表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
この見どころのない村に舞い降りた天使、とてもとても不幸な天使
7/38

予め散るさだめの花だったなら俺自身の手で折りたかった

 見かねた先客が、いつの間にか側に来ていた。「は」と、見下ろした先に黒く滑らかで癖のない頭髪が見えた。伸びた毛先が少しく暴れて、数十本単位で別々のほうを向いていることが、どこかしら奔放な印象を暁李に与えた。

「はい」

 身体を折り曲げて暁李の定期を拾い上げたのは、小さな人間だった。

 美しい人間だった。

「それが、キヨじゃな!」

 暁李はレヴィルヴィアの言葉に無言で頷く。「おお……、十七歳のときのキヨ……、さぞかし美しかったのであろうなあ……」

 目の前にいるものを、「人間」と形容することも躊躇われた。透明かと思われるほど白く質のいい肌、甘さのある卵の形の輪郭、まばたきのたび、自らが起こした風を孕んで微かに震える睫毛が暁李の喉に刺さった。黒という色彩の珠が僅かに蕩けた瞳、滑らかで繊細な線に描かれた鼻、そして、はにかんだような笑みを浮かべた唇には、恐らくリップクリームを塗ったのであろう、控えめな艶があった。暁李よりもずいぶん小さくて、恐らく身長は百六十にようやく届こうかといったところ。背の高い尊には冗談抜きに少女として映ったのではなかろうか。

 男である、声も、服も。

 しかし、そうである、という事実に胸がたまらなく締め付けられる。どうして男なのだ、何か、とても呪わしい気持ちになった。

 この人が。

「……骨折?」

 礼の言葉も口にできぬまま、気付いたときには二人がけの席まで導かれていた。つまり、暁李は窓際の席、その隣の席に、「彼」は座り、暁李の鼻に弱い沈丁花の香りを届けて存在していた。太腿の外側から音もなく染み込んでくるのは、車内の暖房の温気を吸っただけでは説明しきれない心地よい温もり、恐らく彼自身の体温だ。

 豊嶋キヨツグだ、と、興味を失したままでよかったはずの「男」の名前についても、暁李はもう思い出していた。その次の瞬間には、自分や尊よりも男っぽくて古風な響きの名前が意外な気持ちを抱き、しかし清潔でよく似合うと勝手なことも思う。

「檜垣高校? 何年生?」

 興味がその声からはみ出していた。決して厚みのあるものではなくとも、間違いなく男の声である。ぼそぼそと、「一年生です、……一ノ瀬といいます」という暁李の返事のほうがずっと声は低かった。

「俺は三年生、豊嶋。東京から転校して来たんだ。……一ノ瀬くんはいつもこのバスに乗るの?」

 ただ会話をするというそれだけで、こんなに緊張を催さなければいけない経験はこれまで一度もなかった。二人きりのバスの車内で強い居心地悪さを覚える一方で、同時に湧き立つのは、何とも言えない甘美さである、そして痛々しさである。相手は男だろう何をバカなと(わら)ったことを、尊に謝らなければいけないと思った。

 暁李はもう、二つ年上の隣の男の顔を直視出来なくなっていた。

 シンプルな言葉を用いるならば。

 尊は「やばい」「めちゃめちゃ」と繰り返した、散々にそう言い続けた挙句に、美人と評した。もう少し違った言葉を暁李は選びたい。

 すなわち、……可愛い。

 男であるということが認めがたい。どこかしら、隣の男には少女めいたところがあった。所作に、男には稀有な滑らかさがあり、粗暴さとは対極に身を置いているかに見える。例えば尊が総身から滲む傲慢さを振る舞いや表情の一つひとつに隠せないのと比べればずっと繊細である。身体に対して動きの半径が、暁李自身を含めた男の平均よりずっと小さく収まっている。

 しかし暁李には彼をじっくりと観察する余裕などなかった。バスは松之郷停留所に着き、予定通りにそのバスには尊と、兄の学が乗り込んできた。体型的にはよく似た兄弟である。

