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01:そのおっさん、巻き込まれにつき

新作はじめました。

でも、更新は超絶気ままにしていきますし、終わるかどうかが分かりません!

しかしながら、出来るだけ更新するつもりですので、メイン作品である「コードマスター」共々どうかよろしくお願いいたします。

「ハッピーバースデーお~れ、ハッピーバースデーお~れ……はぁ……」


 森浜郁仁(くにひと)、本日で35歳。

 といっても、誰かが祝ってくれるわけでもないし、既にアラサーとは言われなくなってしまったおっさんの誕生日を祝ってもらう、というのはいまいち意味が分からない。

 家族が、妻や子供がいるなら別だろうが、生憎郁仁は独身である。


 ちなみに、どういうわけか昔から、実年齢にプラス5歳前後されるほどに落ち着いて見られるというのが特徴の彼は、クセのある前髪を七三……いや、八二くらいに分けている。

 目は一重で切れ長、身長は175センチくらいだろうか。

 体躯はガッシリしており、肩幅も広い。

 その姿を総合すると、どうしても実年齢以上に落ち着いて見られるのは仕方がないだろう。


 『重役より重役らしい』と言われるほどの見た目。

 スーツのフィット感も相まって、完璧にアラフォーにしか見えない。


「……今日も仕事、明日も仕事。しばらく引きこもってネトゲとかに没頭したい」


 とはいえ今日は月曜日。仕事も学校も始まるため、行き交う人がお通夜みたいな表情をしている曜日である。

 もし嬉々とした表情をしているなら、そいつは仕事中毒か、ニートである。

 いつもお通夜みたいな表情なのは、ブラック企業の連中である。


 というのは置いておいて……

 つまり、テンションだだ下がりの状態が、現在の郁仁の状況なのである。


 郁仁はいつも通り駅に向かい、すし詰めの電車に揺られて会社へ向かう。

 周りは同じような表情の連中ばかり。

 みんななんとも言えない表情で会社に向かっている。


 ドアが開き、人が降りては乗り込んでくる。

 先程の駅はかなり人が降りたため、少し余裕が出来たが、今度は学生が乗ってくる。

 エナメルバッグにバックパック、革のバッグなどがぶつかり合い、電車を圧迫する。


(はぁ……少しは考えて乗り込んで欲しいねぇ……)


 とはいえ文句を言う気はない。自分も学生のころそうだったな……なんて思いつつ電車に揺られるだけだ。


 しばらくすると目的の駅に到着し、学生たちと一緒に郁仁もホームに降りた。

 郁仁が向かうのはとある大学の、とある研究室……ではなく、その近くにある雑居ビルの中。


 仕事の内容としては、とあるコールセンターの管理者。

 悪い仕事ではないのだが、大体オペレーターが1年以内にやめることが多く、生き残った連中は結構クセの強いメンバーばかり。

 そんなメンバーを上手く動かし、上手くやり取りをし、仕事をこなしてノルマを達成しなくてはいけない。


(そろそろ管理者も増員しなきゃな……)


