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A Miner 名も無き鉱夫

 王国の都から遠く離れた山岳地帯。オールセン伯爵領の中心都市・ズィルバベルクは銀鉱山の齎す富で栄えていたが、その産出は名も無き鉱夫たちによって支えられていた。



■□   □■



 坑道に一日中響き続けた金槌とノミの音が止み、大量の鉱石の入った麻袋を背負った大柄な男が穴から姿を現した。

 繕いだらけの服は黒く汚れ、表情は岩のように冷たい。不潔な肌と生気の無い瞳が、まだ20代である男を年齢よりも老けて見せていた。

 そのまま足を止めることなく、鉱山の外れにある小屋へ真っ直ぐ歩いていく。


 扉を開けると、カウンターに座った老婆と青年が顔を上げた。

 男は麻袋をドサッとカウンターに置く。青年が大きな天秤で袋の重さを計り、分銅を数えた老婆が足元の袋から数枚の銀貨を取り出し、男に手渡す。

 男は銀貨を数えもせずポケットに突っ込み、踵を返して立ち去った。


「……あんな人いたっけ、ばあちゃん」


 青年が尋ねると、老婆は興味なさげに言った。


「だいたい10年前からおるさね。名前は知らんがのう」

「10年も通ってるのに名前も聞いてないの?」

「お前さんはぺーぺーだから分からんと思うがね」


 老婆は淡々と言う。


「鉱夫なんてのは落盤やらガスやら、トンネルの奥でいつ死ぬか分からん仕事さね。大金稼ぎに息巻いてやってきた怖いもの知らず共が、一人、また一人といなくなってく。今日笑って手を振ってトンネルに潜った若者がもう二度と出てこないなんて()()さ」


 深く刻まれた皺を震わせながら老婆は続ける。


「あの男は最初に姿を見せてから、一日たりとも休まず坑道に入って石を掘ってくる。たまたま10年無事だったが、いずれ坑道に呑まれるよ。むしろそれを――人知れず消えていくのを待ってる気配すら感じるがのう」

「…………」


 神妙な顔で話に耳を傾けていた青年。しかし老婆はひょいと顔を上げて言った。


「何やっとる。さっさと石を片付けな」

「お、おう」


 青年は男の持ち込んだ鉱石を慌てて麻袋に詰め込み持ち上げようとするが、必死に唸っても袋はびくともしなかった。


「それが命の重さだよ」


 老婆は吐き捨てるように言いながら煙草に火を点けた。



■□   □■



 自ら集めた廃材で建てたあばら屋に帰ってきた男が扉を開くと、椅子代わりの木箱に見慣れぬ客が座っていた。家具と呼べるものは藁敷きのベッドぐらいしかない粗末な内装に不釣り合いな、仕立ての良い高級な服を着た男だった。


「やあ、久しぶりだなオスヴァルト」


 客は立ち上がり、親し気に語りかけてくる。


「俺達同期入隊のうちじゃ最強の男、オスヴァルト・アラインがこんなみすぼらしい暮らしをしてるなんて……夢にも思わなかったぞ」

「――お前は……」

「おいおい、酷い声だな。何年口を開いてないんだ。覚えてないか? ギュンターだよ。ギュンター・リンデマン」

「……ああ。お前か。悪いが酒は出ない」

「お構いなく。ほら、いつまで入り口で突っ立ってるんだよ」


 オスヴァルトはギュンターに促され、ギシギシと軋むベッドに腰を下ろした。ギュンターも再び木箱に座り、溜息を吐いて足を組んだ。


「まったく……家もこれだし、服もお前……そのボロ何年着続けてるんだ? 鉱夫なんてこの街じゃ一番稼げる仕事じゃないか。10年もやってりゃそれなりに金くらい貯まるだろう? 何に使ってるんだ。酒か? 女か? 賭け事(ギャンブル)か? 危険な仕事だしパーッとやりたくなるのは分かるけどよ――」

