第165話「わんこそば」
「ご馳走してくれるのは嬉しいけど……ちょっと物足りません」
「ふふ、ポンちゃん、それは半分なんですよ」
って即座にコンちゃんに暗黒オーラが、
「これ、長老、わらわにハーフを供するかの」
なんでハーフなんて言いますかね、半分って言いましょう、いいけど。
朝の配達に出ようかとしていると……
シロちゃんが支度しているのを見かけたんです。
ミコちゃんからお弁当をもらってますよ。
「お弁当、ホットドックなんですね」
「本官、これが好きであります」
「むー、てっきりおにぎり派かと思ってました」
「そうでありますか?」
「だってシロちゃんって日本の犬ですよね」
「雑種であります」
「日本だからゴハン・おにぎりって思ったんです」
「おにぎりも好きでありますが」
「?」
「ホットドックはあまりのパンを使ってるであります」
「なるほど~」
って、ですね、
「シロちゃんシロちゃん!」
「なんでありますか?」
「パン、好き?」
「好きでありますよ?」
「ここはパン屋ですよ!」
「それがどうしたであります?」
「パン屋でパンはつらくない?」
「そうでありますね……」
そう、わたしもパン屋さんで働いているから、パンは毎日見てるんです。
でーもー!
パン屋だから、パンはできたら避けたいところです、ゴハンがいいです。
だって、残ったパン、おやつに出てくるんですよ。
そりゃあ、パンもおいしいです。
でもでも「いつも」「まいにち」はちょっとなの!
シロちゃん、ホットドックを見ながら、
「ポンちゃんは、ホットドック、嫌いでありますか?」
「ホットドック? 嫌いじゃないですよ」
「ホットドックはパン屋にないであります」
「!」
「ミコちゃんが作ってくれるであります」
「なるほど、パン屋さんにないから、いいかも」
「そういう事であります」
シロちゃん、ホットドックを胸元にしまうと、パトロールに行っちゃいました。
なんだかちょっと、ホットドック食べたくなっちゃいました。
「そんな事があったんですよ」
「ふむ、シロはホットドックを作ってもらっておるのかの」
わたしとコンちゃんで老人ホームに配達したの。
お手伝いも終って、お昼前にお店に帰れそうです。
「わたし、シロちゃんのホットドック見ていたら、食べたくなりました」
「ふむ、わらわも聞いていたら、生唾出てきたのう」
「でしょ」
「ミコに作ってもらうかのう」
「そうしましょう」
って、そんな事を話していたら、おそば屋さんの前に長老です。
「ポンちゃん、コンちゃん、配達ですか?」
「長老、こんにちわ~、ですね」
「おつかれ様です」
長老、わたしとコンちゃんを交互に見て、
「せっかくですから、おそばを食べていきませんか?」
「ご馳走してくれるんですか!」
「長老、そちから言ったのである、おごりであろうな、無料で供するのであろうな」
長老、うなずくとお店に入るの。
わたし達もつづきますよ。
お客さんは誰もいなくて、わたしとコンちゃん、カウンター席に着くの。
長老は厨房でさっさとそばを茹でると、あっという間にざるそば登場。
わたしもコンちゃんも、ざるそば大好きです。
それに、長老の手打ちそば、とてもおいしいんですよ。
長老、ちょくちょくご馳走してくれるけど、今日はどうしてかな?
「なんでご馳走してくれるんです?」
「まぁまぁ、食べてください」
「毒とか入ってませんよね」
「そんな手の込んだ事しませんよ」
わたし、おそばをツルツル食べます。
別に「フツー」ですね、おいしいですよ。
でもでも、なんだか、ちょっと少ない気がしました。
って、わたし、コンちゃんを見たら、コンちゃんも不服そうな顔でわたしを見返すの。
「ご馳走してくれるのは嬉しいけど……ちょっと物足りません」
「ふふ、ポンちゃん、それは半分なんですよ」
って即座にコンちゃんに暗黒オーラが、
「これ、長老、わらわにハーフを供するかの」
なんでハーフなんて言いますかね、半分って言いましょう、いいけど。
長老、すでに次を茹でています。
わたしとコンちゃんのセイロの上に、また半分を置いて、
「お二人には、味の違いがわかるか、味見をしてもらっています」
「!」
「さっき食べたのは、私の打ったそばではないです」
わたしとコンちゃん、セイロのそばを見ていると、
「今度は私の打ったそばです、味の違いを比べてほしいんです」
コンちゃん、ズルズルそばをすすりながら、
「わらわ達の感想を聞いてなんとするかの?」
「変わりがなければ、私は隠居しようかと」
わたしも食べてみます。
ふむ、確かにちがいますね。
香りがとくに、違うかな。
コンちゃんを見ても、頷きます。
口元を拭いながらコンちゃんが答えるの。
「香りが違うかの、しかしの、長老」
「なんですか、コンちゃん」
「どっちもうまいのじゃ、好みの問題なのじゃ」
「なるほど、なるほど」