 郁仁は元々オペレーターだったが、数年でリーダーになり、気付いたら社員になり、いつの間にやらマネジャーにまで上がってしまった。

 勝手知ったるなんとやらなのでこのチームには慣れているし、仕事もしやすいのだが、役職が上がるにつれて忙しくなりすぎる。


「……なんで昇格を受けたかねぇ……」


 元々はバイト契約だったのが、数年で正社員だ。

 使える人を使うということなのだろうが、それにしてはもう少し落ち着いて働きたい。

 ちなみに大変体育会系な職場であり、「見て学び、やって熟達せよ」という空気である。


 馴染まなければ、自分で学んでいかなければついて行けず、結局辞めるしかない。

 新人募集をすると、「さて、何人残るかな♪」という賭けをベテラン勢はしていたものだ。


 そして淘汰されていき、生き残った強者の新人は次の職人になる。

 そうやって増えた職人が大量にいるセンター、と考えればいい。


 しかも、ベテランになってくると、管理者より詳しいということも多く、上司のくせにオペレーターに丸投げする管理者もいた。

 なお、そいつはセンター全員から白い目で見られて、ストレスのために引きこもったとかなんとか。


 ちなみに郁仁のトレーナーもまだ働いている。彼女はオープニングスタッフだったが。

 彼女は10年以上も一人のオペレーターとして働いているのだ。半端ない。


 閑話休題。

 さて、そんな郁仁はひたすら会社への道を歩く。


「今日はどうするかねぇ……鳴るだろうなぁ……」


 月曜日というのは問い合わせが多い。

 だからマネジャーとしては気が抜けないのである。

 下手に数字を落とすと、挽回が出来ない。


 とはいえ、そうそう現場に顔を出すわけにもいかない。

 上に上がった以上、下の仕事は下にさせなくては問題で、自分は上から全体を見なければいけないのだ。


(まず、会議の後に事業部長との話し合い、それからはクライアントとのやり取りで、報告書の総括……)


「鬱だ……」


 そんな事を考えながら、会社への道を歩いていると、近くの大学附属の高校に通う少年少女たちとすれ違う。


(あの頃は楽しかったなぁ……)


 少し感傷的になりながら、少し彼らを見ると、4人の少年少女が目に入る。

 1人の少年はかなりのイケメン、いかにもスポーツ万能で頭も良いタイプに見える。

 もう1人の少年は、少しくせっ毛で眼鏡を掛けており、少し俯きながらイケメンとお喋りしている。早口に喋る感じからして、おっさんはシンパシーを感じた。


 少女たちはどちらも可愛らしい雰囲気だが、1人は活動的なポニーテール、もう1人は黒髪の文学少女という感じである。


(ちぐはぐなグループだな……イケメンと活発少女はバスケ部っぽいな……あのオタクチックな少年は、多分美術部……文学少女は文芸部か?)


 勝手なおっさんの想像である。まあ、実は当たっているのだが。

 おっさんは意外と観察力があるのかも知れない。


 ちなみにおっさんの場合、友人たちは全て男。

 いや、1人女子がいたものの、彼女は婦女子だった。

 題材にされてしまったこともあり、少々トラウマである。


「……そろそろ仕事でも辞めて、のんびりしたいですなぁ……」


 一瞬思い出したくないものを思い出してしまい、身震いする。

 慌てて振り払うかのように、将来の願望を口に出すが、それよりおっさんはいい加減身を固めろといわれそうである。


 そんなどうでも良いことを考えつつ現実逃避をしながらすれ違ったのだが……


「な、なんだこれ!?」

「ちょっと!! どういうこと!?」

「こ、これはまさかの噂の異世界転移ですぞ!?」

「……これは予想外」


 そんな叫び声が聞こえて振り返った郁仁。

 すると彼らの足元に大きな魔法陣が浮かび、光を放っているのが見える。


(えらく大きいな……)


 心の中で「頑張れよ~」なんてエールを送っていた郁仁だったが……


「あるぇ?」


 どうも魔法陣のサイズが大きい。

 というか、明らかに郁仁の足元も光っており、魔法陣の範囲内であることが分かる。


「ちょっ!? それはマズいって……!!」


 慌てて魔法陣から跳び退がろうとするが、時既に遅し。


「ぬぉおおおおぉぉぉっ――――!?」


 なんとも言えない浮遊感を感じながら、郁仁の意識は途絶えていった……


 * * *


「……ん、んぁ……? ここは一体……」


 頬に伝わるひんやりとした石の感触に気付き、郁仁は目を開けた。

 どうも意識を失っていたらしいということに気付き、少し気恥ずかしくなって慌てて立ち上がる。


「さてと……」


 なんとなくだが、スラックスとスーツを手で叩き、周囲を見回す……


「……いや、ここは一体どこでしょう? え、ドッキリ?」


 周囲に見えるのは幾人もの人、人、人。


 フルプレートメイルを着用している兵士……あるいは騎士らしき人物が一番多いだろうか。

 次に見えるのは、豪華な服を着用した男性たち。なんとなく貴族っぽい。

 さらに見えるのが、メイド。これは数人だ。


 他に分かることと言えば、ここが何か建物の中であるということと、上が吹き抜けなのか、屋根に開いた丸い穴から月が冷え冷えとした光を差し込ませているのが見える。


 さらに分かったのが、ここが何かの台座であり、階段があることだろうか。

 そして……


「あまり見ないようにしていたんだが、彼らはまさか……」


 そう、郁仁の傍には4人の少年少女が倒れており、見るからに先程郁仁が見ていた少年少女であるのだ。


「さてさて……彼らが本命なんでしょうかねぇ……考えても仕方ないか」


 こういう転移ものにおいて、おっさんは邪魔である。

 少年たちが勇者となる一方で、おっさんは放逐されるのだ。あるいは処理される。


(それだけは駄目ぇぇぇぇぇえぇぇっ!!)


