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翌朝

 色々とあった次の日、何とか予定通り目を覚ます事が出来た。

 目覚まし代わりの音楽プレイヤーに差したイヤホンのおかげで蘇芳さんの事は起こしていない。

 ソファの上の青い布団が彼の寝息に合わせて上下しているのを見てホッとしつつ、着替えを手に取り風呂場の方へ向かう。

 流石にあの部屋で着替えるわけにはいかない。

 もし着替え途中で蘇芳さんの目が覚めたら大惨事だ、主に私の精神的な面で。

 加えて今の状況は逃げ場のない閉鎖された空間で戦闘能力持ちの見知らぬ男性と二人きりという、客観的にみるとかなりまずい状況だ。

 こんな特殊な空間でなければ身の危険を感じるような事だろう。

 例えば相手が彼でなければ私を脅していくらでも好きな物を出させるかもしれないし、使える使えないは別にしてパソコンを取られたり部屋ごと奪われたりする可能性だってある。

 ただ彼の境遇を考えると、彼が欲しいのは物ではなく人との繋がりの方だろう。

 昨日握り締められた手を何となく見下ろす。

 この空間を百年近く彷徨って来たのならば、やっと見つけた正常な人間との繋がりを下らない理由で手放すような真似をする人間は少ないと思うし、相手が彼である以上変に警戒する必要は無いと思っている。


「流石にあそこまで弱ってる人を警戒するのもなあ……」


 着替えを終えて顔を洗い、身支度を整えながらそんな事を呟く。

 こんな環境で、更に推しキャラでなければここまで親切には出来ないだろうなとは思う。


「よし」


 準備も終わって気合を入れる意味でそう口にする。

 そろそろ彼も起きるだろうか、起きた時にはなるべく同じ部屋にいてあげたい。

 それにしてもこの転生後の顔が整っていて本当に良かった。

 まだ年齢も若いし化粧の必要がない位には整っているので、彼がいるからと化粧をする必要が無いのが本気でありがたい。

 流石にこれから毎日化粧するのは面倒くさいし。

 せっかくダラダラできる空間に化粧という面倒事を持ち込みたくはない。

 まあ今まで試した事は無いけれどこの空間では服が新品の状態で保たれているくらいだし、お風呂にさえ入らなければ崩れないままキープされるのだろうか?