コンちゃん、腕組みして、
「しかしの、わらわ、一言、言いたいのじゃ」
「なんですか、コンちゃん?」
「わらわ、おそば、腹いっぱい食べたいのじゃ」
こ、この女狐はなにを言い出すんでしょ。
「ざるそばはツルツル食べれて、あっという間なのじゃ」
「あ、それ、わたしもわかるかも」
「ポンもかの」
「ざるそば、ちょっと足りないんですよね、うん」
「遠足の子供もモリモリ食べるのじゃ」
長老、小さく頷いて、
「量を増やすんですか……」
つぶやいた長老、固まっちゃいましたよ。
お店を出ると、ポン太がやってきました。
「コン姉、ポン姉、いらっしゃいませ」
「ごちそうさまなところですよ」
「なんだ、そうなんだ」
コンちゃんが、
「これ、ポン太よ、今、ざるそばを食べたのじゃ」
「はぁ、それがどうしたんですか?」
コンちゃん、ポン太を捕まえて耳元で、
「長老のそばと、誰かのそばを食べたのじゃ」
「はい、それが?」
「誰かは誰かの?」
「……」
ポン太の様子を見ているとですね……知らないみたいですよ。
ちょっと考えるふうでしたが、
「ラーメン屋さんじゃないでしょうか」
「!」
「この間、ちょっとお店に来てましたから」
「あの女々しい男が打ったそばであったか」
「普通においしかったですね」
「むう、そうなのじゃ」
「本当にラーメン屋さんなんですか?」
わたしが聞くと……ポン太はコンちゃんに抱きしめられて赤くなっているの、コンちゃんスキーですからね。
「はい、あそこのお兄さんくらいしか……用務員さんは打ったらわかるんです」
「?」
「やめたと思っていたけど、たまにタバコを吸っているから、どうしても」
ああ、わかりましたよ。
用務員……帽子男はタバコを吸うんです。
わたしやポン太、コンちゃんは獣なので、ニオイには敏感なんですよ。
それにタバコのニオイはイマイチ好きになれないですしね。
コンちゃんわたし達の会話に頷きながら、
「して、ポン太よ、おぬし、長老に言うのじゃ」
「?」
「ざるそば、大盛りにするのじゃ」
こ、この女狐、まだざるそばの量の事ですか。
でも、わたしもその方がいいなぁ。
「ね、ね、ポン太、わたしももうちょっと多い方がいいなって思う」
「ポン姉まで……」
コンちゃん、ポン太を胸にギュっと抱きしめると、
「これ、ポン太よ、長老になんでもいいから言うのじゃ」
「?」
「ラーメン屋でラーメンを食べた事、あるかの?」
「はぁ」
「ラーメンは『かえだま』があるのじゃ」
「ざるそばも、おかわり、あるんだけどなぁ」
ポン太が困った顔で言うのに、コンちゃんはさらにギュっと抱きしめて、
「そんなシステムがあったのかの!」
そうそう、ありました「おかわり」。
幼稚園の遠足の時、おかわりを投げて配るんですよ。
「あれ!」
ポン太と別れて帰っていると、途中で倒れている……
「シロちゃんですよ!」
「おお、シロよ、どうしたのかの?」
わたし達、駆け寄ってみると、シロちゃん血まみれで倒れています。
いやいや、わたしもコンちゃんもタヌキにキツネ。
見た感じ血まみれなんだけど、これは血のニオイじゃないですね。
ケチャップですよ、ケチャップ。
シロちゃん、なんでケチャップまみれで倒れているんでしょう?
目を回しているシロちゃんのホッペをペチペチたたきます。
それ、目をさますんですよ。ペチペチ。
コンちゃんはシロちゃんの胸元、ケチャップを指でなぞってクンクンしているの。
「これは家でつかっておるケチャップなのじゃ」
「こんなに汚したら、あとでミコちゃんに怒られますよ」
「ふむ、しかしシロがそんなバカな事をするものかの?」
ケチャップ……ホットドックのケチャップですね。
「倒れて、上着に入れていたホットドックがつぶれたんですよ」
「ふむ、ホットドックかの、あれはうまいのじゃ」
言いながらコンちゃん、シロちゃんの服をつまんで中を見てます。
「コンちゃん、まだ食べたいんですか?」
「おいしいものは、別腹なのじゃ」
「食いしん坊ですね」
「しかしホットドックないのじゃ、残念なのじゃ」
「ほ、本当に食べたかったんだ」
「ポン、おぬしもそんな事、ないかの」
「むむ、そう言われると、そう思うかも」
って、シロちゃんピクピクしてます、目覚めましたよ。
「シロちゃん、大丈夫ですか? どうしたんですか?」
「お、おお、ポンちゃん、あれれ?」
「なんで道の真ん中で倒れているんです?」
「!」
シロちゃん足を畳んで、すねをさするの。
「何かがぶつかってきたであります」
「それで?」
「倒れたところから……覚えていないであります」
「大丈夫です?」
「ほ、ホットドックは?」
「ないけど……盗られたのでは?」
「くくっ! 警官である本官が盗られるなんて!」
警官って……警察の犬なんですけどね。
でもでもシロちゃんがやられるなんて、誰でしょう?