 心の中で悲鳴を上げつつも、顔は平静を保ちながら台座から降りようとすると……


「目覚めたそうですね」


 扉が開き、1人の女性が入ってくる。

 見た感じでは15歳くらいだろうか。だが、雰囲気はどこか人間離れしており、白い法衣を纏った少女。


(テンプレのお姫様……ではないな? 雰囲気は聖女か? 嫌な感じだ……)


 おっさん、オタク全開である。

 何を隠そう、この郁仁は生粋のオタク。ネトゲも好きだし、ラノベも好き。漫画も好きだしアニメも好き。PCオタクでもあり、家電オタクでもあるという趣味人。


 実はこういう世界に憧れたことは一度や二度ではない。

 とはいえ、年齢が年齢なので騒いだりはせずに、大人しく紳士的な雰囲気を意識する。


 だが、聖女に対して「嫌な感じ」という時点で完全に捻くれている。

 確かにこういう時に現れる聖女というのは、否応なしに勇者を巻き込む迷惑人として描かれることが多い。

 しかし、そんな作品ばかりではないし、勇者を助けるため身を粉にするタイプもいるので偏見でしかないのだ。


(あ、というか言葉は喋れるのだろうか?)


 郁仁としては落ち着いているつもりだったのだが、やはり動揺している事に間違いはない。

 なぜなら言葉を理解した以上、自分が喋れる可能性というのは高いのだから。

 もちろん絶対ではないが。


さて、聖女様は郁仁に話しかけながら台座に上がってきて……


「勇者様、どうかこの国をお救いくださいませ」


 と、テンプレのセリフを宣った。


「…………誰ですか貴方は」

「……いや、あなたこそどちら様です?」


 少しテンプレからは外れていたようである。

 そして、質問で返した郁仁も郁仁である。


 お互い非常に気まずい空気となってしまい、その場に固まってしまうのであった。



 * * *



「……大変失礼いたしました」

「……いえ、こちらこそ驚かせてすみません」


 無表情……いや、無機質な表情で少女が頭を下げてくる。

 いまいち感情を感じないので、郁仁としては微妙な気分だ。


 ちなみに先程まで数分間ほどお見合い状態で固まっていたのである。

 気まずかったことこの上ない。


 さて、そんな空気を変えるかのようにお互い謝ってから、自己紹介をする事に。


「さて、自己紹介をいたしますが、私はシルヴィア。シルヴィア・カートリクス。カートリクス聖教国の聖女です」

「これはこれはご丁寧に。私は……クニヒト・モリハマと申します。年齢は35歳ですので、単なるしがないおっさんです」


 なんとも言えない気分になりながらも、挨拶をする。

 なんとなく名前の言い方からして名が先に来るようなので、郁仁も同じように名を先に、名字を後に自己紹介をする。


(聖女という時点で、胡散臭いというか……)


 やはり郁仁は捻くれている。

 事実、郁仁の頭の中で召喚に絡む「聖女」というのが信じられないというのが本音である。

 大体、召喚に絡んだ聖女というのは勇者を誑かし、戦いに誘う悪魔であり、最終的には勇者を見捨てて使い捨てるというイメージを持っているのだ。


(俺はそんなラノベ展開なんて求めていないからな……!)


