第166話「お外で昼ごはん」
なんと、ダムの跡地に遊園地ができたんです!
い、いつの間に!
これでいつでも、店長さんとデートできます。
一度下見に行かないといけませんね。
こーゆー時は目の細い配達人に手配してもらうしか。
「手を合わせましょう!」
教壇で音頭をとっているのはみどりです。
おでこが広くて……
眼鏡で……
三つ編みで……
委員長顔なんで、いい感じです。
「いただきます!」
「いただきま~す」
給食開始です。
わたしはパンの配達も終って、給食のお手伝いもしました。
いつもなら、そのまま給食をご馳走になるところなんですが……
今日は観光バスが来るから早く帰らないといけません。
給食が食べられないのは残念ですが、次のお楽しみって事でいいでしょ。
わたし、みんなが食べ始めるのを見てから教室を出ます。
「ポン姉~」
「レッド、どうかしたんですか?」
レッドが呼び止めるんですよ。
「たべないゆえ?」
「パン屋さん忙しいから帰るんですよ」
「たべるひまなし?」
「むう、まぁ、そんなところですね」
正直言うと、食べてから帰っても大丈夫でしょ。
給食なんか、あっという間に食べちゃえるから、いただいてもいいかな~とか思ったりもします。
でも、食べたら確実に昼休みのドッチもお付き合いでしょ。
今日はそこまで暇ではないんです。
レッドはちょっと切なそうな目で見ていますが、どうせ「今だけ」です。
わたし、手を振って退場しちゃうの。
観光バスが来るのはまだちょっと時間があるけど、心の準備もあるから早めに帰るとしましょう。
なんてね!
本当は子供の世話なんて「ヤ」なんです。
面倒くさいだけですよ。
ドッチだって、子供相手は接待なんだから。
でもでも、ポン太やポン吉は別ですね。
あの子らは、ニンジャなだけにボール重いんですよええ!
「今日の観光バスは遠足ですか……」
やってきたのは「観光バス」というより、「遠足バス」ですね。
お決まりの、もはや常連化しつつある、いつもの幼稚園が来てるの。
ウッドデッキや店内のテーブルでおやつを食べています。
わたしとコンちゃん、ミコちゃんにシロちゃんで牛乳やコーヒー牛乳を配って回るの。
わたし、幼稚園の先生に聞くんです。
「あの~」
「何、ポンちゃん?」
「いつも来てくれるのは嬉しいんですが……」
「?」
「そろそろネタ、つきませんか?」
「私はレッドちゃんが見たいから来てるんだけど」
「先生はレッドスキーですか……」
「今の時間は学校なんですね」
「です、そんなにレッドに会いたいなら、学校に遊びに行くようにすればいいんですよ」
「今度からそうしようかな」
「先生がそんな個人的な感じでいいんでしょうか?」
「うちも、麓の幼稚園だから、ここが近いし」
「むう、そうなんですか」
「それに、遊園地が出来たから、今回はそこに」
「え!」
遊園地が出来た?
そんなの聞いた事ありませんよ!
「その遊園地ってなんです? わたし知らないし!」
「え? ポンちゃん知らないの?」
幼稚園の先生、デジタルカメラを出して、見せてくれます。
確かに遊園地の写真ですよ。
観覧車にティーカップにメリーゴーランド、ジェットコースターもあります。
「ど、どこ?」
「ダムの予定地だけど」
「え! そんな、あそこは溶岩ばっかりの……」
わたしがデジタルカメラを操作していると、確かにダム予定地です。
遊園地のまわりは溶岩だらけで、一枚の写真には工事現場のプレハブが写っているの。
「知らなかった!」
「ほら、あの、目の細い配達人さんいるでしょ、憲史さん」
「あの配達人がどうしたんです?」
「配達は綱取興業さんでしょ」
「はい、綱取興業ですね」
「知り合いの遊園地の遊具メーカーさんが、展示場として借りてるらしいのよ」
「展示場……」
「だからまだ営業してるわけじゃないみたいらしいけど、綱取興業さんの口利きで遠足に行ったのよ」
「ふむ~」
「子供達の遊んでいる写真をタダで撮らせてもらって、営業用にしていいなら『タダ』にしてくれるって言うから乗らない手はないでしょ」
「なるほどですね」
いい話を聞きました。
これは店長さんとデートするしかないですね。
遊園地でデート!