こう、警察の犬で撃ちたがりの犬とはいえ、シロちゃんを倒すとはたいしたものです。
犯人は誰なんでしょね?
昨日はいろいろありました。
シロちゃん、制服汚したから、今日はメイド服でお店のお手伝いなの。
とはいっても、服がかわっただけで、やる事は特に変化なしでしょ。
ミニスカポリスの時も配達、やってもらってましたからね。
わたし、コンちゃん、シロちゃんで老人ホーム配達なの。
「しかしのう、なんで3人で行かねばならんのかのう」
ぼやくのはコンちゃん。
わたしも、最初は3人で行かなくてもって思ったんです。
お店は今、ミコちゃんが一人で守っているんですが、もう一人、残っても全然問題なかったと思う、その方がいいくらいじゃないでしょうか?
「お客さん、ちょっとはいるよ、一人は大変かもしれませんよ」
って、ミコちゃんに聞いたら、
「それより、老人ホームでお手伝いほしいらしいのよ」
だって、わたし達が3人で行くのは、そんな理由なんです。
老人ホーム、職員さんたくさんいるんだけど、おじいちゃん・おばあちゃん一人ひとりについているわけにはいかないから、ちょっとでも人手があった方がいいんだって。
って、わたし達はタヌキにキツネにイヌなんですけどね。
コンちゃんはいつだって文句しか言わないから、ほっておけばいいんですが……
シロちゃんは今日もまだ、浮かない顔が続いています。
配達中も元気ないです。
「シロちゃん元気出してよ、モウ」
「本官がやられるなんて……やられるなんて」
「所詮警察の犬なんだから、そんなもんだって」
「くく……くやしい……それにであります!」
「うん?」
「昨日のお弁当、ホットドックが食べられなかったであります!」
もうほっておきましょう。
シロちゃん食いしん坊なだけです。
老人ホームでのお手伝いも終りました。
コンちゃんとシロちゃんでお茶のお手伝い。
わたしはお風呂のお手伝いでした。
お風呂のお手伝い大変でした。
おじいちゃんもおばあちゃんも、お風呂でじっとしていません。
長湯する人もいれば、さわがしい人もいます。
車椅子の人もいたりするから、お手伝いは大変なんです。
お茶のお手伝いの方がよかったかな。
でもでも、お風呂はお風呂で最近は慣れてきたからへっちゃらなんだから。
コンちゃん達と合流したところで、一緒にご帰還なの。
「どうでした、そっちは?」
聞いてみると、コンちゃんがうんざりした顔で、
「ここの爺婆はどうしてこうも元気なのかの」
シロちゃんは、
「保健医は邪魔をしているだけであります」
グチをこぼしています、ふむふむ、お風呂当番でよかったかもしれませんね。
って、二人は服の中から、
「わらわは饅頭をゲットしてきたのじゃ」
「本官はおせんべいであります」
「あ、ずる! わたしの分は!」
わたしが言うのに、コンちゃん達は首を横に振ってます。
この二人には思いやりという気持ちがないんでしょうかモウ!
って、シロちゃん、おせんべいを見ていましたが、
「本官のおせんべい、あげるであります」
「え! いいの!」
「気分はやっぱりホットドックであります」
「まだ引きずっているんですか~」
「ポンちゃんにはわからないであります」
シロちゃん、よっぽどホットドック、好きなんですね。
コンちゃんはお饅頭を食べてニコニコしています。
わたしもおせんべいを食べていたんですが……
おそば屋さんの前を通ろうとしたら、今日も長老がお店の前にいます。
わたし達を見て手招きしていますよ。
なにかな?
