これが魔皇女配信者
「じゃーん、魔皇女ちゃんねるのお時間なのじゃ! ンフフン元気かな皆の衆、今日はなんとまだ二回目の配信にして特別企画をやってしまうのじゃ。出し惜しみは妾の性分ではないのでのう。題してー、『バレンタインデー直前っ、手作りチョコレートを作ろう』企画! なのじゃ!」
檜垣での買い出しを終え、暁李と尊の母校であり、現在は朝陽が通う「鮒月小学校」に三人が到着したのは土曜ゆえもうがらんとした午後三時。暁李の知っている教諭が校長をしており、そうであったからこそ多少の融通が効いたと見て間違いないだろう。自ら家庭科室の鍵を開けてくれた校長は、「火の元には注意してくれよ」と言い置いて去っていった。どう見ても義務教育年齢にあるレヴィルヴィアが学校にも通わず日々メイド服を着て車掌をやっていることについては、「僕の姪です。いま彼女の国では長期休暇なので、日本語と文化の学習も兼ねてホームステイさせています」という清継の言葉が効いて何も咎められることはなかった。清継自身が異星の住み人のようなところがあるので、その姪がこんなであっても不思議はないと思われているのかもしれない。
「というわけでのう、今日はこれからチョコレートを作っていくわけじゃ。材料は、スーパーで売っておる板チョコと、生クリームと、あとこれははちみつと、あとはココアじゃ。うむ、だいたいそのまんま食べてもよきものであるが、ここに一手間掛けるからこそチョコの甘さや香ばしさはいっそう花開くのじゃ。ほんとうは妾の手作りチョコを一個いくらか値段をつけてそなたたちに販売してしまいたいところではあるが、……この動画の監修をしておる人間にそれはならぬと言われてしもうたからのう。せめてこうやって、妾のレシピを公開するのじゃ、真似して作れば妾の手作りチョコと同じものを口にすることが出来るぞえ」
なお、これはテイクツーである。レヴィルヴィアが言った通り、つい先ほどこの少女は思いっきり「一個千円で売ってやるから鮒月まで来るのじゃ」なんてほざいたのである。清継は主に食品衛生に関する法規の方面から、そして暁李は「そんな高い値段で売れるわけがないだろう」という理由で諭し、こうして撮り直すことになったのである。
それにしても、
「まず、このようにチョコレートを細かく刻んでおくのじゃ。こう、……こうやって、んむ、包丁というのはおっかないものじゃのう。なんでも銀紙の上からごりごり押し潰すやりかたもあるそうじゃ、しかし妾は腕の力がないでのう、なんてったって魔皇女ゆえ、フォークよりも重たいものは持てぬのじゃ。なので慎重に、しかし大胆に包丁を使って刻んでゆくことにするぞ」
真剣な目でチョコレートを刻む手元に集中ながらも、「ところで前回の動画を見てくれた者からいくつか質問が寄せられておったのう。まあ、片手間ではあるが答えてやらぬでもない。えーと、レヴィルヴィアさんこんにちは。んむ、こんにちはじゃ。レヴィルヴィアさんは何歳ですか、……そなたレディに歳を訊ねるのはいけないことなのじゃぞ。えー……、んー、そうじゃな……、よいしょ。んむ、十七才じゃ。ぴっちぴちの十七才、これでよいか。では次の質問。レヴィルヴィアさんの好きな食べものはなんですか。んーとそうじゃなこのせか……、国には美味なるものがいっぱいあるのう、カレー、トンカツ、んーと、唐揚げも捨てがたいのう」……ぺらぺらと視聴者からの質問に答えていく。
こういうことは、ある程度の頭が良さがなければ出来ないはずだ。先日の湿原を紹介する動画においても言葉に詰まったり噛んだりということもあまりなかったようである。
「んーむ、妾がなぜメイド服を着ておるか……、か。それについてはまあ、皆の衆の想像に任せるとしようかの。なんでもかんでも答えをもたらすのもあまり良くない、ちょっとぐらいはヒミツなところがあったほうが趣深いというもの……。さてさて、ふむ、この通りチョコレートは細かく刻まれたわけじゃな。哀れなことじゃ……、そのままでも美味なるチョコレートが、こうして粉々、……粉々というほどでもないが、砕かれてしもうた。しかしのう、悲しむことはないぞ、これから妾がとびっきりキュートでデリシャスな手作りバレンタインチョコに変身させてくれようぞ! ンフフフフン」