 尊は暁李が豊嶋キヨツグの隣に座っているのを見付けて、驚いたような、悔しがるような、……ホラ見たことかと嗤うような、様々に入り混じった表情になった。彼より先にずんずんと車内に入り、すぐ前の一人がけの席に座った兄の学が、「おう」と小さく暁李に向けて言う。「おはようございます」と小声で応じた学の、暁李を挟んで後ろの二人がけの窓際に、尊が座った。尊は暁李に何と話しかけるべきか、言葉を探しているようだった。ただ彼の視線はもっぱら隣の「男」に向いていただろう。

 その気詰まりさは、レヴィルヴィアには理解しがたいものであるようだ。

「どうしてみんな黙っておるのじゃ」

 最初からそんなべちゃくちゃ喋れるかよ、まして、相手が恐ろしく美しい男であったなら。

「うーむ、そういうものか……、妾には判らんのう」

 最初から清継に(なつ)いたレヴィルヴィアは、そも人間としての心の造作からして違うのかもしれない。

 いや、ただ単にこどもであるというだけか。

「一ノ瀬くんのお友達?」

 背後の席を気にして小声で豊嶋キヨツグが訊いたのが、駅まであとバス停二つというところであった。前に座っているのはとてもタチの悪い不良のいじめっ子で、後ろに座っているのはバカです、という言葉を呑み込んで、暁李は「はい」と小さく頷くだけだ。しかしそれが契機になって、

「暁李、うちのバカが世話かけたな」

 ぶっきらぼうに前を向いたまま、学が言った。慌てて「いえ」と首を振るが、隣の男にも暁李の萎縮は伝わっただろう。車内にはいつしか他にも多くの学生が乗っていた。半分は檜垣高校の生徒であり、離れたところでは控えめなお喋りの声も聴こえるが、佐原学の周辺では誰もが黙りこくっている。この人と同じ学年でなくてよかったとつくづく暁李は思うし、……他方、隣の男が同じクラスであったならそれは不幸なことであると身を竦ませて思う。この優しげで小さな男に、佐原学という男は天敵となり得る。

「佐原くん」

 不意のことだった、「の、弟?」隣の男は前の学を覗き込み、それから斜め後ろの尊に振り返った。鮒月の四月と言えばまだ寒く、車内には強めの暖房が効いている。暁李も薄っすら汗をかきはじめていたが、その汗が冷たく思われた。

「弟だ」

 学はごく無愛想に顔を向けぬまま応えた。

「そうなんだ。……君も一年生なんだね、大きいから」

 にっこりと笑顔の音が鳴り、それを目の当たりにした尊のどこかの関節が鳴る音も暁李の耳に届いた。

「はい!」

 尊の声は、とてもうるさかった。

「じゃあ、これからみんなこのバスで一緒に学校に通うんだね」

 佐原学が既にこの少女のような少年とが既に何らかの会話をしていたことは、暁李には驚きであったが、なんてことはない、上級生は昨日が一学期の始業式であり、列車の本数は少ないとなれば、昨日も佐原学と豊嶋キヨツグはこのバスに乗り合わせたのだ。

 そっと盗み見た豊嶋はにこにこと平和で人懐っこい笑みを浮かべている。学がこの男と、どんな会話をしたのだろうか、それは全く想像すら出来ないことであった。尊は学とは家の中でほとんど会話すらしないと言うから、豊嶋キヨツグについての情報も共有されてはいなかっただろう。

「バカだからさ、そいつは」

 前を向いたまま、学が尊に後ろ指を差す。「先月、檜垣に行って、向こうの同じぐらいバカな奴らに絡まれた。それを、暁李が助けてくれたんだ」

 学の声はよく通る。やめてください、と言うことも出来ぬまま、「暁李。あいつら、どうなったか知ってるか」学は暁李に向けて問う。

「お前、わざわざあいつらの分まで救急車呼んだんだろう」

 学が「お前」というとき、暁李の耳には「おめえ」という音が響く。兄弟の父が息子に向けてよくそういう呼び掛けかたをしているし、尊も、きっと否定したがるのだろうが、暁李に向けて言うときには「おめぇ」となる。舌の根っこのところが否定し難いほど親子であり兄弟なのだ。