 単なる偏見であるのだが、おっさんは警戒心が強いのである。

 さて、そんな話をしていたら後ろで転がっていた他の少年少女たちも起きたようである。


「……んぁ? ここはどこでござるか? というか、もしかしてお城キタ!?」

「みんないるか!? ……ここは一体……?」

「ちょっと……何なのよ……」

「……どこ、ここ?」


 彼らは起き上がると、周囲を見ながら思い思いの事を呟く。

 約1名はテンションを上げて、「ふぉおおおおぉっ!?」とか叫んでいたが。


 多分同類の方なのだろうとおっさんは予想する。


「おや、彼らも目を覚ましたようですね」

「そうですね」


 いまいち聖女の反応がよく分からない。

 ただぼそっと呟くと、彼らの方に向かい、郁仁に向かって告げたような同じ言葉を投げかけている。

 同時に「聖女キター! これでかつる!」なんて言っている声も聞こえてきたが、おっさんは必死で黙殺した。


(”かつる”って……彼はいつの時代のオタクだろうか?)


 おっさんが某掲示板でフィーバーしていたころは確かにそんな感じだったが、その頃恐らく彼はまだ幼児……下手すると生まれていないだろう。


 少々なんとも言えない気分になりながら、そちらに向かっておっさんも歩き出す。

 流石に自己紹介くらいはしておこうと思ったのだ。


 * * *


「――そのようなわけで、世界を救っていただきたいのです」

「是非! その使命、必ず果たさせていただきましょう!」

「ち、ちょっと……! 勝手に決めないでよ!」

「こ、これはハーレムフラグ、というのでありますな? デュフッ!」

「……うるさいキモヲタ」

「ごめんなさい、なんですな!」


 なんとも個性的な連中である。というか、やはりこの約1名が面白いというか。

 そうしていると、近付いてきた郁仁に気付いたのか、4人が顔を向けてくる。


「やぁ、はじめまして」

「は、はじめまして……えっと?」

「え、誰この人?」

「……?」

「おっおっおっ、これは巻き込まれフラグでありますか!?」


 郁仁が手を上げて挨拶をすると、4人それぞれ別の反応を示してきた。

 そしてこういう時のオタクは、謎の性能を発揮して核心を突いてくる。


 少しなんとも言えない気分になりながら、郁仁は軽く会釈をして口を開く。


「僕は森浜 郁仁、と申します。どうやら君たちとすれ違った時に、一緒に召喚されたみたいでね、少し挨拶だけしておこうかと」


 郁仁がそう言うと、他の4人も慌てた感じで頭を下げてくる。


「俺は、小野 健翔(おのけんと)と言います。よろしくお願いします」

「私は、枢木(くるるぎ) 夏凛。健翔とは幼馴染みよ」

「……神宮寺(じんぐうじ) (ゆい)。はじめまして」

「そ、某は日下部 隆史と申しましてな、フヒッ……き、生粋のオタクでございますです!」


 イケメンは健翔というらしい。いかにもである。

 夏凛という少女も、いかにも運動系女子らしい。

 そして文学少女はどうも毒舌でもあるらしく、そして、名字がやたら格好いい。

 そして最後の……タカシである。将来引きこもりにならないか、母親(カーチャン)が心配しそうな名前である。


「……日下部君、君は少し喋り方に気を付けた方が良いですよ?」


 流石に引き笑いをしながら喋る彼に対し、郁仁は注意した。

 だが、文学少女結が首を振る。


「……私たちは皆幼馴染み。でも、隆史は治らないから無視して」

「そ、それは酷いんですぞ!? でも視線が……デュフッ」

「そろそろ、黄色い救急車が来るんじゃないの、君……」

「……病院が逃げて」


 何だろうか、この少女も少なからず影響下にある気がする。何のとは言わないが。

 だが、なんとなくこの結という文学少女は郁仁のツボである。


 自己紹介を終えると、それまで空気になっていた聖女様が口を開いた。


「…………そろそろ良いですか?」

「おや、これは失礼しました」


 郁仁が代表して謝り、頭を下げるのを見て他の4人もそれに追従する。

 すると聖女様は1つ咳払いをしてから、こう告げた。


