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スウィートビタースウィート

「……というところで出来上がりじゃ!」

 冷やし固めたチョコレートにココアパウダーをまぶして、レヴィルヴィアのチョコレートは完成した。それを得意顔でカメラに向けて披露し、「この動画を見ておる皆の衆の中にも少なからず女子が含まれていよう。そなたたちの思いを籠めて、ていねいに仕事をするのじゃ。しからばきっと、そなたたちが思いを向ける相手の心に甘く(とろ)けるチョコレートとなろう。さて、……せっかく作ったものであるゆえ味見もしてみたいところではあるが、ここはグッと我慢じゃな。あとはこう、こんな感じの、とびっきり愛らしい顔した箱に詰めて、リボンでも掛けて、意中の相手にプレゼントするまでがバレンタインデーなのじゃな。妾はこの動画を最後まで見てくれたそなたたちに感謝の思いをこめて作ったつもりじゃ。妾のチョコレートを直接配り届けることは出来ぬが、ぜひそなたたちも手作りチョコレートに挑戦して、味見をしてみるのじゃ。そなたたちが口にするその味こそ、妾が贈り届けたく思うものよ。……ではでは皆の衆、今回の動画はこのへんでおしまいじゃ。また次回をお楽しみにーなのじゃ! ばいばい!」

 動画の撮影は滞りなく終了した。これをこのままアップロードするだけだと思っていたが、

「編集をしなきゃいけない」

 清継は言った。「このままでもいいのかも知れないけどね、でも、せっかくヴィヴィのファンが見てくれるんだもの。いいものに仕上げないともったいないじゃない?」

 動画配信者やそれを取り巻く環境には詳しくない暁李ではあるが、パソコンで動画編集をするスキルも有してはいない。なるほど無駄なところをカットしたりBGMを付けたりして、ほどよいものに仕上げるということなのだろう……、と想像はするが、清継の負担にはならないのか。

「俺はね、ヴィヴィがこっちにいる間は、いっぱい、やりたいことやらせてあげたいんだ」

 清継の言葉に伴うのは、単なる甘やかしではない気がした。

「では」

 すうはあ、一度、すうう、はああ、ともう一度、深呼吸をして、

「……では、朝陽にこのチョコレートを持って行くとするかのう」

 撮影のときには一瞬も見せなかった緊張を頬に浮かべた。

 暁李ももう、今回の一件がこのぽんこつ少女の自業自得であると切って捨てる気持ちではいない。きちんと自分の罪と向き合い、許してもらえるかどうかは別として、ごめんなさい、というとても大切な言葉を口にする決意を胸に秘めた少女は、もうあまり頭が良さそうには見えなくなってしまったけれど、仮住まいの異世界で少しく成長を遂げるのであろう。

「この時間なら、もう家に帰ってるだろうね」

 シンク周りを片付けて、借りものの食器類も元の通りにしまうのは暁李の仕事だった。レヴィルヴィアに視線の高さを合わせて、「一人で行ける?」訊いた清継に、うむ、と入学式の翌朝のこどもの顔で、レヴィルヴィアは頷く。不安も心細さも、胸に抱いたチョコレートの中に詰めて、どうか、受け取ってください、食べてください。

 校長に礼を言って小学校を出て、家に向けて歩いていく背中を見詰めるとき、うっかり、幸多からんことを、などと柄にもないことを思いかけた。人の幸せを祈れるほど幸せではない、幸せになれるはずもない自分なのに、隣には、自分よりも背の低い人が自分とそっくりな目をして少女の背中を見詰めていた。

 清継は自分の横顔に視線を注ぐ暁李に気付いて顔を上げて、少し笑顔になって、

「大丈夫だよ」

 と言った。「朝陽は優しい子だから、大丈夫」

 暁李も、やっぱりその言葉に縋りたい。

「あの子だって酷いこと言っちゃったって後悔してたし、……もっと悔やんでるのは尊だ」

「……尊が」

 清継は目を伏せて、物憂げな溜め息を静かに吐き出す。しかしまだ、彼の口許には優しい微笑みが居残っていた。

「……暁李が、暁李なりに考えて言ったんだって判るよ。でもね、夕べ尊に、何て言われたのって訊いて。……もちろん尊はなかなか口を割らなかった。それでも、根気強く訊いたらね、教えてくれた。……暁李」

 開いた目に射竦められて、自分よりも十センチ以上小さい清継に、暁李は威圧される。笑みを拭ったその口が紡ぐのは、

「喧嘩はしないでね」

 という言葉だけであったが、それだけで暁李は指先がちんと冷たくなる。あんまりにもあっけなく、「はい」と素直に頷く以外のすべを失った。

 清継が怒ったところを見たことがないわけではない。しかしいつでもどんなときでも笑顔でいる人だから、その片鱗をほんの少し覗かせるだけで抜群の効果を発揮することは、きっと当人も自覚の上であろう。嘘のようににっこりと笑って、

「尊も、判ってるんだよ、このままじゃいけないってことぐらい、……朝陽の思いは無視できるほど小さいものでもなければ、弱いものでもないってことぐらい」

 (かじか)んだ両手の指先を重ねた暁李に、彼は言う。

「でも、暁李には言われたくなかったんだろうね」

「……俺、には」

「うん。……あの子の仕事が終わったら、ゆっくり話をしておいで。こどもたちは俺が見ておくから、……ヴィヴィと朝陽は心配しなくても大丈夫だよ」

 声は、言葉は、とても優しく柔らかいものである、暗くなり始めた灰色の空の下の(まば)らな鮒月の家々に送る視線も穏やかなのである。しかし逆らいがたい、有無を言えない。年上であるから兄のようである、何より先輩である、それ以上に、母親のようである。母親に「いい子でいないと晩めし抜きだよ!」と言われて、平静でいられるこどもなどいるまい。

 どれだけ時間がかかったとして。

「わかりました、……わかりました」

 尊に謝らなければ、仲直りしなければ。暁李は「失礼します」と言い置いて、尊がハンドルを握るバスがいまどこにいるのか、……すぐそばのバス停で待っていれば二十分も待てばやってくると知っていながら、二つ手前のバス停を、小走りにやがて全力疾走で目指すのだ

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