あんまり不幸にならないんだったらもうそれでいいや
しかるに、一ノ瀬暁李はもはや「俺の人生」なんてものを喪失してしまって久しい。このまま死ぬまで、この村で、細々とバスの運転手をやって行くのだろう。
人生に残された時間の大半を豊嶋清継への償いに充当することは、もはや暁李に変えることは出来ない事実なのである。
「ああそうだ。ねえレヴィルヴィア、君は異世界から来たんだよね? 向こうの人たちってどんな暮らしをしてるの?」
清継の興味は既に暁李の人生から逸れていた。
「ごめんな」
二階の清継の部屋にあった布団を四階の暁李の部屋まで抱えて運んだ尊が、心底から申し訳なさそうに言うのを片耳で聴いて、深いところから大きく嘆息した。お前に謝られたってしょうがないよという言葉も出てこない。全ては清継が決めたことであり、暁李が清継に対して従順であることは、……尊自身もそうであるように、決して変えられないのである。
「……『結婚』って言ってもさ、本気にすることねーよ、あんなちっちゃな子と」
尊の言葉に頷きながら、ふと、「お前はあの……、レヴィルヴィアとかいうあいつの言うこと、信じてるの?」と素朴な疑問を向けてみる気になった。
「ここでいいか?」
毎日全員が集まる清継の部屋においてはソファが置かれている場所に布団を置いて、尊は訊いた上で、「……先輩だって、本気にしてるわけがねーと思う」と、妥当な分析を口にした。
「朝陽は?」
「さー……、俺よりも信じてねーぐらいじゃん? あいつ俺よりも頭いいし」
それもまた、妥当な分析であろう。
座ったら、立つのが億劫になる。そう判っていたから、自分の部屋の真ん中でぼんやりと突っ立っていた。そうだな、妙な少女を一夜保護するだけのこと。清継もあれだけ色々言いはしたが、根っこのところではレヴィルヴィアの存在を肯定しているわけではないはずだ。明日になればきっと、何事もなかったかのようにあの金髪の少女はいなくなるのだろう。
「もう降りねーのか」
尊の問い掛けに小さく頷いて、「余ってたら煙草一本置いてって」と請う。尊は何も言わずに箱ごと置いて部屋を出て行った。
二階に戻って風呂に浸かる気持ちはもう失せていた。生活に伴う固定費を少しでも浮かせるためにという清継の提案で、暁李も尊と朝陽の兄弟もあの部屋の湯に浸かるのが習慣となって久しいが、当然のことながらこの部屋にも風呂はある。シャワーで済ませればいいのだ。長らく使っていないせいで、快調な運転音を響かせる台所の換気扇の下で煙草を一本吸って、もはや夢の中にいる心地でシャワーを浴びてもう一本吸い終えたところに、
「暁李?」
尊が見たら遠くからでも飛んで来てコートにマフラー、自分の身に着けている防寒具を全部押し付けそうな薄着の清継が、レヴィルヴィアの手を引いて入ってきた。レヴィルヴィアは髪を下ろし、清継のお下がりと思しきジャージの裾を引きずっている。清継が男性としてはかなり小柄であるにしても、朝陽と同じほどに見える少女か着ると不格好だ。
「すごいんだよ、この子、魔法を使えるんだ」
「は……?」
「指先に、小さな火を灯して見せてくれたよ。この子がいた世界では、みんな魔法が使えるんだって。こっちの世界に来たのも魔法の力を使ったんだ、すごいことだよね」
清継の手離しの賞賛に、「あんなものは……」レヴィルヴィアは首を振った。
「妾には、魔法の才能がない。あれぐらいのものは、妾よりずっと小さな幼子でももっと上手に使いこなせるものじゃ」
表情は、勇者の話をしたときと同じように曇っていた。「ゆえに、父上は妾を認めてくれぬ……」
「こんなに可愛い、いい子なのにね」
レヴィルヴィアの金色の髪を撫ぜた清継は少し物憂げな微笑みを浮かべて、「押し付けるようなことをしてごめんね」
