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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
この見どころのない村に舞い降りた天使、とてもとても不幸な天使
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人が一人、生きているというただそれだけでもう既に、とんでもない奇跡を俺たちは目にしているに等しい

 当然のように寝坊をした翌朝、それでもベランダからゴミ収集車はまだ来ていないことを確かめて、暁李は寝癖のすごいレヴィルヴィアと三つのゴミ袋を分担して集積所にそれらを委ねる。「お腹が空いたのう」とピンクのパジャマに外出用のコートを羽織った同居人が言うので、ひとまずパンでも焼いて食うかと思いつつ寮の階段を二階まで上がったところ、

「ああ、おはよう」

 左のポケットに鍵をしまう清継と鉢合わせた。きちんとコートを着て、マフラーを巻いて、ショルダーバッグ。甘く薫るがごとき姿の美しさは無論いまに始まったものでもなく、レヴィルヴィアももういい加減慣れたっていいところであるが、「おお」と声を上げた少女はそのまま何の遠慮もなく清継の胸に飛び込んだ。暁李も、もちろん尊もそんなことは一度だってしたことがないし、朝陽もきっと。それは少女の特権である。

「ヴィヴィはいつも寝癖がすごいなあ。そんなに硬い髪してるわけでもないのに」

 抱き着かれたことに少しも驚かず、左手で少女の髪を撫ぜて、「病院のついでに、馬連内まで行ってくるよ」と清継は暁李に向けて言った。

「買いものですか」

「うん、ちょっと欲しいものがあってね。ヴィヴィにプレゼント」

「妾に?」

 ぐしゃぐしゃの後ろ頭しか見えないが、少女の目がぱっと輝いたことは見るまでもなく判る。

「それは嬉しいのう! なんじゃろ、服か、新しいパンツか、それともクッキーかのう」

「さあ、なんだろう。でも、きっと喜んでもらえると思うな」

 二十九歳の清継と、朝陽と見比べる限り恐らく十一歳か十二歳程度のレヴィルヴィア(年齢を訊いたら「レディに歳を訊くものではない!」なんて叱られた暁李である)であるが、年の離れた兄妹というよりは、親娘、……それも母娘のように見えてしまう。清継はレヴィルヴィアに対してのみならず概ね誰に対しても甘く、また中性的な容姿をしているものだから、それも無理からぬこと。「こども」の側が甘える姿を見せることで一層補強される。

 朝陽の授業参観で教室の後ろに立つのは、仕事の忙しい尊ではなく清継なのだ。他のこどもたちの親より遥かに若く、何より美しい清継の姿に、朝陽が何とも言えない緊張を催しているであろうことは想像に難くない。

「暁李も何か買ってきて欲しいものある? イヤフォン壊れたって言ってなかったっけ」

「ああ……、はい、でも」

「カナル型の有線のやつでいいんだよね」

 暁李にとっては、いまだに「先輩」である。とても不幸な先輩である。しかし夕べレヴィルヴィアが暁李の長話を聴き終えたあとに口にした言葉を信じるならば、……信じたい、と暁李が願うならば、「じゃあ行ってくるよ。五時の列車で帰ってくる」と階段をゆっくり降りていく片腕の青年の後ろ姿は、幸せなものであるはずなのだ。

「キヨはよいのう」

 恋をする少女の瞳をしてレヴィルヴィアは言った。「なぜキヨはあのようにいいにおいがするのじゃ。のう、そなたはキヨのにおいを嗅いだことはあるか」

 ある、とも、ない、とも答えないで、部屋に入る。

 レヴィルヴィアが言ったように、彼を幸せにしたいと清継も思う。しかしそのために自分に何を出来るのか、暁李だけではない、尊もきっと、判らない。一ノ瀬暁李が豊嶋清継の幸せについて考えようとしたとき、いつだって最初に浮かぶのは「どうかあの美しい人の身にこれ以上の不幸せが降りかかることがありませんように」という消極的なものでしかない、両手を合わせて、神がいるならばあの人に与えたあれほどの美しさをこどもじみたサディズムで削り取って笑っているそれを恨むこともなくどうかどうかと臆病に卑屈に祈るのである。