「ポンちゃん、コンちゃん、シロちゃん、ご馳走しますよ」
長老が言います。
それと同時にお店の引き戸が開いて、ポン太・ポン吉が顔を出すの。
「二人とも、どうしたの?」
ポン太が、
「ポン姉、昨日おそばの量がって言っていたよね」
「はい、それが?」
「ま、まぁ、入ってください」
「う、うん」
なんだかポン太は、そしてポン吉は嫌そうな顔をしています。
とりあえずお店に入って……お客さんはいないですね。
わたし達はカウンター席に着くんです。
長老はニコニコ顔で、
「おそばの量の事もあったので、『わんこそば』にしてみました」
「わんこそば」聞いた事があります、おそばの無限地獄バージョンです。
コンちゃんは……知ってるかどうかわからないけど、しっぽフリフリ大喜び。
シロちゃんは……きっとまだホットドックの事を考えています、引きずるタイプですね。
長老、そんなわたし達を見もしないで、
「では、始め、スタート」
コンちゃん、一瞬固まったけど、すぐに食べ始めました。
一口で食べちゃいます。
すぐにポン吉が追加投入、本当に投入なの。
シロちゃんはうつろな目で、どんどん食べています。
シロちゃんにはポン太がオカワリを入れていくの。
わたしも食べ始めます。
ゆっくり……ゆっくり……わたしのおわんにはポン吉がオカワリ入れてくれます。
わたしはゆっくり、ゆっくり食べますよ。
コンちゃんはすごい勢いです。
おそば好きなんですね、うん。
ちょっとテレパシーです。
『ね、コンちゃん』
『なんじゃ、今は忙しいのじゃ』
『わんこそば、知ってるよね?』
『うむ、知っておる、おかわり無限なのじゃ』
『おなかパンパンで死んじゃうよ』
『わらわ、神ゆえ無限なのじゃ』
『ほんとうかなぁ~』
わたしのおわんが空になったのに、ポン吉が追加。
ポン吉もポン太も、なんだかさっきから嫌な顔です。
二人はあんまり、わんこそばやりたくなさそう。
一方長老は、いつもと変わらない顔なんですが、どことなく動きが軽いですね。
「長老ちょうろう」
「なんですか? ポンちゃん?」
「この勝負はどこで勝ち負けが?」
わたし「勝負」とか言っちゃうの。
でもでも、これってお店とお客の勝負ですよね。
長老、どんどんおそばを茹でながら、
「制限時間は10分、ゴールは100杯」
「制限時間にゴールしないと負けなんですね」
「途中退場はおわんに蓋をすればいいんです」
「そうしたら?」
「お客が負けたら、代金は食べた分だけです」
「はぁ」
「お店が負けたら、お代はいただきません」
「100杯はちょっと多くないです?」
「数だけ聞くとすごそうですが……」
わたし、長老じゃなくて、ポン太を見ます。
ポン太、シロちゃんのおわんにオカワリを入れながら、
「普通のざるそば10人前……は、ないと思うけど」
「そう聞くと、たいした事ないような気がしますね」
「10分ですよ」
「むー!」
わたしはさっさと降りましょう。
ポン吉をにらめば、それだけでオカワリにブレーキ。
なに事もなかったかのように、おわんに蓋をしちゃうの。
長老が、
「ポンちゃんは降参ですか?」
「えっと、お金持ってないんだけど」
「いいですよ、今日はどんな感じか、お試しですから」
「そうなんですか……」
「コンちゃんはやる気みたいですし」
すごい勢いで食べるコンちゃん、おわんがどんどん重なっていきます。
シロちゃんは魂のない目で、もくもくと食べているの。
なんだか嫌な予感がします。
わたし、お茶を飲みながら、コンちゃんが「嫌な汗」浮かべるのに気付きました。
100までまだまだありそうです。
蓋をする間を与えずに、ポン吉が次を投入。
頬をヒクヒクさせるコンちゃん、ポン吉をにらむの。
さっきまでやる気なさそうだったポン吉は、今は悪魔の笑みを浮かべて「次」を構えています。
今にもポン吉を呪い殺しそうな目でにらむコンちゃん。
って、長老が、
「コンちゃんゴールしたらツケが消えます!」
「!」
「負けたら今日の分ツケます」
「なんじゃとー!」
「コンちゃんが量の事を言ったからやってるんです」
「むー!」
しかし、むなしく時間は過ぎて行くの。
ついにタイムオーバー、コンちゃんゲームオーバーなんです。
「あう、もっとハラペコでくれば~」
コンちゃん悔しそうにしています。
「ツケが~! ツケが~!」
悔しそうに言っていますが……ツケ払う気さっぱりですよね。
って、長老、目を丸くしてます。
ポン吉もポン太もびっくりしてるの。
3人の視線の先はシロちゃんです、おわん100杯積まれてます。
「ふう、ホットドック……」
警察の犬はまだホットドックが心残りみたいです。
魂の抜けた目で、まだ箸を動かしているの。
ちょっと面白いから、まだ次を持っているポン吉のおわんを引き継ぐの。
シロちゃんのおわんに次を投入。
ロボットみたいに食べちゃうシロちゃん。
「ホットドック……」
よっぽど食べたかったんですね。
ちょっとこわいくらいですよ、まったくシロちゃんはモウ!
教壇で音頭をとっているのはみどりです。
おでこが広くて……
眼鏡で……
三つ編みで……
委員長顔なんで、いい感じです。