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親友への返信

 筆を手に持ったまましばらく悩む。

 桔梗が返信用に入れてくれていた紙は未だに白紙のままだ。


「いざ書こうと思うと、どう書いたらいいのか……」

「やり取りは自由に出来ると書いてあるから、初めは簡単に現状の説明と自分の希望を書けばいいのではないか? 返事が来たらそれに合わせてまた考えればいい」


 中に入っていた箱についての説明書を読みながら蘇芳さんが言う。

 どうやらこの箱は蓋を開けた時から時間が経過すると共に撫子色から桔梗色へと外側の色を変えるらしい。

 そして完全に色が変わった時に外の世界にいる桔梗の元に届くとの事。

 桔梗から私に送る時は撫子色の箱、私から桔梗へ送る時は桔梗色の箱。

 幼い頃からの私達の習慣を模した彼女らしい気遣いのある術が掛かっているようだ。

 すでに箱の隅の方は青みがかってきている。

 蘇芳さんと話し込んでいた時間を考えるとまだ余裕はあると思うのだが、タイムリミットがあると思うと少し焦ってしまう。


「この箱を開けてから君と話していた時間を考えると、おそらく明日の朝には向こうに行ってしまうだろうな。逆に考えれば今日一日は余裕がある。落ち着いて考えるだけの時間はある筈だ」


