表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

05:そのおっさん、魔物討伐につき

「この馬鹿! 大馬鹿! あれほど考えなしに喋るなと!」

「か、夏凛殿、お、落ち着くのでありますな!」


 足音高らかに全身で怒りを表現する夏凛と、それを宥める隆史。

 だが、なぜ怒られているのか分かっていない健翔は、さらに油に火を注いでしまう。


「そうだよ、何が悪いんだ? 人助けだろ?」

「この馬鹿! 健翔は1回痛い目を見れば良いんだわ!」

「……馬鹿ばっか」


 祭壇の間から出てからしばらくして。

 何度となくキレる夏凛を宥めながら廊下を歩く一行。


 というのも、リーダー格となっている健翔が魔物討伐を二つ返事で受けたからである。

 夏凛は、以前郁仁に言われたことを覚えていた。


 自分たちは、ゲームの世界にいるのではない。

 自分で考えて、行動すること。


 その2つを訓練中も指針にして動いてきた夏凛。

 だが、その正反対が健翔である。


 実際、様々なパーティーに呼ばれた彼らだが、健翔はとにかく安請け合いのオンパレードをやらかしていた。

 この国の特権階級……つまり上位の神官たちから『今度はうちのパーティーに来てくれ』という希望をこれでもかと受けていたのだ。


 この国では神官も結婚して家庭を持っている。

 上位の神官たちはそれこそ貴族階級であり、「家」同士での婚姻だけでなく、逆に対立や派閥間での抗争を行うくらいである。


 そんなパーティーに行く暇があれば訓練でもしていた方が良い、と思った夏凛、そしてマイペースな結は余程の事がない限りパーティーには出ず訓練をしていた。

 だが、健翔と隆史はとにかくパーティーに行っては酔っ払って帰ってくるを繰り返している。

 その結果と言ってはなんだが、逆に神官たちの方がパーティーに誘うのを控えるようになる始末であった。


(相変わらず成長しない男勢と、自分で考えて動いている女性陣……こういう時って男は馬鹿だなって思うな……)


 事情は知らないが、先程の流れからしてそう予想できてしまった郁仁。

 そうしている間に夏凛も落ち着いてきたのか、今度は何も喋らずにだんまりになっている。


(うわ~、面倒くせぇ)


