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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
鮒月村の人々と、チート世界からやって来たのじゃロリ魔皇女
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これで拾ったのが犬だか猫だかだったらどんなによかったか

 鮒月村。

 減少傾向にある人口は昨年八百人を割った。村の南端を「北銀河キラメキ鉄道」が横切るが、村内唯一の駅「鮒月」は無人駅である。キラメキ鉄道でトンネルをくぐり二駅十五分ほど揺られた先にある「馬連内(まづれない)」と、反対側に同じくトンネルの向こう「檜垣(ひがき)」はともに街であり市役所の支所やコンサートホールなどもあるが、キラメキ鉄道は二時間に一本しか来ないため、街に出るのは誰にとっても一日仕事となる。山を越える道もないではないが、細く、特に冬の間は誰も通りたがらない。

 東西南北を山に囲まれた盆地であるが、村の北半分は鮒月湿原に占められる。これで珍しい植物や鳥類の飛来が見られるのであれば観光に力を入れようかという気も起こるところであるが、希少な愛らしい花はちっとも咲かず、飛んでいるのは雁ばかりとあって、村に一軒だけしぶとく残っていた旅館も二年前に閉じられてしまった。目下のところ主要産業は農業で、特産品は「ポチ菜」という名前の、クシャクシャした葉物野菜である。これは寒さに強く、雪の下で青々と逞しく育ち、肉厚で特に炒めものに向いているが、別に食通がそれ目当てにやって来るほどのものでもない。大半は村内唯一のスーパーマーケットである「さはらストアー」で販売され、村民の胃の中へ片付いてしまう。

 一ノ瀬暁李はこの、どこにでもある田舎の村で生まれた。二十七歳のこの男は、高齢化著しい村民たちの生活の足である「鮒月バス」の実質二人しかいない運転手の一人であり、かつ、同社の社長である。一国一城の主と言えば聴こえはいいが、過疎地の輸送事業者とあって御多分に漏れず赤字経営、自治体からの助成金でどうにか数字上の体裁を整えているに過ぎない。この先このまま働き続けて一体どうなるものか……、その答えが杳として見渡せないものだから、自然、この男の白い横顔は、案外に整ったものではあるのだけれど、常に不幸の雲に覆われているのだ。

 暁李はしかし、

「不幸なふりをしているだけだ」

 辛気臭い顔でそう嘯く。言葉を発するとき彼は微笑んでいて、目の縁にはどこかしら小賢しい光がちらちらと瞬くのが常だった。

 この男は、ほんの一年半前まで東京にいた。あの、非常識に入り組んだ道に対して絶対的に車の量が多く、散らかし放題に散らかした上で誰も責任を取るどころか手を付けることさえ諦めてしまったような街にて、いまと同じく路線バスのハンドルを握っていたのだ。私鉄系事業者のバスを、神経をすり減らしながら操って暮らしていた男は、その頃からもう、自分がやがて生まれ育った鮒月村に帰ることを諦め半分に認めていた。「会社継ぐなんてすごい」などと事情も知らずに羨む相手に「よかったらあげようか」なんて冗談を返しつつも、間に受けてもらえたらどんなに嬉しかっただろう?

 しかし、こんなに早く帰って来ることになるとは思っていなかった。去年の四月に全身モノクロームになって帰ってきて以来、是非もなく毎日鮒月バスのハンドルを握って過ごしている。自分の人生はとてもつまらない、不幸なものかもしれないと暁李は考えたし、しかしそんなこと考えたって仕方がないとも思った。

 実のところ暁李は、不幸になる権利さえないと信じて生きる男だったから。

 昨年末、……正確を期すならば、十二月二十四日の夜である。無地の方向幕に赤いランプを灯して走った1系統の終バスを車庫にしまい、併設された営業所にて一人きり業務日報を仕上げるあいだ、暁李は耐え難いほどの空腹を持て余していた。

 暁李の家は、営業所の、四階建ての建物の最上階である。かつて鮒月バスの景気が今とは比べものにならないほど良く、十台以上の路線バスに観光バスまで取り揃えていた頃に、独身寮として建てられたのがこの建物だ。もちろん古ぼけていて、暁李は別な場所に自宅を所有していたが、こちらにUターンした際にその家を売り払い、この寮の一部屋で暮らし始めた。東京時代から大幅に苦しくなる生活を想定した上での倹約が主目的であったが、暁李の帰郷を境に現在ではこの寮の部屋が計三部屋埋まることとなっている。同じ建物であるから「一つ屋根の下」とも言えるこの三つの世帯は、ほぼ毎晩夕食を共にしている。草臥れて帰った寒々しい部屋で米を研ぐところから始めなくていいのは有り難いことではある。

