重なる思い、更に深くへ
普段はお話を楽しんでいただくため前書きも後書きも書かないのですが、お知らせとして利用させていただきます。
今回の更新からタイトルを「悪役令嬢として永遠に一人きりの牢獄に幽閉されましたが、転生前の世界と繋がるパソコン持ちなので超満喫してます。」から「パソコン持ち転生令嬢ですが、推しキャラと永遠の独房生活を満喫中です。」に変更いたしました。
変更理由について詳しくは活動報告に書いておきますが、内容はそのままですので突然の変更で申し訳ありませんがこれからも楽しんでいただければ幸いです。
少し落ち着いてから蘇芳さんと二人で桔梗への返信を考えて手紙にしたためていく。
言うだけならタダだしとこちらが思っている事やお願いしたい事をほぼ全部書き終え、二人がかりで数度読み直してから箱の中へと入れた。
また返事待ちになってしまうが、これでお互いに言いたい事はほとんど伝わっただろうし、今の様に長文でやり取りする事も無いだろう。
そうしている内に夜が来て、彼はいつもの様に部屋へと戻っていった。
恋人同士にはなったが、寝室は前と同じ様に別々のままだ。
ホッとしたようなちょっと残念なような複雑な気持ちだが、今はそれがありがたい。
桔梗が送ってくれたお菓子の袋を開き、中に入っていたお菓子を一つ食べながら手紙を取り出した。
「撫子様へ
正直に言いますと、驚きました。
恋愛事にあまり興味の無かった撫子様がそんな風に誰かを思っているとは思っていませんでしたから。
彼の人柄などはわかりませんが、撫子様がそこまでお好きな方ならば友人として応援したいと思います。
色々と心配しておりましたが撫子様が幸せそうで私も嬉しいです。
告白はまだだと書かれておりましたが、撫子様は仲の良い相手への好意は驚くほどに顔というか、視線に出てわかりやすいので確実にもう伝わっていると思いますよ」
「……え?」
恋人同士にはなったし、そうなる前からお互いに気持ちは察しているだろうなとは思っていたが、もしかして蘇芳さんには何となくどころか確信を持つレベルで私の気持ちは伝わっていたのだろうか。
流石にそれは恥ずかしいのだが、幼い頃からずっと共に育ってきた桔梗が言うのならば相当わかりやすいというのは間違いないだろう。
「だからこそ、領主様もあなたの目が忘れられないとおっしゃっているのでしょう。
恋愛感情では無くとも、自分に対する好意がまっすぐに伝わってくる心地よさが忘れられないのではないかと。
その領主様達の事ですが、彼らの流罪の行き先には領主様がその思い込みで罪を与えた方もいらっしゃいます。
もちろん無罪の方にはこちらへ帰ってきていただく事が決まっておりますが、彼らが島に流されてから過ぎた時間も、そして撫子様の一年という時間ももう元には戻らないものです。
彼らの言葉を聞いても自分が取り返しのつかない選択をした事を領主様が実感できるかどうかはわかりませんし、お姉さまも欲しい物どころか生活に必要な物が最低限しか手に入らない場所でいったい何を思うのかはわかりませんが、時間だけはありますので色々と考える事は出来るでしょう。
彼らが自分の何が間違っていたのかを知る事が出来る最後の機会にはなるのではないかと思います。
お二人の流罪は一生解ける事はありませんので、考えが変わってもそれを活用できる日は来ないのですが。
撫子様たちについてはお二人とも外へ出ていただくという事でこちらの考えは一致していますので逃げ回る必要は無いかと思いますが、何か無茶を言われた際は撫子様の希望を聞くという特権を最大限に活用して下さい。
もし撫子様が牢獄内に残ることを選択し永遠に会えなかったとしても、私の立場上追うしかないとしても。