 そう考えながらふと目を上げると、どうやら神殿内にある居住区に近付いてきた。

 すると廊下で、案内の騎士が止まってから勇者たちに声をかけた。


「では急いでください」

「「「「はい!」」」」


 その様子を不思議に思いながら、案内の騎士に郁仁が話しかける。


「すみませんが、どうしてここに?」

「クニヒト様……流石に丸腰の彼らには行かせられませんよ」

「……ああ、確かに」


 郁仁が見ると、彼らは皆装備を付けていない。

 夏凛と結だけが、一応武器を所持しているくらいだ。


「その点、流石ですね」

「そりゃあねぇ……あんな鐘の音がすれば、警戒はしますよ」


 そんな他愛もない話をしながら時間を潰す郁仁だが、ふと思いついたことを騎士に聞く。


「折角なんで、僕はコーネリアを呼んでこようと思いますが、どうでしょう?」


 念のため脱出の準備をさせていたが、呼ばれた理由からすると戦力は多い方が良い。

 そのための提案だった。


「……ふむ、良いと思います。でも準備は?」


 そして、騎士も当然郁仁やコーネリアのことを知っている。

 そのため準備ができていれば参加させて良いと考えていた。


 いくら司教が指揮を執ると言ったところで、実際に動くのは現場の騎士たち。

 とはいえ、準備に時間をかけるわけにはいかないので、その騎士は準備ができていればという条件でコーネリアの参加を認めたのである。

 そしてそれに対する郁仁の答えは、騎士の思ったとおりであった。


「既にできてますよ?」

「では呼んできてください。参加をお願いします」

「分かりました」


 自室に戻っていく郁仁。

 しばらくすると、装備を調えたメイド――コーネリアと共に出てくる。

 それと時を同じくして、勇者たちもフル装備で出てきた。


「おや、この人は?」

「彼女はクニヒト様の専属メイドで、コーネリアといいます」

「よしなに」


 そう言ってカーテシの姿勢を取るコーネリア。

 それを見ながら、郁仁が声をかける。


「時間がないよ、さあ行こう」

「ええ」


 息ぴったりに動き出す郁仁とコーネリア。

 それを見ながら、慌てて騎士と勇者も動き出した。


 * * *


 避難のために大神殿に向かってくる人々に逆らうようにして、郁仁たちは馬車を走らせていた。

 どうやら、魔物の勢いが相当強いらしく、大勢が大神殿に向けて避難しているようだ。

 大神殿は広大な敷地を持っている事と、高台にあることから緊急時の避難所となっている。

 その様子を見ながら、郁仁が呟いた。


「……避難は順調のようですね」

「ええ……ですが、鐘が鳴っていることからして魔物は相当多いようです」

「なるほど……」


 どうやらこの警鐘は、魔物が襲ってこなくなるまでは鳴らされているようだ。


(しかし、こんなに長い時間鐘を打つのは大変だろうねぇ……あ、魔道具かな? その方が楽だけどどうだろうねぇ……)


