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届いた物

「お姉さまは本当に領主様の事がお好きだったのですね。

 あなたに助けられてからずっとずっと好きだったのに、結婚できて本当に嬉しかったのに私を捨てるのかと、周りの目も気にせずに領主様に縋り付いて泣き叫んでおりました。

 そこまでお好きならばなぜ今回の件に協力しなかったのかと思ったのですが、お姉さまは理解できないようで。

 ただ騙されたとはいえ自分が選び妻にした女性から縋りつかれた領主様はかなり心を揺さぶられたようです。

 どんな理由があろうとも一度は愛し合った人を捨てるという行為は果たして本当に正しい事なのかと」


 まあそうだろう、姉が手に入れようとするのは好きな物だけだ。

 代えのきく物品とは違い、人間相手では別の物では意味が無いだろうし。

 それにしても私が罪に問われた時に、あの人がその思考にならなくて良かった。

 ありもしない罪を一緒に償っていこう、なんて言われたらダッシュで逃げ出していただろう。

 流石にそこまで付き合ってはいられない。


「その……よくわからないのだが、君の姉は本当に君の元婚約者の事が好きなのか?」

「たぶんね、何となくそんな気はしてたけど」

「だが普通ならばこの手紙の通り国が滅びかけて夫が苦しんでいるのならば協力しないか? 国は滅びかけている上に好きな人間が苦しんでいるというのに協力していた様子は無い様だったが」

「普通はそうなんだろうけど、姉さんの場合は何というか……扱いが別というか」

「意味が分からないのだが」

「私も説明が難しい……えっと男性として一番好きなのはあの人だけど、彼の為に自分の大切な物を手放すっていう選択肢が無いんだと思う。例えばあの首飾りを手放せばあの人は助かったよね。普通の人ならそこで夫か首飾りか選択する所でしょう。国云々は置いておくとして」

「ああ」

「首飾りの方が大切なら夫に嫌われる事を覚悟する、夫の事が大切なら首飾りの方を手放す。でも姉さんは小さい頃からどちらも持ったままなのを許されてたから今もそのままなんだと思う。姉さんが嫌がった時は父さんが代わりの手段を用意して解決してたから、自分が手放さなくても誰かが何とかするっていう前提が出来上がってるんだよね。そう考えると元凶って父さんなんだけど」

「……理解は出来ないが、それぞれ性格に大きな問題を抱えた夫婦だという事はわかった」

「でもこの件に関しては是非姉さんに頑張って欲しい。あの人が私との復縁を諦めてくれるくらいに」

「あの男に今更君を渡すつもりは無いが、俺もその方がありがたくはあるな」


 それにしてもこの二人相手に交渉を続けている桔梗とその夫には頭が下がる。

 物凄く大変そうだし、神経がすり減りそうだ。

 ただ桔梗にとってもこの姉の援護射撃はありがたかったらしい。

 手紙の続きに意識を向ける。


「出来ればこのままお姉さまに押し切っていただき、ご夫婦のままで監視付きの流刑の罰を受けていただきたく思っております。

 個人的には撫子様の代わりに永遠の牢獄へ入っていただきたいくらいなのですが。

 国の危機に対応できず領地は他国の物になるという事で、地位と私財は没収となります。

 お姉さまが撫子様の罪を捏造した件についてなどもすべて含まれた上での罰ですね。

 維持者が間違っていた件に関しては誰にも責任は無いという事になりました。

 しかし神職の方々が調査を妨げた為に確認が遅れましたので、そちらは責任を取っていただくという事で現在の神職の方々は総入れ替えとなり、それから…………」


 つらつらと書かれた今回の関係者への罰とその理由を読み進めていく。

 前世の方が法整備は整っていたかもしれないが、今の法を考えれば妥当なラインに納まっている。


「君は良いのか? 冤罪でこんな所に入れられたというのに。流罪ならば領主夫婦が行くのはおそらく何も無い所ではあるが、こことは違って発狂する心配すらない場所だぞ」

「今の法を考えればこれはもう仕方ないかなって思ってる。正直もう何でも良いからあの二人と関わり合いになりたくない。あの二人が流刑地でどう過ごそうと私の目の前に現れないならもうそれでいいや。そもそも今は外に出た時に蘇芳さんと一緒に過ごせるかの方がずっと大切だし」

「そう言ってもらえるのは嬉しいが……ん?」


 蘇芳さんが手紙を覗き込んだまま驚いた様子を見せたので私も続き部分に目を落とす。

 