 先ほどまで纏っていた怒りのオーラはすでに無く、刀を振って手紙を斬り裂いたのが嘘なのではないかと思うほど落ち着いている蘇芳さん。

 やはり先ほどの件は何か彼の心の傷に触れるような事があったのだろう。

 ……それとも元婚約者からの手紙が気にくわないくらいには私の事を思ってくれているのだろうか。

 蘇芳さんの気持ちは何となく感じていた程度でお互いに明確に思いを口にした事は無い。

 なので外に出られるという選択肢ができて永遠という時間が無くなる可能性が出てきた今、前ほど悠長に構えていられなくなっている。

 この空間から出る事が出来ないのならば、永遠に二人きりという状況が続く事で余裕を持てるのだが。

 彼にどう思われているのか知りたいけれど、時間は永遠にあるのだしおそらく同じ気持ちだろうからこの状態を少し楽しみたい。

 そう思っていた気持ちは、今は彼の気持ちを明確に知りたいけれど怖い、に変わって来ている。

 ……いや、今はそれよりも桔梗への手紙だ。

 早く書いて入れておかないと桔梗が私が生きているかどうかわからないという事態になってしまう。

 私の生が続いているという事を信じていてくれる親友へ、無事であるという事を伝えなければ。

 桔梗からの手紙をもう一度開き、筆を紙へ滑らせた。


「桔梗へ

 突然この箱が現れたので驚きました。

 久しぶり、と言って良いのかはわからないけど。

 ここに入れられてからの日数は正式には数えていないけれど、もうそろそろ一年くらいは経つのかなと思ってる。

 あなたが信じてくれている通り、私は無事、というよりは普通にこの空間で生活しています。

 使用人達がそんな風に私の事を話しているのは知りませんでした。

 私が何かを提案する時に結構緊張していたのを知っていたのだから、教えてくれればよかったのに。


 結婚おめでとう、あなたが幸せで私も嬉しい。

 あなたの結婚式、参加したかった。

 この牢獄に入れられた事に対して唯一の後悔が出来てしまいました。


 なんて書いたらいいのかわからないけれど、結論から言うと私は自分が結界の維持者であるという事は知っています。

 この牢獄に入れられてから知りました。

 多分驚くと思うけれど、私は今あなたが手紙に書いてくれた蘇芳色の囚人である彼と一緒に過ごしています。

 彼から維持者に関しての話は聞いていて、前の維持者であるという彼の目から見ても私が維持者であるという事は間違いないとの事。

 彼は鏡の儀式の欠陥の事も知っており、儀式の際に私が立っていた位置からしても間違いないだろうと断言してくれました。

 私が維持者だという事は結界が無くなるかもしれないという事。

 そちらの事は心配でしたが牢獄の外への干渉方法は無いので何も出来ないと思っていた所に、あなたから手紙が届いたので驚きました」


 そこまで書いて少し悩んで、蘇芳さんに声を掛ける。

 桔梗からの手紙には欲しい物があれば送るとも書いてあった。


「蘇芳さん、何か欲しい物ってある?」

「ほとんどの物は君が出せるからな。俺は特に無い。君が欲しい物があれば頼んだらいいのではないか?」

「いや、私も欲しい物は大体出せるからなあ……あ、一個あった。それにしても丁寧な口調で返さないでって桔梗からの追伸に書いてあったけど、普通の口調で書こうと思うと違和感があって無理なんだけど」

「まあ、手紙なんてそんなものだろう。途中で諦めたようだが初めの方には何とか口調を崩そうとした痕跡があるからいいのではないか?」

「……よくわかったね」


 手紙を書きながら普段の口調で書こうとして結局諦めていた事は、蘇芳さんにはしっかり気付かれていたらしい。

 なら桔梗も気付くだろう、そう結論付けて続きを書くべく筆に墨をつける。


「もしここから出る事になるのなら、彼も一緒に出られるようにお願いしたいです。

 私のこの牢獄での生活は彼がいたからこそ穏やかに過ごせていたから。

 彼にもまだ維持者としての力が残っています。

 彼と共に出る事が出来るのならば、結界の維持者は私と彼の二人になります。

 結界の復旧を目指すのならその時間が早まる可能性もあるし、もしかしたら結界の強化にもつながるかもしれません。

 過去の事とはいえ罪人である彼を出すのは難しいかもしれないけれど、私が今唯一欲しい物は彼と共に外へ出る事の出来る権利です。

 どちらにせよ、そちらの詳しい状況と彼と出る事が可能かどうかの返事は欲しいです。


 手紙、ありがとう。

 私もあなたに会いたい。

 あなたとの深夜のお茶会はすごく楽しかったから。

 あなたの今の身分では難しいかもしれないけれど、また二人でお茶会がしたいです。

 撫子より」


 そこまで書いてから、もう一枚紙を取り出す。

 こっちの手紙は桔梗以外の目にも触れるだろうし、必要な事だけ書いてあればいいだろう。

 追伸の部分以外に関しての返事は全て書けたと思うし、一先ずはこれで良い。

 追伸の返事用に取り出したもう一枚の紙にも筆を滑らせる。


「桔梗へ

 こちらはあなた個人に宛てたもので、追伸の返事です。

 あの人からの手紙はいらないし読む気も無いので送り返します。

 この空間は破り捨てようにもすぐに元に戻ってしまうので。

 あの人には復縁の可能性は欠片も無いとだけお伝えくださいませ。

 多分納得はしないと思うので、本当はもう物凄く面倒だし憂鬱だけど、彼の婚約者であった最後の責任としてここから出た時に私の口からも話します。

 今までは周りの人間がどうにかしてきましたが、あの人がこのまま領主を続けているとそのうち取り返しのつかない事になりそうですので、私個人の意見としてはあなたの国との合併の方を希望させていただきます。

 今までは彼が領主の座から降りるという選択肢はありませんでしたが、今回の件で強制的に降ろす事が出来ると言うのであればそれが彼のためにもなるかと思っています。


 この答えならあなたに頬を張られる可能性は無いかな?

 心配してくれてありがとう。

 流石に私も自分を殺そうとした男性との復縁は遠慮したいです。


 手紙の文章が丁寧なのは許して下さい。

 文字にすると崩すのが難しいので、そちらで再会する事があれば公的な場所以外では今まで通りの口調で話します。

 撫子より」


 書く前は少し悩んだが一度書き始めてしまえばすんなりと書き終えてしまった。

 色々と書いてしまいたい所ではあるが、向こうの出方が分からない以上は蘇芳さんの言う通り最低限の返事で済ませておくべきだろう。


「すまないな、君一人ならば何も気にせず出られる日を待つだけだったのだろうが。百年以上前の事だろうと俺が罪人であることに変わりはない。俺のせいで無茶な要求を向こうへする必要が出来てしまった」