 警鐘を聞きながらそんな事を考えるおっさん。

 だが、視線は周囲に巡らされており、いつでも動けるように右手はホルスターに掛かっている。


「もうすぐ外壁です!」

『『了解!』』


 この馬車には、郁仁たちだけでなく、騎士の1個部隊も乗っている。

 彼らと共に外に出て、回復支援や討ち漏らしの討伐を行うのだ。


 とはいえ、既に騎士たちは多く投入されているため、そう激しい戦闘にはならないだろうとみられている。


「行くぞ! 俺たちの部隊は勇者様たちが一緒だからな! 安心して戦うぞ!」

『『おう!』』


 そんな事を言いながら士気を高めた部隊長が、騎士たちを引き連れて門に向かう。

 門には結界であろう光の膜が張ってある。

 時折、負傷した騎士が戻ってきては、近くの救護所に入っていくのが見える。


 そう。

 ここを出たら、間違いなく魔物との戦闘になるのだ。


「……『風よ 鋭き刃となりて 敵を貫け――』」


 夏凛は弓を出し、魔力を込める。

 すると、魔力の矢が生まれ、夏凛はそれを弓に番えた。


「……『火の胎動 地の胎動 炎を抱きて 湧き上がれ――』」


 結は杖を前に構え、呪文を唱える。

 魔法名を言わずに発動待機状態で止めている。


「で、でわっ! 某の初陣ですぞ! 『我は願う 敬虔なる者を守りし 聖なる盾を――』」


 緊張しているのか、それとも興奮からなのか分からないがそわそわしている隆史。

 彼も呪文を唱え、彼が持っている盾が光を帯びる。


「僕が勇者だ! ここでそれを証明してみせる! 『我は願う 邪なるものを討ち払う 聖なる剣を――』」


 馬鹿と言われたためか、どうやら自分の力を証明する機会と思っている健翔。

 だが、掲げる剣に集まる魔力は紛れもなく圧倒的な力を纏っている。


「よし、戦闘開始だっ!」

『『おうっ!』』


 騎士たちが結界を越え、魔物たちの前に躍り出る。

 それと同時に、4人の勇者たちも結界を越えて行った。


「勇者様、今です!」


 そして部隊長が大声でそう叫んだ瞬間、勇者たちの魔法が解き放たれた。


「【ウィンドアロー】!」

「【マグマ】!」

「【ホーリーシールド】!」

「【ライトセイバー】!」


 夏凛の放った【ウィンドアロー】は、魔物たちに当たる直前で分裂し、風の矢をその一帯に降らせる。

 結の放った【マグマ】は、後方の大型の魔物の下から噴き上がり、瞬く間に火だるまに変える。


 だが、その攻撃の合間を縫って、集団の中にいたオーガと思われる魔物が、石を投げつけてくる。

 それはまさに夏凛たちに当たろうかというところで、隆史の発動させた【ホーリーシールド】に阻まれて砂になっていく。


 そして、健翔の放った【ライトセイバー】が魔物の戦列の中央に突き刺さり、何体もの魔物を倒して道を作り出した。


「おおっ! 流石は勇者様たちだ! 勇者様、次はあちらです!」


 部隊長の指示に従って彼らは動き出す。

 これが勇者たちの、初めての魔物討伐であった。


 * * *


 さて、郁仁たちはというと……


「……エンツォ君たちの部隊はあそこだねぇ」

「……確かに、先頭は兄ですね」


 二人は外壁の上に立って、周辺を見ていた。

 というのも、一体どれほどの規模で襲ってきているのかを調べるためである。

 そしてその中で、エンツォたちを発見していた。


「しかし……見事にこの辺りしかいないけど、他の外壁は大丈夫なのかねぇ」

「それは大丈夫です。この外壁の側だけが、魔物の生息域に向いているので……」

「ああ、なるほど」