「ケント様、カリン様、ユイ様、タカシ様、そして、クニヒト様が今回召喚された勇者の方々になります。改めてどうか、我が国に力をお貸しください」


 そう言って、頭を深々と下げる聖女。

 それをみて、健翔はやる気をみなぎり溢れさせ、夏凛はその様子を見ながら少し呆れつつも頷く。

 隆史は「勇者キター! ハーレムハーレムゥ!」などとテンションを上げて気持ち悪くなっている。

 それに対してしらーっとした目を向ける結。彼女だけは少々面倒くさそうな表情をしていた。


 だが……


「……? クニヒト様、どうされたのですか?」

「うん? そうですねぇ……」


 約1名、おっさんだけがなんとも言えない表情をしている。

 それに目ざとく気付いた聖女が、郁仁に尋ねた。


 だが、おっさんは苦笑したままでそれ以上は答えない。

 それを見て業を煮やしたのか、あるいは不敬だと思ったのか、聖女の傍にいた神官……司祭だろうか、中年の男性が郁仁に突っかかっていった。


「おい貴様! 聖女様からお声がけいただいておきながら何だその態度は!? それでも我らの仲間になる気があるのか!」


 顔を茹で蛸のようにして真っ赤にしている中年おっさん。

 しかもビール樽のような体型に、汗がてらてらしているため、郁仁はちょっとげんなりしていた。


 だが、それを出さないようにしつつ、こう言い放った。


「いや、誰が仲間になると宣言したんですか? 大体、あなたたちは他人ですしねぇ」

「なっ!?」


 またもや中年おっさんが激高した。


「貴様如き平民風情が意見するのもおこがましいっ! 貴様らなんぞ、ただ儂らに従えば良いのだっ!!」

「おやおや……こちらの情報もなしに、本当に平民と決めつけて良いんですかねぇ? はっきり言わせていただくと、あなたたちは僕らから見れば誘拐犯なんですが」

「……!」


 郁仁の言葉に聖女の表情が変わる。


「貴様っ、言わせておけばっ! もう我慢ならん、此奴を連れて行けっ!」


 中年おっさんは周囲に立っていた兵士にそう告げる。

 だが、兵士たちは困惑顔だ。

 本来ここにいる兵士……騎士たちは皆、聖女を守るための騎士。

 このおっさんの権限下にはいないのだ。


「命令だっ! この不埒な奴を処刑しろっ!」

「黙りなさい!!」


 聖女は未だに後ろで喚く中年おっさんに向かって、その雰囲気らしからぬ声で鋭く叫んだ。


「司教! これ以上騒ぐなら我が権限により貴方を背信者としますが!?」

「なっ……! そ、それは聖女様……」

「なら、黙っていなさい。大体、騎士への指揮権限は私が持っております」

「は、はい……」


 聖女にそう言われ、小さくなる中年おっさん。どうやら司教ということなので、それなりの立場にはいるのだろうが……

 おっさんは権力に逆らえない。組織にいる故の悲哀であろう。


 * * *


「なんてことを言うんですかぁ!?」


 そう叫んだのは、健翔だった。

 現在、転移者5名は召喚の間から離れ、少し広めの部屋にいた。


 疲れていることだろう、ということであてがわれた部屋なのだが、恐らく応接室。

 調度品も立派であり、準備されている紅茶なども品質が良い。


「……う~ん、良い茶葉だ。どことなくアールグレイにも似たような香りだが……少しスパイスの香りもするな……フレーバーティーは久しぶりだ」


 郁仁は叫んだ健翔を放置して紅茶を楽しむ。

 基本的にコーヒー党のおっさんだが、紅茶も好きなのである。

 だが、どうしてもお湯であったり、お茶の葉の開き具合を考えるというのが面倒という理由で、コーヒーをもっぱら愛飲していた。


(外に出たら、コーヒー探そう……)


 そんな事を考えていると、再度横から声が掛かる。


「ちょっと……聞いているんですか!? 何であんな喧嘩腰になるんです! 折角頼りにしてくれているというのに……」


 健翔にとって、既にこの国を助けるというのは既定路線となっていた。


(国が頭を下げて自分たちに救いを求めているのに、それを断るどころか誘拐犯だ、なんて!? 礼儀という者ものを知らないのか?)