まさに少女マンガチックな展開です。
わたし、エロポンでエロマンガ専門で読んでいたけど……
たまには少女マンガや少年マンガもあったんです。
ふふふ……まずは「清い交際」からですかね。
面白くなってきましたよ!
「ポン姉とデートゆえ!」
「……」
「うれしいゆえ!」
ちっ!
レッドとデートになっちゃいました。
店長さんは今日は老人ホームに駆り出されて……借り出されているんです。
レッドとダムでデートは今回で2回目。
遊園地はちょっと楽しみなんですが……
「おにいちゃとごいっしょゆえ」
そう、今日、もう一人「オマケ」がいるんですよ。
イケメンの、ラーメン屋の、花屋の娘の兄がご一緒です。
荷物を持ってくれるのは嬉しいんですが、わたし、イケメンさんそんなに好きじゃないです。
なんて言うんでしょう……わたしの「かっこいい」とはちょっと違うんですよ。
どこか「女々しい」のが好きになれないところかな。
「ネコパンかわいい」とか言いながら食べるのが許せません。
「ラーメン屋さんは空けちゃってていいんですか?」
「あ、ラーメン屋さんは用務員さんがやってくれるって」
「そうですか」
うーん、レッドの相手をしてくれるなら、帽子男(用務員)でもよかったです。
帽子男の方が男らしくていいですよ。
わたしも帽子男ならなんの気兼ねもなくていいですから。
「ポンちゃん!」
って、イケメンさん、いきなりいつもより重いトーンで言うの。
「ポンちゃん……その、あの」
「ま、まさかわたしが好きとかじゃないでしょうね?」
モジモジして、目を潤ませているイケメンさん。
頬染めして、言い出しにくそうにしています。
「そ、そんなんじゃなくて」
あっさり否定されました。
でも、なんでそんな「告白モード」なしゃべり方なんでしょ?
「なんなんですか?」
「そ、その、相談というか……」
「相談?」
「じゃなくて……妹の事でちょっと……聞きたいかなって……」
そう、このイケメンさんが好きになれないのは、この「妹スキー」な点もです。
妹の花屋の娘は、殺しを依頼するくらいにこのイケメンが嫌いみたいなの。
「花屋の娘の事ですか……まぁ、わたしの知っている範囲なら答えられるけど」
「知ってるだけでいいから、教えてほしいんです、妹の事を!」
「まぁ、レッドの相手をしてくれるなら、いいですよ」
って、イケメンさんの顔が明るくなります。
「僕、レッド大好きだから、いくらでも相手します!」
それは大助かりです。
でも、なんてか、レッドの事、本当に好きみたいです。
「子供、好きなんですか?」
「ええ!」
この男は幼稚園の先生やればいいんですよ。
やっぱり「女々しい」感ひしひしで、微妙ですね。
男はやっぱり男らしいほうがいいです。
む~。
おお、確かに、溶岩だらけのダムの跡地の隅っこに、遊園地が出来ています。
先日のデジカメで見たのと同じ、観覧車が、ジェットコースターがありますよ。
遊園地の周囲には工事現場の囲いがしてあるだけです。
「ポンちゃん、よく知ってるね」
「幼稚園の先生から聞いたんですよ」
わたし、入り口らしいところに向かいます。
って、詰め所らしいプレハブから人が出てきました。
「あー、いらっしゃい、綱取さんから聞いてるよ」
出てきた作業着の人はニコリともしないで、
「本当は遊ばせるつもりはないんだけど、まぁ、綱取さんのところからお願いされてるからね」
「よろしくおねがいします」