 この門の側だけは魔物の生息域――通称【魔の森】に面しているのである。

 そのため、魔物が襲ってくるのはこの門だけだそうだ。


「……それにしても、これほど多いのは初めてかもしれません」

「それは困ったねぇ」


 どうやらこれまでに比べて、魔物の襲撃が大規模であるというのは事実らしい。

 さて、そうやって戦場を見ていると、郁仁の目に大きな躯体の魔物が映る。


「あれは……サイクロプス……かな?」

「えっ!?」


 かなり後方であるにも関わらず、その姿がありありと見える。

 つまりは、それほどの巨体であるのがサイクロプスだ。

 サイクロプスはかなり大型で凶暴なため、相応に安全マージンを取り、注意しつつ倒さなくてはいけないような魔物。


 騎士たちであれば、1~3分隊程度で討伐できるとはいえ、あくまで単体を相手にする場合は、という条件が付く。

 このような他の魔物も多い状態では、まず不可能と言っていい。


 さて、サイクロプスのカテゴリとしては【ハイクラス】と呼ばれる、少数の特殊個体。

 そんな魔物が、このまま進むとエンツォたちの部隊と当たる可能性が高い。


「見えているとは思いますが、一応警告に行きますかね。……コーネリア」

「はい!」


 そう言うと、郁仁とコーネリアは外壁の上を走り、途中で飛び降りる。

 すると、その様子に気付いた魔物が向かってきた。


「ワオオオオンッ!!」


 ウルフ系の魔物なのだろう、吠え声を上げながら郁仁に噛みつこうと口を開いて飛び上がり――


 ――ドウッ!


「ギャ……ン……」


 一瞬で額を撃ち抜かれ絶命する魔物。

 郁仁の手には銃が握られており、それを構えながら一言呟く。


「――さあ、狩りの時間だ」


 ――ドゥドゥドゥドゥッ!


 呟くと同時に、郁仁は銃を4連射する。

 そして、魔物が倒れる音が8つ。


 魔弾は2頭同時に撃ち抜くほどの威力があるのだ。

 そのまま戦場駆け抜けつつ、銃を放つ郁仁。

 だが、銃は1丁しかないため、どうしても攻撃できない部分というのが存在する。


 そして、見計らったかのように飛び出す魔物が2頭。


「ガアアッ!」

「グオオオオオオッ!!」

「ちっ!」


 それは、郁仁の腕と首に噛みつこうとしている。

 郁仁はそれに反応し、銃でガードしようとする、が……


 ――ドゴッ! バキッ!


「……ガッ」

「グォ……オォ……」


 だが次の瞬間、何か砕けるような音と共に、2頭が崩れ落ちた。


「……クニヒトさん、大丈夫ですか?」

「流石だよコーネリア、助かった」

「ふふっ……ありがとうございます」


 そこに現れたのはスパイク付の籠手を両手に装着したメイド。

 そう、先程の風切り音はコーネリアの攻撃だった。

 これまで郁仁が教えた太極拳や空手を元に、彼女自身が編み出した動き。

 気功による強化と相まって、凄まじい力となっているようである。


 戦列を走り抜けながら魔物を討伐していく二人。

 そのうちにエンツォたちが見えてきた。


「右から来るぞ!」

「ぐあっ! クソがっ!」

「カバーするぞ! おりゃあああっ!!」


 エンツォの部隊は練度が高い。

 お互いカバーし合いながら、着実に魔物を討伐している。

 だが、魔物側の猛攻も続いているため、一進一退というところだろうか。


 とはいえ、危険はいつでもすぐ傍にある。


「エンツォ、危ない!」

「!!」


 一瞬、死角から飛び出してきた蛇型の魔物。

 【サイドワインダー】と呼ばれるそれは、騎士たちの隙間を縫ってエンツォに牙を突き立てようとするが――


 ――ドウッ!