 そう考える健翔。だが、果たして礼儀がないのは誰なのだろうか。

 ともかく、縋られたら自分が助けなければ、と考える熱血漢の健翔に対し、あっさりと突っぱねるような態度の郁仁(おっさん)は真逆の存在。

 健翔が受け入れられるはずもない。


「郁仁さんでしたっけ、国がこんなに頼んできて、しかも聖女が頭を下げているんですよ!? それをなんとも思わないのですか!」

「はぁ……」


 そう言い縋る健翔に対して、おっさんの態度は基本無視である。

 だが、いい加減うるさくなってきたのか、1つ溜息を吐くと、ソファーに預けていた背を起こす。


「あのねぇ……何の説明もなしに『国を救ってください』なんて胡散臭いにもほどがあるでしょう。君はなんとも思わないのですか?」

「だって……国の依頼ですよ!?」


 郁仁は頭が痛くなる。

 『国の依頼』……だからなんだ、と思っているのだ。


(いちいち面倒だなぁ……)


 とはいえ、子供を教えるのも大人の役目か、と思い直し口を開く。


「君……健翔君だっけ? アルバイトくらいしたことは……無さそうだね」

「そ、それはそうですが……それが何なんですか!」


 郁仁はこれまで何年となく社会で揉まれてきた。そのため、相応の警戒心を持っている。

 だが健翔は社会経験どころかアルバイトすら経験がないのだ。


 それを理解した郁仁としては、「やっぱ説明めんどい……」というのが本音であった。

 だが、流石に彼らを放置するのも可哀想だと思い直す。


「まあ、説明しても良いんですけど……最後まで聞きなさいね? 途中で口を挟んだら以降何も教えませんから」

「うっ……はい」


 凄みを効かせて告げる郁仁。ちょっと大人げないが、聞き分けの無さそうな子供にはこの位で丁度良いのである。


「君は働いたことはなくても、どのように仕事が成り立っているか……雇用側と労働側の立ち位置くらいは分かりますよね?」

「それはもちろん。雇われて、仕事をして、その見返りに給料がもらえるということですよね」

「まぁ……間違ってはいないね。じゃあ、今回は?」


 おっさん的には、本当のところ雇用関係の見方が違うのだが、そこは少し本筋からずれるため話さずに次の質問をする。

 だが、それに対して健翔は戸惑った。


「……えっ?」

(あ、駄目だ分かってない)


 郁仁は少し自分の指導能力に自信が無くなってきた。

 だが、そこで横で聞いていた夏凛が口を挟む。


「……なるほどね。確かに、今回は報酬が何かすら決まっていないわ」

「おや……夏凛さん、でしたか? その通り、正解です。僕たちはこのカートリクス……でしたかね、国から仕事を依頼された。でも、彼らは『してくれ』としか言わず、何も報酬を与えようとしていない。それどころか情に訴えようとしてきているんですよ。郁合良いようにね」


 郁仁は満足そうに頷く。

 だが、健翔としてはいまいち納得いっていないようだ。


「で、でも……人が困っているんですよね? それなら尚更……それに人々が助けてくれるかも……」

「それこそ尚更、だよ。君はタダ働きしたいのかい? 君はそれで満足かも知れないけど、他の仲間は? ここはゲームの世界じゃない。実際に生きているんだ」

「うっ……」


 確かにRPGであればモンスターがお金をドロップしたり、建物に侵入してお金を取ったりできるが、ここは実際の世界。

 さらに、ゲームではどれだけ行動しても食事をすることはないが、今自分たちは生きているのだ。

 そうである以上、現実的に生きることが大切になってくる。


「しかも、自分の世界の人間を使うならまだしも、召喚しているんだ。これを人攫いと言わずになんと言うんだい? 『選ばれた』なんて言っているけど、やっていることは誘拐だよ?」

「……確かに」


 郁仁の言葉に結が頷く。

 現実的に見ると、召喚というのは単なる誘拐である。

 いや、単なるというのは間違いだろう。基本は片道切符の誘拐、戻りようがないものである。


「まあ、そういうわけで僕としては彼らを信用していないし、警戒している。君たちももう少し自分で考えられるようにしておくべきかな」

「そうね……」


 夏凛はこの中で一番しっかりしているのだろう。

 郁仁の言葉に頷いて、既に色々と考えはじめているようだ。

 隆史は「まさにテンプレ! 勇者自爆乙!」などと言っているが……お前も勇者になるのでは、というツッコミは無しである。

 結は特に何も反応せず、じっと郁仁を見ているだけだ。


(? ……やけにあの結という子から視線を感じるな……)


