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自分勝手な感情

「え、ええと、その」

「そういえば前に告白されてから返事を返すまでに一年あったと言っていたな」

「……よく覚えてるね」


 一つため息を吐いてから私から目を逸らそうとしない蘇芳さんを見つめ返す。

 この様子だと話すまで許してもらえなさそうだ。


「この男とやり直すのか?」


 少し小さい声で問われた言葉を理解するまで数秒掛かった。

 やり直す……あの人と?


「無い、絶対に無い。ありえない」


 勘弁してほしい。

 自分を殺そうとした男ともう一度恋人になるほど人生を捨ててはいない。

 ……この空間で過ごしている時点で捨てているも同然だという事からは目を逸らしておくことにする。

 そもそもこの人を好きだなと完全に自覚したばかりだというのに、その相手から他の男とやり直すか聞かれるなんて悲しさしか浮かんで来ない。

 本当に余計な事を、さっきも思った事を再度強く思った。

 仕方ないと覚悟を決めて未だにテーブルの側で元婚約者からの手紙を持ったままの蘇芳さんの方へと歩みよりソファに腰掛ける。

 すぐに蘇芳さんも隣に座ったので、少し悩んでから口を開いた。


「確かにあの人から告白を受けて私が受け入れるまでには一年くらいの間があったよ」


 その一年間空いた理由は目の前のこの人なのだが、それを話してしまえば前世の事まで話さなければつじつまが合わなくなってしまう。

 前世の事を誰かに話すつもりはないし、話す必要も無いと思っている。

 私が反対の立場だった場合、前世の話なんてされたら心配するかドン引きするかのどちらかだからだ。

 もし外に出る事が出来たら年を取った時、桔梗辺りにちょっとした笑い話として話すかもしれないけれど。

 その辺りはうまく濁しておこうと決めて、あの人から告白された時の事を思い出す。


「恋愛をする気が無かった時にあの人に告白されたんだけど、自分の権力だとかそういうものは気にしなくて良いから素直な返事が知りたいって言われて、遠慮なく断らせてもらったんだよね。ただ私も結婚適齢期だったし婚約者もいない上に家柄も領主へ嫁ぐのに問題無いって事もあって……私に好きな人が出来るまでは自分にも機会をくれって言われて」

「それで一年後に付き合ったのか」

「……正直に言うと、別にあの人の事を好きになったから付き合いだしたってわけじゃないの。ただ自分の年齢とか周りの環境とかを考えた時、恋人がいるわけでもないのに次期領主からの告白を断るって事を続けていくには潮時かなって思って。他に付き合いたいと思っている人がいた訳じゃないし……少なくとも私を強制的に娶る事が出来る立場にいるのにそれをしないで、真っすぐ私を見て思いを伝えて来てくれた事に絆されかけてたのもあったけどね。あの時の私にとってあの人の正義感が強いのは幸いな事だったよ。あなたを好きだとは今はまだ思えないけれどそれでも良ければ試しに付き合いますか、って聞いた時に、なら私の気持ちが自分に向くまでは絶対に手は出さないと誓おうって言ってくれたから。付き合いだしてからも結婚を強制して来る事も無く、ゆっくりでいいから自分を好きになってくれればいいって言ってくれてたし」


 なんで私は好きな人相手にこんな話をしてるんだろうか。

 怖くて蘇芳さんの方は見れないので、ぼんやりと膝の上に置いた手を見ながら続ける。


「その言葉はしっかり守ってくれたけど、わかってないのはあの人だけで側近の人達からの期待はすごかった。今まで浮いた噂の無かった次期領主が自分で選んだ相手で家柄も年齢も申し分なし、更に本人が起こす騒動もしっかり止めに入ってくれる相手。私達の間ではお試しのお付き合いでも、周りから見れば完全に結婚前提だよね。その辺りはお付き合いを了承する前に覚悟してたから別に良かったんだけど。あの人の事は最終的にちゃんと好きではあったけど、それが恋愛の意味で本当に好きなのかって聞かれたら素直に頷けはしなかったかな。姉に騙されたあの人に捨てられた時は別の事に衝撃を受けていたくらいだし」