矛盾しているかもしれませんが私も撫子様のお幸せを親友として祈っております。
今はただ会える日を楽しみにしています、どうかそれが太陽の下でありますように。
こちらはもう雪の季節に差し掛かろうとしております。
外の寒さへの覚悟だけはしておいて下さいね」
色々と立場や考えはあれど、桔梗も私もまた会いたいと思っている事とお互いの幸せを祈っている事は変わらないのに、こういうやり取りをしていると必要な物だとわかってはいても色々なしがらみが面倒だと感じてしまう。
もういっそ出なくても、なんて思わない訳では無いが、永遠にここにいるということは維持者である私達にとっては地獄行きを待っているようなものだ。
今後数十年は平気でも、数百年後は私も蘇芳さんも精神的に無事でいられはしないだろう。
出る選択肢が無かった時はもう開き直ってあまり先の事を考えない様にしていたが、この幸せな時が続かないのは分かっている以上、外に出る事が出来るならばその方が良いのは理解している。
「全部、上手くいくと良いんだけど」
もう一度手紙を読み返しながら、桔梗への返信を書く。
蘇芳さんと恋人同士になった事、桔梗も寒さには気を付けてということ、思い付くままに手紙に書き込み箱の中へ入れる。
桔梗からの手紙は悩んだ末に寝室の引き出しの中にしまう事にした。
しまうついでに中に入っている組紐を確認する。
数本練習した後に綺麗な蘇芳色の組紐が一つできたのだが、恋人になったんだし良いかなと思い作り足しているもう一本がまだ未完成だ。
蘇芳色と撫子色の紐を使った組紐は両方が暖色系だが、結構上手く纏まってきた。
完成は近づいているのだが何だか恥ずかしくなってきたので、こっちはもう自分でこっそり使ってしまった方が良いのだろうかなんて考えている。
明日編めば完成するだろうし渡すかどうかは出来上がってから決めよう。
今日は蘇芳さんが食べたいと言ってくれた事だし、手作りお菓子の準備をしてしまいたい。
何を作ろうか悩んで、手元にパソコンを引き寄せる。
このパソコンにはお世話になりっぱなしだ。
外に出れば堂々と使えなくはなるが、この部屋が貰えればこうして使い続ける事は可能だろう。
貰えなくてもこっそり使うつもりではあるのだが、パソコンはともかく洋菓子なんかは堂々と外では食べられない。
どうせなら今の内に色々と食べておきたいし、明日彼と食べる物も外には無い物にしよう。
何が良いだろうかと検索をかけているうちに、手紙に書いてあった雪の季節という単語が思い浮かんだ。
雪……冬、バレンタインか。
もちろんそんな行事はこの世界に無いのだが、バレンタインに好きな人にチョコレートを贈るのは前の世界では当たり前にあることだった。
「チョコレート……」
思いついてしまえば作りたいものは決まってしまった。
チョコレート系のレシピを調べて、どれが良いか頭をフル回転させる。
別に明日彼の前で作っても良いのだけれど、どうせなら出来たものを渡してしまいたい。
ただチョコ系のお菓子なんて少なくとも生まれ変わってからは作っていないので、難しい物を作るよりは簡単な物を美味しく作って渡したい所だ。
固めるだけのチョコは固さ調節が難しいし……無難にケーキでも焼こう。
レシピ通りにやれば問題なく出来るはずだ。
少し悩んでから恋人同士だしと自分に言い聞かせてハート形の型を買う。
蘇芳さんはバレンタインの事は知らないし、まあ大丈夫だろう。
なるべく音を立てない様に夜遅くのお菓子作りを始める事にした。
次の日になり、蘇芳さんと朝食を食べ終えた辺りで箱は外の世界へと戻っていった。
箱が消えていくのを見送ってから蘇芳さんと顔を見合わせる。
「どうなるのかな」
「お互いの主張のすり合わせの為に数度やり取りはするようだろうが、現状の説明も大まかな主張も伝わったんだ。後は細かい所だけだろうし軽いやり取りで終わりそうな気はするな」
