第157話「つばめの巣」
むう、レッドの甘えんぼさんにもこまったもんです。
でもでも、ツバメのヒナ、よく鳴きますね。
親鳥帰ってくると店の中まで聞こえるよ。
「ヒナ、捕まえて焼き鳥にするのはどうかの?」
コンちゃん、本気ですか?
朝です!
ねむねむです。
まぶたを閉じていても、明るくなるのがわかっちゃう。
背中にはコンちゃんがしがみついていて、ぬくぬくなの。
でもでも、恐怖の足音が近付いてきました。
レッドの足音ですよ。
部屋に入ってきて、足音がすぐそこに。
「ポン姉~、ちゅー!」
もう、見なくたってわかっちゃうんだから!
「お目覚めキッス」のレッドを防御するの。
飛びついてくるのを、しっかりつかまえちゃうんです。
「はわわ」
「寝覚めのキスはいらないんですよ!」
「はわわ」
「なんでそう、いつもキスしますかね?」
「ポン姉、てれずとも!」
「てれてませんよ、レッドなんかキライなんだから」
「ふふ、ポン姉、てれやさんゆえ」
「だからてれてないんだってば」
って、起きるとレッドの後ろにみどりが立ってます。
わたしをじっと見つめていますね。
「ねぇ、ちょっとアンタ!」
「なんですか?」
「レッドにキスしてもらわなくていいの?」
「わたし、別にお目覚めのキッス要らないです」
「しょうがないわね、ワタシがキスしてあげるわよっ!」
って、みどり、瞳を閉じて顔を寄せてきます。
レッドを脇に抱えなおして、みどりの頭をおさえてキスを防御。
「なんでキスしたがるんですか、モウっ!」
わたしが言うと、みどり、じっとわたしを見つめて、
「アンタ、愛に飢えてるんじゃないの?」
「は?」
「誰もキスしてくれないから、レッドからしてもらってると思ってたわよ!」
「は!」
「アンタなんか、誰がキスをしてくれるって言うの!」
「お・こ・る・よ!」
みどりの言葉に怒りがこみあげるわたし。
ついつい体に力、こもっちゃうの。
脇に抱えたレッド、苦しくてジタバタ。
じっと見つめているみどりには……
押さえている手をサッと放して……
みどりの広いおでこに「デコピン」お見舞いなんだから!
「い、痛い! なにすんのよ!」
「わたしが愛に飢えてるってどーゆー事ですか、まったくモウ!」
わたし、「怒りマーク」がポンポン弾けまくり。
みどり、そんな「怒りマーク」を一つ拾って見つめながら、
「だってアンタ、コン姉やシロ姉よりかわいくないし、きれいじゃないし」
「言いますね、エイッ!」
それ、もう一発「デコピン」なんだから。
みどりのおでこ、命中した所が真っ赤になっちゃうの、ちょっと面白い。
「痛いわねっ、やめなさいよっ!」
「みどりが『かわいくない』とか『きれいじゃない』とか言うからですよ!」
「だって本当じゃないっ!」
「エイッ!」
そーれ、もう一発ですです。
みどりのおでこ、まっ赤っ赤。
「い、痛いわね、やめなさいよっ!」
涙目で大きな声のみどり。
と、わたしの背中、なんだか震えてます。
振り向けば、抱きついているコンちゃんが笑いをこらえていますね。
「コンちゃん、なに笑ってるんですか!」
「い、いや、みどりも言うのうと思っての」
「コンちゃんもやられたいんですか! モウ!」
「まぁまぁ、怒るでない、怒るでない……それよりポンよのう」
「なんですか!」
「レッド、大丈夫かの?」
「!」
わたしの脇に抱えたレッド、なんだかダランとしてるの。
うわ、ギュッとして死んじゃったかな?
「レッド、大丈夫ですかっ! 死んじゃダメですっ!」
ゆすったら、レッドの目に魂戻ってきました。
「ほら、朝ですよ、起きるんですよ」
「はわわ」
「ほらほらー!」
「チュウ!」
「むー!」
「チュウー!」
「ぬー!」
目覚めた途端にキスするとは!
