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チート異世界からやって来たのじゃロリ魔皇女がぽんこつ過ぎて俺の嫁ぐらいしか出来ることがありません。  作者: 村岸健太
鮒月村の人々と、チート世界からやって来たのじゃロリ魔皇女
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役場前停留所 with 褐色金髪のじゃロリ(メイド服)

 方向幕は白無地、代わりにフロントガラスの下に「1」と赤い文字で大書されたプレートを掲げた白いバスの前扉からピョンと飛び出したレヴィルヴィア=プロコーイズィルニーのでかいくしゃみが鮒月(ふなつき)村役場前の広場に響き渡った。

「うはぁあ……、いやはや……、寒いというのは不幸なことじゃのう……」

 レヴィルヴィアが恨めしげな紅い双眸で見上げた先、空を覆う鉛色の檻から解き放たれた雪がはしゃいで舞う。彼女が躍り出た前扉から行儀よく順番に出てくるこどもたちは、皆一様に手袋をした手に定期入れを掲げている。同じく手袋をしているとはいえ、こどもたちのそれの多くが毛糸でいかにも温かそうであるのに対し、レヴィルヴィアの細い肘から先を覆っているのはイミテーションの真珠や銀の細い鎖といった不必要なものを備えているくせに薄手で、素材はどうやらシルクであって、防寒という役は全く果たしていない。立っていても膝がすっかり出てしまう丈のスカートの下に穿いている黒いタイツが冬将軍へのせめてもの抗いであるが、

「うむ、よし、うむ、……足元に気を付けよ、よし、うむ」

 こどもたちの定期を検めていくレヴィルヴィアはその場で足踏みをせずにはいられない。

 せめてマフラーなりコートを着るなりすればいいのに……、この少女はその細く未成熟な身体を、「防御力」という点では低い、メイド服で守っているのだ。

 眉の辺りでぱつんと切りそろえられた鮮やかな金色の髪、レース付きのカチューシャを装着した上で、後ろはポニーテールにしている。小麦色の肌、本人は「鮮血の色じゃ!」と自慢げだが瓶に入ったイチゴジャムを想起させる瞳、鏡として使えそうなほど磨き込まれた革靴……、肩から斜めに掛けた古ぼけた合皮の鞄が少々艶消しである以外は、モノトーンの季節に色彩を独り占めしている。まるでそこばかり南国の夏があるかのようであるが、その鼻をどこかへ吹っ飛ばしてしまうのではという勢いでまた「ぶあっくしょーん!」とでかいくしゃみをぶちかます。北国の冬に対しては劣勢である。

「1」のプレートを掲げるバスの後方、じゃりじゃりとチェーンで凍った雪を噛みながらもう一台、バスが近づいてきた。方向幕は同様に白であるが、前面の腹の部分に青で「2」と板で掲示している。車体は、「1」のバス同様に白一色である。胴に「鮒月バス」のレタリングがなければ新車カタログからそのまま抜け出してきたかに見えよう。もっとも、バリアフリーの世の中にありながら、「1」は腰高なツーステップバスである。挨拶がわりのハザードを二度点した「2」のバスが後方に滑り込むなり、「1」の車内に一人残っていた男児が(うつむ)き加減に降りた。レヴィルヴィアのすぐ前を、定期を出さずに通り過ぎた彼は「2」の前扉が開くなり、客が降りてくる前に車内に飛び込み、レヴィルヴィアが持っているものとお揃いの黒い鞄と肩に提げて降りて来る。

 少年の、

「お待たせしました」

 という、少女のように高い声が響くのを待ってから、車内からはじわじわと老人が染み出してきた。

 少年は一人ひとりに「ありがとうございます」と丁寧に礼を言いつつ、彼らの提示する整理券を検め、「二百五十円です」「二百二十円です」と運賃を徴収する。千円札を出されても戸惑うことなく鞄に手を突っ込み、「七百八十円のお返しです、ありがとうございます」と、そつなく返す。その様子を、レヴィルヴィアは口を開けて眺めていた。

「……のう、朝陽(あさひ)はすごいのう」

 レヴィルヴィアは素直な賞賛の言葉を惜しまなかったが、佐原朝陽はノーリアクションである。レヴィルヴィアと朝陽は、おそらく同い歳だ。

「愛想のないやつじゃな。もっと妾のように笑えばよい、見よこの愛くるしい微笑み! 妾の笑顔は闇夜をも照らすデビルズスマイル!」

 この通り、レヴィルヴィア=プロコーイズィルニーは元気な少女である。

 鄙びた田舎の街、特に冬には不似合いな容姿をしていて、どう見ても外国人である。彼女の言葉遣いを聴けば誰もが、OTAKU文化の影響力に思いを馳せるはずである。

 しかるに、レヴィルヴィア自身がほとんどアニメのキャラクターに等しい存在であることを知っているのは、鮒月バスの関係者に限られる。

「2」の老人たちが全員下車するのを待って、「1」から降りたこどもたちが開いた「2」の中扉から順序よく乗り込んでくる。老人たちはと言えば、ほぼ全員が「1」のバスへと乗り込んでくるのだが、こちらは乗車口のステップが高い。レヴィルヴィアが飛んでいって、「ほれ、ちゃんと、掴まって、よーい、しょっ、と。ふう」一人ひとりに手を貸す。これはなかなかの運動である。だからレヴィルヴィアが日中の気温が零度に届くことも稀なこの時期の鮒月にあって「メイド服」でいることには多少の価値もあるのだった。