 暁李の問いに、「はい」と小さく答えた。

 負傷直後はあまりの痛みに動転していたが、尊に負われて鮒月病院に文字通り担ぎ込まれた暁李はあの連中がどうなったかが不意に気になった。自分同様の痛みを味わうことになったに違いなく、……白状するなら、怖くなったのだ。尊は「必要ねえ」と言ったが、正直に事情を話して鮒月病院から通報してもらった。

 結果的には、罪科が暁李に降りかかることはなかった。あの連中が犯してきた悪事は、尊に対しての暴行に止まらず、恐喝まがいのこと、何より所有していた多額の現金より、振り込め詐欺グループの受け子であったことまでもが判明したのだ。

「へえ……、そうなんだ……。すごいね」

 豊嶋が顔を向けたのは判るが、暁李は縮こまることしか出来ない。「あと、名前かっこいいね」

「名前かっこいいかのう……、こちらの世界のセンスはよう判らん。妾のほうがかっこいい名前であろうが」

 そのかっこいい名前を清継が縮めて「ヴィヴィ」と呼ぶことをすんなり許したレヴィルヴィアである。そんな甘ったるい呼びかたはしたくないから、長かろうと「レヴィルヴィア」もしくは「お前」と呼ぶ暁李である。

 バス停から、駅を経て、学校まで。これから一年、三年生である学と豊嶋清継(俺はこういう字、と学生証を見せてくれた)と、約三十分一緒であるという事実に、高揚と暗澹、二つの大きな感情に脳を占拠されて、暁李は入学式のことなどほとんど覚えていない。式の後に撮った集合写真においては、中列の端で上の空の顔で写っていた。同じクラスに配された尊はなんだか憂鬱そうな顔であった。

「そのころのキヨが見てみたいのう……、いったいどんだけ麗しかったのじゃろうなぁ」

 生家からこの部屋に引っ越したとき、多くのものは処分してしまった。アルバムを探すのと、当時スマートフォンで撮った写真を探すのと、どちらが早いだろうかと考えてから押入れを開けて、アルバムを引っ張り出す。

 一学期の体育祭の写真があった。いかにも汗臭そうな暁李と尊が並んでいるところに、清継が後ろから二人の首に腕を回して、……小さな彼はジャンプして飛び掛かってきたのだ。

「んほおおぉ……!」

 とんでもない声がレヴィルヴィアの口から零れたが、写真の中の暁李も尊もそれに等しい声を出している。

「聞きしに勝るとはこのことか……、なんと麗しい、まるで、まるで、うーむ……、宝石のようじゃ……」

 いま見返してもそう思う。あんまりにも、ちょっと、美し過ぎる。満面の笑みを浮かべていても、少しだって崩れたところはない。レヴィルヴィアの(たと)えに倣うなら、清継に肩を組まれた暁李と尊は黴と泥であり、そんな不潔なものに触ってはいけませんと思わず声を荒げて叱りたくなるほどだ。

 レヴィルヴィアはもう気付いているだろう。

 このときの清継には、まだ両手がある。

 しかし彼女はそのことを問わず、

「これ、アブラムとか言うのじゃろ」

「アルバムな」

「なにゆえこんなに穴ボコだらけなのじゃ」

 と不思議そうな顔で訊いた。

 彼女の指摘の通り、暁李と尊、あるいは暁李と他のクラスメイト、そして暁李と清継とのツーショットが並ぶアルバムは、ところどころ欠けている。暁李はその理由について語るつもりはなかったし、レヴィルヴィアも(こだわ)らず、前後の写真に清継を見付けては、「それにしても……、うむー、男とは思えぬ。いまのキヨが美しいことは言うまでもないが、若いころはもう、なんというか……、うーむ、上手い言葉が浮かばぬ、言葉を超えた美しさを感じるのう……」とまた一頻(ひとしき)り当時の清継に対してのインプレッションを述べた。

