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番外編2【新たな友人】※途中から蘇芳視点になります

「この状況も久しぶりだよね」

「はい、撫子さんが投獄される前は当たり前にあった日常でしたから」


 夕飯も食べ終えて後は眠るだけになった夜、畳の上に座って桔梗と色々と話しているこの時間は、以前一緒に暮らしている時には当たり前にあった時間だった。

 桔梗からの「様」付けは最近になってようやく「さん」付けに変わったのだが、お互いに結婚した今は中々こうして一緒に過ごす時間は取れず、呼ばれる頻度は低い。

 色々とあった牢獄から出て、彼を蘇芳と呼び捨てで呼べるようになって、そして彼の妻として過ごす事が出来ている現在。

 幸せなのは間違いないが、桔梗と中々会えないのが少し寂しかった。

 ただ今日は桔梗と領主様が夫婦揃って泊まりに来てくれたので久しぶりに夜に話し込む事が出来ている。

 領主様は蘇芳と話がしたいと言うので、ここには私と桔梗だけだ。

 いつも蘇芳と二人で住んでいる家には私と桔梗が、お義父さんが過ごしている方の家には蘇芳と領主様がそれぞれ泊ることになっている。

 お義父さんは早々に眠ってしまうので、今頃は領主様と蘇芳の二人になっているだろう。


「旦那様を助けに行かなくて良いのですか?」


 私が向こうの家を気にしている事に気が付いたのか、笑い交じりでそう言った桔梗に同じように笑って返す。


「蘇芳も本心では領主様と仲良くしたいみたいだから、遠慮が無くなれば良いなって思ってるんだよね。だから今日はもう少し様子見するつもり」


 桔梗の夫である領主様は最初はお義父さんの知識を求めてこの家に出入りしていたのだが、ある時お義父さんが蘇芳にお前はどう思う、と話を振ったのだ。

 新しく作ろうとしている制度の事だったらしいのだが、蘇芳の答えがかなり役に立ったらしい。

 数度似たような事が繰り返された結果、領主様は蘇芳にも会いに来るようになった。

 なったのだが……


「監視期間は終わったし、維持者って事で結婚も色々な人に祝福してもらって。でもあの人はまだ自分が罪人だった事を気にしてるんだよね」

「私の夫も蘇芳様の事を気に入っておりますので、どうにか仲良くしたいらしいのですが。一歩引かれてしまうと悩んでいました」


 領主様がかつての部下に似ているという事もあるのだろうかと思ったのだが、それはあまり気にならないらしい。

 性格が真逆なのだそうで、顔を見ただけだとぎょっとするが話してみるとまるっきり別人だとの事。

 領主様の事は好意的に見ているし、彼が来ると聞いた時は心なしか嬉しそうにしている。


「新しく家族にはなれたけど、その分私は友人にはなれないからね。本人が嫌がっているならともかく、領主様と仲良くしたいのは本音みたいだしせっかくなら気の合う友人も作ってほしいなって思って」

「あの人もそのつもりのようですよ。蘇芳様が協力して下さった制度も上手く行っておりますし、お二人を出す時に騒いでいた側近たちすら彼の事を認めているのです。もう彼の罪を責める人間はおりません。維持者という事で領主とは別の意味で地位の高い役割ですし、せっかく同年代で似たような考え方が出来る友人を逃がしてなるものかと言っておりました」


 クスクスと笑いあいながら、あの二人の仲が上手くいくように願う。

 百年前にすべてを失った蘇芳が家族を得て、自分のやった事を正当に評価してもらえる環境も手に入れて。

 そこに気の合う友人が追加されるのはすごく良い事なのでは無いだろうか。

 領主様もいつもは自分より年上に囲まれる中での仕事なので、地位など気にせずに付き合える同年代の友人が欲しいとこぼしているそうだからちょうど良いだろう。


「お二人が仲良くなってくだされば、私も撫子さんと会いやすくなりますね」

「そうだね、お互いに夫がのびのびしている所も見られるし。上手くいってると良いんだけど」

「もう少ししたらおつまみでも作って様子見に行ってみましょうか?」

「そうしようか」


 二人で立ち上がり、台所の方へ向かう。

 お互いの相手が気になっているのは同じなようだ。


「ねえ桔梗。作りながらでいいから領主様との馴れ初めを教えて欲しいな」

「えっ」

「しっかり聞いた事無かったし、私が投獄されていなかったら自然に知ってたとは思うんだけど。投獄された事を後悔してはいないけど、桔梗の結婚式が見られなかった事が唯一の心残りだったんだよね」