「なっ!?」


 一瞬でサイドワインダーの頭部が吹き飛び、その場で絶命する。

 一体どこから飛んできた攻撃なのか驚きつつ、周囲を見ると……


「やぁ、エンツォ君。無事かい?」

「クニヒトさん……」


 驚いた表情で振り返るエンツォ。

 その方向には、銃を構えて片頬笑む郁仁の姿が。


「お兄様、無事で何よりです」

「コーネリアまで……」


 まさか二人が援護に来てくれるとは……だが、なぜ?

 理由を色々考えようとするエンツォだったが、そうしている間にも郁仁の銃が火を噴き、コーネリアが一瞬で魔物と間合いを詰めて拳で屠り去って行く。


「ほら、ボーッとしている暇はないよ。サイクロプスが近付いてきている。まだ距離はあるけど、注意した方がいいねぇ」

「サ、サイクロプス!? ……一旦下がるぞ!」


 郁仁がサイクロプスが近付いてきている事を伝えると、エンツォたちは慌てて下がりはじめた。


「えっ、下がるのかい?」

「サイクロプスは流石に厳しいです……特にこの状況では……」

「ふむ。そうなると……コーネリア、少し頼む」

「はい」


 そう言うと郁仁は戦線を離れていく。


「クニヒトさん!?」

「少し勇者たちにこっちにこれないか確認してみましょう。すぐ戻って来ますので」


 そう言うと、郁仁は門に向かって駆けていく。

 それを見ながら、エンツォたちも後退して態勢を整えることにした。


「一旦下がるぞ! 注意しろ!」

『おう!』


 * * *


「はあっ、はあっ、はあっ……まだ途切れないのか?」

「うるっ……さいわね……多すぎんのよ……はあ……」

「グフ……そろそろ魔力が……限界ですぞ……」

「……しんどい」


 勇者たちは皆、肩で呼吸をしながら救護所に座っていた。

 先程から必死に倒しているはずなのに、魔物が減らないのだ。

 今は騎士たちが前に出て防いでいるが、それでも何度となく怪我をした騎士や兵士が救護所に運ばれてくる。


 初めて参加する魔物討伐に、最初は興奮気味に参加していた彼らだったが、今ではその興奮も冷めている。


「酷い臭いだったな……」

「鼻が曲がりましたぞ……」


 そんな風に言う男子たちを横目に、夏凛は腰に帯びていた短剣を抜いて、血糊を拭きとっている。

 だが、その手は震えており、中々上手く拭き取ることができない。


「……」

「……夏凛」

「……ええ、大丈夫よ」


 気遣わしげに声をかける結。

 彼女は近くにあったマナポーションを呷ると、それを健翔や隆史にも渡す。


「……飲んでおくと良い」

「いや……でもそれ……」

「……魔力は簡単に回復しない」

「くっ……」


 魔法使いである結は、訓練していく中で魔力の回復は簡単ではない事を理解していた。

 そのため、今のうちに魔力回復をするためにマナポーションを渡したのだ。


 だが、マナポーションは材料の所為か非常に不味い。

 味覚が馬鹿になるのではと思うほど、いかにも薬らしい味なのだ。

 とはいえ、背に腹は代えられないとどうにか飲み干す男子たち。


「そういえば……」


 とそこで夏凛がふと口を開いた。


「郁仁さんがいなかったけど、どこに……?」

「……さあ? 気付いたらいなかった」


 結も郁仁がどこに行ったのか知らなかったようだ。


「あの人、逃げたんじゃないか? ステータスも低かったし……」

「大人はズルいですからな……」


 健翔も隆史も、どうやら郁仁に対して疑いの目を持ちだしたようだ。

 それは1つに、例の司教がひたすら【魔法Lv0】である彼を貶めていたためでもある。


 司教は特に彼ら二人を目にかけて連れ回していたので、自ずと司教と過ごす時間も多かった。

 そのため有ること無いこと吹き込まれているようである。


「……それ、あんた自身の考え?」

「えっ?」


 夏凛がそう健翔に声をかけるが、健翔は疑問符を浮かべた表情で夏凛を見返す。

 それを見て、夏凛は頭を振った。


「なんでもないわ……何にせよ、少し魔力が戻ったなら復帰するわよ」

「……同感」


 だが、男子2名はその場を動かない。


「少し休もう……夏凛もそんな急がなくて良いじゃないか。騎士たちもいるんだし」

「そうですぞ……こんな急激な運動は……求めてないですぞ……」


 それを見て、夏凛は思う。


(『人助け』とか言っておきながらこのザマ……本当に考えているのかしら? 隆史は……デブだから仕方ないけど)


