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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
この見どころのない村に舞い降りた天使、とてもとても不幸な天使
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先輩にそれがあろうとなかろうと俺たちだって

 猫が家にいるがごときもの。

 ……という認識が正しいのかどうかは判然としないが、

「にゃははははは!」

 男ばかり四人が集まる清継の部屋にひときわ高い少女笑い声が響き渡る。飴色の白熱球がじんわりと照らし、決して明るくはないのだが、ささやかな温もりの満ちた空間に、ふてぶてしい野良猫が上がり込み、そのまま暖かな部屋をのうのうと自分の居場所と定めてしまった。家主も打ち捨てるに忍びなくなって、何となく居着かせてしまうという話は珍しくない。そのうち猫との間に情なるものが通うようになったらもういけない。

 少なくとも暁李は自称「魔皇女」のレヴィルヴィアとそんなものを通わせるつもりもないのだが、清継がノートパソコンで見せてやる動画に大笑いする彼女の姿を視界の端に入れながら湯上がりの水を飲んで一息ついて、……いや何お前当たり前の顔で動画見てるんだと、迂闊にもそこ景色を自然なものとして受け入れてしまいそうになった自分に戦慄した。

 レヴィルヴィアが居着いてから既に一ヶ月半が経過していた。

 尊と朝陽は既に自分たちの部屋に戻っている。清継はレヴィルヴィアと一緒になって素人の投稿した動画を笑い、時に左手の人差し指で涙を拭った。

「十時半だぞ」

 小さな声でそう咎める言葉を、暁李は動画の終わりまで待ってから口にした。

「むう、どうせ明日休みじゃろ、もう少しぐらいよいではないか」

 丸々休みの日、というものは、ほぼ週に一度しかない。暁李にとっては意外なことに、レヴィルヴィアは厳寒の折の早起き、車掌としての業務や車内の掃除等々、まあ文句なしにではないもののこなしてきた。休日を前にして多少の夜更かしも許されるのかも知れないが、カレンダーを隅から隅まで探しても純粋な「休日」なんてものは見付けられない人もいる。

「暁李は休みだけど、俺は尊と朝陽のお弁当作らなきゃいけないからね」

 清継がそう言うなり、「おお、それもそうじゃな」と良い子の顔で言う。

 犬猫はその家の人間の力関係を敏感に察知すると言われるが、それが事実であることを、その類の生きものを飼ったことがない暁李も知る。この部屋を仮に「家」と呼ぶならば、「キヨが一番偉いのじゃ、暁李も尊も朝陽もキヨの言うことには逆らえぬのじゃ」とレヴィルヴィアが犬猫並みにそう考えて清継に甘えることを選ぶのは自然である。

「おやすみヴィヴィ、明日はゆっくり寝坊するといいよ」

「うむ、おやすみじゃ」

 清継の左手に金色の髪を撫ぜられるとき、レヴィルヴィアはとても誇らしげである。そして喉でも鳴らしそうなほどに嬉しそうである。

「キヨはよいのう……」

 まだ自身の髪を撫ぜた彼の手のひらの温度が残っているのだろう、部屋に戻って暁李が布団を敷いている間も、レヴィルヴィアは夢見心地でつくづくと言う。

「優しうて、麗しうて……、妾はあれほどなよやかな男を知らぬ」

 豊嶋清継がそういう男であることは、この村に住む誰もが知っている。とりわけ半ば同居している暁李と尊と朝陽は誰よりよく知っているから、わざわざレヴィルヴィアに言われるまでもない。

「のう、のう暁李。そなたはむかーしからキヨのことを知っておるのじゃろう」

「歯ブラシ握っているだけじゃ歯は綺麗にならないぞ」

「んむむ、ふぃよはむひゃひふぁら……」

「磨き終えるまで待てばいいだろ……」

 歯を磨くときには、集中すべきである。磨き残しのないよう、黙って丁寧に手を動かすべきなのである。

 そういうとき、人の思考は勝手な方向へ転がり出してしまいがちだ。レヴィルヴィアが黙ったことで、余計に考えに(ふけ)りやすい環境になったと見ることもできようか。

 豊嶋清継という人は恐らく、美しく生まれてきた。

 そんなことを、暁李は考えたのである。

 恐らく、というのは、現実として自分より二歳年上である清継の生誕に立ち会うことなど出来ないからだ。しかし、ある程度の確信を持っている。この世に生を享けた瞬間から豊嶋清継は美しかったのだ。

 暁李が初めて清継と出逢い、その大きな瞳、長い睫毛、白い肌、……薄く優美でどこか曲線的でさえある姿に呆気に取られたのは、今から十二年前。

 暁李や尊が十五歳のとき、そして清継は十七歳だった。

 十七歳……?