って、そこまでは無愛想だった作業着さんでしたが、急に目が厳しくなって、わたしの背後に瞬間移動。
「おお、本当にタヌキだ!」
「ちょ! なに人のしっぽモフモフするんですか!」
「いや、しっぽモフモフしないとって言われてるし」
今度、配達人に会ったら、チョップの一発もお見舞いですよ。
作業着さん、レッドもつかまえて、
「おお、こっちはキツネみたい」
「けのいろがあかいからレッドー!」
「おお、いらっしゃい、レッド」
「あれにのりたいゆえ!」
レッド、観覧車を指差して獣耳になってます。
わたしもなんだか、ワクワクしてきました。
小さい遊園地だけど、雰囲気はちゃんと「遊園地」なんですね。
作業着さん、レッドを抱っこ、ニコニコして、
「まぁ、サービスするかなぁ」
「さーびす、さーびす!」
わたしとレッド、イケメンさんでゴンドラに乗るの。
ブザーがなって、ゆっくりゆっくり、ゴンドラが動き出すんです。
段々視線が高くなっていくのに、レッドは窓にかじりついちゃってます。
獣耳がピコピコ動いてハイテンションみたい。
わたしもテンション高いんですが……イケメンさんは暗いの。
「どうしたんです?」
「あ、うん、うん、その」
「?」
「子供の頃、こんなのに乗ったな~って」
「わたしとレッドは初めてでテンション高いんだから、合わせてほしいですね」
「あ、ごめん」
「なんだか暗いし」
「ごめん、ごめん」
イケメンさんすまなさそうにペコペコすると、
「妹と……観覧車に乗った時は仲がよかったんです」
「はぁ」
「それが今はなんだか……妹に避けられているみたいで」
避けられてるんですよ、気付いてますよね?
「どうして妹は僕を避けるのかなって……」
女々しいからですよ、きっと。
でもでも、イチイチ返事して面倒になったら嫌なので、ともかく頷くだけですね。
「中学・高校……高校の最後くらいから、なんだか妹の様子がおかしくなっちゃって」
イケメンさん、泣きそうな顔です。
本当に女々しいですね。
妹なんだから、放置してればいいんですよ。
妹の方もそうして欲しそうだし。
「大学なんか、もう、僕を避けるように」
避けてるんですよ、わかりませんかね。
「で、たまたま、花屋さんをやりたいって知ったんですよ」
「はぁ」
「駅前の小さな花屋……叶えてあげたいって思ったんです」
「はぁ」
「ちょっとでも、協力してあげたかったから、まずはお金」
「え!」
「どうしました?」
「お金、協力したんです?」
「受け取ってもらえませんでした……すごく怒っていたし」
「イケメンさん、どうやってお金、稼いだんです?」
って、聞いた途端顔を「プイ」って背けちゃうの。
「どうやって稼いだんです?」
「そ、そんな事、いいじゃないですか」
「ろくな事、しませんでしたね?」
わたしがにらむと、イケメンさんモジモジしながら、
「だって妹が男らしい仕事でって言うから」
「なにやらかしたんですか?」
「いいじゃないですか……」
「……」
「そんな事より、僕がお金を出すのが嫌なら、わからないように協力って思ったんです」
「で、今度はなにをやったんですか?」
「花屋さんの物件を探して、教えてあげたんです」
「いいじゃないですか、それ」
「せっかく『駅前の小さな花屋』で紹介したのに、妹は反抗してこんな山奥に……」
話の最中ですが、レッドがイケメンさんの腕を引っ張って窓の外を指差すから、そこで話は終わりになっちゃったの。
あれ?
花屋の娘は、「だまされた」って言っていませんでしたっけ?