 自分の人生を振り返ってみたとき、この時代がいちばん幸せだったと暁李は思うのだ。

 中学時代とは一変した高校の環境にも幸いすぐ慣れたし、尊との友人関係は現在に至るまで続く、まずまず良好なものになった。学は怖かったが、必要以上に恐れるのは失礼に当たると気付いたのもこの時期で、二学期に入るころには何だかんだ冗談を飛ばすことさえ出来ていた。

 そして何より、暁李の視界の中央にはいつでも清継がいた。

 清継は小さな先輩として、暁李のことを、尊のことを、とても可愛がってくれた。

 レヴィルヴィアが感嘆の言葉を漏らした通り、あれほど可愛らしい少年が自分を思いやってくれるという事実は、どう控えめに見積もっても人生を狂わせるレベルの影響を与える。

「ん……、それは、どういうことじゃ」

 暁李はレヴィルヴィアの問いにすぐには答えなかった。水割りの二杯目を作り、少女のひざ掛け代わりに自分の上着を持って来て、エアコンにもスイッチを入れた。

「……お前の世界にも、いるのかな。わかんないけど。ただ、ここから先を聴きたいなら、……お前は、約束出来るか。このことを誰にも言わないって」

 暁李は、このことを誰かに言う日が来るとは思っていなかった。ただ思うのは、恐らく自分一人が胸の中に抱えていたまま、いまもなおじくじくと()む音を立て、時折苦しくて堪らなくなるのなら、早い時期にそれを吐き出すことを選んだほうが楽なのだということ。

 つまり、尊はその点、俺より楽だったんだろう、と。

「妾は、一応これでもそなたの妻であるぞ。……まあ、この通りちんちくりんのつるぺったんではあるけどもな、それでも夫を立てるということは知っておる」

 むん、と胸を張ってレヴィルヴィアは言った。「そなたが秘しておきたく思うことを、誰かに口外などするまいよ。妾はこう見えて、口はとーっても固いのじゃ」

 両手の人差し指でにゅいと頰を押した。ずいぶん柔らかそうである。

 この秘密を打ち明けるに相応しい相手ではなかろう。しかし、どうせやがては世界に帰って、目の前から消えて無くなるレヴィルヴィアである。苦しい秘密を漏らすことで少しでも楽になると信じられるならば、これ以上の相手もいないかもしれない。

「俺も尊も、先輩のことが好きだったんだ」

 うむ、とレヴィルヴィアは重々しく頷いて、「……ん?」と首を傾げる。

「それだけ? む、……もっとこう、なんか悪いことをしたとか、そういうのを言われるものと思うておったが」

 拍子抜けした顔である。「そなたらがキヨのことを好きでいるのは、先刻承知じゃ。妾が初めて見たときから、キヨはこの者たちに好かれておるのじゃなあと……、それがそなたの秘しておきたかったことか?」

 ああ、と今度は暁李が拍子抜けする番だ。

「お前だって先輩のことは好きだろう」

「んむ。キヨは麗しうて、しかも優しいでのう」

 相手はこどもだ。男である暁李をぬいぐるみ代わりに一緒に寝られるほどこどもだ。

「じゃあ……、お前先輩と一緒に風呂入れるか」

「何か問題でもあるのかの。なんなら妾がキヨの右手の代わりとなってすみずみまでぴっかぴかに洗ってやることもやぶさかではない」

 この手の、十五、六の少年の心の機微を理解することは、レヴィルヴィアには難しいことだったかも知れない。

「……お前は、先輩とキスできる?」

 念のために訊いてみたら、さすがに少し恥ずかしそうに頰を染めた。

「そ、そんな恋人同士みたいなことは、のう……」

 ああ、それぐらいなら判るのか。暁李は溜め息を吐いて、ついでに深呼吸もひとつ。暁李が口に言葉を乗せるより先に、

「そ、そ、その……、そなたは、妾としたいのか……? 妾は、一応そなたの妻であるゆえ、そなたがもしそれを望むのであれば……」

 どうやらテーブルの下にある指でトレーナーの裾をもじもじと弄りながら訳の判らないことを言った。

 暁李は清継が好きだった。

 尊も清継が好きだった。

 しかしお互いに、はっきり言葉に出すことはない。確認し合うまでもなくそこまで理解が通じていた。そして確かなのは、それを告白されたとして、決して相手のことを嗤うまいと。