この仔キツネは、まったくキス大好きですね。
「キスはいらないって言ったでしょう! モウ!」
「ポン姉、てれやさんゆえ」
「てれてないってば、モウ」
って、みどり、じっと見てますよ。
「ワタシもしてあげようか?」
「だから、いらないってば!」
後ろに抱き付いているコンちゃんも、
「わらわもお目覚めのキッスしてやらんでもないが」
「いらねー!」
「もう、朝から面倒くさいです」
「わらわは面白かったのじゃ」
「コンちゃんもキスされればいいんですよ」
「むう、確かに、わらわ、キスを求められんのう」
「そう言えば……レッドとキスしないんです?」
「せんのう」
「レッドはコンちゃん大好きですよ? なんでかな?」
「ふむ、確かにレッドはわらわが大好きなようじゃが、キスしてこんのう」
コンちゃん、ちょっと考えてから、
「ふむ、レッドめ、本当に好きじゃと、キスしにくいのであろう」
「ふむ、コンちゃんの言う通りだと、わたしの事は好きではなさそうですね」
なんだかむかついてきました。
わたしとコンちゃん、台所に行ってミコちゃんに、
「おはよう~」
「おはようなのじゃ」
ミコちゃん、朝ごはんを作る手はそのままに、
「おはよう、祠のお掃除に行ってね」
ミコちゃん、アンパンとメロンパンをくれます。
祠のお供え用のパンなんですね。
コンちゃん、ニコニコしながら、
「ポンがわらわの祠を掃除するとよいのじゃ」
「ほら、一緒に行く、一緒に掃除するんですよ」
「わ、わらわも掃除するのかの? わらわの祠を?」
「自分の家みたいなもんですよね? 掃除しますよね!」
「むー!」
「コンちゃん、掃除自分でするもんじゃないんですか?」
「わらわは神故、やってもらうのがあたりまえなのじゃ」
言いながら受け取ったアンパン・メロンパンをしみじみ見ています。
「食べたらダメですよ」
「わらわの祠のお供えなのじゃ」
「食べたらダメですよ」
「むう……残り物のパンなぞ食わんのじゃ」
コンちゃんが言うのを聞いて、朝ごはんを作っていたミコちゃんが、
「今日のおやつは昨日の残りなのよ」
「「えー!」」
わたしとコンちゃん、ブーたれるの、はもっちゃいました。
わたしとコンちゃん、祠の掃除です。
「おやつが昨日の残りとは……」
「わらわもショックなのじゃ、残りものかの、トホホ」
「でも、まぁ、何もないよりはマシです」
「ポンは前向きじゃのう」
「コンちゃんは何もなくていいんですか?」
「そう言われると、そうかのう~」
わたし、ため息を一つ、ついてから、
「でもでも、わたしもちょっとがっかりしてるんですよ」
「そうであろう、そうであろう」
わたしとコンちゃんが祠掃除をやっている間、レッドとみどりは花壇の手入れなの。
二人してジョウロで水をかけていますね。
「レッドもみどりも朝から元気ですね」
「あの二人は子供じゃからの」
「花壇の世話、楽しそうですよ」
そう、レッドとみどりは何か話しながら、ニコニコ顔で水やりをしてるの。
それにひきかえ、わたしとコンちゃんは……
コンちゃんはさっきからお供えのアンパンをしみじみ見ているだけですよ。
わたし……祠に水をかけて……それでおしまいですね、それだけ。
「ポン、掃除、楽しいかの?」
「うーん、朝の空気はすがすがしくて、気持ちもいいですけど、どうなんでしょうね」
わたしとコンちゃんで、レッドとみどりを見つめるの。
レッド達は笑顔が絶えません、何がそんなに楽しいんでしょ?
「レッド達は楽しそうですね」
「わらわもそう思う……思いたいが……水をやっておるだけなのじゃ」
「ですね~」
掃除、終わっちゃいました。
もうやる事なくなっちゃったので、水やりをしているレッド達を観察。
「なにやってるか、わかりませんね、なにが楽しいんでしょ?」
「そうよのう、若人はなんでも楽しいのかのう」
「わたしも若いと思うんですけど」
「レッドやみどりと比べると年増じゃ」
「そりゃそうですけどね」
って、わたし達がぼやいていると……しっぽに激痛がっ!