 すっかり日も暮れて、底冷えする午後五時五十五分、細い指を絡め合わせて、デニムの腿の上に、白い緊張感が固まっている。駅前のベンチに座ったレヴィルヴィアの傍らに立つ暁李も苦い溜め息を繰り返している。

 鮒月の駅前に、二人がここへ着いた直後にやって来た午後四時五十五分着のバス、その一時間後のバスがやって来たところだ。ハンドルを握るのは尊であり、最初にバスから降りて来るのはもちろん朝陽である。

「え」

 朝陽が珍しく丸裸の声を上げた。ホーム上にも駅前にも人が所在ない顔で(たむろ)している。この時間、風は冷たさを増しているが、ホームには待合室もない。「まだ来ないの……?」

 こくん、とレヴィルヴィアが小さく頷いた。馬連内からの五時着の次は六時着。その間に馬連内へと向かう列車が着くはずなのだが、それもまだ来ていない。駅員の配置されていない鮒月駅では「北銀河キラメキ鉄道」の運行状況を知ることも出来ず、少し前から諦めて家に戻る人の姿もちらほら目につき始めた。

「何か……、悪いことがあったんじゃろか……」

 元々小麦色の肌をしたレヴィルヴィアであっても、顔色が悪いことは明らかだ。

「先輩に電話したのかよ」

 尊も降りてきて訊いた。もちろん、メールをした、電話もした。しかし電波の届かないところにいると、無味乾燥な機械音声が帰ってくるばかり。

 何かがあったことは間違いない。その「何か」のバリエーションについて、レヴィルヴィアはかなり恐ろしいところにまで範囲を広げて、主にそちらばかりを恐れているに違いなかった。それこそ、列車が急な土砂崩れに見舞われて脱線転覆したとか、あるいは列車の運休とは無関係に、……かつての尊のように、馬連内で悪漢に襲われたとか。さすがに大人であるから暁李はそこまでは思わないにせよ、連絡が付かないということには薄黒い雲が気道に充満する感覚を味わわされる。

 まして、清継だ。不当な不幸を浴びて生きる人だ。

 駅前の時計が六時丁度を指した。「何かあったらすぐ教えて」と尊が朝陽を連れてバスに戻る。もう夕飯時であるから、駅にいた半分以上の人が乗り込んで家路に就くいている中、レヴィルヴィアは立ち上がろうとはしなかった。

 疲労を感じた暁李が隣に腰を下ろすと、

「……キヨは、ちゃんと帰ってくるよな?」

 レヴィルヴィアは泣きそうな顔で見上げてきた。「これは、決して、恐ろしいことが起きたのではのうて、……ほんの小さな、些細なことでしかないよな? 何事もなく、あやつは、ちゃんと……、ちゃんと帰ってくるよな……?」

 そう信じたい、そう願っている。

 気休めとして頷くことが正しいのかどうか、暁李には判然としなかった。清継の身がどれほど不当な不幸に苛まれてきたものか、レヴィルヴィアに昨晩話したばかりである。暁李が恐れる以上のレヴィルヴィアは、清継の命がこれ以上削られることを恐れているにちがいなかった。

 十秒経っても二十秒経っても、暁李が何とも答えられないでいるうちに、レヴィルヴィアはぎゅっと両手を合わせて立ち上がって、歩き始めた。

「おい」

 返答はない。線路の伸びるほうへ、走るほどの速さでレヴィルヴィアはずんずん歩いていく。「おい、どこ行く……」

「知れたこと」

 レヴィルヴィアの背中が、言った。「迎えに行く」

「どこへ」

「馬連内へ。……キヨはきっと、困っておるのじゃ、弱っておるのじゃ。妾が迎えに行って、救い出す」

 馬連内までの道も知らないくせに。

「知らなくたって、歩けばやがて着くことが出来よう! この線路づたいにずーっと行けば着くのじゃろ!」

 甲高い叫びを響き渡らせて言う、少女の声は湿り気を帯びていた。

 大袈裟に考えすぎているだけだと嗤うことは、暁李にも出来ない。

「……馬連内には、……列車ならすぐだけど、歩くと山超えて四時間もかかる」

「かまわぬ!」

 レヴィルヴィアは背中を向けたまま、両の拳を固めてまた叫んだ。「妾は、キヨを迎えに行く!」

 そう宣した後には、焦燥に駆られる足で駆け出していた。

 放っておけば、早晩山道で迷子になって、途方に暮れて、いまはまだ自分を保つために堪えている涙が溢れて止まらなくなってしまうに違いない。それだけならばいいが、……もう既に零度を割ろうとしているのだ、きっと無事な……、無事に違いないはずの……、清継を救おうとしたレヴィルヴィアの命のほうが現実的な危険に晒されることになる。