「話が前後してしまい申し訳ありません。

 蘇芳色の囚人の方についてですが、私達にとって結界や牢獄に関しての協力体制は必須、そしてなにより夫の側近達を納得させるためにあの罰になりました。

 側近達も何かあれば今まで治めていた土地の領民たちにも影響が出てしまうという事で慎重になっているのです。

 また反乱を起こしたらどうするのかという事で、一年という監視期間を設けました。

 監視についてなのですが、前領主様の右腕だった方を覚えていらっしゃるでしょうか。

 投獄前の撫子様に会いに来られた、あの方です。

 お姉さまの事もあり隠居されていたのですが、今回の件の監視役を引き受け蘇芳色の囚人の方の身元引受人になると立候補して下さいました。

 あの方の人柄は他国でも評判で、側近達も二つ返事で喜んだくらいです。

 もしも撫子様が家にお戻りにならない際は撫子様の身元引受人も引き受け、監視期間後に問題が無ければ蘇芳色の囚人の方を養子として引き取っても良いとおっしゃっております。

 あのお方でしたら国の為に私情は挟まないながらも、人をまっすぐに見て判断する方ですのでお二人にとっても悪い事にはならないかと思います。

 牢獄の調査ですが、初めの半年間程度を一カ月おきに中で過ごしていただき、後はおそらく数か月に一度程度になるかと思います。

 詳しい事は別紙に記しておきますね」


 表情を取り戻した後も驚いた時に瞬きを繰り返すのは変わらない蘇芳さんの横顔を見ながら、牢獄に入れられる前の力強い手の感触を思い出す。

 負けるでないぞと言って手を握ってくれたあの人、隠居したとはいえかなりの大物だし、人となりは私も知っている。

 あの人ならば桔梗の言う通り普通に生活していればこちらに不都合な展開は起こらないだろうし、変な監視をするような人でも無い。

 むしろ私達を利用しようとする人が現れたとしても一喝して黙らせてくれるような人だ。

 私達が問題を起こさない事が前提だが。

 

「これは……いいのだろうか? 正直外に出たとしても身元引受人などいないと思っていたし、本当に何も無い状態で生きる事になると思っていたのだが」

「私的には物凄くありがたいけど。本当に人望のある方だからあの方が養子にしたとなれば表立って何か言ってくる人はいないはずだし、何に対しても正当に評価してくれる人だよ。まあ私の元婚約者に対しては話が通じなくて額に青筋浮かべてる事が多かったけど」

「そう、なのか」


 もし監視期間が終わってあの方の養子になったとしたら、蘇芳さんにとっては初めて自分を正当に評価してくれる家族が出来る事になるのかもしれない。

 その分、物凄く厳しい人ではあるけれど。

 半泣きになりながら色々と教わっていた頃を思い出しつつ、牢獄の研究に関する予定表を見る。

 要は私達が出てから結界が復活するまでは大体一か月、その後から半年間は結界の維持にも関係するので一カ月おきに牢獄へ入って調査に協力。

 蘇芳さんが調査している間に他の調査員がこの空間に体を慣らし、後はその人達がメインで調査する事になるらしい。

 外にいる間は牢獄に侵入者などが出ない様に近くに住んで管理するのが仕事で……あ、家も支給されるのか。

 物の持ち込みは自由、私も冤罪への補償があるので希望すれば一緒に中に入る事は可能だろうと書かれていた。


 領主夫婦との交渉、自国の側近たちとの交渉、そして国のために譲れる部分と譲れない部分の考察に結界などの調査。

 この国に来てからまだあまり経っていないだろうに、彼女はちゃんと眠っているのだろうか。

 そう思った時、最後に付け足された文章が目に入り思わず吹き出した。


「正直、色々と面倒です。

 領主様達は幼子以上に話が通じませんし、側近達は次から次へと心配事を見つけては大騒ぎしています。

 もう国の事も側近達の事も気にせずに勢いでお二人とも出してしまいたい。

 ただここで私情を挟んでしまうと領主様と同じになってしまいますのでそこは耐える事に致します」


 なんかごめん桔梗、私だけ牢獄内の生活を思いっきり楽しんで。


「俺は特にあの罰に問題は感じていなかったのだが。反乱を起こしたのは事実だし、その罰が永遠の牢獄への投獄と言うのならば出された時点で永遠では無くなる。その分の罰を他で補うという事だとばかり……百年前とはいえ国に対する反乱者を出すのに不安に思わない人間などいないだろうし、牢獄の管理に関しても俺が最適だという事も理解できる。だがこれでは君の言う通り罰という形で俺が外で生きていく上で必須な立場や仕事を与える意味の方が大きくならないか?」

「どう、だろう? とりあえず質問があればどうぞとも書いてあるから蘇芳さんも何か思いついたらここに書いておいて。返信の時にまとめるから。後は私の希望があれば叶えるってあるけど、蘇芳さん何かある?」

「それは君に与えられた権利だろう? 君が欲しい物のために使うと良い」

 

