A piece 駒
「明日、オールセン伯の一行が街道を通る。そこを襲撃するんだ」
数週間後、ギュンターから聞かされた計画にオスヴァルトは目を見開いた。
「領主を襲うのか……!? それはさすがに――」
「もう他の有力者はほぼ全員軍事費増額派に切り崩せた。だが領主様だけがまだ首を縦に振ってくれない。最後の一押しが必要だ」
「そうだとしても……最後? 今『最後』と言ったか?」
「ああ、最後だ」
ギュンターは頷いた。
「『〈街道の狼〉は護衛を付けてない相手ばかり襲うコソ泥』なんて噂も流れ出しているしな。ぼちぼち誇大広告も限界だった。ここらで最後のとどめを刺して、盗賊稼業も終わりにしよう」
「……だが領主を襲うというのは、今までと違うだろう。護衛が付かないわけがない」
「もちろんその辺のことも考えてあるさ。とりあえず概要を説明しよう」
ギュンターの語ったのは以下のようなことだった。
ズィルバベルクの中心に居城を構える領主オールセン伯が、趣味の釣りに出掛けるために街道を通って湖へ向かう。当然護衛は従えていくが、ギュンター率いる街道警備隊が務める予定である。
そこで、いつも通りオスヴァルトが〈街道の狼〉を騙って一行を襲撃したところでギュンターが殿を買って出て、オールセン伯や部下を全員ズィルバベルクへ戻らせる。
二人きりになったところでオスヴァルトが〈街道の狼〉であるという痕跡を全て処分し、街へ戻る。
ギュンターは「なんとか逃げ延びたが〈街道の狼〉はまだ蔓延っている」と報告して、盗賊の脅威を目の当たりにしたオールセン伯を説得して軍事予算を引き出す。
そしてオスヴァルトは元の名も無き鉱夫に戻る。
「…………そんなにうまくいくのか?」
「そこは俺達の演技力次第だな」
領主を襲う――これまでの強盗とはわけが違う。
ギュンターの標的選定が上手いのか、オスヴァルトは幸運にも剣を一度も振るうことなく強盗を遂行できていた。
今回もギュンターの思惑通りいけばいいが、最悪の場合、街道警備隊を相手に戦わなければならない事態になる。その時、ギュンターがどちらの味方をするのかも定かではない。
しかし、今回の襲撃さえ上手くいけば、もう架空の盗賊団稼業から抜け出すことが出来る――
「――分かった。やろう」
「ありがとう……! お前の街を想う気持ちには本当に感動するよ。お前という友人を得られて俺は幸せだ。ズィルバベルクの未来の為に、必ずやり遂げよう」
ギュンターの差し出した拳に、オスヴァルトも拳を突き合わせた。
■□ □■
夜の森の中、漆黒の闇に潜むオスヴァルトは、街道の先から進んでくる一団をじっと注視していた。
一台の馬車と、それを囲む街道警備隊が十数人。
何度も何度も手を握って開くのを繰り返す。指先が冷え、油断すると感覚が無くなりそうになる。腰に下げた剣が異様に重く感じる。
それでも、これで最後だと自らを奮い立たせ、暗がりを出て街道の真ん中へ立ち塞がる。
彼の姿を発見した領主一行が停止する。
「――何者だ?」
松明を掲げ、先頭の護衛が警戒心を露骨に出して尋ねる。
オスヴァルトはなるべくドスを利かせて応える。
「オールセン伯の御一行とお見受けする。身柄をこちらに渡してもらおうか」
「なんだと貴様――待て」
炎の灯りに浮かび上がるオオカミの印を確認し、護衛は目を見開く。
「そのエンブレムはまさか……!」
「〈街道の狼〉」
部下を制して奥から現れたのは。街道警備隊隊長ギュンター・リンデマン。
懐から羊皮紙の巻紙を取り出して、松明の灯りにかざして視線を落とす。
「――間違いない。〈街道の狼〉首魁、オスヴァルト・アラインだな」
「……?」
オスヴァルトは眉を顰める。なぜ名前を出されたのか。〈街道の狼〉の構成員は素性が不明ということになっていたのではなかったか。
何も言えずにいると、ギュンターが手元の羊皮紙を裏返してオスヴァルトに示す。
しっかりとオスヴァルトの人相書きが描かれた手配書だった。
「……どういうことだ」
こんなこと段取りにはなかったはずだ、と言いかけて口を噤むオスヴァルト。
しかしギュンターは顔色を変えずに続ける。
「自分の正体が割れていないとでも思っていたか? 俺達の捜査能力を舐めるな」
ギュンターは手配書を部下に手渡し、剣を抜いた。