 清継が無事である、という前提は願望ではない。冷静に、列車が崖崩れに巻き込まれただの、脱線しただのということであれば、騒ぎの片鱗は駅に待つ人々や尊のもとにも届いているはずだ。であれば、暁李が心配するべきは、

「お前が風邪でもひいたら、先輩に怒られるのは俺だ」

 ということ。

「どうしても迎えに行くって言うんなら、……車のほうが早い」

 振り返ったレヴィルヴィアはへの字にした唇をぴくぴくさせて、ぐい、と頷く。

 お前は先輩が大好きなんだな、と暁李は少し微笑みたくなった。

 美しい顔の、美しい心の人、故に害ある蜂に刺されなければならない人。しかし、だからこそそれ以上に愛されて在らなければいけない人だ。

 定義不能のぽんこつにだって、愛されて在るべき人なのだ。

 レヴィルヴィアを連れて営業所まで戻り、車庫の隅、「鮒月バス」が所有する三台のバスのうち、今日は休ませている一台のキーを取る。三台の中では一番の経年車であるそれはら元々東京の事業者で使い古されたものを騙しだまし使っていた地方の事業者がさすがにもうダメだと引退させたものをほぼ輸送費だけで買い取ったもので、稼働させるのは月に二三日といったところ。普段使っている車を休ませる日の朝の「1系統」、つまり通学バスに充当すると、こどもたちに顔をしかめられるおんぼろであるが、他の二台を営業に充てている現状「車」はそれしかない。床は木である。

 方向幕を年に一度も使うことのない「貸切」に変えて、エンジンをかける。今日もあまり調子はよくないようだ。高い「特等席」に座ったレヴィルヴィアに「いつものより揺れるからな、しっかり掴まってろよ」と言い添えて、アクセルを踏む。……図体のでかいバスで馬連内まで、夜の細い山道を抜けるのは、ドライバーとして経験を積んでいる暁李だって緊張する仕事だった。

 わずかに「町」と呼べるエリアはすぐに途絶える。和毛山の横を抜け、いよいよ馬連内への峠越えの道に差し掛かって間もなく、ジーンズのポケットの中でスマートフォンが鳴った。尊からだ。「出ろ」とレヴィルヴィアに命じてそれを投じる。

「妾じゃ。……朝陽か、どうした」

 見通し悪く、街灯の乏しい道、……清継が右手を失った事故の現場を通りすぎるときにはことさら神経を使いつつ、左耳だけはレヴィルヴィアの声に耳を澄ませる。

「……なに?」

 レヴィルヴィアがそう低い声で問うたとき、心臓がひとつバウンドしたことを、暁李は認める。「それは……、それはまことか、……ん、んむ、あいわかった、そのまま、いまそなたの申したことをそのまま暁李に伝えればよいのじゃな、任せよ」

「どうした」

 じりじりとしたスピードで走るバスの車内に、

「ディーゼルカーが、山越えのトンネルの中で、立ち往生しておる」

 レヴィルヴィアの震えた声が届いた。「車内に……、車内に、乗客が取り残されておるそうじゃ! きっとその中にキヨもおるのじゃ……」

 電話が通じなかった理由が判明した。大手私鉄ならばいざ知らず、鮒月バスを嗤えないぐらいにギリギリの経営状況である「キラメキ鉄道」は設備投資に傾けるだけの金もなく、トンネルに入るとスマートフォンも圏外になる。

「おお……、なんと哀れなキヨ……! 妾に真っ当な魔法の力が備わっておれば、いますぐに助けに行ってやるのに……」

 レヴィルヴィアは天井を見上げて嘆き、「待っておれ……、いま妾が迎えに行ってやるからのう!」清継が無事である可能性が高いことを理解して、腹の底に勇ましい力が湧いてきたのだろう、凛然と声を上げた。無責任なことを言ってくれるものである。トンネルの中に迎えに行くって、どうやって?