 だが、まあ気まぐれだろうと思いおっさんは放置するのであった。


 * * *


 数時間後。

 郁仁たち5人は呼び出され、特別な部屋……どことなく聖堂のようなところに案内される。

 そこには数人の神官がおり、聖女や先程キレていた司教もいる。


「さて、勇者の皆様。皆様には戦闘適性検査を受けていただきたいと思います。ここに手を置いていただければ結構です」

「すみませんが、質問しても?」


 聖女が話し終えると同時に、郁仁が質問する。

 司教は睨み付けるが、聖女が頷いたので彼は引き下がった。

 頷いたのを見て郁仁が口を開く。


「確認ですが、これを受ける事の弊害などはありませんか?」

「ええ、それはありません。どの国でも一定の年齢で受けるものですから」

「なるほど……失礼しました」


 郁仁は頷き、頭を下げる。

 そして、健翔の肩を叩いた。


「さ、というわけで君が行きなさいな」

「えぇ!? 俺ですか?」

「うん。安全らしいから」


 嬉々として彼なら行くだろうという思いから郁仁は健翔を押し出す。

 健翔も満更ではないのか、「そ、それじゃ……」と言いながら祭壇に手を置いた。


 すると、祭壇が光り輝き、健翔の正面に半透明のウィンドウのようなものが展開されているのが見える。


「おおっ……!」

「やはり勇者様だったか……!」


 神官や司教がそう話しているのが聞こえる。


(どうやらあの画面はステータス画面のようだが……そんな摂理が働いているとは……)


 恐らく職業など色々表示されているのだろう。

 健翔も褒められて嬉しそうにしているのが分かる。


「そ、それでは拙者が……!」

「あっ」


 待ちきれなくなったのだろう。隆史も走って行き、健翔と交代して祭壇に手を置く。

 よく見えないが、「ふほっ、やりましたぞ!」とか言っているところからして、中々良い職業に就いたのだろう。


「……おじさん、行く?」

「おじさん……ですか。いや、お先にどうぞ結さん」

「……ん」


 文学少女である結と、元気な夏凛も祭壇に向かう。

 そうこうしていると祭壇前が混雑しているのが見て取れる。


(……あの中に入っていくのは難しいな)


 そう思っていると、神官から注意されたのか戻って来たが、その様子は浮き足立っていた。


「クニヒト様! こちらへ!」

「はいはい……っと」


 神官の1人に呼ばれ、郁仁も祭壇前に向かう。

 祭壇はそこまで大きくないが、そこそこの高さがある。


「さあ、この台の上に手を載せてください」


 促されるままに手を載せる。

 すると、自分の目の前に半透明のウィンドウのようなものが出現した。


(詳しいものは後で見るとして……職業は、と……ん?)


 郁仁は自分のステータスに書かれている【クラス】欄を見て首を傾げる。

 それを見た聖女が尋ねてきた。


「クラスは……うん? これは……」

「【スリンガー】とありますが……なんですかねこれ?」

「確かに、【スリンガー】……ですね……」


 神官からもこの表示は見えているようで、首を傾げながらも郁仁のクラスを読み上げる。

 そして、その言葉を聞いて驚いた表情をする聖女。

 周囲にいる神官たちも同じような表情だ。


「ん? 何か拙いので?」

「い、いえ……ス、スリンガー……ですか……フッ……」

『『ブフッ!!』』


 何故か笑い出す神官たち。

 聖女だけは驚いただけでそれ以上変化はしていないが、明らかに他の神官たちの目には軽蔑が見て取れる。

 そしてそれが顕著なのは司教だった。


「ふん……所詮貴様はその程度だと言うことだな!」

「おや、司教殿。お教えいただけるので?」

「おお、親切に儂が教えてやろう……」


 司教がニタニタとした笑顔を浮かべながら口を開く。


「【スリンガー】とはな……使い物にならないクズの証だ!」

お読みいただきありがとうございます。

よろしければ、ブックマークや評価をしていただけると嬉しいです。

というより、星が増えると作者も頑張る気になれます(・ω・=)

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