あなたと満喫する日々【最終話】
外へ出てからの一年間は、あの部屋で過ごした一年間よりも早く過ぎ去ってしまった気がする。
結局あの後、私が姉や元婚約者に会う事は無かった。
桔梗の話では流刑地に流されてはいるらしいのだが、詳しくは聞いていないので彼らの今は私にはわからない。
結界は一か月で完全に復活し、町の外へはじき出された魔獣は新たな領主様が選び抜いた精鋭部隊によって討伐された。
牢獄の隠し部屋は誰にもバレることなく私達の物になり、一カ月おきの滞在期間を楽しむ事が出来ている。
本当は嫌がらなければいけない事なのだろうが、二人とも滞在が少し楽しみになっている事には笑うしかない。
身元引受人になってくれた彼は相変わらず厳しかった。
結局家へは戻らなかった私の面倒も見てくれて、もう頭が上がらない。
牢獄近くに用意された家は敷地内に二つ家がある。
監視期間の一年は彼と蘇芳さんが同じ家に住み、もう一軒を私が借りる形で生活していたのだが、私は眠る時に帰るくらいだったので三人での同居といった方が正しいのかもしれない。
妻に先立たれ子供もいないという彼は、私や蘇芳さんの事をしっかり監視しながらも自分の子供の様に扱ってくれた。
私達にとっては彼も新しい家族という事になるのだろう。
監視期間が終わって私と蘇芳さんが同居し、彼が一人で住むようになった今もそれは変わらない。
……牢屋から出てしばらくしてから、父が私に会いに来た事がある。
色々な事を話しはしたが、私は最後まで家へ戻るという選択肢を選ばなかった。
妻を亡くし、その妻に似ている姉を甘やかした結果、もう一人の娘である私は投獄され、すべてが明るみになった今は姉は流罪、私も家へは戻らず彼は家族全てを失ってしまった事になる。
あの日、見送った父の背がすごく小さく見えたのを今もなんとなく覚えている。
だからと言って私は自分の選択を変えるつもりはない。
父が姉を選んだように、蘇芳さんの兄や部下が国や家族を選んだように、私は蘇芳さんと過ごす日々を選んだのだ。
家に戻らないだけで外で会えば話くらいはするが、もう父と共に暮らす事は無いだろう。
牢獄から出て一年以上が過ぎ、蘇芳さんの監視は約束通り解かれている。
色々言ってくる人もいたらしいのだが、領主様や上役の人達が上手くまとめてくれたらしい。
薄暗くなった外の景色を台所の窓から見つめながら手を動かす。
この家に使用人はいないので、衣食住は自分達でこなす必要がある。
夕飯を三人分作り終えて食卓に並べ、隣の部屋のドアを開いた。
「蘇芳、お義父さんも、ご飯できたよ」
そう、お義父さん、だ。
一年経ち、約束通り彼は蘇芳さんを養子として迎えてくれた。
そして監視が解かれてしばらくして、私は蘇芳さんと結婚する事になる。
国民に蘇芳さんが百年前の囚人だという事は伝わっていない。
そんな理由もあり、結婚式は維持者同士の結婚という事でたくさんの人達に祝福してもらえた。
結婚式で厳格だった義父が大泣きしたのは今でも領主様達の間で話題になるらしい。
「ちょっと待て撫子、今俺が勝って決着がつくから」
「ぬるいわ、わしが負けるわけなかろう」
「いや、ご飯冷めるって。明日領主様達も来るんだし、早めに切り上げてよ?」
バチバチと火花を散らす二人の間には碁盤が置いてある。
この二人、なまじ頭が良い同士なので囲碁や将棋で火花を散らしている事が多い。
蘇芳さんが完全に馴染んでいて何よりだが、決着までにすごく時間がかかる。
まあ今回は本当にすぐ決着がつきそうだったので、少し待つことにして彼らの横顔を見つめる。
外に出てからしばらくして私が蘇芳さんを呼ぶ時に呼び捨てで呼べるようになり、新しく父親も出来た。
前よりももっと自然に笑っていたり、こんな風に意地を張っていたりと、色々な顔をする蘇芳さんを見る事が出来ている。
それだけでもあの時外に出る選択をして良かったな、なんて思う。
領主様は初め義父に会いに時々この家を訪れていたのだが、蘇芳さんが昔の事とはいえ政治に関して詳しいと気が付いてからは蘇芳さんにも会いに来るようになった。
全てが使える訳では無いが、国をより良くしていくために参考にさせてほしいとの事だ。