暁李は過去に自分が動画の被写体になるという経験をしたことがない。撮られるのも不慣れならば、撮られながら何か気の利いたことを喋れと言われたらたちまた頭が真っ白になって顔は紅くなって文字通り閉口してしまうことは想像に難くない。レヴィルヴィアがこどもだから出来るのか、と一瞬でも思ったが、同じことが朝陽に出来るとも思えない。となるとこれは、やはりある種の才能ではないだろうか。
レヴィルヴィアは撮影を開始する前も、そして今も、全く緊張の素振りも見せず、飄々と泰然と振る舞っている。クセの強い喋りかたも偉そうな身のこなしも普段の彼女そのままであるが、視聴者はまさかこの金髪のこどものリアルを目にしているとは思うまい。
つまり、物凄く演技が上手い少女であると誤解される公算が大きい。
「生クリームとはちみつを温めたら、こうやって……、さきほど刻んだチョコレートをゆーっくりと静かに混ぜるのじゃ、思いが逸るところをぐっと堪えてな、ていねいにていねいに、優しく溶かしていくのじゃ……」
その上レヴィルヴィアは、繰り返しになるし暁李としては何度繰り返してもあまり認めたいとは思わないのであるが、見た目はいい。抗いを籠めていうならば、見た目だけはいい。
今の彼女はぽんこつどころか、卓抜な演技力を有する幼き大女優である。平面で切り取られる限り、多くの視聴者は騙されよう。
「うむ! これぐらいでよかろう。そしたらの、これをこちらのバットに流し入れて冷やして行くわけじゃが、……ここで肝要なのは、このペラペラした紙を敷いておくということ、これは忘れてはならぬぞ。妾の国にはこういった便利なものはなかったが、これがあれば冷やしたチョコレートがパッキパキにくっつく心配もないのじゃ。表面がデコボコにならぬよう気を付けて、これを一時間ほど冷やしておくぞ。あ、ちなみにな、妾が仮住まいしておるここ鮒月は寒うて寒うて、玄関のドアを開けたらそこはまるで冷蔵庫じゃ、日によっては冷凍庫じゃ。妾はここへ来るまで雪というものを見たことがなかったでのう、はじめはずいぶん驚き、また見惚れたものじゃが、……さすがに最近はちょっと飽きてきたのう。あったかいおひさまが恋しいのじゃ」
レヴィルヴィアが視界のどこかしらに存在することが、暁李の日常になって久しい。しかるに、……これそのものがレヴィルヴィアの本性であると知らない者が見たならば、この少女がとても愛らしく、理想的に映る可能性を暁李は否定できなかった。
清継がここで一度カメラを止める。
「うん、問題発言もなかったし、上手にお料理出来てたからこれでいいね」
彼に誉められればレヴィルヴィアは「ンフフーン」と大いに得意になって、束の間、憂鬱な物思いからは解放されているかに見える。しかし彼女はすぐ、案外に真面目な顔になって、
「上手く行くじゃろうか……」
と冷蔵庫へ目をやる。冷蔵庫は今回「スタジオ」として使わせてもらっている家庭科室の片隅に、他のさまざまな機材はいかにも学校らしくきちっと窮屈に統一されている中において、やけに親しみのある家庭用のものが参観日の母親の趣で佇立している。
「大丈夫だよ」
レヴィルヴィアにとって、清継の言葉は他の誰が口にするものよりもずっと確かなものに聴こえるに違いない。暁李にしても尊にしても、そしてきっと朝陽にしても、この美しい人の言葉を道標として人生を歩むことを定めて久しい。
不意に彼の言葉が、
「暁李、見惚れてたね」
自分に向いた。
「……はい?」
「可愛いなあって思って見てるのかなって」
そういうことを清継が言えば、
「ンフッフーン」
レヴィルヴィアは有頂天になる。
「なーんじゃそうかそうかンフフフフン、よーうやく妾の愛くるしさに気付いたか! 感心なことじゃ。この美少女がつかのま妻として在ることの幸せを、そなたはもっともっと噛み締めて日々を生きるべきなのじゃ!」
抓ったらずいぶん伸びそうな、柔らかな頬を綻ばせてレヴィルヴィアは言った。