小さな声で言った。その言葉に真心が篭っていて、本当にこの人は自分に詫びているのだと判るのが、かえって辛い。そんなふうに言われたら暁李は「いえ」と首を振って、薄い靴下にサンダルを履いた歳上の男が風邪をひかないかどうかを本気で心配しないではいられなくなってしまう。
「じゃあ、また明日。……ヴィヴィ、おやすみ」
「んむ、大義であったな。勇者を征討し国を取り戻した暁には、キヨのことも大いに重用せねばなるまいのう」
この短い時間で、ずいぶん心を通わせ合っている、二十九歳の清継と、朝陽と同い年ならば推定十二歳のレヴィルヴィアである。彼が部屋の戸を閉めると、あとはこの幼女と二人きり。と言って、ただ寝るだけだ。自分の寝室に少女を放り込んで、「トイレそこ」と言ったらその後は、明日の朝眠りから覚めたとき、全てが夢であったとしても驚かないぞと自分に言い聴かせて、清継の匂いのする布団に潜り込むだけ。
「ん? そなたは妾に添い寝するのではないのか」
耳年増めと毒づきながら、自分の布団に潜り込んだ、枕元にぺたぺたと裸足が近づいて来て、
「のう、そなたは妾の婿になれたことを嬉しく思いはせぬのかえ」
高いところから暁李を見下ろして問う。彼女の口ぶりから想像すれば、彼女の国において、……あるいは彼女の「設定」において、それはとても光栄なことと思われているらしい。
「……こどもに興味のない男ばっかりでよかったよね」
「む、こどもとは失敬な。妾はちゃんとこう、わりと、大人であるぞ」
仮に四人の男のうち誰かが、レヴィルヴィアぐらいの幼女に対してけしからぬ考えを抱いていたとしたら。……断じてそういうことがないということを、四人が四人、神に誓って言えるのだ。清継が暁李にこの少女を任せたのは、自身が持て余し、また尊と朝陽のことを考えれば彼らの側に置くべきでもなく、要は消去法であろうが、誰に任せても安心であることには変わりない。
「……どっちでもいい」
枕に頭を乗せたままで、暁李は言った。「こどもの遊びに付き合ってられるほど、俺は人間が出来てない、……忙しい、疲れてる」
酷い言いかたを敢えて選ぶことに、露悪的な悦びが伴った。レヴィルヴィアの自意識以上に、ひょっとしたら「こども」でありたいと強く願っていることが否定出来ない暁李かもしれなかった。
目を伏せたのは、自分が少女に悪い言葉を吐きつけた結果を見たくないと思ったからか。
レヴィルヴィアは黙りこくって、なおそこに立っている。きっと悲しんだだろう、傷付いただろう、そんな結果を招く以外、何の意味もない言葉を紡いだ暁李の舌には、いつまでも苦味が残っていた。
レヴィルヴィアの足音が遠ざかる。嫌われるようなことを言ったのだ、嫌われたっていいと思って言ったのだ。静かな眠りこそが今の暁李の欲するもの。この生に残された僅かな喜びである、安らぎである。
それなのに、裸足の音が帰って来た。片目を開ける間もない、レヴィルヴィアが暁李の頭のすぐそばに、とすんと枕を置いて、
「おい」
と言う声に耳を貸す気配もなく、ごそごそと布団に潜り込んでくる。冷たい足が脹脛に触れて、「何してる!」思わず強い声が出た。
「……妾は、こちらに来るときに、手ぶらで来てしもうた。勇者の息のかかった者どもの目を盗み城を抜け出すに当たっては、ろくな準備も出来なかったゆえ……、大事なものを一つ城に置いて来てしもうたのじゃ」
どうやらレヴィルヴィアに暁李の怒声は全く堪えなかったようである。
「それは『チェルニィ』という名前の黒い猫じゃ。……正確に言うならば、猫のぬいぐるみじゃ。母上が幼き日に妾に与えてくれたものでのう、母上亡きあと、妾はいつもチェルニィといっしょに寝ておった。勇者が攻めて来たときも、チェルニィには指一本触れさせることはなかったのじゃ。しかるに、……ほれ、こんな異世界に来て、妾は幸運にもこうして寝るところを得ることが出来たが、そなたが見付けてくれなかったなら寒々しい森の中で朝を待って人間を探さねばならなかったことじゃろう。そのような辛い思いをあやつにさせるわけには行かぬからのう……」