 高齢化の進んだ地域の公共交通機関にあっては、バリアフリーは何より求められるものだが、鮒月バスには金がない。それこそレヴィルヴィアや朝陽のような、年端もいかないこどもに無償奉仕(おてつだい)を頼まなければ人手も足りない。

「山口さん、山口さんのおばーちゃん!」

「2」の運転手が声を上げて慌ただしく降りて来た。「帽子! これおばーちゃんのでしょ。あと、この杖誰のー?」

「わしの」

 手を挙げた老人の元へ運転手からレヴィルヴィアの手を経由して届けられる。

「まったく、どおりでいつもより歩きかたが危なっかしいと思ったのじゃ。じいさんあんた、この杖高かったんじゃろ」

「安モンじゃで。檜垣(ひがき)の店で(せがれ)が買うてきちゃ」

「息子の買うて来たモンを悪く言うモンではないわ。ほれ、ちゃんと持ち帰れ。……(たける)、もう忘れものはないじゃろな」

 おう、と佐原尊が頷く。

「しっかりした嫁コさじゃ」

 老人の大きな声が響き、「ほんじゃのう」と全然離れた席から呼応の声が上がった。

 レヴィルヴィアは大いに得意げに、

「ンフフン、そうじゃろうそうじゃろう、妾は夫のために尽くす殊勝なお嫁さんなのじゃ!」

 その未発達な胸を思い切り反らした。

 この奇妙な少女はこどもたちにも老人たちにももう認知され切っていて、こんな風に褒められるのが嬉しくて仕方がない。本来ならばこの村に、こんなことをしに来たのではないはずのレヴィルヴィアは今や、「鮒月バスの車掌さん」そして「およめさん」の仕事がすっかり気に入っているのである。

 発車時刻まではまだ間がある。尊はバスから離れて煙草に火を点け、寒さに鼻を紅くしながら吸い始めた。村役場のドアを肩で押すようにして青年が姿を現したのは、尊が無骨な指に挟んだ煙草が半ばほどまで灰に消えたころであった。

「おおキヨ、大儀であったな!」

 革靴で跳ねるように駆け寄ったレヴィルヴィアは、小柄な青年の鞄を受け負う。そうするのは、そして青年から「ありがとう」と優しい形の笑みを向けられるのは、ついこの間まで尊か朝陽の仕事だった。

「お疲れさまです。……どうでした?」

 灰皿に詰まった雪へと吸い殻を埋めて訊いた尊に、豊嶋清継(とよしまきよつぐ)は物憂げな笑みとともに首を振った。

「そうっすか、……あー、そうっすか」

 尊が悔しげに二度繰り返した。空気が辛気臭くなった瞬間は確かにあったが、

「キヨが気にするようなことではないわ。妾が付いておれば金子など最低限あればよい。そなたたちは大船に乗ったつもりで構えておれ!」

 レヴィルヴィアの根拠なき大言に、清継が、そして尊も、救われたように笑みを取り戻した。レヴィルヴィアは清継に歩調を合わせ、優先席へと導く。「本当にいいお嫁さんだ」と左手を伸ばした清継に、レヴィルヴィアは自ら頭を差し出して、それはそれは嬉しそうに撫ぜてもらうのだ。

 一ノ瀬暁李(いちのせさとり)が運転席からミラー越しに見る、「1系統」の車内の景色は、案外に幸せそうなのだった。

 レヴィルヴィアが立ち上がり、左前輪タイヤハウスの上、いわゆる「特等席」に収まったところで、暁李は手元のスイッチでドアを閉める。腕時計は発車時刻を示していた。レヴィルヴィアはこほんと咳払いをし、

「鮒月バスの1系統、駅前、公民館、玄象寺、神子沼、小学校、消防署経由の循環バス、出発進行じゃ!」

 甲高い声で宣する。暁李は強くなってきた雪の中、周囲に神経を張り巡らせつつバスを発進させた。途方もない憂鬱を、果つる底なき贖罪のために、趣味としての悔恨を繰り返しつつ、この二十七歳の男は今日もまた、恵まれない人間を演じて生きていく。

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