「あの男の押しに負ける形で付き合ったのか?」

「まあそれもあるけど、その……」

「別の理由があるのか?」

「まあ、うん」

「……撫子」


 名前を呼ばれて口ごもる。

 この状況はいったい何なのだろう。

 どうして浮気を責められているような雰囲気になっているのだろうか。

 自分に死ねと言ってきたも同然の前の恋人、私にとっては完全に終わったはずの過去の恋のことなのに。

 ……彼と付き合う事を決めた大きな理由、あるにはある。

 これ桔梗にも言った事が無いんだけどな、なんて思いながらちらりと蘇芳さんの方を見て、彼の瞳が私をじっと見ている事を確認してため息を吐いた。

 今日一日で何回ため息を吐いただろう、幸せが逃げ放題だ。


「私さ」

「ああ」

「その……家族が欲しくて」

「家族?」


 誰にも邪魔をされずに一人で過ごす時間は好きだし、前世で過ごしていた知識がある分、一人でも不便はない。

 だから変に家族に構われないのは私にとって都合が良い事だった。

 ただ、時々思い出す事がある。

 初めて母の腕の中に抱かれている事に気が付いた時、大泣きした私を優しくあやしてくれた母の優しい声と腕のぬくもり。

 私が三歳になった頃に死んでしまった母は私に家族の愛というものをたっぷりと注いでくれた。

 その頃はもちろん父も優しかったし、姉とは仲良しでは無かったがお互いに憎しみ合うほどの仲では無かったように思う。

 けれど母が死んで、父は私を嫌う姉にかかりきり。

 私には楽しく笑い合う家族というものがいなくなってしまった。

 桔梗もいた、使用人達もいた、一人での時間も苦では無い。

 それでも無性に寂しくなることがたまにあった。

 その寂しさを何処かで蘇芳さんが生きているかもしれないという希望でごまかしていたのだ。

 いつか本物の彼に会えるかもしれない、私の人生は前世では画面の中の彼に、今世ではどこかで実在しているかもしれない彼に支えられていた。

 けれど結局姉が維持者に選ばれたことでそれは終わり、現実を見れば私を憎む姉とそんな姉を最優先する父しかいない。

 町の中で子供を挟んで手を繋ぐ夫婦、夕方道を歩いていると家の中から聞こえてくる楽しげな家族の笑い声、町の中をじゃれ合いながら駆け回る兄弟……私にはもう無い物が妙に恋しくなってしまったのだ。


「姉も父ももう私にとって家族じゃなくて、もちろんやり直すなんて選択肢もない。あの人は色々と暴走するし説得するのもすごく骨が折れるし疲れるけど、私と結婚して子供が出来たとしたら……新しく家族になった時にこの人なら絶対に自分たちを愛し続けてくれるだろうって思ったんだ」


 このまっすぐな人と結婚すれば確実に手に入り、そしてもう無くなる事は無いだろう。

 そんな打算的な考えで私はあの人の告白を受け入れたのだ。


「最終的に姉さんに騙されたとはいえあの人は私を捨てたけどね」


 もし彼と私の関係が夫婦になっていたら結果は変わっていたかもしれない。

 でも現実ではあの人は私を捨てて姉を選んだ。


「あの人の事を心の底から愛してたとかいう訳じゃないから、それに対する罪悪感というか……あの人が本気で私を好きだって言ってくれているのに私は自分勝手な理由で告白を受け入れていたから、多少疲れるくらいは仕方ないかなって思ってた。私があの人の気持ちを利用してる事を考えればちょっと頭が弱い所もまあ可愛い物かなって。側近の人達も優しかったし、騒動が起こった時も協力してくれていたから何とかなるだろうって思って……」


 こうして口に出してみると私は結構自分勝手だ。

 自分の欲しい物の為に相手の感情を利用する所はやはり姉妹というか、姉と似ているのかもしれない。

 

「……俺もその感情は身に覚えがある」


 そう呟いた蘇芳さんの方を見ると、ずっと私の方を見ていたらしい彼と目が合う。

 ただその視線の先は私ではなくどこか遠くを見ているような気がした。


「俺の父は俺が幼い頃に病でこの世を去った。君と同じで父が生きている間はそれなりに家族としてやっていたと思う。ただ父が死に、母を後見人として兄が領主を継いだ時から俺には家族というものがいなくなった。兄は俺に興味が無くなり、母は俺に憎しみをぶつけてくるようになったからな……こう話すとどこか君の家と似ているな」


 遠くを見ていたような視線が戻ってきて、今度こそ彼の視線が私をしっかりと見つめる。

 その瞳が少しだけ細められて、泣きそうなのか笑顔なのかよくわからない雰囲気に変わった。


「失った家族はもう戻らない、俺にはもう家族というものは無くなったんだなと思っていたが……そうか、家族というものは新しく作る事も出来たのだったな」


 先ほどまでの怒り混じりの雰囲気が消えて、どこかしみじみとした様子でそう呟く蘇芳さん。

 一つ息を吐き出してから、もう一度私の方を見た。


「撫子」

「なに?」

「その男とやり直すつもりが無いのなら、これはもういらないな?」

「えっ」


 どうやら怒りが消えたと思ったのは私の勘違いだったらしい。

 手に持った元婚約者からの手紙をひらひらと揺らす蘇芳さんの瞳は今も少し据わっている。

 私が思わず疑問の声をあげたせいか、その視線が更に強くなった。


「……読みたいのか?」

「いや、いらない、いらないけど。ただ私に不利な事が書かれていたら困るから一度は目を通しておかないとまずいかなって思っただけで」

「なら俺が読む」

「えっ」

「もしその男が何か企んでいても文面からそれを読み取る自信はあるが……問題でもあるのか?」

「……無いです、どうぞお読みください」


 私の答えを聞いてすぐに手紙を広げ読み始めた蘇芳さんを見ながら、複雑な気持ちになる。

 自分宛ての復縁要請の手紙を蘇芳さんが読んでいる現状に胃がキリキリと悲鳴を上げた気がした。

 今日は妙に蘇芳さんが強引だがどうしたのだろうか、また何か抱えていないと良いのだけれど。

 

