隣人との生活の始まり
バタンッ、と大きな音を立てて部屋のドアが開く。
初めは驚いたがもう三日目なので流石に慣れてきた気がする。
「おはよう」
「……ああ、おはよう」
ホッとしたような蘇芳さんの顔を見るのももう三回目だ。
そのまま入って来た彼がソファに腰掛けたのを見て私も隣に座る。
目の前に出てきた朝食を二人そろって食べるのも慣れてきた。
一日目ほど距離は近くないが隣に座っているのは相変わらずだ。
新しく隣人が出来た日から三日が経ち、彼の声はもうほとんどつっかえなくなった。
やはり結界の維持者の恩恵で回復は早いらしい。
死のうとして腹に刀を刺してもすぐに治ったと、さらりと言われて顔が引きつったのは二日前だったか。
せっかくお隣さんが出来たんだからもうやらないでほしいと伝えておいたが、今度一人になったら死ぬまで自分を滅多刺しにしそうな雰囲気ではある。
これは私が気を狂わせるまでの時間をかなり遅らせないとまずそうだと冷や汗が零れた。
まあ未だ自覚がないとはいえ私が維持者だった場合は、彼と同じような精神状態になるかもしれないけれど。
「すまない撫子。毎朝飛び込んできて」
「え? ああ、別に気にしてないから大丈夫だよ。蘇芳さんは部屋には慣れた?」
「ああ、自分の部屋に白以外の色があるというのは良い物だな」
彼に言われて敬語はすでに取っている。
こんな特殊な空間で外での扱いは罪人同士、変な気づかいはいらないとの事らしい。
名前も呼び捨てでもいいとは言われたのだが、蘇芳さんって私より一つ年上だったはずだ。
ここに入っていた百年を合わせるとえらい事になるのでそこは考えないとしても、年上の男性を呼び捨てにするのは抵抗がある。
慣れてきたらそのうち取れるかもしれないが、今はさん付けで呼ばせてもらっている。
私の部屋の隣に彼の部屋がくっついて三日目、私の部屋も蘇芳さんの部屋も様変わりしていた。
彼の部屋には風呂ができて布団や本棚等の白でない家具も入ったし、私の部屋は壁を増設してリビングと寝室を分けている。
蘇芳さんの部屋から出ると私の部屋のリビングに出ると言った感じだ。
彼の部屋に本棚以外の娯楽が無いのは、基本的に彼は起きている間このリビングにいるからで、元々静かなタイプの彼がいても苦痛には感じないので私も普通に一緒に過ごしている。
夜になればそれぞれの部屋で就寝し次の日にはまたこのリビングで一緒に過ごすという生活が三日続いているが、きっとこれからも変わらなそうだ。
私のノートパソコンは蘇芳さんの目から見てもただの本にしか見えないらしい。
パソコン操作中は本を読んでいるように見えるそうだ。
日中は二人で映画やアニメを見たりして過ごしているのだが、蘇芳さんから見た私は本を読んでいるのにモニター画面が変わるなんて変な現象が起こりそうだったので、モニター操作用にもう一台ノートパソコンを買った。
こちらは普通にパソコンに見えるらしいので私のパソコンだけが特殊なんだろう、買い物も私のパソコンでしか出来ないし。
ちなみに私の能力の説明は、よくわからない便利な物を出せるしその名称も使い方も理解できる能力で押し切った。
こんな特殊空間でなければ色々疑われそうだが、そんな事を気にしていても仕方の無い空間なので蘇芳さんも深く考えず納得しているようだ。
朝食を食べ終わり、パソコンを操作して昨日見ていたアニメの続きを再生する。
冒険ものの長編だが、結構面白いので蘇芳さんも昨日はじっと見入っていた。
手を伸ばせば届く所にお茶とお菓子を置いて、ソファの背もたれに寄り掛かる。
アニメが始まった瞬間、片手が彼の手に包まれるのもこの三日間変わらず繰り返されてきた事だ。
初めは照れ臭かったが、未だに朝飛び込んでくる彼を見てしまえば拒否するのも悪い気がするし。
前世で働いていた時に嫌いな上司からセクハラ気味に手を撫でられたことに比べれば、蘇芳さんの手に包まれている現状は天国でしかない。
いや、比べるのも失礼なくらいだ。
一日目ほど近くは無いが体がくっついているのももう慣れた。
なので特に何も言わずに自分も画面に集中する事にする。
一歩たりとも外へ出る事の出来ない二人きりの部屋で、画面の中の世界をたくさんの仲間と冒険する主人公をじっと見つめた。
「外の状況?」
「ああ、百年経って何か変わったのか気になってな。ああ、君が話したくないなら無理には聞かないが」
蘇芳さんにそう問いかけられて、少し考える。
長編アニメだけあってじっとストーリを追っているとあっという間に夕食の時間になってしまった。
アニメは一区切りつき、今スクリーンにはパソコンの待機画面が映っている。
相変わらずよくレシピが思いつくなと感心する真っ白な夕食に醤油を垂らして黒に染めつつ、どう説明しようか言葉を探す。
まず百年前の光景が良くわからない、ゲームの背景画面は見たが所詮は一枚絵。
リアルな町の風景が思い浮かぶ訳では無い。
「どんなことが聞きたいの?」
「何でもいい、町の様子や世界情勢なんかでも構わない」
「世界情勢かあ……ああ、少し前に西の国が統一されたよ。確かあそこって百年前は二つに分かれて戦ってたよね?」
「あそこが……」
桔梗の祖国である西の国はずっと国内で二つに分かれて戦争をしていたのだが、私や桔梗が生まれる一年ほど前に戦争が激化。
その時の王が身ごもっていた自分の妻である桔梗の母を私の住む国に逃がして来たのだ。
そこで私を身ごもっていた母が、子供同士が同い年なら仲良くなれそうという理由で桔梗の母を自分の使用人として雇ったらしい。
母が桔梗の母の身分を知っていたかは私にはわからないが、私や桔梗の目から見ても母同士は身分差を気にせずに仲が良いように見えていた。
そして西の国が統一された事がきっかけで桔梗の身分が露見する事になる。
「…………」
「どうかした?」
無言で何か考え込む仕草を見せた彼にそう聞いてみるが、彼は軽く首を左右に振っただけだった。
「何でもない、今となっては関係のない事だ」
「……そっか」
言いたく無さそうな空気を感じたので素直に引いておく。
言いたくない事を無理やり聞き出すほど悪趣味では無いし。
世界情勢で大きな事はそのくらいだけれど、後は町の様子か。
直接見せられれば一番楽なのになあ、なんて思いながら何となく手元のパソコンに自分の国の名前と町の様子、なんて単語を打ち込んで検索してみる。
まあ何も出てくるわけないのだが。
そんな私の考えを笑い飛ばすように、パソコンと繋がっているスクリーンの画面がパッと切り替わる。
ガヤガヤと賑やかな声と明るい音楽が聞こえてくる画面を呆然と見上げる。
隣に座る蘇芳さんもじっと画面を見つめていた。
「撫子、これは……」
「……私の知る町の状況が見えているみたい」
まるで誰かがカメラでも持って移動しているかのような映像が流れるスクリーン。
まるで旅番組でも見ているみたいだ。
今まで私が育ってきた町並みが画面の中を流れていく。
歩きながら撮影しているかのように動いていた映像がピタリと止まる。
長い石段の先の美しい建物の中で、もう二度と顔を見たくないと思っていた女性が白無垢姿で映っているのが見えた。