「……私も、撫子さんには是非来ていただきたかったです。彼との馴れ初めはお教えしますから、撫子さんも蘇芳様との事を教えて下さいね」

「えっ」


 少し赤くなった桔梗がからかう様にそう言ってきて、さっきの彼女と似たような反応を返してしまう。

 つまみ作りの間の話題はお互いの恋愛話で決まってしまったようだ。



 _____



【蘇芳視点】


 目の前で笑みを浮かべる男に顔が引きつる。

 撫子は俺が表情を取り戻した事を喜んでくれるし、自身ももちろん嬉しかったのだが、そのせいで感情が筒抜けになってしまいそうだ。

 こんな時は無表情の方がやりやすかったかもしれない。


「そんなに警戒しなくても良いじゃないか」


 そう言って笑う男の顔は部下だったあいつと瓜二つだ。

 ただ、あいつもよく笑ってはいたがこんな含み笑いでは無く純粋に笑っていただけだった。

 おかげであいつと目の前の男を重ね合わせる事は無くなったが……一つため息を吐きだす。

 撫子は友人と楽しそうに向こうの家に行ってしまったし、父はもう眠ってしまったので助けは期待できない。

 そもそも撫子も父も目の前の男の事を後押ししている節がある。

 自分の感情を理解してくれている事はありがたいが、正直に言うと今は助けてほしかった。


「そんなにため息を吐かなくても良いだろう? 俺は気の合う同世代の人間と仲良くしたいだけだ」

「……俺と貴殿では身分が違う。元罪人と領主が親しくしていては色々と言われる事もあるだろう」


 本当はもっと丁寧に話していたのだが、父やこの男に色々と言われている内に多少砕けた口調になってしまっている。

 この時点で俺の負けは決まっている様なものなのだが。


「誰が何を言うというのだ? 君の事を警戒する人間はもうほとんどいない。君が提案してくれた政策はどれも素晴らしい物ばかりだった。この間は君を牢獄から出すのを一番渋っていた人間が君に正式にこちらで仕事をして貰えないのかと聞いて来たくらいだ」

「それは……」


 己の仕事への評価は百年前の自分が熱望していた物だ。

 それを貰っていると聞いて湧きあがる喜びと、己の立場の間で揺れる心。

 心底好きになった撫子という家族ができて、厳しくも優しい父も出来た。

 仕事での評価も貰い、幸せだと言える生活。

 そこに気の合う友人が加わると言うのはさらに幸せな事だとは思う。

 俺の迷いを察したのか、苦笑いする目の前の男の口から静かに言葉が紡がれる。


「君が牢獄にいた時、妻が撫子殿に宛てて手紙を書いただろう。そこに君の処遇に関しても書いてあったはずだ。百年前の領主の弟や反乱者という立場を全て捨ててもらう、と」

「確かにそう書いてあったが」

「その言葉通りだ。側近たちが納得できる一年の監視期間も終わり、君には百年前の自分を捨ててもらった。己の心や記録に残る罪は消えずとも、百年前の反乱者はもう存在ごと死んだという事と同じだ。今の君にある身分は国を救う新たな維持者というものだけ。領民も側近も君を歓迎している。領主と維持者が友人同士だという事を誰が反対すると言うんだ」


 確かにそう書いてはあったが、領主という立場の男から言われるとは思わなかった。

 百年前とはいえ反乱者の存在は不都合だろう、それ故にすべて捨ててもらうと言うのも納得していたが、まさかその事が自分を助ける事に繋がるとでもいうのだろうか。


「俺の事は苦手か?」

「いえ」

「俺は君と仲良くしたい。普段は狸爺共との仕事で気を抜ける事は少ないからな。桔梗と過ごす間はゆっくりと過ごせるが、それとは別に気の置けない友人が欲しいと思っていたんだ。こうして穏やかに酒を酌み交わせる相手がな」


 そう言って目の前の杯を呷り、また穏やかに笑う男。


「君とは気が合うと思う。政治に対する考え方も、妻に向ける愛情に関しても」


 笑い交じりでそう言った男に、思わず苦笑が零れた。

 頭ではもうわかっている。

 俺の存在は別の物になり、何も知らない周りから見れば俺に罪など無い事。

 己の心の大半を占める撫子も、厳しく俺を見守ってくれる父も、俺の幸せを願い後押ししてくれている。

 心の中にある己が起こした罪への罪悪感が消える日は来ないだろう。

 それでも、今の環境を楽しんでも良いのかもしれない。

 なにより領主本人がこう言ってくれている。

 数か月間彼からの似たような説得は続いていたが、確かに目の前の男と友になるのは楽しく嬉しい事だろう。

 少し笑って、同じように杯を呷る。

 俺の心中を察したらしい新たな「友」が笑みを深くする。

 新たに注いだ杯を軽く打ち付け合って、同時に杯を呷った。



 しばらく色々な話をしていたのだが、次に彼から出た話題に少し驚く事になった。


「そういえば前領主殿の事なのだが、君は彼の現状を聞きたいか?」

「あの男の?」

「ああ、撫子殿は完全に興味が無いらしいが……これもある意味彼にとっては一番残酷な事だな」

「あの男が何か問題でも起こしたのか?」

「いや、流刑地は監視付きだ。今の所何も起こっていないし、起こす事も出来ない環境だ。変化があったとすれば彼の心境だな」


 そう言いながら、苦笑いを浮かべている友に良い事では無さそうだと察して続きを促す。


「前領主殿も撫子殿の姉君も、今が人生の岐路ともいえるだろう。これからの人生で何を感じ、何を考えるのかで彼らの生活は決まる。もっとも何を考えようと彼らの生活環境は変わらないがな」

