第6話 やっぱりこいつらみんな変
勇者のHPバーが見る見るうちに回復している。
これは、コンビニエンスストアで購入した薬草(ほうれん草)を使ったからに他ならないが……。
「なぁ、その生薬草、うまいのか?」
「何を言っている。薬草を味わって使用する者がどこにいる」
だよな。じゃないと、そんな一心不乱に生でほうれん草を頬張れないよな。
せっかくの整った美人なのに、まるでウサギのようにほうれん草を丸かじりしているのがとても残念でならない……。
そんなほうれん草を丸かじりしている勇者から視線を前方に戻すと、見たことのある二人組が立ち話していた。
確か……。
「よう、パパラにアンコ……だっけ?」
「嘘だ……」
「え?」
「そんなの嘘よ! 嘘に決まっているわ!」
「ごめんごめん! アンコにね、さっき聞いた噂話をしてたんだけど、信じてもらえなくてね」
「そ、そうなのか……」
「ふむ。ところで、それはどんな噂なんだ?」
「あ、勇者子さん! 実はねー……」
「やめて、こいつの嘘に付き合う必要はないわ!」
「ちょっとアンコ……いいじゃないの、噂くらい!」
「いいわけないでしょ! 私は信じないわよ! 街にゾンビが現れたなんて話!」
……は? ゾンビ……?
そんなの、俺にだって嘘だってことくらいわかるぞ……それを何で躍起になって否定しているのかがわからん……。
「確かにな。ゾンビなんてこの世にいるわけないし」
「は? 何言ってんの? ゾンビくらいいるわよ墓にぶち込むぞクソ虫が」
「急に辛辣なんですけどアンコさん……って、え? いるの? ゾンビ?」
「まぁ、街の中を徘徊しているイメージはあんまりないけどねー」
いや、ゾンビといえば街の中を徘徊しているイメージしかないんですけど……。
っていうか、ゾンビ? さっきの薬草にしろ、なんか世界観がおかしくなってきていないか?
「っていうか、嘘だと思うなら町内ぐるっとしてきなさいよー」
「ふん! 貴様がただのデマ好きなアバズレであることを証明してやるからな! 覚えてろよ!」
そんなザコの捨て台詞のようなものを吐きながら、アンコは走り去って行った。
「あの子、本当に訳がわからないのよねー。参った参った」
「っていうか、さっきの噂本当なのか? ……信じられないんだが」
「あ、転入生くんまで疑うのー?」
「まぁ、ゾンビがいようがいまいが、こちらには私がついている。大船に乗ったつもりでいるといい!」
――いや、お前が一番信用ならないんだけどな……。
と、心でツッコミを入れていた矢先だった。
「キャーーーー!!」
という悲鳴が聞こえてきたのだ。
「い、今の声って……?」
「あ、あれ……走ってくるの、アンコと同じクラスの盛上くんじゃない?」
アンコと盛上が息も絶え絶えにここまで走ってくると、肩で息をしながら両膝に手を置いて呼吸を整えていた。
「どうしたんだ!?」
「信じられないけど、向こうに……いたの、いたのよ! 変な人が!!」
「変な人……?」
呼吸を整えた盛上が映画にでも出てきそうな第一発見者のごとく、両手で俺の肩を掴みながら訴えてきた。
「聞いて驚けよ! 俺……見ちまったんだよ……ちょうど、すぐそこの曲がり角を行ったところにある公園に……あれは……ゾンビだ!! ゾンビに間違いない!!」
「ハッハッハッハ、そんな、ご冗談を・・・」
――いや、お前一緒に見てきたんじゃないのかよアンコ!
「……それで、その変な人がどうした!?」
「変な人が変なことして、人を襲ってたんだよ!それで、変な人が変なおじさんの変なところを噛んで・・・フゥワッ!」
「なんでお前盛り上がってるんだよ・・・えーっと、変な人を変な奴が・・・あーーわかんなくなってきた!」
なるほどなるほど、と顎に手を当てながら名探偵がごとく我らが勇者が状況を整理し始めた。
「んー・・・要するに、変なおじさんを変なゾンビが止めてるってことだな?」
「なんでゾンビが転入生止めてるんだよ! ゾンビがおじさん!だろ!」
「え!? そのおじさんがゾンビだったのか!?」
「いやちげぇよ! そうじゃなくて! だからその……逆なんだって!」
「あ……あぁ、お前がゾンビってことか!」
「うわー……こいつ、めんどくせー……」
俺たちが謎の漫才をナチュラルにし始めたところで、パパラが盛上の異変に気づいた。
「そんなことより盛上くん、怪我してるじゃない!早く手当しないと!」
「ふっ……こんなの、大したことないよ。ただの……複雑骨折だ!」
――なんで平然としてるんだよ……。
「バカ! 何してるのよ! ねぇ、早く盛上くんを連れて行かないと……!」
「あ、救急車呼んだほうが・・・」
「何言ってるのよ!こういう時は普通、教会でしょ!」
「お前もそんなこと言ってんの!?それ、ゲームの世界の話だろ!!」
そんな話をしていると、一際顔色の悪いアンコの姿があった。
「そういえば、アンコもやばいよ!あんたのHPゲージ、緑色になってるよ!」
この顔色の状態に心当たりがあるのか、盛上がハッとした表情で言った。
「やばいぞ、きっと……毒状態だ!絶対動くなよ!あと、喋ったりもだめだ!」
「そ、そうなんだ……喋ったりしても、HPって減るものなの?」
「あぁ、俺も実際に見たことはないが、そういう噂だ」
「へ、へぇ〜」
ま、まさか……。
見るからにパパラがそわそわし始めている。こ、こいつ……もしや……。
押すなよ……押すなよ……!! を実践するタイプの人間なんじゃ……。
「あ、ゴキブリ」
「え!? 嘘!? どこどこ!? ……あ」
アンコはその場に崩れ落ちた。
「アンコーーー!!……やばい、HPゲージが真っ赤だ!!」
「あ、アンコーーー!! ごめん!! つい噂を確かめたくなっちゃった!! 許して!!」
……うん、ごめん。
ツッコミが追いつかないわ。
っていうか、俺ってもしかして変な世界に転入してきたのか?
二人とも本気でアンコが倒れたのを嘆いているし……。
っていうか、勇者お前、何神妙な表情してるんだよ……お前には何も期待してねぇよ……。
「ちっくしょぉおおおおお!!あいつ、ゆるせねぇぇぇぇ!!」
そう叫びながら盛上は行ってしまった。
複雑骨折とは? という疑問が浮かんだが、きっと状況を盛り上げようとしてくれていたのだろう。
「待て! こういう時こそ勇者の出番であろうが!!」
そう言って勇者も盛上を追いかけて走り出した。
「あ、おい! そっちは危険だ! 変な奴らに巻き込まれるぞ!」
「大丈夫だよ!ああ見えて、盛上くんは、囲碁将棋部に仮入部中らしいよ!」
「いらないよそんな情報!仮入部って、ただの初心者じゃん!」
結局、俺とパパラも二人を追いかけることにした。