「オールセン伯を攫って身代金をせしめる魂胆だろうがそうはいかん。街道警備隊の名誉にかけて、絶対にオールセン伯は渡さない。全員、オールセン伯を守ってズィルバベルクへ引き返せ! 〈街道の狼〉の構成員が森に潜んでいると思われる。十分に警戒しろ! この場は俺に任せるんだ!」
ギュンターの指令に従い、部下たちは領主の馬車を伴って街へと引き返していった。
「……なんのつもりだ」
律儀に話が聞かれない距離になるのを待ってから、オスヴァルトはギュンターに問うた。
しかしギュンターは何も答えず、構えた剣で斬りかかってきた。
「っ!?」
剣を抜く暇も無く、オスヴァルトは鞘のまま斬撃を受け止めた。
「ギュンター! 何を――」
「大人しく斬られろオスヴァルト!」
オスヴァルトに剣を抜く暇を与えないよう、怒涛の勢いで猛攻を仕掛けるギュンター。何故自分が殺されようとしているのかまだ分からず、戸惑いながら斬撃をなんとか弾き続けるオスヴァルト。
「お前騙したのか!」
「今更遅いんだよ!」
ギュンターは叫びながら体当たりを敢行。纏った鎧の重量を乗せたぶちかましに、軽装のオスヴァルトは踏ん張り切れず跳ね飛ばされる。
「死ねェ!」
仰向けに倒れたオスヴァルトの首元へ、全力で剣先を突き立てるギュンター。
ギリギリ鞘で受け止めるが、ひびが入る歪な音が耳に入る。
しかしギュンターは構わず鞘ごとオスヴァルトの喉を押し潰そうと圧力をかける。
「ぐっ……俺を殺してどうする!? 口封じでもするのか?」
「ふはははっ! お前は相変わらず馬鹿正直な野郎だな! だからこそ簡単に利用できた。街を追放させずに置いておいてよかったぜ」
「……お前、それは――」
鞘に食い込んだ剣先が引かれ、今度はオスヴァルトの顔面目掛け振り下ろされる。彼は咄嗟に横に転がって避けるが、立ち上がると生暖かい血が頬を伝っていくのを感じた。
「今じゃズィルバベルクではオスヴァルト・アラインは凶悪な盗賊団〈街道の狼〉の頭目として顔も素性も知れ渡っている。鉱山に潜りたがるモグラ野郎だろうが、もうお前に帰る場所は無いんだよ」
「ギュンター……」
オスヴァルトは未だ戸惑いを隠せない目で旧友を睨みつける。
「全て嘘だったのか? お前の話した計画は――」
「危機感を煽って予算を引き出す話は本当さ。ただそれはあくまで計画の半分。もう半分を話さなかっただけだ」
いつものような軽薄な態度を保ったままでギュンターは語る。
「今の俺は、悪名轟く大罪人から領主を守る為、独りで殿に立ち塞がった勇猛果敢な隊長――そうオールセン伯や警備隊の部下の目には映っている。ここでお前を打ち取って帰還すれば、俺は英雄だ。今後の栄達は間違いない。やがては拡大した軍事費で増強された軍を掌握し、ズィルバベルクの実権をこの手に握るのだ」
得意げに真の思惑を吐露するギュンター。
当然ながら、オスヴァルトが強奪し返還した金品は全て彼がそのまま懐に入れていた。
「馬鹿野郎が……野心に呑まれやがって……」
「馬鹿はお前だろオスヴァルト。上昇志向もない情けない男め」
ふん、と鼻を鳴らすギュンター。
「だが、お前にその意思が無くても、有能な軍人だったお前は俺が上に行くには邪魔だった」
「……お前だったか」
オスヴァルトは哀しみに眉を寄せる。
「お前の差し金か。俺を軍から追い出したのは」
「言っただろ? 無能な上官がお前をやっかんでたって。ちょっと唆せば簡単だったぜ」
「そうか……昔からそういう奴だったか」
「気づくのが10年遅かったな。あの頃の俺じゃとてもお前には敵わなかったが、今のお前がどれだけ抵抗出来るか試してみよう」
ギュンターは剣を構え直す。
「俺の街の未来の為に死んでくれ」
「ギュンター……」
友と信じていた男に裏切られた――それでもオスヴァルトは不思議と怒りの感情が浮かんでこなかった。
ただ、ただ哀しかった。
そして自らが情けなかった。
ギュンターの暗躍に気づけず、易々とその策謀に乗せられて思惑通りに盗賊に堕ち、彼の野心の駒としての役割を十分に果たしてしまった自責の念に駆られた。
「――俺は常にズィルバベルクの為に生きてきた。ズィルバベルクの為に死のうと思ってきた。どこまで身をやつしても、その覚悟は変わらない」
オスヴァルトは、ひびの入った鞘から、重い剣を引き抜く。
「街の未来の為に、お前を止める。ギュンター・リンデマン」
「やれるものならやってみろ鉱夫風情が!」