 隆史への扱いのヒドさは別として、夏凛は健翔に対して呆れの感情を抱く。

 それは結も同じらしく、通常の3倍増しでジト目になっている。


 明らかに崩れている男子を一瞥し、夏凛と結は救護所を出て行った。


 * * *


「さてと……例の部隊長はいますかね~、っと……あ、いた」


 郁仁は外壁から飛び降り、前線に駆けていく。

 ちょうど自分たちを案内してきた騎士たちの隊長が見えたので、そちらに向かいながら声をかける。


「カレル殿」

「クニヒト様! どこへ行かれていたのですか!?」


 声をかけると、魔物を切り払いながらこちらに視線を向けてくる。


「少し、向こうの門で暴れてました……サイクロプスが向こうにいるみたいでねぇ、勇者君たちに手伝ってもらえないかな、と」

「サ、サイクロプスですか!? ……妙ですね」

「妙?」

「ええ……」


 カレルは郁仁に説明した。

 本来、このような魔物の襲撃というのは【スタンピード】と呼ばれ、魔の森に強力な魔物が発生してそこの生態系を乱すことで起きるもの。

 通常、【魔の森】外縁で起こりうるスタンピードの原因は、オーク系の上位種、余程強くてオーガ系の上位種である。


 そのため、門にまで近付いてくるのは【ロークラス】の中でも雑魚である魔物程度だった。

 それらを討伐することはそう難しいことでは無く、精々数時間戦闘すれば鎮静するはずのものだった。


 だが、【ハイクラス】の魔物であるサイクロプスが魔の森から出てきており、さらに離れた門の側にいる。

 カレルは地面に鞘で簡単な地図を書いた。


「本来、私たちの位置とロークラスモンスターの広がりを考えると、この辺りにいるはずなんです。だが、サイクロプスはそこ……そうなると、少し変でして……」

「確かにねぇ……ふむ、それならもう1体(・・・・)この辺りにいると考える方がいいかな?」


 魔物を広がりを見ると、通常の倍ほどの規模と範囲だ。

 つまり、サイクロプスクラスの魔物がもう1体存在する可能性。

 それを郁仁が指摘した瞬間、カレルの顔が蒼白になる。


「そ、そんな馬鹿な……ですがこうなっては、外壁上部からの攻撃で防衛するしかありません。大体、原因となる魔物が分かりませんし……」

「ふむ……」


 郁仁は思案する。

 今回の魔物の襲撃は、これまでの状況では予測できないレベルのものらしい。

 そうすると、後手に回らざるを得なくなってしまう。

 それは結果的に、大きな被害をもたらしかねない。


「それに、勇者様たちは現在救護所の方で休まれておりますので……」

「あ~、ヤワだねぇ……ま、仕方ないのは事実だけど」


 郁仁は頭を掻く。

 勇者たちはどうやら、かなりグロッキー状態らしい。

 夏凛と結はそれでも前線に戻っているが、もっとも火力のある健翔は下がってしまっており、支援とタンクを務める隆史も同様である。


 こうなると当てにできないな、と思いながら郁仁は仕方なくカレルに提案する。


「では、例えばですがサイクロプスを討伐出来ればどうですか? 少しは良くなりますかね?」

「確かにそれができれば、少なからず圧力は減るでしょうが……」

「では、どうにかするとしますか……っと、おやおや」


 早速郁仁は、サイクロプスが接近してきているエンツォたちの戦線に戻ろうとする。

 だが、その前にこの門に向けて接近してきている大きな影が見えたのだ。

 サイクロプスほどではないにせよ、相当な大きさである。


「なっ!? まさかコイツは!?」

「ふむ……ミノタウロス系だねぇ……しかもサイズと色味からして、【ミノタウロスロード】かな?」


 【ミノタウロス】についてはご存じだろう。

 おなじみ牛頭人身の魔物である。概ねサイズは2メートルほどだ。


 だが、目の前のコイツは4メートルを超えており、明らかに上位種。

 郁仁は、脳内のデータバンクから目前の魔物について思い出す。

 平均サイズよりも大きいとするならば、通常種の中でも上の個体、恐らくハイクラスの【ミノタウロスロード】であろうと予測できた。


(そういえば、コイツの討伐難度はサイクロプスと同ランクだったかな?)


 魔物は、特殊個体を分ける【ロークラス】【ハイクラス】【マスタークラス】という3つのクラス分けと、「SS~E」までの戦闘力ランク分けの2つで、強さが分類されている。


 実は、サイクロプスもミノタウロスロードも、戦闘力ランクとしては同じBランクとされており、腕力と魔眼の力を持つサイクロプスに対し、バランス良く、特にスピードに長けているのがミノタウロスロードなのだ。


「参ったねぇ……」

「こ、これでは……下がれぇっ! ミノタウロスロードだっ!」


 カレルは必死に部下を下げていく。

 その叫びは他の部隊にも届いていたようで、戦線が大きく下がりはじめた。


(これでは防衛も難しいんじゃ?)


 下がっていく騎士たちを見ながらそう考える郁仁。

 そんな郁仁にカレルが必死で声を掛けている。


「クニヒト様! 早く下がってください、これでは保ちません!」

「う~ん……」


 腕組みをしながら考える郁仁。

 ふとそこで思いついたことがあり、郁仁はカレルに提案した。


「そうだ、カレルさん」

「な、何です!?」

「アレ、倒してきましょうか?」

「はあっ!?」


 軽く『倒してくる』と言いだした郁仁に対し、カレルは大声を上げてしまう。

 だがそれを気にせずに、郁仁は言葉を続けた。


「多分どうにかなりますんで……その代わり1つ条件があるんですが」

「な、何でしょうか……?」


 堂々と言い放つ郁仁に対し、信じられないものを見るような目を向けるカレル。

 だが、まったく気負いしていない彼の表情を見て、条件とやらを聞こうと決めた。


「これから起きることは、他言無用で。あと、サイクロプス討伐に向けて夏凛さんと結さんを後で貸していただけると助かります」

「……はい?」

「その言葉は了承ということで受け取りますね……それでは」


 その言葉を残して、おっさんは魔物に向かって駆け出していった。


「一体……どうやって……」


 既に遠くになった郁仁の背中に向かって放たれたカレルの呟きは、虚空にむなしく散っていく。


 * * *


 ――ドウッドウッドウッドウッ!

 ――ギャアアアアアァァ……


 連射音と、それに続く断末魔を後ろに残していきながら、郁仁は駆けていた。


「弱いのは数ばかりいて、いただけませんねぇ……よっと!」


 目視で恐らく300メートルくらいだろうか。

 ミノタウロスロードに向けて走るおっさんは、周囲の魔物をぶち抜きながら接近していく。

 同時に体術も使いながら、小型の魔物を実際に蹴散らし、進んでいく。


 と、次の瞬間。


 ――ブオォオオォンッ!!