 営業所に施錠し、雪こそ降っていないものの足元から寒さの這い上がって来るような夜の外階段に足を踏み入れたところ。

「う、う、うう……」

 不吉で、不気味で、なんとも物悲しい呻き声が耳に届いた。

 陰気で厄介な物思いが蛇の形に横たわっていて、迂闊にもその尾を踏んでしまったように、ある瞬間から突然に暁李の聴覚は声に囚われた。

「うう……、なにゆえ」

 それはこどもの声であった。

「なにゆえ……、誰もおらぬのじゃ……、こっちには人間がいっぱいおるのではなかったのかぁ……、さむいし、ひもじいし、おしっこしたい……、このままでは死んでしまう……!」

 ひどく情けなく震えた、か細い少女の声であった。言葉遣いに漂う滑稽さと、訴える言葉の真剣さとが相反していて、暁李はしばし立ち尽くした。

「ううー、誰かぁ……、誰か、おらぬのかぁ……」

 恐るおそるの足取りで、声のするほうへ歩みを進める。大半がガムテープで塞がれたポストの前を通り過ぎ、上階へ繋がる階段へと目を向けたところで、暁李は声の主を見付けるに至った。

 少女であった。膝を抱えて、寒さに縮こまっていることを差し引いても、細くて小さな少女である。やけに明るい金色の髪が、数種の灰色があれば表現出来てしまう冬の鮒月には不似合いだった。

 加えて、恐らく金色の髪と同じほどに重要な点であろうと思われるが、少女の服装は奇妙極まりないものであった。

 メイド服。もちろん鮒月にはそういった商売をやっている店は一軒もない、……馬連内にも檜垣にもないはずだ。

 暁李は運転手として、毎日のようにこどもたちを学校に送り届けている立場である。この村の児童の顔と名前は概ね一致しているし、稀に村外から見慣れぬこどもが来てもその日のうちに「あれは米田さんとこのいちばん下の息子さんとこの子、冬休みだから遊びに来たんだよ」なんて誰かが教えてくれる。要は狭い村である。

 しかるに、こんなこどもはいなかったはずである。だから結局のところ、

「だれ」

 暁李はそう呟くしかないのだった。

 いかにも悲しげにシクシク泣いていた少女が、暁李が自分の目の前に立っていることにようやく気付いて飛び上がった。彼女の肌が、長い期間にわたり時間をかけて太陽に愛され続けた末と思しき小麦色に焼けていることがわかった。ますますもって鮒月にはそぐわない。

 彼女は涙に濡れた顔を隠しもせずに、まじまじと暁李の顔を覗き込んだ。戸惑いに瞬きつつも、やけに吸引力のある紅い瞳と、アーモンドを縁取る金色の睫毛、立ち上がって、一段高いところから背伸びをして、じいい、音が鳴り穴が開くほど、暁李を見詰めて、

「おおー!」

 声を上げて、暁李の両肩にぱんと手を置く。「人間……、人間、そなたは人間じゃな! この村の者じゃな!」

「痛い……」

 疲れて帰ってきて腹が減っていている状態で、妙な女児に絡まれて。現状という不幸を常に抱えて生きている暁李である、不幸せには人一倍の耐性を備えているものの、食欲を思考のゲームで躱せるほど仙人でもない。

 先ほどの「だれ」というのは聴き漏らされていたらしいから、暁李はもう一度訊いた。

「どこの子」

「む……」

 少女は暁李の肩から手を離し、こほんと咳払いを一つ。それから、このとき気付いたが白い手袋をした手で両目をぐいと擦り、

「妾に名乗れと申すか。ならば、言って聴かせよう、……妾はレヴィ・ルヴィア=プロコーイズィルニー、深淵の国の魔皇女とは妾のことじゃ!」

 ほとんど膨らみのない胸をぬんと反らして、誇らしげにそう言った。

 暁李はまた同時に二つのことを考えなければいけなくなった。一つは、……どう見ても外国人なのに、日本語がとても上手なものだ、と。そしてもう一つは、アニメの影響というのはすごいんだなあということで、要はこの子は何かのアニメのOTAKUに違いないということだ。民放のチャンネルが二つしかない村なので、暁李は幼い頃よりアニメに触れる機会が少なかった。上京して少しは見たけれど、残念ながらそれほど楽しむことは出来なかったのだが、……ファンがこの国のこどもに止まらず、大人、そして海を越えて世界中に広がっているのだという知識ぐらいは当然備えている。

