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番外編4【過去から未来へ】※蘇芳視点です

 永遠の牢獄から外に出て一年が経ち、約束通り監視期間は終わった。

 意外な程に引き伸ばされる様子も無く、隠れて監視されている様子も無い。

 これで俺は完全に自由を得た事になる。

 俺の身元引受人となってくれた彼は約束通り俺を養子にすると言ってくれた。

 己に新たに父が出来ると言うのは不思議な感覚だが、一年間一緒に暮らしてきた相手である彼はしっかりと俺の事を見てくれていたのだ。

 己が成した事の評価を貰える喜びも、至らない所を指摘して貰えるありがたさも彼が与えてくれたもの。

 その彼が父になるという事に文句などある筈も無い。


 そしてようやく撫子と同じ家で暮らせるようにもなった。

 数回調査に入った牢獄内ではもちろん二人で過ごす事が出来たが、外でも二人で過ごせるようになった喜びは大きい。

 百年前はこんな風に穏やかに過ごしている己の姿など想像すら出来ていなかった。

 撫子と、そして新たな父と共に囲む食卓。

 夜眠る前に撫子と共に庭を散歩する時間。

 そうして朝起きた時にはそばに彼女の笑顔がある。

 そんな満たされた日々を過ごしていたここ数日。

 今日も幸せを噛み締めながら眠りについたはずだった。


 ふと気が付くと、どこかで見た事のある場所に立っていた。


 一瞬本気でここがどこだか思い出せなかったが、前方から歩いてくる人物の顔を見てようやく思い出す。


「……そうか、これは」


 ずいぶん久しぶりだ、なんて思う。

 この夢、百年前の夢。

 最近は幸せだったからか、それとも忙しかったからなのか見ていなかった夢。


「そんな所で何をしている?」


 相変わらずまっすぐに伸びた背筋と、同じように真っすぐに飛んでくる視線を見返す。


「兄さん」


 気が付けば兄の後ろには俺を睨みつけている母の姿もあった。

 以前は苦しみの象徴だったこの夢もこの視線も、今は不思議なくらいに何も感じない。

 普段は色々と訴える俺が何も言わないのが不思議なのか少しだけ首を傾げた兄と、表情を変えない母。

 これが俺の夢である以上、今見えている光景は俺が母と兄に抱いている印象そのままなのだろう。

 いつもならばこの夢での自分は勝手に動き、今の自分の考え通りに動いてくれる事は無かった。

 けれど……


「なにも、何もしていないさ。もう俺が此処で何かをする事は無い」


 今日は思った事と同じ言葉が自分の口から飛び出し、体も思い通りに動く。

 これは夢だと断言できる、過去に夢か現実かわからずに混乱し撫子に縋り付いていた時とは違う。

 俺の守るべきもの、共にありたいと思うものはここには一つたりとも無い。

 しっかりと顔を上げて、兄と母の顔を見る。


「俺は今幸せだ、そしてこれからもずっと。もうあなた達と会う事は無い、あなた達に己の意思を訴える事も無い」


 変わらない二人の表情、それを見ても過去に感じていたどうしようもない感情は浮かんで来ない。


「だから、これで終わりだ」


 こんな夢を見ている場合では無いのだ。

 次に永遠の牢獄の調査に入るまで後三日、入るまでに完成させなければならない物がある。

 早く目覚めて作業の続きをしなければならない。


「あなた達が俺を選ばなかったように、俺もあなた達を選ばない。俺を選んでくれた彼女とずっと共に生きていく。彼女が俺を選んでくれたように、俺も彼女を選んで生きていく。あなた達に囚われていた日々はもう終わりだ」