「だよね。後はどのくらいで外に出られるのかだけど。五十年後になりますとか言われたらこの話し合いの意味なくなっちゃいそうだよね」
「まさかそれは無いと思うが……結界の問題も深刻そうだし、向こうとしてはなるべく早く俺達を出したいだろうな」
お互いに冗談交じりで話しながら、蘇芳さんが選んだ映画をスクリーンに映す。
外からの手紙が来てからちょっと不穏な空気が続いたし色々と考える事も多かったが、お互いの主張が一通り終わった今は何となく日常が戻ってきた気がして穏やかな気分になる。
返事が来ればまた変わることもあるかもしれないが、こうしてゆっくり過ごせる間はこの時間を堪能しておきたい。
そもそも向こうから何かしてこない限り私達は動きようが無いし。
時々蘇芳さんと会話したりゲームをしたりしつつ、いつも通りの時間を過ごす。
「外に出たらここで使った物に関して口に出さないようにするのに苦労しそうだな」
「ここに来てから人の目なんて一切気にせずに使ってたからね。リモコンどこだっけ、とか言っちゃいそう」
「今更君のこの不思議な力に関して何か言うつもりは無いが、外では秘密という事で良いんだろう?」
「うん、それこそ桔梗にも言ってないから知ってるのは蘇芳さんだけだね」
「そうか……俺だけか」
嬉しそうにそう言う蘇芳さんのわかりやすさがちょっと可愛くて嬉しい。
全てを話したわけではないとはいえ、こういう電子機器について話せる相手がいるのは私にとってもありがたい事だ。
それに外で口を滑らせる可能性が高いのは性格的に蘇芳さんではなく私の方だろう。
ともかく気をつけようと決意を新たにしたところで、いつも何となく間食している時間が近付いてきた事に気が付く。
昨日焼いたケーキは結構いい出来で、今は冷蔵庫の中で出番を待っている。
チョコクッキーも二人分作ったので蘇芳さんが自分一人で食べるのは、と気を使う事も無いだろう。
ただ今更ながらハートで作った事を後悔し始めた気がする。
クッキーの時にハート型の意味は説明しているし、今になってなんだか物凄く恥ずかしい。
深夜のテンションで作った事を若干後悔しながらも、冷蔵庫の中のケーキに呼ばれている気がして台所の方を見る。
約束もしているし、作っておいて渡さないわけにはいくまい。
ソファから立ち上がり冷蔵庫の方へと向かう。
私がこの時間にお菓子を取りに行く事は結構あるので特に反応しない蘇芳さんにホッとしながら、ケーキとクッキーを手に取った。
「蘇芳さん、あの……」
「ん?」
映画から視線を離してこちらを見た蘇芳さんにドキドキしながら後ろに隠すようにしていたケーキを差し出す。
「これ、昨日食べたいって言ってくれたから作ったんだけど。チョコレートのケーキ」
言いながら彼の前に置いたケーキを見て驚いた表情を浮かべた蘇芳さんが、一瞬置いて笑顔を浮かべる。
その顔を見て、あれ、と思った。
喜んでくれているのは確かだし私も笑顔が見られて嬉しいのに、今回は何かが引っ掛かる。
「君の手作りの菓子が食べたいとは言ったが、好意を表す形の物がもらえるのはすごく嬉しいな」
違和感は覚えつつも笑顔を崩さない彼に恥ずかしさが復活して顔が熱くなる。
最近照れてばっかりだと思いながらソファに座りなおし、テーブルの中央にクッキーを置いた。
「良かったらこっちも食べて。こっちは甘さ控えめにしたから」
「ああ、ありがとう。君からの好意の形だと思うと崩してしまうのが勿体ないな。しばらく飾っておきたいくらいだ」
「流石に恥ずかしくて死にそうになるからそれは勘弁して……」
私の言葉に笑った蘇芳さんが一口目を口にするところが見ていられなくて、映画の方へ視線を向ける。
