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お隣さん

 とりあえず彼を隣の部屋のお風呂に案内した事で私にも少し余裕が出来た。

 蘇芳さんがいたのは昨日の夜から今までの短い時間だというのにこの部屋で一人になるのは久しぶりの様な気がしてしまう。

 実際の所はここに入れられてからずっと一人で過ごしてきていたのだが。


「……緊張したなあ」


 隣の部屋の彼に聞こえないように小さく呟き、息を吐き出す。

 昨日は驚きの連続だった。

 蘇芳さんとの出会いは正直に言ってすごく嬉しい。

 この世界に生まれ変わってからずっと会いたいと思って生きて来た人だ。

 前世で車に轢かれて死ぬ直前、家に帰ったらやろうと決めていたゲームの世界。

 あの世界での生を終えてしまった今、もう二度とあのゲームでドキドキする事は出来ないけれど……画面越しにももう会えないと諦めていた人が今は実際に目の前にいる。

 もっともその幸せだけを噛み締める為には、一気に入って来た大量の情報を整理しなければならなそうだが。


「私が維持者かあ」


 口に出してみても未だに彼が言う実感とやらは湧いてこない。

 意味も無く手の平をくるくると裏返しながら見つめてみるが何の変化も無いように思える。

 私が結界の維持者だとしても外の結界に影響が出るまでは少し猶予があるようだし、今すぐあの国に危機が迫る事は無いだろう。

 そしておそらくだが、影響が出始めた頃には桔梗の身分がはっきりしているはずだ。

 あの子が西の国で王族になれば、ある程度この国を気にかけてくれると思う。

 私を慕ってくれていた人達で国内出身の人達は桔梗とも仲が良かったから、結界が無くなって危険が迫って来たとしても避難先に融通を利かせてくれると思う。

 色々考えてみるがここに幽閉されている現状で私が出来る事は何も無い。

 思いつく事には全部多分そうだろうとか、はず、とかいう語尾が付いてしまう。

 具体的に何が起こっているかを知る術も、それを解決するために連絡を取る手段も無いのだからどうしようもない。

 その辺りは流石に国の人達も何とかするだろう、そうするしかないんだし。

 私の元恋人も国を治める才能はある方らしいから、姉の我が儘が足を引っ張らなければ何とかなるんじゃないだろうか。


「才能はあっても性格がなあ。あんなに簡単に騙されて……」


 付き合っている時はその辺りを私がカバーすればいいやと思っていたのだが、今はもう一番騙して来そうな人が彼の妻になる事が決定している。

 まあ、前領主様もいるし姉の思うがままの政治にはならないとは思うけれど。


「……私が気にする事じゃないか」


 彼も姉も嫌いだしもう関わり合いになりたくはないが、何の罪もない町の人達に被害が行くのは流石に胸が痛いなと思う。

 ただ関わりたくても関われない環境だし、すべて人任せなのは申し訳ないがもうそれは仕方がない。

 ごめん桔梗、後はお任せしますとだけ心の中で呟いた。


 ______


 しばらく経ってお風呂から出てきた彼をみて少しホッとした。

 ずっと沈んだような表情や顔色だったのが心なしか良くなっているような気がする。

 まあほぼ無表情なのは変わらないのだけれど。


「すまない、かなり、すっきりした」

「良かったです」


 湯気の効果もあってか声も少し途切れる程度になっている、回復が早いのも結界の恩恵なのかもしれないが。

 この空間は濡れていても徐々に乾いてくる謎仕様のようで、お風呂上りに体を拭いている間に髪の毛も乾いてしまうのは楽で良いと思う。

 おそらく放置していれば体も乾くはずだ。

 服が新しい状態で保たれているのと同じ現象なのかもしれない。

 この国の文化は昔の日本と似ているせいか、髪の毛は男女ともに長い人が多い。

 蘇芳さんの様に下ろしたら床につくレベルまで伸ばしている人は少ないが、私もお尻が隠れるくらいには伸ばしているのでこの髪が乾く仕様はすごくありがたいと思う。

 外の世界で生活している時はドライヤーなんて物は無いのでこの長い髪が乾くまでの自然乾燥の時間が苦痛で仕方なかったのだ。


「朝食にしましょうか、食欲あります?」

「しばらく食べていなかっ、たからな。だが人との食事は久しぶりだから、食べてみたい」


 いつも朝食は一人分しか出てこないのだが、部屋に二人いるせいかちゃんと二膳出て来た。

 出て来なければ彼の部屋で出して持ってこようかと思っていたので手間が省けてラッキーだ。

 流石に昨日の様にソファで二人並んで食べるのは気まずいかと思い正面に座ろうと思ったのだが彼に掴まれた手でそれは断念する事になった。

 申し訳なさそうにする彼だが、手が離される気配は無い。

 夢なのかもしれないと今も不安なんだろう、もう開き直って隣に座る事にした。

 恋人とだってこの近い距離で隣り合って食べた事なんて無かったなあ、なんて思いながらソファに腰掛ける。

 食事を取るために手は離されたが、隣に座っているだけでも気持ち的に違うのだろう。

 目の前には白いお膳が二つ、普通に一汁三菜出て来るこの場所は実はかなりサービスが良いのではないだろうか。

 もっともたとえ飢饉になってもこの牢獄に入りたいという人は出ないらしいけれど。


