Wolves 狼
双方同時に咆哮を上げ、街道の真ん中で斬り結ぶ。重い金属のぶつかる音が夜の森に響く。
刀身での押し合いではじりじりとギュンターが押されていく。
「どりゃッ!」
ギュンターはオスヴァルトを蹴り飛ばし、その反作用で飛び退る。
オスヴァルトは逃すまいと猛攻を仕掛ける。風切り音を立てて両手剣を軽々と振り回し、五連六連とギュンターへ斬撃を喰らわしていく。
「キレが戻ってきたな! ちゃんと練習していたか!」
しかしギュンターも伊達に隊長を務めてはいない。一撃一撃が胴を両断するほどの斬撃を全て捌き切り、返す刀で突きを繰り出す。
軽装のオスヴァルトは身体を反らしてこれを躱し、ギュンターの懐に入って首を狙うが、逆にギュンターが肩から体当たりをぶちかます。一瞬怯むがなんとか踏ん張ったオスヴァルトに、今度はギュンターが剣を振るう。
その剣を握る腕を横から蹴り飛ばすオスヴァルト。そして腰を落としてギュンターの懐にタックルし、胴体を両腕で抱え上げる。
「ウオリャア!」
そのまま背中を反らしながらギュンターを背後へ放り投げた。
「うおっ!?」
宙を舞ったギュンターは地面に腰を叩きつけられ、痛みに顔を顰めた。
「ぬうううう……」
「諦めろギュンター。訓練時代、お前が一度でも俺に勝ったことがあったか」
「誰も剣じゃお前には敵わなかったさ、オスヴァルト……」
ギュンターは剣を杖にしながら立ち上がった。
「だが、ギャンブルで勝つのはいつも俺だった」
そう言い放つと同時に、手に握りこんでいた小石雑じりの砂をオスヴァルトの顔目掛けぶちまけた。
「ぐっ……!」
不意を突かれて顔を覆いながらも急所を守る構えをとったオスヴァルトだが、ギュンターは抜け目なく彼の右の太ももを切り裂く。
「ぐあっ!」
ガクンと膝をつくオスヴァルトに息つく間もなく突きを放ち、ギュンターの剣先が彼の右肩に食い込んだ。
「ウウッ……!」
「勝負あったな」
剣を取り落としたオスヴァルトの前に仁王立ちし、ギュンターは勝ち誇った笑みを浮かべる。
「剣の技は思い出せても、鈍った実戦のカンは取り戻せなかったらしい」
跪く形になったオスヴァルトの首に剣を添えるギュンター。
「安心しろ。お前の命を礎に、この街の未来を築いてやる。この俺がな」
そう言って、無言で睨むオスヴァルトを見下ろしながら、ゆっくりと剣を振り上げる。
その時、遠くから微かな風切り音が聞こえた。
「!」
ピクンと反応したギュンターが顔を暗い森の方へ向ける。
一本の矢が真っ直ぐ彼目掛け飛んできていた。
即座に剣を振るい矢を目の前で叩き落とすギュンター。しかし矢は一本だけではなく、次から次へと、まさに矢継ぎ早に飛来してきた。
ギュンターは数本を剣で落とし、数本は鎧に阻まれたが、鎧の隙間から膝と腕に矢が刺さり、崩れ落ちそうになるところを地面に刺した剣に寄りかかって踏ん張った。
「なんだ……何が起こって――」
戸惑うギュンター。やがて森の奥、矢の飛んできた方向から、大勢の足音が聞こえくる。
十数人もの男たちが声を上げながら森から出現した。
彼らは剣や弓矢を振りかざしてギュンターを取り囲む。
「こいつらは誰だ……!? オスヴァルト、お前仲間がいたのか!?」
脂汗の噴き出した必死の形相でギュンターが吼えるが、オスヴァルトにも何が起こっているのか全く分からない。
男達の身なりは綺麗ではなく、装備の質もまちまちで、有り合わせのボロを寄せ集めたような格好をしている。どこかの正規軍でないのは明らかだ。
「――盗賊?」
「〈軍狐〉――他所ではちょっと名の知れた盗賊団なんですよ」
オスヴァルトは唐突に聞こえた声に振り向く。
背後に立っていたのは、真新しいディアンドルを着こんだ可憐な少女。
「リア……?」
「お久しぶりですオスヴァルトさん。恩を返しに来ましたよ。間に合ってよかった」
リアは微笑んでくるりと回る。
「どうですかこの服。似合ってます?」
「あ、ああ……だが何故――」
「〈軍狐〉……聞いたことがあるぞ」
ギュンターが荒い息を吐きながら言う。
「以前抗争に敗れて壊滅した盗賊団の一つだ……復活していたのか……だがそれが何故オスヴァルトの味方をする……!?」
「お前、盗賊だったのか……?」
「ただの盗賊じゃないですよ? 私は〈軍狐〉頭目の一人娘です」
リアは申し訳なさそうに微笑んだ。
「嘘ついててごめんなさい。でもオスヴァルトさんも人を疑わなさ過ぎですよ。お話聞いただけで『騙されてるな』って分かりましたもん」
「…………」
「だから急いで生き残った仲間を掻き集めました。街でオスヴァルトさんが大々的に手配された上に、今日領主様が外出するって噂で聞きまして、Xデーは今日だなと踏んで助けに来たんです」
「――ありがとう。君は命の恩人だ」
「ふふっ、これでお互いに恩が出来ちゃいましたね」
「それで、この後どうするつもりだ?」
オスヴァルトは捕らえられ跪くギュンターを見下ろす。
「お尋ね者の俺や盗賊の君がこいつを軍に突き出すわけにもいかないし、こいつを有罪に出来る証拠もない。周到なことにな」