初めの方はゲームをしていたし、蘇芳さんと話していたりもしたので内容が良くわからない。
見た事の無い映画だが、女の子二人がキッチンで賑やかに何かを作っているシーンだった。
クッキーを作った時に見ていた物と似ているが、登場人物が違うので別の映画らしい。
「このチョコレートというものは美味いな。外では食べられないのが残念でならない」
「この部屋がもらえたらこっそり食べられると思う。むしろ私が食べたいくらいだし」
「そう考えると逆に牢獄の滞在が楽しみになってしまうな」
「もう罰になって無いね」
笑いながらそんな会話をしていた時、私の耳にスクリーンの方から爆弾のようなセリフが飛びこんで来た。
『チョコレート、先輩にあげるんでしょ! いよいよ愛の告白だね』
『やめてよ、余計に緊張しちゃう』
『この時期のチョコレートなんて告白のためにあるようなものじゃない。しっかりハート形にしてるくせに』
『だって先輩の事が好きだって少しでも多く伝えたくて、』
ピッと音を立てて画面が止まる。
瞬きを繰り返しながら画面を見つめる蘇芳さんと、リモコンをスクリーンに向けたまま俯く私。
なんてタイミングだ、どうしてハート型のチョコケーキを渡したこのタイミングでバレンタインの話が出て来るんだ。
しばらく止まった画面を見つめていた蘇芳さんが私の方を見て嬉しそうに笑う。
「好意を表わす形の物がもらえたのも嬉しいが、君からの告白の意味もあるのか」
その言葉にさらに俯く事になった私を見て、蘇芳さんが声に出して笑う。
幸せそうな笑い声を聞けたのは嬉しいが、恥ずかしくて仕方ない。
うつむいたまま横目で見た蘇芳さんは、さっきよりも嬉しそうな顔でケーキを口にしている。
幸せそうな顔、さっきとは違い何かが引っかかる事は無い。
うつむいているのを良い事に何が引っ掛かったのかを少し考える。
さっきの笑顔と今の笑顔、そしてその前後の会話を思い出して、不意に答えを思いついた。
……そうか、私は私が何かして彼が喜んだ時、喜ぶ前に驚く所に引っかかったんだ。
自分がもらえると思っていなかった事だから驚いて、それから幸せそうに笑う彼。
でも私はそれをただ貰ったから幸せだと思ってほしい。
私が彼に何かをあげたいと思う事が当たり前の事だって気が付いてほしい。
昨日の彼の言葉を思い出す。
蘇芳さんが彷徨って来た百年、それを私と出会えた事で十分に報われたと思ってくれているなら、私はそれにちゃんと応えたい。
彼の百年が少しでも埋まる様に……幸せだと思ってほしいし、二人で幸せになりたいとも思う。
手に入らなかった物を私からすべて貰おうとしているのかもと彼は言ったが、実際に私があげられるものなんてごくわずかな物しかない。
彼の幸せの為に、私の幸せの為に、二人の幸せの為に。
今私に出来る事、私がやるべきことは……
「…………」
思いついた事を実行するために、大きく深呼吸をする。
映画が止まっているせいでその音が部屋に響いて蘇芳さんが不思議そうにこちらを見た。
……彼が真っすぐに私を見てくれていたあの時、私は最後にうつむいてしまった。
恥ずかしくて、声も小さくて、絞り出したような情けない返事しか返していない。
震えそうになる声と逸らしたくなる視線を必死に堪えてしっかりと彼の瞳を見る。
「撫子?」
心配そうにこちらを見る彼の瞳から目を逸らさずに、今まで生きてきた中で一番の勇気を振り絞った。
「私、あなたの事が好きです」
バレンタインではないけれど、ハートのチョコレートと一緒に気持ちを告げる。
無くしたいと思った驚いた表情はあったけれど、次の瞬間に真っ赤に染まる頬。
そしてあの日見せてくれた以上の満面の笑みに、私はようやく彼に本当の意味で気持ちが伝わったことを悟った。