俺は何を聴かされているんだと訝る暁李の背中に、ぐい、ぐい、レヴィルヴィアが一人用の布団における占有面積を着実に侵食して来る。
「チェルニィは今宵もあちらで妾の布団ですやすや眠っておるはずじゃ。しかるに、……考えてみたら妾はあやつ無しの布団で眠ったことがない。あやつと寝るようになって妾はおねしょもしなくなった、立派なレディとしての一歩を踏み出すに至ったのじゃ。つまり、のう、これ以上言わずとも判るじゃろ、暁李」
こどもに忖度を求められるとは思っていなかった。
「……俺にぬいぐるみがわりになれって言うのか」
「チェルニィよりもだいぶでかいし硬い。しかし、……うむ、温いのう」
暁李の背中にひっついて、レヴィルヴィアは「ンフフン」と笑った。それはどうやら、彼女が満足したときに発する笑い声であるらしい。とても不慣れな状況に、掌に掴みかかっていた甘美な眠りが遠のく。何と不幸なことだろう。せっかく温まっていた布団が、レヴィルヴィアのせいでひんやりしている。
「そなたは、覇気がないのう」
背中でレヴィルヴィアが、大きなお世話を口にした。普段からそう言われることが少なくない暁李だが、いまこの瞬間そう見えるのは、他ならぬレヴィルヴィアのせいである。
「面妖なことじゃ。キヨに、……尊と朝陽、あやつらみんないいやつではないか。そなたとあやつらは血が繋がっておらぬようじゃな、しかし上手に互いを支えあいながら暮らしておるのじゃろう。それでいながらそなたがそのようにくらーい顔をしておるのは解せぬ」
自分がこういう顔を、この二年近くにわたってし続けている理由を話そうと思ったなら、……最低三時間はかかる、お茶と、何かつまむもの、暁李のためには煙草が何本か、そして途中でトイレ休憩を挟む必要もあるだろう。
そもそも、他人に話すようなことではない。
「俺が不幸に見えるんだとしたら……」
だから、背中で言った。「それは、俺が不幸なふりをするのが上手だってことかもしれないな」
「んん? ……妙なことを申すやつじゃな。不幸なふりなどして何になる、まゆげとまゆげの間が疲れるばかりではないか」
確かに、その辺りにはいつも薄い倦怠感があった。
「……俺は、不幸に見えるかもしれない。仕事はしんどい、他のことも、すごくしんどい。……はっきり言えば、いきなりよく判らんのに絡まれて、いまもしんどい」
「確認するまでもないが、『よく判らんの』は妾のことじゃろな」
「でも、……ああ、俺は別に不幸じゃない」
背中でレヴィルヴィアが戸惑う気配があった。
「俺は、不幸なふりを上手にしているだけだ。……不幸の中で、どれだけ上手に立ち回れるか、生き続けることができるか……。そういうルールの遊びをしているって思わなきゃ、やってられない」
自嘲の笑いを、レヴィルヴィアがどう捉えたかは判然としない。彼女はしばし黙りこくって、……一度、あるいは二度、何か言葉を発そうとする気配があった。
「……つまりそれは……、ごっこ遊びじゃな!」
このこどもの声は甲高い。緩やかな眠りの曲線に身を沿わそうとしているところに、キンと尖るのだ。
「ごっこ遊びならば、妾も幼き頃にはよくしたものじゃ、今はもう卒業したがの。……ンフフー、なんじゃ、暁李は大人のなりをしておるくせに、案外こどもっぽいのじゃなあ」
背中でレヴィルヴィアが笑っている。馬鹿にされたとは思わなかった。自分が馬鹿なことをしていると判っているから。少なくとも他の三人の男には言えないことであり、一期一会と思うがゆえに溢れた言葉を、そう笑って受け止められたことが、意外なほど暁李の心にはすとんと収まった。
「では妾も、そなたの遊びに付き合うてやるとしよう」
ぴったりと暁李の背中にくっ付く、凹凸に乏しい身体が、少しばかり温もりを帯び始めた気がする。ようやく布団の中が居心地の良さを取り戻し始めた。