「反抗して」とか聞いた事ありませんよ。
これはちょっと、花屋の娘に聞いてみるしかないですね。
「たのしかったゆえ!」
レッドは大満足です。
わたしも遊園地、楽しめました。
今度は店長さんとご一緒なんだから。
みんなで作業服さんに手を振ってお別れすると、もう、レッドはフラフラしてるの。
楽しんでたから、もう疲れちゃったんですね。
って、わたしがおんぶしようとしたら、先まわりでイケメンさんがおんぶしてくれました。
「で、ポンちゃん」
イケメンさん、マジな顔で、いつになく低いトーンで、わたしに言うんです。
「どうしたら妹と仲良くなれるでしょうか?」
「無理なんじゃないです?」なんて言っちゃいたいけど言えません。
「うーん、わたしに聞かれても~」
「ポンちゃん、妹と話しますよね?」
「それはお店にちょくちょく来るし」
「妹と友達ですよね」
「まぁ、友達と言えば友達かなぁ」
「何でもいいから、妹から聞き出してください」
「わかりました、それとなーく聞いておきます」
「おねがいしますよ!」
あんまり大きな声出さないでください。
せっかく寝ちゃったレッドが起きちゃうから!
お昼のパン屋さん。
お客さんがいない時に、花屋の娘登場です。
「ポンちゃーん、お茶ちょうだい」
「いらっしゃいませ、また待ち合わせです?」
「うん、桃を卸しに来たの」
花屋の娘、箱入りの桃を見せながら、お土産の桃もちゃんとくれます。
「わたし、思うんですけど」
「なに、ポンちゃん、コーヒーお金とらないでしょうね」
「桃をもらったからとりませんよ……じゃなくて」
「?」
「配達人、家まで来てもらえばいいのに」
「退屈なのよ、ここに来て時間つぶししたいのよ」
「学校行けばいいのに、ドッチできますよ」
「子供相手に本気出せないでしょ」
「出すくせに」
「何か言った?」
そうそう、この間、イケメンさんと話していて気になった事があるんです。
「ちょっと聞きたい事あるんですけど」
「何?」
「今の家は、畑は、確か騙されて買っちゃったんですよね?」
「嫌な事聞くのね、忘れたいわ、その事は」
「騙された……んですよね?」
花屋の娘、コーヒーを一口すすったところで、
「そうね、最初は、騙されたって思ったの」
「今は違うみたいな言い方ですね」
「うん、今は違うわ」
花屋の娘、わたしを見て、しっぽを手に取るとモフモフしながら、
「ここに来てよかったかなって思うようになった」
「しっぽモフモフしながら言わないでください!」
「いいじゃない、モフモフなんだし、超楽しい」
「怒りますよ!」
「怒ってるじゃない」
花屋の娘、しっぽを手放すとポヤンとした目を窓の外に向けながら、
「駅前に、小さな花屋を手に入れたとするでしょ」
「はぁ」
「面倒くさいと思うのよ、忙しそうだし」
「……」
「それにくらべて、ここの暮らしはのんびりしてるし」
花屋の娘、あらためてわたしのしっぽをモフモフしながら、
「いや、タヌキやキツネがパン屋やってたりなんて、普通ないわ」
「しっぽモフモフしながら言わないでください」
「いいじゃない」
「むー!」
花屋の娘、しっぽを見つめながら、
「一番よかったのは……」
「一番よかったのは?」
「あのクソ兄貴から離れられた事」
「!」
「大学生やってる頃とか、どうしても目に入っちゃう事あったのよね」
「そ、そこまで嫌いなんですか」
「あの男、女々しいのよ、コップ持ったら小指立てるし、学食でパフェとか食べるのよ、信じられる? 男のくせに! 死ねばいいのに!」
「……」
「家まで来たらコロス、田舎だから、一人死んだくらい、わからないし!」
わ、わかるでしょ、駐在さんだっているし。
花屋の娘の怒りに火を着けちゃったみたい。
あの物件、イケメンさんの仕業なのは言わない方がよさそうです。
わたしもイケメンさんの事は女々しいって思うけど……
花屋の娘を見ていたら、わたしの感情なんて「かわいい」もんです。
イケメンさんが、余計な事をしゃべって、花屋の娘に殺されませんように……
「たまおちゃーん、来たよー」
わたし、神社に配達です。
神社の池に住んでいるヌシにあげる「ドラ焼き」を持って来たんですが……
いつも「なんでポンちゃん」とか言うたまおちゃんがいません。
どうしたのかな?