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波乱の一日の終わり

 

 筆談がキリの良い所まで進んで少し余裕が出来た為か、ため息を吐いて一気に疲労の色が見て取れるようになった蘇芳さん。

 惰性の様に歩き続けていた所に突然の私との遭遇。

 久しぶりに人と交流を持ったために疲れがドッと来たのかもしれない。

 感情の乗らなさは相変わらずだが、その瞳は半分ほど閉じられては開きを繰り返している。

 私も多少眠いが、それよりもまず彼の方を一度眠らせてあげた方が良いかもしれない。

 ただもし私が彼の立場なら今自分の方の部屋に戻るとは言わないだろうし、何とか相手の部屋に置いてもらおうとするはずだ。

 とはいえ恋人でもない男性に同じ部屋に泊まって行けとは言えないので、このままソファで寝落ちしてもらう方向に何とか持って行こう。

 彼の長身にソファは狭いかもしれないがそこは仕方ない。

 この感じならば軽く後押しすれば眠ってくれるはずだ。

 テーブルの片隅に置いていたティーセットから自分が眠れない時用に置いていたカモミールティーのティーパックを取り出し、ポットからお湯を注いで彼に渡す。

 初めに渡したお茶はもう飲み切ってしまったようだし、喉の為にも温かい飲み物の方が良いだろう。

 独特の香りに一瞬躊躇した彼だが、一度口をつければ抵抗はなくなったらしく少しずつ飲みだした。


「何か食べます?」


 そう聞いた私にぴたりと動きを止めた彼は、じっと私の顔を見た後ペンを取った。


『食べるという行為を久しくしていない。腹が減る感覚も無いしこうして何かを飲んだのも久しぶりだ』

「あー……」


 まあ食べなくても生きていける上に希望も無い生活なら食を削ってもおかしくは無いのかもしれない。

 今は私も空間から提供される普通の食事以外にお菓子などの嗜好品を買っているが、この生活を数十年続けていればいつかは食べるという行為を手放すだろう。


「あ、それじゃあ明日からは一緒にご飯食べませんか?」


 ああそうだ、と一つ思いついた事を口にする。

 眠そうにしながらも私の手を必死に握りしめて起きていようとする彼に、明日からの約束を提案してみる。

 眠れないのは不安なのが大きいのだろう。

 目が覚めてすべてが夢だったとしたら、白い部屋で一人きりだったとしたら。

 唯でさえ気が狂いそうな所にそんな事が起こればさらに頭がおかしくなりそうになるだろう。

 それでも狂えないというんだから結界の維持者への恩恵はこの空間では呪いでしかないような気がする。

 そして本当に私が維持者ならばこの恩恵は私にもあるという事だ。

 正直な話ここに入ると決めた時に、物が出せようがなんだろうが永遠に生きるならば気が狂う時は狂うだろうなと思っていた。

 だがどうやら私にもその「救い」が訪れない可能性が出て来てしまったようだ。


「あ、した……」


 かすれる声でそう呟いた彼は私にとっても別の「救い」になるだろう。

 ここに入ってたかが二週間、されど二週間。

 最近独り言が増えて来たのは少しまずいのかなあと思っていた所だ。

 このパソコンは物は買えるし動画やネットも見る事が可能だが、掲示板などを使って他者と交流する事は出来なかった。

 そういう機能はすべて使用不可になっているようで、どれだけ色々なアニメなどを見てもその感想を共有する事は出来ない。

 盛り上がるネットの向こうのやり取りを見つめる事は出来るが、それだけだ。

 そこは覚悟してここに来たので納得していたが、こうして人と話せるのは私だって嬉しい。

 それがずっと会いたくて、けれど諦めていた最推しキャラだなんてこれ以上嬉しい人選は無いと思う。


「明日も、君はいる、のか?」

「いますよ。私、蘇芳さんともっと話がしたいです」


 一瞬硬直したように動きを止めた彼が、何かをかみしめるように下を向く。


「そう、か。俺も、君ともっと、話がしたい」


 未だ上手く出ない声でそう言いながら、ズルズルと彼の体がソファに崩れ落ちていく。

 ここで引きこもりを満喫していた私よりも、百年以上一人で歩き続けていた彼の方が疲れているのは当然の事だ。


「はい、明日も色々話しましょうね」

「……ああ」


 強く握りしめられたままの手は相変わらずだが少しだけ力が抜ける。

 かろうじて、といった感じでそう返事をした彼の瞳がこの部屋に来て初めて嬉しそうに細められてから閉じられた。

 かすかな寝息が聞こえて、さっき考えた寝落ちしてもらう作戦が上手く行ったことに気が付く。


「……突然の笑顔は心臓に悪いなあ」


 彼を起こさないように小さくそう呟いてそっと彼の手から自分の手を抜き取る。

 強く握られていた手は少し痺れている様な感覚があったが、彼は確か戦闘能力も高かったはずなので握り潰さない程度には手加減をしてくれていたようだ。

 ……無表情でその瞳に感情が乗らないのが常の彼だが、生まれた時からそうだったわけではないので僅かだが表情筋も動きはする。

 あのゲームの隠しルートで明らかになった彼の生きて来た年月。

 母や兄との関わりの中でいつしか表情を失っていった彼は、ゲームクリア後におまけで見る事の出来る特別スチルでだけ満面の笑みを見せてくれる。

 ストーリーも説明も無い、クリア記念と書かれただけのスチルの中の笑顔の彼。

 あの笑顔が彼にハマったきっかけだったなあなんて思いだしながら、手元にパソコンを引き寄せる。

 買い物サイトの寝具のページを開き、少し悩んで青い掛布団を一枚注文した。

 この部屋の様な白でなく、彼の着ている服の蘇芳色でもない、彼が長年見る事の無かったであろう綺麗な青色の布団。

 起きた時に少しでも早く彼が安心出来る様に、この空間に存在しないはずの色を選んでおいた。

 その布団をそっと彼に掛けてソファから立ち上がる。

 また少し悩んで、あえて窓代わりの薄型テレビの映像は流しっぱなしにしておくことにした。

 起きた時に彼が今までとは違うという情報が得られる物は少しでも多い方が良いだろう。

 部屋の明かりだけ消して、自分もベッドに潜り込む。

 明日は彼より早く起きて身支度を整えないといけない、そうしないと流石に恥ずかしすぎる。


 これから彼と関わっていく内に、あのスチルのような満面の笑みを私に向けてくれる日が来ると良い。

 そんな事を思いながら自分も襲ってくる睡魔に身を任せる事にした。


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