結界の維持者【1】
え、え、と頭の中が混乱している私を見て首をかしげる蘇芳さん。
無表情だしどちらかと言えばキリっとした顔立ちなのに、その仕種にはどこか可愛らしさを覚える。
せっかく推しキャラが実在する人物として目の前にいるので色々と話してみたいとは思ったが、まずはさっきの発言だ。
「私が、結界の維持者?」
『ああ。俺も長年維持者だったからわかるが結界の守りのような物が君を包んでいる。俺の結界の守りは少し、いや大分前から薄れてきていた。新しく君が結界の維持者に選ばれたからだと思ったのだが違うのか?』
「ええと、結界の維持者は確かに選ばれましたけど。それは私ではなくて私の姉でしたよ?」
姉と聞いた蘇芳さんがまた首を傾げた後、少しだけ目を見開いた。
『先ほど姉の後始末が、と言っていたがその姉の事か?』
「まあ、そうですね」
何かを考えこむように口元に手を当てた彼が私をじっと見つめて来る。
その視線に心臓がまた騒ぎ出すのを必死に抑えながら彼を見つめ返すと、しばらく悩んだ彼がまた紙にペンを走らせた。
『俺の目で見ただけの判断になってしまうがやはり維持者は君だと思う。一つ聞きたいんだが維持者を見つけ出すための儀式は未だにあの不親切な鏡で行われているのか?』
「不親切かどうかはわかりませんけど……維持者発見の為だと連れて行かれたのは鏡の前でしたのでおそらくそれだと思いますよ」
ゲーム中では結界の維持者の発見方法は表現されていなかったので、私がその方法を知ったのはこの世界に生まれ変わってからだ。
この世界に住む人間は十八歳から二十歳の間に、結界の要と言われている鏡の前に行く事が義務付けられている。
基本的に該当する年齢に達した人間が数人集まったら行く事になっているので、私が十八、二つ年上の姉が二十歳の時に同年代の子達と共に鏡の前へ足を運んだのだ。
集まった人間の中に維持者がいれば鏡から延びた光がその人物を指し示すらしい。
魔獣から国を守る為の要である結界の事なのに人数が集まってからではないと行かないのは、鏡に維持者を選ばせるための儀式で祝詞を上げる神職の方がかなり力を使うからだとか。
この世界は神職の力が強いのでどうしてもそちらの都合に合わせる事になってしまう。
そしてその儀式で鏡は百年ぶりに姉の胸元へと光を伸ばしたのだ。
姉が選ばれたと同時に結界はその機能を復活させ、国中はお祭り騒ぎになった。
使用人達の間ではさらに姉の我が儘が肯定されてしまう可能性を危惧する声が上がっていたが、それでも国を守る結界の復活は嬉しい事でみんな喜んでいるようだった。
……私一人だけが素直に喜べなかった。
目の前で少し考えこむ仕草をする蘇芳さんを見る。
姉の我が儘が更に悪化したとしても国が守られるのは良い事のはず。
けれど、姉が維持者になったという事はこの牢獄にいるかもしれないこの人が完全に死んだという事だと思ってしまったから。
私が生まれた時点でこの人が幽閉されてから百年近く経っていたし、この人が生きている可能性は低いとわかっていた。
それでも新しい結界の維持者が現れないという事は、もしかしたらこの人が生きているのかもしれないという微かな希望を私に抱かせていたのだ。
大好きなゲームの一番好きなキャラ、前の私が死ぬ直前にやりたいと思っていたゲームの世界に生まれたからにはどうしてもこの人に会ってみたかった。
維持者は世界に一人だけだ、姉が維持者になったという事はこの人が維持者でなくなったという事。
維持者が生きている間は他の人間にはその役目は引き継がれないので、この牢獄内にもし彼がいたとしても死んでしまったのだと思ったのだ。
もっとも今私の目の前には本人がいるのだが。
「あの鏡に何かあるんですか? 不親切って?」
『あの鏡は確かに維持者を光で指し示すが重大な欠点がある』
「欠点?」
『君の姉が鏡に指し示された時、君はどこにいた?』
「えっと……あの時は確か姉の少し後ろだったような。姉の背中を見ていた記憶がありますけど」
『俺もだ』
ふう、と大きく息を吐きだした彼が更に紙にペンを滑らせていくのを目で追う。
『俺の時も兄が選ばれたのだが、俺は兄の後方で兄の背中を見ていた。色々調べてようやくわかったのだが、あの光は人の体に当たるとそこで止まる。それが維持者以外であってもだ』
「……え? 維持者以外を指し示すことがあるって事ですか?」
『いや、光が当たった人物が横に移動すれば更にその後ろへ延びる。ようは正確に維持者を知りたいのならば指し示された人物は一歩横に避けなければならないんだ。その人物が維持者なら光も横へ付いて来るし、違うのならばまた正式な維持者へと向かう。不親切だろう?』
「ええ……」
『問題なのは間違った人物を指し示したとしても維持者はしっかり決まってしまっている事だ。正式な維持者の力で結界は維持されるが、世間が認識する維持者は光が止まった所にいた人物になる』
知ってしまえば単純な事だが、確かにあの仰々しい儀式で光が指し示す人物がいれば誰も疑わないだろう。
選ばれた人物がわざわざ一歩横にズレるとは思えないし、もしかしたら歴史上に伝わっている維持者は結構な人数が間違っているのではないだろうか。
「……そうだとすれば儀式の際に姉の後ろにいて、尚且つ維持者である貴方の目から見てもそうだと判断できる私が正式な結界の維持者である可能性は高いという事で良いんですか?」
『俺には君が維持者だとしか思えない、間違ってはいないと思う』
そう断定した蘇芳さんを見つめる。
もし本当に私が維持者だった場合は、私が考えていたよりもずっと大きな時限爆弾を置いて来たことになるのではないだろうか。
農業や工業の生産量が落ちて苦しめばいいと思っていた。
けれど私が結界の維持者だった場合は蘇芳さんの時と同じ様に時間が経つにつれてどんどん結界の機能は落ちて来る。
おまけに私はしばらく発狂する予定も死ぬ予定も無い。
これは下手すると百年どころかもっとずっと長く結界の機能が失われる事になるのではないだろうか。
いや、でも蘇芳さんは生きているのに維持者の役目は引き継がれている。
彼ならばその理由を知っているだろうか。
浮かんだ疑問の答えを得るために、彼に問いかける事にした。