「……おい。妾が名乗ったのじゃ、そなたも名乗るのが筋というものであろうが」

 不満げに唇を尖らせて少女は言う。

「……どこの子?」

「い、今言うたじゃろ! 妾は深淵の国の魔皇女レヴィ・ルヴィア=プロコーイズィルニーである! ああ、よい、申さずともよいぞ、長い名前じゃと思うたのであろう。そなたは妾に声を掛けた感心な人間ゆえ、特別にレヴィルヴィアと下の名前で呼ぶことを許してやろう。ありがたく思うがよい」

 この長い名前の女の子は、自分が暁李の問いに答えたと本気で思っているようだ。これは困ったぞだいぶ不幸だぞと途方にくれること数秒、

「……暁李?」

 階段の踊り場から、豊嶋清継の訝る声がした。「……と、誰?」

「先輩、もう一枚羽織んないと寒いっすよ」

 遅れて、尊、そして朝陽も当然のように顔を覗かせる。

「バスが帰って来た音がしたのに、ずいぶん長いこと上がって来なかったから。……こんばんは。綺麗なお洋服だね」

 穏やかで温かい笑みを浮かべた清継が、とんとんとサンダルで階段を降りてくる。その足音は軽やかで、彼はメイド服の金髪少女に語りかけた。

 レヴィルヴィアは清継を見て、しばし言葉を失った。

 少女の反応に、尊が、朝陽が、反射的に身構えたのが判る。もちろん、暁李も同じく身体を強張らせた。この少女の口から、とてもデリカシーのない言葉が飛び出すことを、清継以外の三人の男は心底から恐れたのだ。

 しかし、少女は清継の顔を覗き込んで、

「……そなたは、男、か?」

 意外なほど慎重な訊きかたをしたばかりだ。とうやら清継の相貌に少女の視線は縫い付けられ、他に興味を向ける余裕はないらしい。それもまた、無理からぬことではあった。

「うん、男だよ。……君は日本語が上手だね」

「はあ……」

 階段を、昇ったり降りたり、レヴィルヴィアは色んな角度から清継の顔を観察して、

「これは……、驚いた。そなたのように麗しき顔をした男がおるのじゃなあ……」

 しみじみとそう呟いて、「そして、人間いっぱいおるではないか……。妾はてっきり、ここには人間がおらぬのかとばかり……、っくちゅん!」とくしゃみをした。

「朝陽の学校の子じゃないね。お名前は?」

 清継の問いに、「レヴィルヴィアじゃ」と彼女は長ったらしいフルネームはもう口に乗せず、「深淵の国の魔皇女じゃ」とまた、大真面目な顔で異様な自己紹介をして見せる。

「深淵の国。……っていうのは、どこにあるの?」

 清継は泰然と構えている。もとより、彼が動揺をあらわにするところなど、彼がこの村に出現していらい十年以上、「後輩」として可愛がられてきた暁李も尊も数えるほどしか見たことがないのだ。

 だから、

「ふむ……、そなたたちに通りのよい言葉を用いるならば、深淵の国があるのは……」

 清継は、レヴィルヴィアの次の言葉をごくすんなりと呑み込んでしまうのである。

「異世界じゃ」

 彼の反応は、控えめなくしゃみひとつ。「先輩、風邪ひきますってば」慌てた尊の言葉に頷いた清継はごく当然のように、

「レヴィルヴィア、お腹空いてる?」

 と訊くのである。

「んむ、とても空いておる、あと、寒いしおしっこもしたい」

「部屋あったかくしてあるし、もちろんトイレもある。……『魔皇女』って言ってたね。きっと君は、とても貴い立場の女の子なんだろう。そんな君の口に合うかどうか判らないけど、よかったら俺たちと一緒に晩ごはんを食べない? 今夜はクリスマスだから、鶏肉を焼いたよ。食後にはケーキもある」

「……ほう」

 清継に「貴い」と言われたことに気分を良くしたか、レヴィルヴィアの背中は暁李の目にもはっきり判るほど上機嫌になった。「そなたは、麗しいのみならず貴人を接遇する心得があると見える。ふむ、よかろう! ケーキか、ふふん、妾は甘いものが好きじゃ、そして、鶏の焼いたのも良きものじゃ」

 この上なく偉そうな言葉の最中に、彼女の腹が鳴った音を聴き取ったのは暁李だけではなかっただろう。

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