「暁李。……たぶんそなたは妾のことを妻にしたいとは思っておらぬのじゃろう」
「……判る?」
「まあ、な。奇特なこととも思うが、無理強いするようなことでもあるまい。とはいえ、そなたが妾のために働いてくれた日には、相応の礼はしようぞ。そしてな、斯様に妾のぬいぐるみになってくれるのならば、妾も妾なりに、そなたがどう思おうと妻らしくなすべきことをなす。そなたの仕事を支えてみせよう……、つまり、そなたと妾でおよめさんごっこをするのじゃ」
びっくりして振り返ったところで、レヴィルヴィアがにぃと笑っていた。
「妾は魔皇女ではあるが、……先ほども話した通り、あのいまいましい勇者のために茶を汲んだり掃除をしたり、もろもろの仕事はそんじょそこらの貴族などよりずっとこなせるほどじゃ。きっとそなたが満足するだけのおよめさんの振りをしてそなたを支えてやろうぞ!」
あまりにも、……あんまりにも無邪気な笑顔であった。またしばらくその顔を見ているうちに、首が痛くなった。
「そなたも存分に不幸せごっこをするがよかろう。妾は不幸せな夫を上手に支えるおよめさんのふりをして存分に遊ぶつもりじゃ。……うむ、これはいい。いつか本当に誰か婿を取らなければならなくなったとき、この経験はきっと役立つはずじゃ!」
言葉の途中からを後頭部で聴いた暁李を、レヴィルヴィアは咎めなかった。前向きさと能天気さに呆れて言葉を失っているうちに、すうすうと寝息を立て始めた。これでいびきでもかかれたなら閉口だが、幸いにしておとなしく穏やかなものであって、……なるほどな、それなら誰も困らない、……それでいこう、明日の朝からそうしよう……、そんな考えを転がし始めた暁李も、次第に自分の息の音が冷えた部屋の底で、妙に落ち着き払って響き始めたことを自覚して。
気が付いたらもう明けがたであった。
暁李はいつも目覚ましが鳴るよりも早く目を覚ます。夢であったらよかったのか、それとも夢でなくてもいいのか、起きたとき、暁李のパジャマ代わりのTシャツはぽかぽかと温かな少女の指に握られていて、うなじの辺りにはこどもの体温が当てられている。夢ではなかった、残念でした、おめでとう。敢えて救いを探すならば、レヴィルヴィアはおねしょをしていなくて、不幸な点を探すならば振り返って見た自分の枕カバーにべっとりとよだれを垂らしてくれていたことに限られる。
朝が来たなら、やることは多い。ただそのほとんどは最早ルーチンワークであって、自分のペースで動き始めた暁李の物音に反応して目を覚ましたレヴィルヴィアが「んむ……、おしっこ……、厠はこっちじゃな……」寝ぼけながら風呂場に入ろうとするのを慌てて止めてトイレに放り込む以外は本来通りの動きである。
「……んー、殊勝なことじゃ、まだ外は暗いのに、妾の夫はもうせっせと動き始めておるのじゃな……、首相にでも据えてやりたいぐらい殊勝なことじゃな……」
「俺は仕事に行く。あと、そういう『ごっこ』するのは構わないけど、外で『夫』はやめろ」
「むー、妾の夫は恥ずかしがり屋さんじゃ……。んむ? もう仕事へ行くと申しておるのか? こ、こんな朝も早うから?」
時計は六時を指している。田舎の鮒月村ではあるが、鮒月バスの平日始発は六時五十分、この便は基本的に暁李が担当していて、この時期は寒いを通り越して痛くて辛いのだが、公共交通機関の歯車の一つとして断じて怠けるわけにはいかないのだ。
「お前は寝てればいい。たぶん、七時ぐらいになったら先輩が起こしに来るから、……鍵は開けていく」
ぴゃっと飛び上がって、レヴィルヴィアは「ならぬ、ならぬぞ、そのようなことはならぬ!」大慌てで借りもののシャツを脱ごうとするが、ぶかぶかゆえ上手くいかない。袖口のところから頭を出して、「仮令『ごっこ』であろうとも、妻たるもの夫が仕事に行くのをほっぽらかしてぐうすか二度寝など出来ようものか!」ばたばたと言う。
「脱ぐな。……別に、お前が来たってやることなんて何もない」