「いやいや! 蘇芳さんがいなかったらもしかしたらあの人と復縁なんていう今の自分では信じられない選択をしたかもしれないし。それに私が維持者だって蘇芳さんが教えてくれなかったら結界の恩恵に気が付いた時に不気味さしか感じなかったよ。私だってここで過ごしてる間は蘇芳さんに助けられてきたんだから、一緒に外へ出たいって頼むくらいはあたりまえだって」


 どうしたのだろう、今日はいつもより蘇芳さんが不安定な気がする。


「私、外に出ても蘇芳さんと一緒に過ごしたいよ?」

「ああ、ありがとう。俺もだ」

「そっか、良かった」

「……撫子、すまないが手紙に一つ追加してもらっても良いか?」


 一瞬目を伏せた蘇芳さんが、どこか躊躇しながらも続ける。


「その研究書だったか……兄やあいつが何を書いたのかが知りたい」

「……わかった、頼んでみるね」


 手紙にその旨を書き足して、箱の蓋を開ける。

 最初の手紙を入れて、その上に追伸への返事の手紙を入れた。

 これで桔梗の所に届くはずだ。


「これで後は返事を待ってから考えればいいよね」

「ああ、そうだな」


 ソファの背もたれに体重を預けて、ググっと伸びる。

 服のベースが着物なのであまり体は伸ばせないが、それでも気分的に楽になった気がした。

 隣に座る蘇芳さんはスクリーンを操作してこの間まで見ていた映画の続編を流し始めている。

 外に出たらこの文明の利器たちは手放さなければならないだろう。

 私はともかく初めは戸惑っていた蘇芳さんですらこうして当然の様に操作可能になっているというのに。

 外に出られたとしてもこっそりと使える場所が欲しい所だ。

 そんな事を考えながらいつもより不安定に感じる蘇芳さんに自分から寄り掛かった。

 彼の方からも体重がかけられたことにホッとしつつも、テーブルの上に出したままにしていた予備の紙から一枚選んで手に取る。

 撫子色をした紙だ。

 カサカサと折り曲げて、撫子の花を折る。

 これも幼い頃お互いの名前の花を桔梗と折りあって覚えたものだ。

 本物の花を自分で買う事が出来なかった頃はこれを送り合っていた。

 簡単な見た目になってしまうが、これでいつもの様な本物では無くても撫子の花を添える事は出来るだろう。

 箱は立ち上がらないと蓋が開けられない位置にあったので、一先ず折り終わった花はテーブルに置いておく事にした。


 夕食を取り終わる頃には蘇芳さんはいつもの彼に戻っていた。

 そしてこれもいつも通り、彼と寝る前の挨拶を交わしてからそれぞれの部屋へと戻る。

 蘇芳さんが部屋の扉を潜るのを見届けてからテーブルに向き直り、さっき折った花を箱へ入れようとした時だった。

 背後からカタン、と何かが倒れるような音がして振り返る。

 振り返った先にはソファを挟んで蘇芳さんの部屋へと続く扉があるだけで、特に何か変化はない。

 耳をすませても彼が何かをしている音がわずかに聞こえるだけなので、もしかしたら彼が何か落としたのかもしれない。

 そう納得して箱の中に花を入れようとして、少し考えてから一番上に入れていた追伸への返事の手紙を取り出した。

 まだ書くスペースはある。

 一度片づけた筆と墨を準備して、桔梗へ向けてのメッセージを追加していく。

 蘇芳さんの前では書く事が出来なかった言葉。

 立場や周りの環境は一切関係ない、桔梗という名の親友へ向けた完全に私事の手紙だ。

 書き終えてから箱へ入れて、上に折り紙の花を乗せて蓋を閉めた。


「さ、お風呂でも入ろうっと」


 そう呟いてから、風呂へと続く扉を開ける。

 何だか疲れる一日だったし、ゆっくりと湯船に浸かる事にしよう。

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