 夢の中の彼らはなにも返しては来ない。

 それも当然、これは俺が俺の中の彼らに語り掛けている事だ。


「もう、この夢は見ない」


 己に言い聞かせるように強い口調でそう言い切った。

 目の前の二人の姿が歪み、ユラユラと揺れて消えていく。

 見覚えのあった廊下も光に包まれるように消え、意識が覚醒していくのが分かる。


 ゆっくりと目を開けて体を起こせば、そこはいつもの見慣れた寝室だった。


 やはり夢だったようだが、今まであの夢を見ていた時とは違いすっきりとした目覚めだ。

 寝台に座ったまま横を見れば、隣に眠っているはずの撫子の姿は無い。

 布団が冷えているので撫子が起きてからしばらく経っているようだ。

 以前の俺だったら彼女がいない事に混乱して必死に探し回っただろう。

 けれど同じ寝台で眠るようになった今は違う。

 先に起きれば彼女の寝顔が見られるし、後に起きれば彼女が笑顔で迎えてくれる。

 どちらでも幸せな気分になれる事が分かっている以上、何も恐れる事は無い。

 寝台から降りて身支度を整えてから居間へと向かう。

 これから朝食の時間だ、父はもう来ているだろうか。

 扉を開ければ居間から一続きになっている台所に撫子がいるのが見える。

 入って来た俺に気が付いたらしい彼女がこちらを見て微笑んだ。


「おはよう、蘇芳」


 彼女の後ろの窓から太陽の光が差し込んでいる。

 あの日、彼女に告白した日、牢獄で見たあの幻の様な光景。

 欲しいと強く思ったそれが今当然の様に自分の目の前にある。


「ああ、おはよう撫子」


 己も笑顔で返せば、彼女の笑顔がさらに深まった。


 「なんだ、今日はずいぶん遅い起床だな」


 後ろから入って来た父がそう言いながら食卓に着いたので、己も椅子へ腰かける。

 確かにいつもよりも遅い時間だ。


「夢を見ていたからかもしれないな」

「夢?」

「……決着をつける夢だ」


 不思議そうな顔の撫子が同じように食卓に着き、三人で朝食を取る。


「決着って、夢の中で決闘でもしていたの?」

「まあそんなところだ」

「良い夢を見た、という事か」

「良い夢と言っていいかはわからないが」

「何かに決着がつくというのは良い事だろう。その結果がどうであろうとも、決着がつくという事は新たな選択肢が現れるという事だ」

「……選択肢、か」


 そんな話をしながら食事を終え、それぞれ自由時間になったので自室へと戻る。

 撫子は牢獄の調査用物資を取りに桔梗殿の所へ向かい、父は友人と出掛けて行ったので家には俺一人だ。

 自室に戻って隠しておいた物を取り出す。

 新たな選択肢、今の俺にとってはこれがその象徴なのかもしれない。

 後少しで完成するそれをじっと見つめる。

 何としても次の牢獄へ入る前に完成させなければ。




 そうして三日が過ぎ、牢獄へと足を踏み入れる。

 扉が閉まれば一年前に過ごしていた時と同じ、撫子と二人きりの空間だ。

 もう数回入っているので部屋へ物を設置する作業も慣れてきた。

 いつもならば設置が終わればゆっくりと過ごすだけなのだが、今日はやらなければならない事がある。

 彼女と話しながら家具を設置する作業で心を落ち着かせようとするが緊張が治まらない。

 懐の固い感触を服の上から握りしめる。

 今これから俺がする事こそ、百年前の過去と決別した事で現れた新たな選択肢なのかもしれない。


「これで設置は全部終わりかな……蘇芳大丈夫? 今日はなんだか心あらずって感じだけど、もしも具合が悪いなら一回外に出ようか?」

「いや、大丈夫だ」


 俺の緊張を体調の悪さだと思ったのか、心配そうな表情を浮かべる彼女。

 今外に出ては計画が水の泡になってしまう。


「撫子、設置して早々だが隣の部屋で星を見ないか?」

「具合が悪い訳じゃないのね?」

「ああ、大丈夫だ」


 俺の答えが本当の事だと気づいてくれたのか笑顔で頷いてくれた彼女と隣の真っ白な部屋へと入る。

 いつもと同じようにクッションと飲み物を準備した彼女の横に腰掛けて深く息を吐き出した。


「え、本当に大丈夫?」

「ああ。具合が悪い訳では無い、緊張しているだけだ」

「緊張?」


 不思議そうな彼女に苦笑して、天井に映る星の光を見つめる。

 告げるならばこの星の下が良かった。

 外で見る事の出来る本物の星空ではなく、彼女と出会ったこの牢獄の星空の下で。

 一人きりの牢獄、撫子との出会い、どうしようもない依存と執着、そうしてすべてを彼女に救われて今がある。


 この星空は俺にとって変化の象徴だ。


 一人では決して見る事の出来なかった牢獄での星空。

 あの日彼女が不思議な機械で見せてくれた光景は今も心に焼き付いている。


「撫子」

「なに?」


 彼女の顔を見ながら震えそうになる手を必死に動かして胸元から包みを取り出す。

 ずっと彼女に秘密で作っていた物、やっと完成させる事が出来た物。

 撫子の手を取って包みを解いたそれを手の平に乗せる。


 撫子の花の模様が入った飾り櫛。


 何度も何度も作りなおしてようやく満足のいく出来になった物だ。

 驚いた彼女の表情を見るに櫛を贈られる意味は知っているのだろう。

 男から女へ贈る飾り櫛、結婚を申し込むための櫛。

 買った物を渡そうかとも思ったが、それはこれからいくらでもできる。

 初めての物はどうしても自分で作った物を渡したかった。

 手の中の櫛と俺の顔を交互に見る彼女に向かって笑う。


「俺と夫婦になってくれ」


 もう俺があの夢を見る事は無いだろう。

 幸せな未来だけを見つめて、櫛ごと撫子の手を握り締めた。


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