影を見つめる蛇の舌が、チロチロと動いた。


 影は動かない。

 命亡き者のように。


 やがて顔を上げるとしばしの逡巡の後、影は空を見上げた。

 懐かしむように。慈しむように、黒い太陽を見つめる。


 風に揺られ、かぶっていたフードが外れた。


 美しい、と言える顔立ちがそこにあった。


 プラチナブロンドに白磁のような肌。瞳の色は薄い紫。

 自然なものではないと、一目でわかる。

 あれは作られた物だ、と。


 影はゆっくりと右手を空に向けてゆく。


 何かを掴むように広げた指と指の間から、黒い太陽が見えた。


 影は眩しくもない太陽に目を細めながら拳を握ってゆく。

 掴めるはずのないそれを掴むように、ゆっくりと。

 ゆっくりと──


「せんぱーい、何ひたっちゃってんすか」


 どこか軽薄な女性の声が男の耳朶に響いた。

 まわりには誰もいないにもかかわらず。


 影は()()()()()()に首を巡らせた。

 だがその方向には誰もいない。

 視線の先には荒涼とした大地と、黒い雲が薄く広がっているだけだ。


「ほっといてあげなさいって。真一さんだってそれなりに思い入れはあるんだから」


 今度はもっと若い、別の女性の声だ。


 せんぱい、真一と呼ばれた男は溜息をひとつついた。


「きみたち、HMDはちゃんとつけなさいよ。なんでモニター見てんの?もうイベント始まる時間でしょう?」


 2人分の声の主に声をかけると、真一はHMDのステータス表示をONに切り替えた。

 さっきまで景色しか見えていなかった世界にHP,MP、SP、装備、スキル等、様々な表示が現れる。

 もっとも、そのほとんどがグレーアウトしているが。


「真一さん、時間です」


 先ほどの二人とは違う声。

 ただし今度の声は事務的な男性のものだ。


 真一はうなずくと画面内のスキル一覧から飛翔のスキルをクリックした。

 同時に真一の周囲に風が巻き起こり、ふわり、足が地から離れる。


 ゆっくりと再び黒い太陽に目を向ける。


 ああ、と思った。

 これが見納めなのだな、と。


 真一は小さく息を吐くと、その太陽に向かって飛翔を開始した。


 高く高く。


 定められたその場所へ。


 世界の終わりを告げる魔王の役を演じるために。

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