部下だった男に似ている領主様に初めは複雑そうにしていた蘇芳さんだが、今はお互いに友人のように接している。
領主様が来る時は桔梗も一緒なので私も親友と会えるし、良い事づくめだ。
領主様達が来てから数日後、今日は蘇芳さんは仕事だが私は休日だった。
今の私達の仕事は牢獄の管理や調査員の指導、維持者としての結界の管理だ。
それに加えて、と言って良いのかはわからないが、私がパソコンで調べた物で使えそうなものを蘇芳さんが作り、販売や作り方の普及などをしている。
蘇芳さんの器用さもあって農具などは私の投獄前の物よりかなり良くなったし、時計なんてもうほとんどの家に普及している状態だ。
蘇芳さんは今日新しく作った農具の説明に行っているし、義父は囲碁仲間の元へ出掛けて行った。
最近何となく体調の悪さを感じていた私は医者に診てもらい、現在帰宅中だ。
「……どうしよう」
医者に告げられた体調悪化の原因をどう蘇芳さんに伝えたものか悩みながら、ゆっくりと歩いて家を目指す。
彼に泣かれてしまうかもしれないな、なんて思いながら家の扉を潜った。
「ただいま」
「おかえり、撫子。義父さんは囲碁が白熱しているから泊ってくるそうだ」
「あらら」
なら義父に告げるのは明日以降になるな、と予定を立てながら椅子に腰かけ蘇芳さんに声を掛ける。
「あのさ」
「ん?」
どう切り出したものかと悩みながら、彼に声を掛ける。
もうどうにでもなれと腹をくくって、不思議そうに近付いてきた彼の手を取った。
そのまま彼の手を自分のお腹に押し当てる。
「撫子?」
「……蘇芳、男の子と女の子、どっちが良い?」
「…………は?」
口を開けた状態で固まる蘇芳さんの顔を見ながら、医者のご懐妊おめでとうございます、という言葉を思い出す。
どうやら、私達の家族はもう一人追加になるらしい。
しばらく口をパクパクと動かしていた蘇芳さんの視線が私のお腹へと向けられ、私が押し当てる様にしていた手がそっとお腹を撫でた。
「……子供?」
「うん、生まれるのは暖かくなってからだね」
「俺の、子、供……」
彼の瞳からボロボロと零れだした雫をみて、予想が当たったなと笑う。
「家族……俺に、また新しい家族が、出来るのか」
「うん」
そうか、と小さく呟いた彼にそっと抱きしめられる。
震える背中に手を回して、彼の肩に顔を埋めた。
「新しい家族をありがとう、君の事も子供の事も、必ず守ると誓おう」
「家族が欲しかったのは私だって同じだよ。こちらこそ、ありがとう」
しばらく抱き合ってから、そっと体が離される。
椅子に座る私の前に膝をついた彼が、そろそろと私のお腹を撫でた。
「あなたが大泣きする所、初めて見た」
「……一度牢獄内で泣いたがな。君に告白する前日に」
「そうなの? え、なんで?」
「秘密、という事にさせてくれ。今思い出すと自分の暴走加減が恥ずかしい」
「ええ……」
そう言いながらも私のお腹を撫で続ける蘇芳さんの手に、自分の手を重ねる。
蘇芳さんと、義父と、子供と……私が欲しいと思っていた家族がどんどん増えていく。
理想の引きこもり生活にはもう二度と戻れそうにないが、不思議と嫌な気持ちは湧いてこない。
快適な幽閉生活は終わりを告げたが、愛しい人との愛すべき日々はこれからもずっと続いていくだろう。
この人と一緒なら、きっとどんな場所でも幸せだと思える、満喫できる。
温かな手のぬくもりを感じながら、これからの日々を思った。
【完】
【本編完結&書籍化のお知らせ】
このお話で本編の方は完結になります。
この後、元婚約者視点や結婚式など、本編に入れる事の出来なかった番外編をいくつか更新してから、正式に完結とさせていただく予定です。
もう少々お付き合いいただければ幸いです。
そして一つご報告なのですが、このお話の書籍化が確定いたしました!
詳しい情報などは活動報告やツイッター等で随時お知らせしていく予定です。
感想やレビューなど、本当に励ましていただきました。
また書籍で、もしくは新作等で、お会いできれば嬉しいです。
本編最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!