 凄まじい風圧が、周囲の魔物を巻き込みながら飛んでくる。


「うおっ、とぉ……」


 左手で顔に当たる風を防ぎつつ、郁仁が前を見る。

 するとそこには、巨大な剣を振り切った状態で立っている大きな魔物の姿。


「おやおや……ミノタウロスロード自らお出ましですか。もう少し遠かったはずですがね……」


 恐らく郁仁の接近に気付いたのだろう。

 ミノタウロスロードも進んできており、予想より早く郁仁と出くわしたのである。


「ブッフッフッフッ……」

「笑っているんですかねぇ……魔物はよく知らないけど、少なからず知性があるのかな?」


 鼻息荒く、郁仁の前に立つミノタウロスロード。

 そんな相手に対し、郁仁も銃を突きつけながら片頬笑む。


「さて……すみませんが、いい加減眠いのでね。空気の読めない方は黙って死んでくれるとありがたいです」

「……ブモオオオオォオオオオッ!!」


 郁仁の呟きの意味は分かっていないだろう。

 だが、なんとなく愚弄された事は本能で分かったのだろうか。

 凄まじい殺気を宿しつつ咆哮を上げて、ミノタウロスロードが駆けながら剣を振りかぶる。


 それに対し、郁仁は左手の人差し指をミノタウロスロードに向け、その莫大な魔力を放出した。


「……!」

『『『……!?』』』


 それは一瞬で魔圧として広がり、周囲の小物が一目散に逃げていく。

 ミノタウロスロードだけはその場に留まり、郁仁を警戒したように見据えている。


 そんなミノタウロスロードに対して、郁仁は左手を向けたまま呟く。


「さあ、お前の罪を……――数えろ」


 ……おっさんは、なんだかんだとネタに塗れている。


 * * *


 ――ゴキンッ!


 何かを捻り折るような音が、戦場に響き渡る。

 同時に、頸椎があらぬ方向に向いてしまったゴブリンチーフが、口から吐血しながら倒れる。


「グブ……グフッ……」

「……4体目。これでゴブリン系は終わりですか、お兄様?」

「ああ……」


 自分の妹が、とんでもない強化をされていることになんとも言えない気持ちになりつつ、エンツォも向かってきていた【ウルフ】の頭を斬り飛ばす。


「エンツォ、これでどうにか少しは落ち着きそうだな……」

「ああ……だが」


 同僚の声に頷きつつも、近付いてきているであろうサイクロプスへの警戒は緩めない。

 コーネリアも残心しており、周囲の警戒を怠ってはいない。


 ――――……ブモオオオオォオオオオッ!!


 その時、郁仁の向かった門の方角から凄まじい咆哮が聞こえる。


「なっ……! あの声は……」

「まさか……ミノタウロスロード!?」

「拙いぞ……!」


 サイクロプスと同じBランクの魔物であるミノタウロスロードの咆哮。

 それはある意味、絶望的なものであった。

 大気をふるわすほどの咆哮は、あっという間に周囲に広がっていく。


 というのも、魔物の咆哮というのは【魔圧】に近い。

 魔力を含んだ声が周囲に解き放たれるのだ。

 それは弱者を恐怖させ、足止めさせ、ただ自らに降りかかってくる死を受け入れるだけの状態とさせてしまう。


 だが、この時に限ってはエンツォたちにとって有利なものとなる。

 というのも、周囲の魔物が明らかに弱っているのだ。

 間違いなく、ミノタウロスロードの咆哮によって戦意喪失してしまっているのだろう。


 それに対して彼ら――エンツォたちは騎士だ。

 このような咆哮への耐性というのは身につけている。

 コーネリアは耐性を付ける訓練はしていないが、先日郁仁の【魔圧】を横で食らっている。

 ゆえにこの程度の咆哮では、微々たる影響もないため、騎士たちは皆迎撃しつつ魔物を押し返していく。


(……それより、クニヒトさんが無事かが気になります)


 その騎士たちの様子を見ながら、コーネリアは考えていた。

 タイミングを考えても、恐らく郁仁はあの場にいる。

 そのため、咆哮への影響は無くても、もしも戦闘に巻き込まれていたら……とコーネリアは心配していた。


 なにせミノタウロスロードは剣を使った接近戦を主とする。

 対する郁仁は、明らかに中距離向き。

 もちろん近距離での訓練をしているのは見てきており、実際に自分も体験しているとはいえあくまで対人訓練である。


(あの接近戦の方法は、魔物に向いていない)


 とはいえ、自分が向かっても足手まといになるだけ。

 今はとにかく、この場で騎士たちと共に残った魔物を狩りつつ、サイクロプスに警戒して動くのみ。


(クニヒトさん……必ず無事に戻って来てください)


 心の中でそう祈りながら、コーネリアも駆け出すのであった。


 * * *


 ――ブモオオオオォオオオオッ!!


