未来へ向けて
桔梗と数度の手紙のやり取りを挟みつつ、日々は過ぎていく。
この部屋は貰えることになったし、監視期間は厳守されるために正式な書面で残されたため、不当に伸ばされる可能性はもう無いと言っていいレベルだ。
一年経てば完全に自由になれる事は、桔梗の夫である新しい領主様がしっかりと約束してくれた。
牢獄の管理は蘇芳さん自ら、監視期間後も続けていく事を志願した。
ここから人を出すにはここを作った人の血を受け継ぐ人間の力が必須だが、私の元婚約者が流罪になる以上、あの人にはもうその役目は出来ない。
そうなると今その血筋に該当するのは前領主様と蘇芳さんだ。
もしかしたら親戚辺りにいるかもしれないのでこれからチェックはするらしいのだが、血が薄まっていると難しいらしい。
維持者であることで気も狂わず中の事も他の人間よりは詳しい自分が適任だろうと蘇芳さんが言うので、もちろん中に入る時は私もついて行くとは伝えておいた。
そうして細かなすり合わせも終わり、お互いの希望をそれぞれ譲り合ったり通したりしながらようやく落ち着いたのが一か月ほど前になる。
外での事が決まった後は、向こうの準備が出来るのを待つばかりだ。
今は手紙が来る前と同じく映画やアニメを見たり、ゲームをしたりプラネタリウムを見たりしながらここから出る日を待っている。
私からの告白の日以来、蘇芳さんとの距離も前よりもかなり近づいたような気がする。
今、彼は床のラグの上に座りソファに座る私に背を向けた状態だ。
私の手には出来上がった組紐、蘇芳色と撫子色で編んだものと彼の髪が収まっている。
サラサラとした私よりも長い髪、触れて嬉しいが変な風に結んでしまったらどうしようなんて少し緊張してしまう。
結局二本とも渡す事にした組紐は思いの外彼に喜ばれ、蘇芳色の組紐は彼の刀の下げ緒になった。
そしてこっちの二色の方は彼の髪を束ねるために今私の手の中にある。
ふざけ半分、本気半分で私が束ねたいと言った所、笑顔で許してくれたのだ。
最近当然の様に浮かべられるようになった彼の笑顔が本当に嬉しい。
「痛くない?」
「ああ、大丈夫だ」
サラサラし過ぎて少し束ね辛いが、あまり引っ張らないようにしながら彼の髪を束ねて組紐で結んだ。
上手く束ね終わってから彼に鏡を手渡す。
鏡の中の彼の視線が組紐に行って、一拍おいて細められた。
「今まで束ねてた方の組紐はどうする?」
「ああ、それか。町で気に入って買った物だがもうこの紐以外の物をつける予定はないからな」
「いや、日替わりで別のにしても良いと思うけど」
「なら君が編んだものが良い」
「……良いけど時間がかかるよ?」
彼は前よりも自分の欲しい物を口にしてくれるようになった。
特に無理な事は言わないし大体の事が今みたいな些細な事だ。
おそらく無理といえば気にせずに諦めてくれるであろう事はわかっているので、私も出来る事は受け入れている。
逆に私が何か頼んでも快く受け入れてくれるので、今の所どちらかの負担になっていることもない。
部屋の隅に飾られた木彫りの鳥かごを見て嬉しくなって笑う。
約束通り蘇芳さんがくれた鳥かごの中には、先に貰った子とは別にもう一羽、木彫りの鳥が追加されている。
これは私が頼んで彼に作ってもらった物だ。
私達と同じ様に一人から二人になった鳥。
部屋の物はパソコンの機能を使って一度しまい込む予定だが、これは蘇芳さんが元々持っていた事にして一緒に持ち出すつもりだ。
鳥かごから視線を戻して、手の中にある彼が今まで使っていた蘇芳色の組紐を見る。
市販されているものという事もあって、当然私が作ったものよりも数倍良い出来の紐。
次に彼に渡す紐はもっと凝って作ろうと決めて、この紐をどうしようか悩む。
百年前の物とはいえ、この空間にあったので綺麗な状態だ。
「あ、じゃあ私が貰っても良い?」
ちょうど自分のも編もうかと思っていた所だ。
せっかく綺麗な状態で残っているのに捨ててしまうのももったいないし、編む時の参考にさせてもらおう。
「構わないが、君がつけるのか?」
「新しく編む時の参考になればと思って、でもそれでも良いかも」
「なら、今度は俺が束ねても良いか?」
彼の申し出に少し驚いたが、彼の髪も束ねさせてもらった事だし了承の返事を出す。
身長差があるので彼には床に座ってもらっていたが、彼が私の髪を束ねるのならば隣同士で問題はない。
ただ横に並んで座るわけでは無いのでソファではやり辛そうだし、私がラグに座る彼の前へと移動する事にした。
まあ彼が私の髪に触れた辺りで、気軽な気持ちで了承した事を後悔する事になったのだが。
彼の手が髪に触れるたびに何だかざわざわするし、首筋をかすめる手を物凄く意識してしまう。
それらをごまかすために急いで口を開いた。
「蘇芳さんは、外に出たら何かやりたい事ってある?」
「そうだな……」
髪をまとめながら少し考えた後、穏やかな声が彼の口から零れる。
「今もまだあの場所が残っているかはわからないが、俺が良く鍛錬していた場所に君を連れて行きたい」
「鍛錬していた場所?」
「ああ、静かな森の中でな。以前話したかもしれないが、鍛錬を終えて倒れこむと満天の星が見えるんだ。君が出してくれたあの機械の星空も好きだが、実際に外に出る事が出来るならば本物の星空を君と見に行きたい」
「そっか、残ってると良いな。私も見てみたい」
「君は何かないのか?」
「私? 私はまだ入ってから一年くらいだからなあ……あ、でも前と違って外に出たら蘇芳さんがいるんだもんね。じゃあ、色々落ち着いて問題が無くなったら蘇芳さんと色々な場所を見に行ってみたい」
「俺と?」
「うん、星空だけじゃなくて、海とか季節ごとの山とか、色々」
「それは……楽しそうだな」
きっとそれが出来るのは少なくとも監視期間の一年が過ぎた後なのだろうけれど。
結界には力を蓄える事が出来るらしいし、数日の旅行ならば可能だろう。
その後も犬が飼いたいとか、百年間にあった事が知りたいから歴史書が読みたいとか、そんな事をポツポツと話している内に蘇芳さんの手が離れた。
渡された鏡の中の自分の髪には後ろに映る彼の服と同じ色の組紐が結ばれている。
それがすごく特別なような気がして、鏡に映る自分の顔が照れたような笑顔に変わったのをジッと見つめた。
穏やかさはそのままに、けれど以前のような今の事だけを考える日々ではなく未来の話をする日々。
「ねえ蘇芳さん」
鏡に映る彼に向かって声を掛けてから、後ろを振り返って彼の顔を見る。
「ん?」
「これから先どうなるかなんてわからないけど、ずっと一緒にいてね」
「……ああ」
前世で画面の中の彼を好きになって、今世で出会えないはずの彼と出会い、恋人になって。
そしてこれからの未来を語る時、そこに当然の様に彼の存在がある奇跡を噛み締める。
そしてそんな会話をした数日後、私達は桔梗から届いた手紙でこの生活の終わりを深く実感する事になった。
いつもは差し入れの品物と共に数枚入っていた手紙が、一枚だけ箱の中央に置かれている。
紙の中央には一言だけ、いつも通り綺麗な文字が書かれていた。
「お二人を出す準備が整いました、二日後にお会いできるのを楽しみにしております」