 そう言って笑う蘇芳さんに言葉が詰まる。

 あの日彼が笑顔を取り戻してから笑いかけてもらう事が増えて私はドキドキしっぱなしだ。

 色々と吹っ切ったらしい蘇芳さんは穏やかなのは変わらないが、危うさは無くどこか余裕がある。


「私が欲しい物って言っても結局は二人に関するものになると思うし、蘇芳さんも何か思いついたら言ってほしいんだけど。二人でここから出た時に引き離される可能性が無いように」

「……そうだな」


 少し考えこんだ後、穏やかな笑みはそのままに私の頬を撫でる蘇芳さんにまた赤面してしまう。

 全然慣れないのがどこか悔しい、でも嬉しい。


「君と家族になれるだけの地位が欲しい。外に出れば家に戻らないにしても君はそれなりの地位を得るだろう。身分差を理由に君と引き離される事が無いように。地位でなくても良い。君と一緒になれる権利が欲しい」


 熱が更に上がった気もするが、何とか私も欲しいとだけ返して横のメモに書いておく。

 書く文字にすら照れてしまってどうしようもない。

 思えば告白と同時に求婚されたようなものだし、私はそれに了承の返事を出したのだ。


「維持者の件も牢獄の管理の仕事も君と一緒ならば俺は別に構わない。牢獄の方は君を巻き込んでしまう形になってしまうが」

「それこそ今更だよ、本当は永遠にここにいるはずだったんだし。あ、この部屋を貰うのって可能だと思う?」

「可能だとは思うが、上手く理由をつけないと不審に思われるのではないか」

「文面も考えなくちゃならないか、もし貰えるなら今みたいに色々な物が使えるかなと思ったんだけど」

「牢獄内で過ごす時用にこの部屋を貰えないか聞いてみたら良い。俺が君と出会った思い出深い部屋が良いと言っている、とでも書いておけば理由としては通るだろう。部屋を増やしても外観は変わらないからこの部屋は初めの状態にしておいて、俺の部屋を奥に回してそっちに色々設置する。奥の部屋への扉は……君の力でうまく隠せないか? 壁を増やしたりしていただろう?」

「それなら何とかなると思う。じゃあそれも書いて、と」


 返信を書く時に伝えたい事をメモしながら、次の手紙に目を移す。

 桔梗も自分たちの要望を伝えてきているし私達からもこちらの要望を伝えるのは問題無いだろうから、後で思いついたら色々書きたそう。

 どうやら手紙はまだ続く様なので続きを読む事にする。


「欲しい物は特に書かれていなかったのですが、せっかくなので撫子様がお好きだと言ってくれたお菓子を入れておきます。

 私の手作りですが結構上達したつもりですので撫子様に一番に見てほしいです」


 ピンと来て箱の中に手を伸ばす。

 撫子色の紙袋を見つけて取り出せば、中にはお菓子と一緒に私の付け足した部分に対しての返事であろう手紙が入っていた。

 袋ごと持っておけば蘇芳さんに見られることも無く、夜に一人でチェックできるだろう。


「蘇芳さんも一つ食べない?」

「君の友人が君を思って作ったものだ。君が食べると良い」

「え、でも何個か入ってるし」

「……それでもだ。どうしてもというなら俺の分は君が明日にでも何か作ってくれると嬉しい」

「私が?」

「ああ、俺は君が作った物が良い」


 笑顔の蘇芳さんに若干押されつつ了承の返事をし、一先ず中の手紙の事が蘇芳さんにバレない様に少し離れた所に置いておく。

 桔梗からの手紙には前にお願いしていた研究書の事も書かれていた。


「研究書が見たいとの事でしたが作業に必須ですので、一先ず同じ所に保管されていた研究中の日記をお送りいたします。

 読み終わったらこちらに戻していただけるよう、お願い致します」


 一緒に手紙を読んでいた蘇芳さんが箱へ手を伸ばし、中にあった紐で綴じられた本を取り出す。

 あの時画面の中で見た本とは違い、表紙には名前どころか何も書かれてはいない。

 本を手に少し悩んでいた蘇芳さんがソファに深く腰掛けて表紙を捲る。

 そのまま一度手を止めてこちらを見た蘇芳さんが私の名前を呼んだ後に腕を引き、ぴたりと密着して座る体勢になった。


「今更どうと言う訳では無いが、兄やあいつが何を考えていたのか読んで見たい。君も一緒に見てくれるか?」

「……私が見ても良いなら」

「ああ。こうして君が隣にいてくれるなら何が書かれていても取り乱す事は無いだろう」


 膝の上に日記を乗せてページをめくる彼の肩に頭を寄り掛からせて、中の文字を一緒に追った。


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