「「!?」」


 夏凛と結は門の結界から出て戦線に復帰していた。

 実際に少なからず弓と魔法で魔物を減らしていく。


 だが、突然響き渡る魔物の咆哮は、彼女たちが身を竦めて動きを止めるには十分すぎる威力であった。

 同時に、周囲の魔物たちも浮き足立ったかのように動きを止め、あるいは散り散りになっていく。


「ゆ、勇者様! お下がりください、危険です!」

「でもっ!」


 近くにいた騎士がそう叫ぶ。

 だが、夏凛としては覚悟を決めてこの場に戻って来たのだ。

 まだ碌に戦っていない状況というのは、夏凛にとっては情けなく感じるものであったのである。


 だが、口では叫び返すも手足が震えている。

 結に目を向けるが、結も同様に震え、杖を支えに立っているような状態。


 そんな二人に対し、畳みかけるように騎士が叫ぶ。


「あれはBランクの【ミノタウロスロード】です! 我々でも簡単に手出しできるものではありません! どうか……!」

「っ……! わ、分かった……!」


 騎士たちの必死な声を聞き、相当危険な魔物であることを理解する二人。


「で、でも……外壁の上に移動して支援するわ!」

「ですが……!」


 騎士が止めようとするが、夏凛は必死に震えを抑えて心を奮い立たせる。


(……とにかく、今は少しでも魔物を減らして生き残らないと!)


 そう思いながら、結の手を引いて門の結界の中に戻る。

 そこで一度息を落ち着けてから、辺りを見回して顔見知りの女騎士に声を掛けた。


「ねぇ、 外壁にはどこから登れるのかしら!?」

「か、夏凛様!? 外壁でしょうか……?」

「ええ!」


 夏凛の言葉に驚く女騎士だが、急かすように夏凛が言葉を続けると、辺りを見回して少し離れた場所を指差した。


「あそこに階段がありますから、そこから外壁の上に上がれます! でも、魔物の中には石などを投げてくるのもいますから……!」

「分かった! 結、いくわよ!」

「……合点承知」


 必死で走り、外壁に上がるための階段を上る。

 そして、遂に外壁の上に辿り着いた瞬間……


 ――……ゾワアァアッ!!


「きゃあっ!?」

「……ひっ!?」


 周囲一帯に、一瞬凄まじい寒気が広がる。

 それはまるで大瀑布のように襲いかかり、一瞬のうちに魔物たちが外壁周辺から魔の森に向かって逃げ去っていく。

 逃げていない魔物はそれこそ、戦闘力がCランク以上の相応に強力な魔物のみ。


 騎士たちも、一瞬とはいえ明らかに凄まじいものを感じたのだろう、誰もが周囲を見回し、あるいは腕を擦りながら剣を構えている。

 だが、既に魔物は大方消え去っており、目視できたモンスターに向かって集中攻撃を始める。


「……あれ」


 呆然とその様子を眺める夏凛だったが、隣の結が袖を引いているのを感じ視線を向ける。

 だが結は夏凛を見ておらず、先程まで魔物で埋め尽くされていた平原を見ている。


「あれが……ミノタウロスロード……」


 どうやら、先程咆哮を上げていた魔物の姿が見えるようだ。

 その威容は、確かに危険なランクの魔物である事が明らか。


「……違う。その手前」


 だが、結が見ていたのは違ったようだ。

 結の言葉からするとその手前とのことなので、夏凛もレンジャークラスらしい強化された視力でその場を見つめる。


「……あれって」

「……間違いない」


 そこに立っていたのは、白いコートをたなびかせて左手をミノタウロスロードに向けた、郁仁の姿だった。

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。

というより、星が増えると作者も頑張る気になれます(・ω・=)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