「食事を見るのも、久しぶりだ」

「まあこの空間は食べなくても生きていけますしね。私はまだここに入ってそんなに時間が経ってないので食事の内容が気になって毎食食べてました」

「ああ、なるほど。俺も最初は確かに、ここまでするかと思ったな」


 私達の視線の先のお膳、今日のメニューは白米に湯豆腐、白身魚にかぶの漬物と大根の味噌汁、しかも白味噌。

 お膳も白ければ皿も箸も湯呑も白いという、もうここまでくると尊敬の念を覚えるほどに白一色だ。


「毎食毎食、よくもまあここまで白一色の料理が出せますよね」

「たまに見た事も無い、食材が出る事もあった」


 ここを作った人は何を考えていたんだろう。

 こんな特殊な空間を作れる位だからもうそれこそ神の領域にいる人なんだろうけれど。

 むしろこの料理や元になった材料はどこで作られている物なんだろうか。

 考えてもわからないので気にしない事にして箸に手を伸ばした。

 久しぶりの食事を噛み締めるように取っている彼にペラペラと話しかけるのも何かが違うような気がして静かに食事を取る。

 彼も良い家の生まれの為か食事中は口数は一気に減った。

 それでも時々何かを窺うようにこちらへ視線を向けてきてはいたけれど。

 一応目があった時は声を掛けたり笑顔で返したりしていたのだがこれで良かったのだろうか。

 カウンセラーと言う訳でもないし何となくこうした方が良いかな、くらいの気持ちで動いているが果たしてこの行動があっているのかはわからない。

 まあとりあえずしばらくは彼が望む通りこうして近くに座っていればいいのだろう。

 朝食という事で量は少なめだったのであっという間に食べ終わり、湯呑にお茶を注ぐ。

 白い湯呑に緑色のお茶が入ったのをじっと見つめる蘇芳さんを横目に見ながら自分のお茶に口をつけた。

 彼が一口飲んでほうと息を吐き出した所で、さっき疑問に思った事を問いかける。


「あの、さっきこの部屋の扉を開けたら外じゃなくて別の白い部屋に繋がったんですけど、あれは蘇芳さんの部屋ですか?」

「ああそうだ、部屋をつけた事は無いのか?」

「あ、つけられるんですね」

「他の部屋を見つけさえすれば脱着可能だからいくらでも増築、も可能だ。自動的に部屋の間にドアも付く。気が狂う時間が早まるだけだがな」


 まだうまく声が出ないのをお茶で濁しながら彼が言う。

 まあ確かに部屋を増やした所で同じ白い部屋だ。

 ドアを開けたら白い部屋、その次の部屋も白い部屋、それを繰り返す回数が多ければ多いほど気は狂いやすくなるだろう。

 まあ物が溢れたり新しい設備を増築したくなった時に部屋の狭さを気にしなくても良い事はわかった。

 ただしそのためには外の空間を歩いて無人の部屋を探さなくてはならないようだが。


「その、頼みがあるんだが」

「はい?」


 部屋を見つけても中に発狂者がいたり死体があるなら嫌だな、なんて考えていると蘇芳さんからそう声がかかる。

 表情は変わらなくても声に申し訳なさを乗せて彼が続ける。


「女性である君にこのような事を頼むのは非常識だと、わかっている。だがもう一人になるのは嫌、なんだ。このまま部屋を隣につけていても良いだろうか?」

「ああ、それなら全然大丈夫ですよ」

「もちろん君に無体を働いたりはしな……は?」


 この部屋に来てから今までで一番大きく目を見開いた彼の顔を見てレアだなあ、なんて呑気な感想を抱く。

 何だか漫才みたいなやり取りになったが、私だってせっかくできた話し相手と簡単に別れるつもりは無かったので向こうから提案してくれたのはありがたい。


「私は確かにここには自分の意志で入りましたしこんな能力もあるけど、まあそのうち気が狂う時は来るだろうなって思ってましたから。貴方と会話できるのは嬉しいです」


 瞬きを繰り返しながらじっとこちらを見てくる彼に何だか恥ずかしくなってくるが、これからの生活で変に彼に遠慮されるのは嫌なので続けて口を開く。


「私の力で出したものには色々な物語を見る事が出来たり、自分で物語の人物を動かして話を進めていったりする遊び道具なんかもあるんです。でもいくらそれを楽しいと思っても共有する人間がいないのは寂しいじゃないですか。お互い一人の時間が欲しい時もあるかもしれませんが、そこは臨機応変にって事で。もう永遠の時間をここで過ごさなくちゃいけないのは確定なんですし、その生活にお隣さんがいるのは私にとってもすごく嬉しい事です」

「お隣さんか、君と違って俺には何も無いが……」

「でももし立場が逆でも蘇芳さんは私に同じようにしてくれるでしょう? こんな空間ですし」

「……ああ、そうだな。よろしく頼む」

「はい、よろしくお願いしますね」


 そう言って笑いかけると、彼もほんの少し、気のせいかと思うくらいほんの少しだが口角を上げてくれた。

 とりあえずこれからやる事としては彼の部屋に家具をある程度揃えて、私のベッドも壁を作って隔離しなければならない。

 彼もしばらくはこっちの部屋にいそうだし、同年代の男性がいる所にベッドを置いておくのは抵抗がある。


 特殊空間での彼との生活はこうして始まる事になった。


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