「その通りだぜ」
ギュンターは吹っ切れたように嗤う。
「お前らは俺を殺すしかない。しかしだ、そしたらお前らは領主を襲い、警備隊長を殺した都市の脅威だ。軍備は増強され、俺じゃない誰かが軍勢を率いて討伐しに来るぞ。お前ら盗賊はもうとっくに詰んでるんだよ」
くっくっと肩を震わせて嫌らしい笑みを浮かべるギュンター。
「だがもしこのまま解放してくれるんなら、どこか他の街へ逃げるまで討伐を待ってやってもいい。どうだ、悪い話じゃないだろ?」
この場では圧倒的多勢とはいえ、寄せ集めの十数人程度、完全装備の軍隊に攻められたらひとたまりもない。確かに生き残ることを考えれば、オスヴァルトはそれが賢明に思えた。
「ふふふ……あははっ。お前は、まだ自分が優位に立ってると思ってるの?」
リアは面白そうに声を上げて笑うと、部下に何事かハンドサインで指示を送った。
一人の盗賊が森の中へ走っていき、縄で繋がれた人間を連れてきた。
それを目にしてギュンターが目を見開く。
「オールセン伯……!」
「別動隊で身柄を預からせてもらったわ」
盗賊がオールセン伯の縄と猿轡を外す。憔悴した様子のオールセン伯は、顔を顰めてギュンターを睨みつける。
「――リンデマン……貴様の企み、全て聞かせてもらったぞ」
「なっ……!?」
〈軍狐〉によって捕らえられたオールセン伯は、オスヴァルトとギュンターの剣戟の現場のすぐ近くの木陰まで連れてこられており、ギュンターが自ら吐いた思惑を全て聞かされていたのだった。
ギュンター自身が〈街道の狼〉討伐の証人として立ち会わせたオールセン伯が、皮肉にも彼の悪事の証人となってしまったのだ。
「偽の盗賊団で領内の危機を偽装し、私から引き出した金で都市の支配を目論むとは……真の盗人は懐に居たようだな。厳罰を覚悟せよ」
「グゥゥゥゥ……!」
ギュンターは奥歯を砕けるほど噛み締める。
「だが! 都市を守るためには力が必要だ! 力を得るには金が必要だ! オールセン伯、あなたの貧乏臭さにはほとほと呆れる! だから俺があなたの代わりにやってやろうっていうんですよ!」
「成金趣味がほざきおって」
オールセン伯は鼻を鳴らす。
「金も力も有限だ。いかに少ない出費で最大の利益を得るかが重要なのだ」
「まあまあまあまあ、どちらの言い分にも一理あります」
睨み合うオールセン伯とギュンターの間に、スカートをひらめかせて割って入ったのはリアだった。
「都市を守る力が欲しい。でも金は出したくない。それなら私から領主様にご提案があるのですが、いかがでしょう?」
「ふん、言ってみたまえ」
オールセン伯は訝し気な顔を向けたが、リアは構わず続ける。
「街道の警護を私達に任せてみるというのはどうでしょう」
「なんだと? 貴様ら盗賊団に……?」
「もちろん通行料という形でここを通る方々から独自に集金はしますけど、その分街道の安全は保証しますし、領主様は兵隊に予算を割かなくても済む。その代わりこちらの活動を公認だけしていただければ、私達は大手を振って戦力を整えて他の盗賊団に対抗できる。悪い話じゃないと思いますよ?」
「ふむ……」
オールセン伯は少し考えこむと、目だけで周囲の盗賊連中を見渡す。
「その条件を飲まなければ私を生きて還さないとでも言う気かね」
「さあ。出来ればそんな事態にはなってほしくないですねぇ」
リアは悪戯っぽく笑う。オールセン伯は舌打ちをして言った。
「ふん、盗賊風情が……対等のつもりか」
オールセン伯は火を点けた煙管を咥え、溜息と共に紫煙を吐き出す。
「私と家族だけは通行料を無料にしろ。公認してやるのだからそのくらいのリターンはあって然るべきだ」
「感謝します領主様」
リアはオールセン伯の手を取って握手。
「ではたった今からこの街道は私達〈街道の狼〉の勢力下ということでよろしくお願いしますね」
「〈街道の狼〉……?」
黙って行く末を見ていたオスヴァルトが声を上げた。
「なぜ〈街道の狼〉なんだ。〈軍狐〉じゃないのか?」
「私達〈軍狐〉は、〈街道の狼〉の配下に下ります。これは構成員全員了承済みの話です」
リアはオスヴァルトの許へ歩み寄る。
「〈軍狐〉頭目である私の父は抗争で殺され、盗賊団はほぼ壊滅。これは他の盗賊団には知れ渡った話です。ただのか弱い少女である私が跡を継いで再結成したとしても、弱ったところを叩きにやってくる連中が後を絶たないでしょう。そこで悪名高い〈街道の狼〉の名前を利用したいと思いまして。誰かさんの宣伝のおかげで、今や〈街道の狼〉の勢力下と聞いただけで並の盗賊団は避けて通りますから」
「それは分かるが……だが、つまりそれは――」
「お察しの通りですよ、〈街道の狼〉頭目オスヴァルト・アラインさん」
リアはオスヴァルトに手を差し出した。
「私達と一緒に盗賊団、やりませんか?」
「…………」
オスヴァルトはその手をじっと見つめ、言った。
「……ならば、名前を変えなきゃな」
「名前ですか?」
「ああ――〈街道の群狼〉……どうだ」
「ふふふっ、いいですね」
オスヴァルトはリアの手を取り、強く握った。
〈了〉