「戻って来られても困るが」

「確かに。今、彼らについた監視の一人が彼らに生活の事を教えている最中だ。何せ二人とも一般的な家事が出来ないからな。本来ならばそのような気遣いは必要ないのだが、少なくとも前領主殿は領民のために走り回ってはいた。その部分への温情として、己で生活できるような知識や技術を身に着けてもらう事になっている。期間限定だがな。ただ前領主殿はともかく姉君は全く覚えようとせずに難航中らしいが」

「それは……期間中に終わるのか?」

「覚えようが覚えまいが期間は延ばさない。指導期間は後一か月ほどで終わりだ。監視は続くが、そこから先の生活は我々には関係の無い事だな。指導期間の終わりも近いというのに姉君がなぜ自分がと嘆いてばかりで前領主殿もため息が増えていたようだが……」

「だが?」


 ため息を吐いた友が、杯に口をつける。


「……色々と報告は受けているが、このままでは姉君は変わらないだろう。変わるとすれば前領主殿の方だ」


 ため息とともに目の前の男から笑みが消えて、憂鬱そうに額を押さえた。

 前領主、撫子の元婚約者だった男。

 あの性格ならば問題は起こしても非人間的な方向へは進まないとは思うのだが、何かあるのだろうか。

 俺の方を見た友が苦笑する。


「この感覚に関しては君の方が分かるかもしれないが、お互いにしか深く関われない環境で、どれだけ問題を起こそうとも自分を一途に思ってくれる相手の感情の影響は大きいだろう。今、前領主殿は己のしたことを全て否定されたような状況だ。己の正義を信じてやってきた事が己の生活を一変させた事に対して、表面上は理解していても納得はしていないだろう。だが、まあなんというか……姉君がある意味揺らがないのが彼にとっての救いになっているようでな」

「彼女が生活に必要な事を覚えようとしない事に疲れているのではないのか?」

「それも確かにあるようだ。彼女の嘆きに胃を押さえている事が多いとは聞いたし、とても不愉快そうではある。だが彼女はその態度を変えないのと同じように、前領主殿への感情も変わらないようでな。要は彼の行いに関して全肯定なんだ。あなたは領民のために色々やってあげていたのに何でこんなことになるんだ、と。家事も勉強もやらない事に対して前領主殿が口調を荒げて姉君を泣かせても、どれだけ生活が苦しくて泣きわめいても、彼女は前領主殿が間違っていたとは決して口にしない。彼女が責めるのは俺達や領民達、撫子殿の事だけだ」


 あの状況でそこまで変わらないのはすごいな、等と思いながら牢獄での日々を思い出す。

 撫子も俺が不安定になって騒ごうが暴走しようが、俺を否定する事は無かった。

 やってしまったと、怖がられたり嫌われたりしたらどうしようと、恐る恐る部屋の扉を潜ってもいつも変わらぬ笑顔で迎えてくれた彼女。

 あの時の俺にとってそれがどれだけ救いだったか。

 ……あの男も撫子の姉から似たような救いを貰っているのだろうか。


「前領主殿も一年経って落ち着いてきた事で逆に不安定な心情なのだろう。持ち直して自分を見つめなおせば姉君を説得して二人で変わるかもしれない。だが姉君の方に同調すれば二人でこちらを恨んで生きていくのだろうな。どちらに転ぼうとも彼らの生活は変わらないが」

「こちらへの影響は無いんだな?」

「それはあり得ない。俺にとっても戻って来られるのは困るからな。監視の報告次第ではもっと人員を増やす事になるだろう」

「……また何かあったら教えてくれ」

「ああ、俺も君が情報を共有してくれるのは助かる」


 そう言って笑った彼がパン、と両手を打ち付ける。

 驚いた俺ににっこりと笑いかけて来る笑顔に嫌な物を感じて、再度顔が引きつった。


「酒の肴には旨くない話は終わりだ。友人になった記念にもっと楽しい話をしよう」

「楽しい話?」

「撫子殿との馴れ初め話でも聞かせてくれ。俺も桔梗との馴れ初めを話すから」

「……男二人で恋愛話か」

「冷めるような事を言わないでくれ。恋敵が多くて桔梗を射止めるのはかなり苦労したんだ。苦労話と惚気話を聞いて欲しい。側近連中は苦笑いで逃げていってしまうんだ」


 俺も逃げ出したい、そう思っても逃がしては貰え無さそうな雰囲気だ。

 結局新たな友人につられるように撫子の事も話し、桔梗殿の事も聞いてと繰り返しながら更けていった夜。

 いつの間にかお互いに惚気話だけになっていた会話は、その本人達がつまみを作って持って来てくれた事でようやく終わりを告げたのだった。



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