「なななっ!」
振り向けばカラスです、カラス。
「なにするんですかっ!」
「ゴハンー! ゴハンー!」
そう、ここのカラスはしゃべれるんですよ。
コンちゃんが術をかけてから、ゴハンの催促するんです。
「ゴハンー!」
言いながら、わたしのしっぽを引っ張るの。
「痛いですってば! わたしパン持ってないって!」
カラス、ムッとした目でコンちゃんをにらみます。
コンちゃんもカラスをにらみ返しながら、
「このカラスはポンが助けたカラスではないかの?」
「そうですよ、大きくなっても、ちっとも恩返ししません」
3羽のカラスがピョンピョン跳ねながらくちばしを開けてパンを催促しています。
「コンちゃん、お供え、あげちゃってよ」
「むう、しょうがないのう」
コンちゃん、アンパンをちぎってカラスの口に押しやるの。
そこにレッドとみどりもやってきました。
「なになにー!」
「なにをやってるのよ!」
レッドとみどりがカラスとコンちゃんを交互に見ます。
コンちゃん、ちぎりかけのパンをレッド達に渡すと、
「ほれ、レッドとみどりもえさをやるのじゃ」
「わーい!」
「噛み付かないかしら?」
レッド達がおそるおそるパンをちぎってカラスにやってるの。
最初はビクビクしていたけど、そのうちなれて、ニコニコ笑顔えがお。
わたしとコンちゃん、そんなレッドやカラスを見ながら、
「そうそう、最近ですね」
「なんじゃ、ポン」
「朝、うるさくないですか?」
「うん? なんの事じゃ?」
「朝ですよ、さわがしくないですか?」
「ふむ~」
わたしが聞くのに、コンちゃん考える顔。
視線がちょっと泳いでから、
「わからんが、騒がしいかの?」
「ええ、鳥の鳴いているのがうるさいです」
「むう、そうかのう?」
コンちゃん、ちょっと考えてから、
「このカラスではないのかの?」
「ちがいますよ、もっとピーチクパーチクうるさいんです」
「こやつらではないと言うのかの」
って、レッド達、パンが無くなっちゃったみたいです。
カラスもレッド達がパンを持ってないとわかると、飛んで行っちゃいました。
「はわわ、いっちゃったゆえ」
「ゲンキンなカラスね!」
レッドもみどりもしっぽフリフリ。
「二人とも、楽しかったですか?」
「「うん!」」
レッド、ぴょんぴょん跳ねながら言うの。
「そうね、ちょっと楽しかったわね」
みどり、クールに言ってますが、しっぽフリフリしてると気持ちバレバレですよ。
「そうですか、二人とも、えさあげるの、楽しかったですか」
って、レッド、わたしのしっぽをつかまえて、
「たのしかったゆえ! またあげたいゆえ!」
「はいはい、また明日ですよ」
その時です、わたし達が家に、パン屋さんに入ろうとした時です。
「「「「!」」」」
わたしが! コンちゃんが! レッドが! みどりが!
すごい勢いで飛んで来た鳥にびっくりしたの。
サッと飛んで行った鳥。
「コンちゃん、あの鳥はっ!」
「ツバメじゃのう」
「ツバメ!」
わたし、あんまり見た事がない鳥です。
大きさはスズメくらいかな?
でもでも、飛ぶ速さは全然違います。
「速いですね」
「ツバメはそうじゃのう」
「スイスイ飛んでいますよ」
「じゃのう」
って、ツバメの飛んで行った先から鳴き声が聞こえるの。
なんでしょうね?
コンちゃんを見ると、コンちゃんもわたしを見ています。
わたし達、ツバメの飛んで行った先に行ってみると……
「あ!」
「おお、これかの!」
わたしとコンちゃん、ついつい声が出ちゃうんです。
ツバメの巣が出来てるんですよ。
ヒナが巣から顔を出して元気に鳴いてるの。
親鳥が帰ってくると、ヒナがクチを大きく開いてえさをねだっています。
「これが騒がしかったんですね」
「うむ、確かに騒がしいのう」
「これだけ元気ならですね」
「しかたないのう」
親鳥が帰ってくる度に、ヒナがクチを開いて鳴くんですよ。
ヒナが巣立つまでは、我慢するしかないみたいですね。
ま、朝、騒がしい分は、目覚まし時計と思うとしましょう。
「のう、ポンよ」
「なんですか、コンちゃん」
「ぴーちくぱーちく、うるさいのう」
「我慢ですよ、しょうがないです」
「ヒナ、捕まえて焼き鳥にするのはどうかの?」
「うわ!」
「焼き鳥も食べれて、静かになって、いい感じなのじゃ」
「コンちゃん、あのヒナ食べれますか?」
「う!」
「こわいこと言わないでください」
「ポンはあのヒナを食いたいと思わないかの?」
「思いませんよ」
「タヌキはヒナを食べるであろう」
「え? 食べませんよ!」
「何故じゃ!」
「何故もなにも、わたし、食べません」
コンちゃん、眉をひそめて、
「ポンはタヌキの頃、何を食べておったのじゃ!」
「普通にゴハンですよ」
「は?」
「わたしは千代ちゃんの家で、いつもゴハンを出してもらっていたんですよ」
「はぁ!」
コンちゃん、ちょっとコワイ顔で、
「おぬしは野生のタヌキではなかったのかの?」