 ああ、全くもって、人生レベルの影響を、暁李は清継から受けてしまった。あの美しい人を、男であろうと、抱いてみたい、と。あの人に触れたらどんなふうになってしまうのだろうと、鬱陶しくも瑞々しい欲は暁李と尊の心臓から血に乗って全身に行き渡り、思考も行動も支配した。寝ても覚めても清継のことしか考えられなくなってからというもの、それが同性愛であるという引け目は一層二人の思いを強固なものにする以上の意味も持たなかった。

「俺は、……尊も、先輩とキスしたいって思ったんだ」

 レヴィルヴィアは猫に似た目をキョトンと丸くする。

「しかし、キヨも、そなたも尊も男であろう」

 そうだな、と首肯するときに、ぎこちない笑みを浮かべてしまう程度のコンプレックスが、まだ自分の中に残存していることに暁李は気付く。

「男と男がキスをして、どうなると申すのじゃ、……えーとその、妾は詳しうないが、その、男同士でくっついたとしてこどもが生まれてくることはないのじゃろ」

 レヴィルヴィアの世界にも、きっといるのだろうとは思う。人間がいるならば、そうでなければならない。ただ、それが知られていないというだけ。

 暁李も、尊も、豊嶋清継を愛することが罪だと思っていた。男を愛することが罪なのではない、あの美しい人に触れたいと、願うことが既に罪なのだ、(けが)すことがあるならばなおのこと。しかし伴う罰がどんなものであれ甘んじて受けよう。豊嶋清継を知ったその日から、結果罰の雷を受けて死ぬのなら甘美な結末であると信じて疑うこともなく。

 これは、今になって思うことであるが。

「先輩が、なんでこんな田舎に転校してきたか……、理由は誰も知らない」

 表面上は、気はしっかりしているが足の不自由な祖母の面倒を見るために……、という理由である。しかし無理があることは年幼いレヴィルヴィアにも察知出来たようだ。

「そんなの、キヨでなくても出来ることであろうが。というか、キヨがするほうがおかしい」

 そうなのだ。老祖母の介護ならば、もっと他に適任がいたはずだ。

 つまり、別の理由があったからこそ、清継はこの小さな村に単身越してきた、……越して来なければいけない理由があった。

 暁李が、そして恐らくは尊も同じく悟ったのは、豊嶋清継が備えて隠せない美しさが、彼にとって決して幸せばかりを(もたら)してきたわけではなかろうということだ。暁李と尊がそうであった通り、檜垣高校においてもこの小さな村においても、清継はただそこに存在するだけで人目を惹き、捉えて離さない。暁李や尊同様、不埒(ふらち)なことを考える輩は少なくなかった。しかるにこの村においては佐原学がいた。暁李などはまだ尊の存在ゆえに彼と近い距離に居場所があったからよかったものの、そうでなかったなら日々あの恐ろしい男の目に止まらぬよう怯えて暮らしていたはずである。そういう男と、同じクラスの友人としての位置を、当人もそれほど意識しないまま築いていたからこそ、清継に言い寄る男はいなかったし、いたとしても学によって呆気なく排除されるに至っていた。

 このことを逆に考えれば、……学という物騒な騎士はいなかったであろう東京において、清継は常に災厄の渦中、というか清継の存在自体が彼自身に災厄を齎していた可能性も、当然導き出されることとなる。

 だからこそ、清継は祖母を頼ってこの村にやって来ることを選んだのだ。判断の主体が清継自身なのか、それとも彼の両親であったかは判然としないが。

 暁李が甘く思い出す時代が清継にとってもつかのま平和なものであったはずという想像は、それほど間違ってはいないと暁李は思う。

 しかし、その時間が呆気なく終わったことを、暁李は思い知らされることとなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