「そんなことないんじゃない?」
ドアが冷たい風と共に空いて、
「おはようヴィヴィ、……ジャミラみたいになってる」
清継が笑みを浮かべて立っていた。彼の手には夕べレヴィルヴィアが着ていたメイド服がハンガーに掛けられている。彼自身はやはり薄着で、Tシャツにカーディガンを羽織っただけの格好だ。
「おおキヨ、そなたも早いのう!」
「女の子が男の見てる前で着替えようとしちゃダメだよ。そっち、暁李の部屋でこれに着替えて」
「んむ、すまぬ、大義であったな」
ジャミラのままメイド服を受け取り、暁李の寝室に入っていく。「……一緒に寝たんだ?」と笑う声に、憮然と「あいつが勝手に入ってきたんです」という反論もするりと受け流された。
「バスに乗せてあげたら? ……そんな嫌そうな顔しないでもいいじゃない。俺も昼間ずっと見てはいられないし、少しでも仕事をさせてあげたらいいよ。そのぶん暁李も楽できるんだし」
尊と自分の見立ては違っていたのだろうか。清継はからりとした顔で言って、「車内の掃除や洗車の手伝い……、慣れてきたら朝陽みたいに精算や両替もさせたらいいだろうね。もちろん、無給のボランティアだけど、ヴィヴィが働けるようになれば『1号車』の料金箱外せるよ。燃料費は一円でも浮かせたい」少しばかり毒のあるところも見せる。そうしたことを、二階上で暁李とレヴィルヴィアが「ごっこ遊び」の話などしている頃に考えていたのだとしたら、……清継は終始一貫して一片の隙もない本気でレヴィルヴィアと向き合っていたことになる。ただでさえ暁李はこの小さくて美しい男を恐れているが、一層正体不明の存在と対峙している気持ちになった。あるいは豊嶋清継こそが、異界からのストレンジャーだったのではないか。約十年前、目の前に現れたときから少しも翳ることを知らぬ、見る者を惑わせるほどの美しさが人間離れしたものであることは、改めて感慨に耽るようなことでもない。
「待たせたのう! 準備万端じゃ!」
寝癖で髪がぐしゃぐしゃのレヴィルヴィアが飛び出してきて、暁李と清継の会話は中絶した。苦笑した清継は洗面所からブラシを持ってきて、「そんなに焦らなくていいよ、まだ顔も洗ってないでしょ」と少女の髪を梳く。そうするしぐさはまるでレヴィルヴィアの姉のように見える。金色と栗色、色こそ違うが、清継の髪もレヴィルヴィア同様にたっぷりとまっすぐで癖がない。優しいつくりの顔の清継に比べれば、レヴィルヴィアはツリ目で気が強い印象であるが、……姉妹、という幻影を振り払って、大きく溜め息を吐く。
「はい、出来上がり。うん、可愛い」
「ンフフン、そなたのような麗しい見目をした者に褒められると自信が付くのう」
「暁李も可愛いし、お似合いの夫婦だ」
もう息を溜めるだけの余白もなかった。「昼に檜垣に行くついでにヴィヴィの服も買ってくるから、……百四十ぐらいかな。センスないって文句言わないでおいてくれたら嬉しいな」
「苦労を掛けるのう、なあに、どんなものであれすっぽんぽんでおるよりはマシじゃ。このみっともないメイド服より劣るものなどそうはあるまいよ」
「パンツも買ってきちゃって大丈夫だね?」
「んむ、妾は白かピンクが好きじゃ」
「まあ……、女の子のパンツ選んで買うのは恥ずかしいからざっくり選んでくるけどね」
何て話を聴かされているのか、目が覚めたと思ったら、まだ夢の中であった。
氷点下の戸外に出るなり、「んぶー! 寒い!」甲高い悲鳴を上げてレヴィルヴィアは首を竦める。
「気を付けていってらっしゃい」
柔和な声に送り出されて階段を降りる。不幸の道を行く背中に、「待て、待て待て、妾を置いていってはならぬ! まったくもう、なんじゃ無愛想な夫じゃのう」ごっこ遊びの「妻」を従えて、自分の足で歩いていく。
確かなことは。
俺はただ、不幸せなふりをしているだけ、……それだけだ。
だって暁李には、不幸になる権利だってないのだから。