 いいや、と暁李は路肩に車を止めて、レヴィルヴィアからスマートフォンを受け取る。

「暁李? どこへ掛けるのじゃ……?」

 少しの躊躇いののち、

「……お忙しいところ恐れ入ります、鮒月バスの一ノ瀬と申します」

 受話器の向こうの慌ただしさが耳に届く場所へ、静かに言った。





 鮒月と馬連内とを隔てる「鮒月峠」を、北銀河キラメキ鉄道の前進である国鉄檜内線が「鮒月トンネル」にて穿ったのは敗戦から間もない時期である。混乱の最中にも建築が続けられたのは、鮒月はどうでもいいが馬連内と檜垣の人々にとって鉄道の開通が悲願であったためで、鮒月はその恩恵に(あずか)っているだけの身である。檜垣と鮒月の間も崖縁ぎりぎりを走る難所であるが、全長五キロの鮒月トンネルの建設にあたっては、大規模な出水による犠牲者も出るほどの難工事であったという。ただ、このトンネルによって陸路では何倍もの距離を大回りしなければいけなかった峠越えから解放された人々の喜びは、さぞ大きかったことだろう。

 この辺りは昼なお暗い。冬の夜、今夜は月も見えない。道路から、もちろん未舗装の川沿いにまで降り、ハイビームにして室内灯を全部点けても心細くなるほどの暗闇にあって、レヴィルヴィアは闇に横たわる獣の顎門(あぎと)のごときトンネルの脇、暁李の手を握ってぴったり身を寄せている。「魔皇女」という自称からすれば、暗闇なんて怖くないと言いそうであるが、本来鋭く尖っている双眸はいかにも頼りなく、紅い瞳は落ち着きなく闇の中を右往左往している。

「本当に……、ここで待っておればよいのか。こちらから車で迎えに行ったほうがよいのではないか」

「バスで線路走れるわけないだろ」

 人の足音でも聞こえてくればいいのだが、トンネルの奥からは時おり風が低く唸るぐらい。さっき暁李はトンネルの入り口脇に、工事で犠牲になった人々を悼む碑を見付けてしまった。もちろんレヴィルヴィアにはそのことを伝えていない。

「キラメキ鉄道にはちゃんと連絡した」

 先程の電話の相手は、キラメキ鉄道の本社であった。

 こちらでバスを手配して、トンネルの出口で待機しています。鮒月方面へ向かうお客さんはこちらで請け負いますので、お客さんを誘導していただけますか。

「歩いてこっちまで出てくるには相当な時間がかかる。……でも、こうやって待ってれば、必ず出てくる」

 イレギュラーな事態に直面した際には、鉄道とバス、会社の垣根も越えて乗客のために協力するのは当然のことであるが、十秒間に七回「ありがとうございます」と言われたことには少々申し訳ない気持ちになった。

 レヴィルヴィアがいなかったら、ここまですることが出来ていたかどうか。

「あっ……」

 濃密な暗闇の中、ごく頼りないものではあるが、光が揺れ動いている。草臥れきった声が、やがて黒を掻き分けて暁李の耳にも届いた。懐中電灯を持った乗務員は繰り返し「どうぞ足元にお気を付けください」と声をかける。その乗務員自身がつまずきそうになったのか、光が危なっかしく揺れた。乗客の中に体調を崩している者がいないかどうかをまず暁李は案じる。救急車は手配しているが、まだ着かない。場合によっては病院に直行すべきだろうかと検討しつつ、むぐむぐと暁李の手を握る手に緊張感をみなぎらせたレヴィルヴィアが、小さな声で「キヨ、キヨ……」声を震わせる。