「飯代以外は全部教会に送ってる」

「あー、お前、そっか……教会の孤児院出身だったな」

「わざわざ訪ねてきて、やることは雑談か」


 オスヴァルトは鋭い視線を送る。


「用が無いなら帰ってくれ。俺はさっさと寝たいんだ」


 しかしギュンターは満足げに微笑んだ。


「顔は真っ黒だが、鋭い目つきは変わってないな。懐かしい。いつ以来だ?」

「俺が軍を除隊になって以来だ」

「ああ……あれは酷かった。お前は金のために武器を横流しするような奴じゃない。誰かにはめられたに決まってる。大方、お前に昇進を先越されそうな上官あたりか――なあオスヴァルト、お前さえよければ軍に戻らないか? 俺は今、街道警備隊の隊長をやってる。上に口利きすることも出来るぞ。この街を守る為に、お前が居てくれたらこれ以上心強いことはないんだが」

「軍に戻る気はない」


 オスヴァルトはにべも無く言った。


「本題はそれだけか?」

「いや、今のも雑談だ。そりゃお前に戻ってもらえたらそれに越したことはないが、断られるだろうとは思ってたさ。頼みたいのは別のことでな」


 真面目な様子に変わったギュンターの目がオスヴァルトの顔を真っ直ぐ見つめる。


「オスヴァルト、お前に盗賊になってほしい」

「……何を言っているんだ。馬鹿か?」


 街道の平和を守護する警備隊の隊長が口にしていいはずのない言葉にオスヴァルトは怪訝な顔をしたが、ギュンターはその眼前に手のひらを突き出して話を遮った。


「待て、理解できないのは分かってる。とりあえず話を聞いてくれ」

「…………」

「近頃、王都周辺で新興の盗賊団が多数活動を活発化させている話は……まあ知らないだろうな。殺人や強盗の被害が増えているのはもちろん、有力な組織同士で縄張り争いも起きて治安の悪化が激しい。辺境のズィルバベルクまでは未だその波は及んでいないが、抗争に敗れて追い出された連中がじわじわと地方へ手を伸ばしている。この辺まで幅を利かせてくるのもそう遠くない」

「それが何故、俺が盗賊になるなんて話に繋がる?」

「お前には盗賊の危険性を知らしめる役目を任せたい」

「危険性を知らしめる?」

「山の中なズィルバベルクは長らく外敵の侵入が無く、領主のオールセン伯がケチ臭――吝嗇(りんしょく)な方なのもあって、軍隊に割かれる予算はかなり少ない。兵隊も最低限しかいない。俺達街道警備隊もコソ泥を捕らえる程度なら十分だが、盗賊団を相手にするのはかなり厳しい――というか正直無理だ。それほど奴らは武装を整え、組織立って行動する。これから訪れる危機に備えるには軍備の増強が不可欠。その為にはオールセン伯や周りの貴族、有力商人連中に危機感を抱かせて予算を出させるしかないんだ」

「――つまりお前は」


 オスヴァルトは唸るように言った。


「本物の盗賊団がやってくる前に、俺に偽の盗賊団をやって金持ち連中を脅せというのか」

「簡単に言うとそういうことだ」

「イヤだね」

「手頃な標的の情報はこちらから提供する。必要なものも全て俺が用意する。もちろん賃金も払う。お前は剣で金を脅し取って街へ追い返すだけでいい。こちらでその被害を大げさに喧伝して恐怖を煽り、盗賊団対策予算を引き出す。そしたらお前は自由だ。元の鉱夫に戻ってもいいし、給料を元手に商売でも始めるのもいい。俺としては軍に戻ってもらいたいが……それはお前が決めることだ」

「…………」

「お前しかいないんだ。顔を知られていなくて、街からいなくなっても誰も気づかない。それでいて不測の事態があっても自分で切り抜けられる腕もある。何より、俺の友だ。お前なら信用できる。他の奴には頼めない。ズィルバベルクを守る為なんだ。軍に戻らなくてもいい。それでも、この都市の未来の為に働いてくれないか……?」

「……はぁ、ギュンターよお」


 オスヴァルトは深く溜息を吐いてぼさぼさの頭を荒々しく掻いた。


「もう10年もハンマーとノミしか握ってないんだ。今更剣の腕を期待されても困る」

「任せろ。ちょいと脅かしただけで腰抜かすような金持ちを紹介するさ」

「お前は昔からそういう抜け目ない野郎だったな。人の本質を見抜く目を持ってて、むかつくほど利口な野郎だった。そして――俺が冤罪で追放された時、最後まで庇ってくれたのもお前だった」


 オスヴァルトの瞳に鈍い光が戻るのを見て、ギュンターは噛み締めるように微笑んだ。


「オスヴァルト――」

「最後にもう一度、街の為に働くとしよう」

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