 それでも面倒だしやっぱりしなくていいやと結論付けて、そっと部屋へ通じる扉を開ける。

 薄暗い部屋の中でゆっくり上下する布団はさっきと変わらないままだ。


「まあ、疲れてるよね」


 小さくそう呟いて、ふと彼が此処にいるという事は外には彼の部屋があるのだろうかと思いついた。

 そろそろと移動して部屋の入り口のドアを開ける。

 この先はあの不愉快な色が混ざり合った空間のはずだ。

 来たばかりの頃一度開けて嫌な気分になって以来開けていなかったので、こちらのドアに触るのは久しぶりだ。


「あれ?」


 思わず出た声で彼を起こしたかと慌てて振り返ったが、未だに布団は先ほどと変わらずにかすかに動いているだけだ。

 ホッとしてドアの方に向き直り、その先に一歩踏み出した。


「なんで部屋が?」


 一歩踏み出した先は不快なマーブル模様の空間ではなく真っ白な部屋だった。

 辺りを見回してみるが一番初めに私が部屋に入った時と同じ様なシンプルなベッドと小さな机しかない真っ白な部屋だ。

 一瞬私の部屋の方の人数が二人になったから増えたのかと思ったのだが、机の上に置かれた一冊の本を見て違うと気が付いた。

 きっちり整えられて使われた形跡の無いベッドとは真逆の、何度も読み返したようなボロボロの本が一冊机の上に置かれている。

 この空間にあるものは基本的に壊れないのであの本は持ち込まれた時からあの状態だったのだろう。

 よくよく見ると机の隣には刀が一本立てかけられており、その鞘の色はゲーム中に蘇芳さんが使っていた蘇芳色の物だった。

 この空間に入れられる時は囚人は一冊の本のみ持ち込みが許されるが、彼の場合は無理やりここに入れられたので本と刀はその時たまたま持っていた物かもしれない。

 やはりここは間違いなく彼が入れられた部屋なのだろう。

 この空間を歩いている間は部屋は後ろをついて来ると彼が言っていたが、他の部屋に入るとその部屋にくっつく仕様にでもなっているのだろうか。

 刀と本以外の物は無いとはいえ彼の部屋に勝手に入っているのも決まりが悪いしとりあえず自分の部屋の方に戻る事にした。

 そういえばこの部屋は進路など無く空間を漂うので彼が自分の部屋の方に戻るとそのまま部屋ごとどこかへ行ってしまうのではないだろうか。

 彼が起きたら相談してみようと決めて自分の部屋の方へ戻ると、ちょうど彼が体を起こしている所だった。

 彼が寝ていたソファは入り口側に背もたれが来るようにしているので、入り口から戻ってきた私にはまだ気が付いていない様だ。

 体を起こした為に肩から青い布団が滑り落ちたのをじっと見つめてから何かに気が付いたように慌てて辺りを見回す蘇芳さん。


「おはようございます」


 とりあえずそう声を掛けながら彼の方に歩み寄る。

 バッと振り返った彼の無機質な瞳が私の姿を捕らえてそのまま固まった。

 固まった後に彼から反応が返って来なかったのでまだ混乱しているのかなと思いながら近づいて声を掛ける。


「あの……っ!」


 近寄った瞬間思いっきり引き寄せられて肩口に彼の顔が埋まる。

 慌てて離れようとした体は彼の口から聞こえた震える声で止まった。


「夢では、無かっ、たんだな」


 痛い位に掴まれた腕に感じる彼の震えを感じてしまえば振り払う訳にもいかない。

 おずおずと自由な片手を伸ばして彼の頭をポンポンと叩いた。


「はい、いますよ。一緒にご飯食べたいって、色々話したいって言ったでしょう?」


 ああ、と昨日よりは掠れ具合が良くなった声で彼が言う。

 少しの間そうしていると、掴まれていた腕から力が抜けてするりと彼の体が離れた。


「その、すまない」

「いえ」


 体に残る彼の体温を感じて少し気恥しくなる。

 最推しキャラとして大好きだった彼に抱き着かれる日が来るとは思わなかった。

 キャラ、キャラか……流石にこの考えは変えるようにしないといけないなあ。

 彼は息をしていて体温もあり、ゲームのシナリオ通りではない感情のある一人の人間だ。

 目の前で生きている人をキャラの枠組みに合わせたまま対応するのは失礼な事だろう。


「あーその、もしよければお風呂にでも入ってきます?」

「……風呂?」

「この空間では必要ないかもしれませんけど、落ち着く時間が欲しくて設置したんです。細かい事は後で説明しますから今はとりあえずゆっくりして来ては?」


 この状況で男性相手に風呂を勧めるのは自分でもどうかと思うが、彼は少し落ち着く時間を持った方が良いと思う。

 落ち着かなくて冷静になれないから不安も倍増するんだろうし。

 少し悩んで頷いた彼に余計に買っておいたタオルを手渡す。

 隣の部屋に案内してサッと湯船の使い方だけ説明して部屋を出た。

 外の世界には無いハイテクな湯舟を見て無表情ながら若干引いていたような彼はとりあえず見なかった事にしたが、風呂以外にもこの部屋にある機器たちをどう説明したものか、彼がお風呂に入っている間に考えておかなくてはいけない。

 まあ、結局前にも考えた通り全部私の能力ですで誤魔化すのが一番良いのかもしれないな、と結論付けるまでは早かったが。

 よくわからない機器を出せるのも使いこなせるのも、私の能力という事にしておこう。

 それ以外に説明のしようがないのでそれで押し通す事しか出来ないだろうし。


 とりあえず彼がお風呂から出てきたら昨日の約束通り一緒にご飯でも食べようと決めて、食後のお茶用にポットのお湯を沸かすことにした。


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