「うーん、野生というより、野良というか、たかるというのか、ともかく千代ちゃんの家でゴハン食べてました」
「くっ! このへタレタヌキ、野良タヌキ」
「そーですよ、野良だから、人間からゴハン、もらってたんですよーだ!」
「ツバメの巣? あるわね」
お昼、わたしとミコちゃんでお店を守っているの。
コンちゃんは配達に行ったっきり、帰って来ません。
老人ホームに配達だったから、そのまま捕まって、レクリエーション一緒しているんでしょう。
「ツバメの巣、ミコちゃんは知ってたんですか?」
「ええ、ヒナがぎっしりよね」
「ですね~」
わたしとミコちゃん、お店に人がいますけど、常連さんだから、ちょっとお店を出てツバメの巣を見に行きます。
お店の壁に土の巣、ヒナがぎっしりいますよ。
「今は静かです」
「親鳥が帰ってきたら鳴くわよ」
ミコちゃんが言うと、いい感じで親鳥が帰ってきました。
途端にヒナ達は口を開いて「ピーピー」鳴き出すの。
「ヒナは元気ですね~」
「大きくなってるから、もうすぐ巣立ちなんじゃないかしら」
「はやくどっか行けばいいのに、うるさーい」
「ふふふ」
わたしとミコちゃんが巣を見上げていると、
「ポン姉~」
レッドがご帰還です。
「なにをしてるゆえ? はわわ!」
レッドも巣を見上げて、
「ポン姉! あれは! あれは!」
「ツバメの巣ですよ」
「ツバメのす! おうちですかな?」
「そーですよ」
「おお、おうちからおちそうゆえ」
「ですね~」
「えさ、あげたいゆえ」
「パンもらってきたら……」
って、わたしが言いかけたらミコちゃんが、
「うーん、ツバメさんは虫を食べるから、パンはだめねぇ」
「ざんねんゆえ」
「お母さんツバメのお仕事取ったらかわいそうでしょう」
「むむ、ではみてるだけにするゆえ」
レッド、じっと見上げています。
親鳥が帰ってきましたよ。
ヒナがピイピイ鳴き出すの。
レッド、ニコニコ見てますね。
ふふ、そっとしておきましょう。
レッドの相手、しなくてよくなりました。
レッドの相手、しなくてよくなりました。
ってのは、さっきまでの話です。
夕飯、わたし、レッドのお隣です。
「ねぇねぇ」
「……」
「ねぇねぇ」
「……」
レッド、さっきからわたしをツンツンしてくるの。
見ないように、見ないようにしてるんですけど……じっとわたしを見て、口を「あーん」してるの。
わたしが無視していると、
「ねぇねぇ」
「……」
「ポン姉、ねぇねぇ」
「なんですか、レッド」
見ないように、見ないようにして聞くんです。
レッド、体をくねらせてから、
「あーん」
「……」
「あーん」
「なんですか、あーんって」
いや、わかってるんですよ、ええ。
ツバメのヒナを見て、一緒してるんです。
「あーん」
「なにが『あーん』ですか、なにが」
「あーん」
「……」
「ぴいぴい」
くっ!
面倒くさいっ!
でも、もう、相手をしないと無限ループっぽいです。
ほら、悔しいけどハンバーグ一切れあげますよ。
「はいはい、どーぞ」
「うまうま」
「はいはい、よかったですね」
「あーん」
まだかよ!
貴重なハンバーグ一切れあげたでしょう!
わたしだってハンバーグ、好きなんですよ!
「あーん」
「くっ!」
今度はポテトを口にいれてあげるの。
レッド、おいしそうに食べています。
「レッド、一人で食べれますよね」
「あーん」
「ひ・と・り・で・た・べ・る・!」
ニコニコレッド。
わたしはイライラです。
って、殺気です、すごい殺気。
見回せば、ミコちゃんの髪がうねっているの。
『ポンちゃんっ!』
『な、なんですか、ミコちゃんっ!』
『私もレッドにゴハンあげたい、バトンタッチ!』
『別にいいですよ』
それ、レッドの口にハンバーグ一切れ。
モグモグしている間につかまえて、ミコちゃんの隣の席に置いてくるんです。
「ポン姉、なになに」
「ミコちゃんにゴハンもらうんですよ」
「ミコ姉~」
レッド、ミコちゃんを見て頬染め。
ミコちゃん、ゴハンをレッドの口元に。
「はい、あーん」
「あーん!」
レッド、ゴハンを食べさせてもらっているの。
でもでも、ミコちゃんから「あーん」の時はちょっと赤くなってませんか?
わたしの時はニコニコしてるだけなのに。
まぁ、いいでしょ、これでゆっくりゴハンを……
「ちょっとアンタ!」
「!!」
「ワタシがレッドの代わりに『あーん』してあげるわよ、ほら、あーん!」
「……」
「はやくしないさいよねっっ!」
この委員長顔がっ!
広いおでこにデコピン決めたいところですが、わたしの手にはお箸とお茶碗でふさがってます。
「あーん」
はいはい、食べさせてあげますよ……お姉さんはつらいです。トホホ。
「あの、ちょっといいですか?」
「何? ポンちゃん?」
「ここの老人ホームは、人手不足なのでは?」
「そうねぇ、そうなんだけど」
「求人しないんですか?」