「大丈夫だ」

 大丈夫な、はずだ。

 暁李の右手はレヴィルヴィアに、指を全部絡めて握られていた。その手にはじめて少し力を籠め返して、「大丈夫だ」と言うとき、それは半ば、祈りだと思った。暁李の右手とレヴィルヴィアの左手、手のひらを重ね指を絡ませて、……あんたがどれだけ残酷だったとしても、この祈りぐらいは聞き届けてくれたっていいだろう、と。

 恐らく無事である可能性が高い、あとは彼がこの暗闇を抜けてくる姿を見られるまで、ほんの数十秒を緊張して待っていればいいだけのこと。もしこの願いさえも叶わないのならば、この世には神も仏もない。

 幼いこどもが暗闇を恐れて(すす)り泣く声が、バラストを踏む足音の群れの中を縫って聴こえてきた。

 その声を暖かく包んで、

「大丈夫だよ」

 待ち望んだ声が届いた。「もう少しだからね」

「キヨ」

 暁李は強くレヴィルヴィアの手を握った。この「魔皇女」は思いの赴くままそう出来るこどもなのだ。この手を離したら、レヴィルヴィアは目の前の暗闇に駆け込んでいって、今朝のように清継に抱き着くはずである。

 なんでもないことだ。ディーゼルカーが故障して立ち往生、年中あちこちで起こっていることだろう。運悪く清継はその車両に乗り合わせ、帰ってくるのが少しばかり遅くなったというだけ。

 しかしレヴィルヴィアは清継が傷付くことを本気で恐れた。彼を失うことを、心の底から恐れ、震え、待った、この二時間ほどが、彼女にとってどれほど長く、重たく思われたか、暁李は多少は理解できるつもりだ。

 先頭の乗務員から、疲労からか杖にすがるようにしてじりじり歩く老人、馬連内高校の制服を来た女子学生、「さはらストアー」で働く姿を見かけたことのある中年の女性、そして、憔悴しきった母親と、

「ほら着いた」

 そのこどもを片腕で抱く、豊嶋清継。

 こどもを慎重に下ろす。自分の腰に抱きついた男児を撫でつつ、泣きそうな顔で「すみません、本当にすみません」と何度も頭を下げる彼女に、首を振り、

「男の子はこんなことで泣いちゃダメだよ」

 膝をついてそう語り掛ける、清継。暁李はすぐにその母親もまた「さはらストアー」に店員であると気付いた。つまり十年余り前、清継に不名誉な情報の発信源となった場所で働き、ひょっとしたら自身もその役割を果たしたかもしれない人である。

「すみません、ご協力感謝します」

 北銀河キラメキ鉄道はワンマン運転をしている。事故車両に乗り合わせた唯一の乗務員である人物は、暁李とさほど歳の変わらない男だった。彼もまた疲弊しきっていた。「乗客は、これで全てです。ああ、救急車を呼んでくださったんですね、ありがとうございます……」

 いつからか、車道で赤色回転灯が光の腕を振り回していた。念のために老人やこどもは病院まで連れていってもらうのがいいだろう。この乗務員と、こども老人以外の乗客はバスで鮒月駅まで運んで行こうと考える暁李の手から、レヴィルヴィアはするりと抜けて、

「キヨ、……キヨ、無事か」

 もう清継の元へ駆け寄っている。

「ヴィヴィ、来てくれたんだね」

 レヴィルヴィアはこっくりと頷いて、もう言葉も出ない。ひくっ、ひくっと金色の髪が震えているのが五メートルほど離れた暁李にもはっきり見て取れた。

「これね」

 片腕を失って以来愛用しているショルダーバッグを開いて、電気屋の袋を覗かせる。

「スマートフォン。ちっちゃいけど、これがあればいつでもヴィヴィが見たいときに動画見られるからさ」

 レヴィルヴィアが。

 両手で顔を隠す、声を抑える、そういった努力を全部放棄して、泣き始めた。不明瞭な言葉を胸に受け止めて「心配してくれたんだね、ヴィヴィ、ありがとう、ごめんね」彼に何の瑕疵もないちょっとした遅刻を、清継は詫びる。レヴィルヴィアを抱き締めて、その涙と恐らくは鼻水でコートが汚れることも清継は気にしないで、きっと暁李が促すまではいつまでだってそうしているつもりなのだ。

 まるで本当にレヴィルヴィアの母親であるかのように。

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