 そんな馬鹿な! いまもって暁李はそれを信じられなく思う。それを踏まえていま二十九歳、……馬鹿な! あんなに瑞々しいアラサーがいるものか。どんなに幼いこどもでも、清継のことを「おじさん」などと呼びはすまい。わりとどこまでも「おねえさん」である。

 十代のころの、目にしただけで眼球に花の匂いが刺さるがごとき鮮烈な美はさすがに影を潜めた。しかし代わりに清継が備えたのは、その身の中を流れる血が時を経たことで熟成し、穏やかに(かお)り、安定感を持って成り立つ美である。どうして二十九歳の男の肌がそんなにつるつるしているのか。どうしてそんなに脂と無縁でいられるのか。

 どうしてあなたの歩いた後にはほんの少し甘い、石鹸の匂いが人型に残るのか。

 美しく生まれ、美しく育ち、なおまだその途中であることを誰もが思う。老い始めるということがあり得るのか、もしあるとして、それは俺が老い切るときよりも先なのか後なのか、……後のような気がする、何となくではなく、だいぶ蓋然性が高い話として、そうでなければならない……。

 歯を磨き終えたレヴィルヴィアは、暁李の言葉を待っていた。当たり前の顔をしてジャムの空き瓶に自分の青い歯ブラシと、レヴィルヴィアの黄色い歯ブラシとが同居しているのは、まったくもって悪い冗談にしか見えない。しかしながらこれは事実として、暁李は清継が何色の歯ブラシを使っているのか知らないのだ。

「あの人は……」

 掌で(すく)った水で口を濯いで、そのまま顔を洗って、一時的にしろ「メイド」をやっていたからだろうか、レヴィルヴィアはこういうところばかり気が利く、タオルを暁李に差し出すのだ。「……あの人は、最初から綺麗だったよ。いちばんはじめを、俺は知らない、……けど、いつ誰が見たって綺麗だったに決まってるんだ」

 事実の開陳。しかし、それがレヴィルヴィアの求めている答えではないことは判っていた。

 レヴィルヴィアは、初めて清継の姿を目の当たりにしたときからずっと訊きたいことがあるのだ。

 概ね遠慮のない、態度のでかい、未だに存在そのものをどう定義したらいいのかよく判らない少女ではあるけれど、それでも一定程度の常識と遠慮が備わっていて、当人に直接法で訊くことはどうしても(はばか)られたと見える。あるいは彼女の住む「異世界」にも、清継のような人が存在するのだろうか。だとすれば、そういう人物の、ある種の特徴について面と向かって訊ねることに抵抗があっても当然だ。

 レヴィルヴィアに答えを与えてやれるのは、便宜上のこととはいえ「夫」であり、事実保護者である暁李しかいないのだ。明日が休みでなかったら、寝るぞという一言で終わらせることも出来ただろうが。

 冷蔵庫の牛乳をマグカップに注ぎ、電子レンジで温め始めた暁李を、不思議そうな顔でトレーナーとジャージという格好のレヴィルヴィアが眺めていた。小さな裸足を見て、

「歯を磨いたのに、ミルクを飲むのか?」

 訝る彼女に「靴下履いて来い」と命じ、暁李は暁李で自分が飲むために安ウイスキーの水割りを氷なしで作った。

 暁李にはこの話を短くまとめて、どうもあまり頭がよくはないレヴィルヴィアに理解出来るよう伝えられる自信は全くなかった。恐らく言葉はたどたどしいものとなり、自己弁護が、他者への呵責が含まれる。聴かされるレヴィルヴィアは少なからず不快にもなるだろう。何より重要なのは、レヴィルヴィアに敢えて全て話す必要性なんてものは何処にもないと暁李自身がよく理解していることだ。だって、

「……先輩が、どんなでも、お前は先輩のことが好きだろう」

 ということは、解りきっている。実際、うむ、すぐにレヴィルヴィアは重々しく頷いた。

「そなたや、尊や朝陽も、キヨのことが大好きなのじゃろう。……キヨがどのようであっても、それは……、つまり……」

 一瞬、先回りしそうになった。しかし彼女が、きっとこどもなりに考えた末に、その言葉を口にするべきだと思い直して、真っ直ぐに暁李を見て紡ぐ。

「……妾も、キヨのことが大好きじゃ、それは……」

 テーブルにLEDの青白い電球の光を浴びて、レヴィルヴィアの相貌も冷たい緊張感を帯びた色に染まっていた。

「キヨに右手があろうとなかろうと、大好きなものは大好きなのじゃ」

 それを聴いて、何がどうする。

 はっきりと救われるのだ、この心が。

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