 蘇芳さんが封を解いた手紙は、びっしりと文字が詰まっている様だった。

 桔梗曰く「俺を許してまた支えてほしいとしか書かれていない手紙」らしいがあのびっしりと書かれた文字全てそんな事が書いてあるのだろうか。

 しばらく文字を追っていた蘇芳さんの目がだんだん据わってきている気がして、居心地が悪くなってくる。

 この状況はいったいなんなのだろう、再度頭の中に浮かんだ疑問に答えてくれる人はいない。

 彼が読んでいる間に別の事をするわけにもいかずじっと座って待っていると、読み終わったらしい蘇芳さんは手紙をテーブルの上に置いて無言で立ち上がり足早に部屋を出ていった。


「す、蘇芳さん?」


 何か彼が出ていくような事をしただろうか、それとも何かまずい事でも書かれていたのだろうか。

 不安になってソファから立ち上がった所で蘇芳さんが自分の部屋から戻って来た……刀を持って。

 ぎょっとした私の視線の先で蘇芳さんが手紙を取り、空中に投げて刀を振った。

 紙片がひらひらと空を舞う。

 漫画やアニメなんかでたまに見るシーンが自分の目の前で繰り広げられたことに呆然としていたが、蘇芳さんが刀を鞘に納めた音でハッと我に返る。

 床に散らばる元婚約者からの恋文だった物。


「あの、蘇芳さん。言い辛いんだけど、この部屋基本的に物は壊れないというか、壊れてもすぐに元に戻るから……」


 そう言った私の目の前で手紙は修復され、何事も無かったかのように封を解く前の状態に戻ってしまった。

 さっき私が握り潰して慌てて伸ばした桔梗からの追伸の手紙も、今は皺一つなく元通りになっている。

 幸い蘇芳さんが作った木彫りの置物などは木の状態に戻る事は無いので、便利な機能だなと思っていたのだが。

 桔梗を怒らせ、蘇芳さんがズタズタに斬り裂くほどの手紙……読んでみたいようなそうでないような。

 修復されてしまった手紙を拾い上げた蘇芳さんに慌てて声を掛けた。


「か、返そう? 送り返すよ。幸い読む前の状態に戻ったし、読む必要性を感じないので開けませんでしたって事で」

「……ああ」

「何か不利になりそうな事って書いてあった?」

「読んでいて頭痛がしてきそうな文面ではあったが、そういったことは書いていなかった」


 良かったような悪かったような複雑な気持ちだ。

 蘇芳さんが箱の中に手紙を放り込んだのを見て、桔梗への返信用の紙を取り出した。

 この箱は時間経過で外の世界に戻るらしいので、箱がある内に手紙を書いて中に入れなければならない。

 久しぶりの筆だが大丈夫だろうか、面倒だからとボールペンばかり使っていたので少し怖い。

 隣に腰掛けてきた蘇芳さんの顔を見て、声を掛ける。


「蘇芳さん、手紙の内容考えるの手伝ってくれる? 私、出るならあなたと一緒じゃなきゃ嫌だから上手くいくような文面を考えたいんだけど」

「……ああ、ありがとう」


 少しだけ口角を上げた蘇芳さんにホッとしつつ、筆を墨に浸す。

 これ以上元婚約者の件で蘇芳さんとピリピリした空気になるなんて御免だ。


 過去にあの人に申し訳ないと思っていたのも、恋愛感情では無くてもちゃんと好きだと思っていたのも本当の事。

 でも、フォローに走り回るのに疲れていたのも事実。

 自分勝手だと思われても良い、もう彼と復縁する気はない。

 そもそも自分を殺そうとしてきた人間と新しく家族になんてなれるわけが無いのだ。

 元々ダラダラする事の方が好きだし、好きだから、何かをしてもらっているから、やらなくてはいけない事だから……そういう理由が無いのなら疲れる事はしたくない。

 前世の出来事の大半は忘れてしまっても、あのブラック勤めの時にズタボロになった時の事はよく覚えている。

 何をやっても責められて、利用されて、ボロボロになっていく体と逃げる気力すら湧かなくなった心。

 あんな状態には二度となりたくないし、どうせ頭を使ったり体を動かしたりするのならば好きな物のためがいい。

 例えば蘇芳さんと共にここから出るための文面を考えるために、とか。

 前世から、ずっとずっと好きだった人。

 キャラクターとして好きだった前世、一人の人間として好きになった今。

 この人の為に動く事に対しては一切疲れないのだから、私はやっぱり自分勝手なんだろう。


「そういえばここからもし出る事ができた時、そこには君の元婚約者がいるのだろう? 会話は確実に求められるのではないか?」

「あ……」


 何から書こうかと考えていると、隣に座る蘇芳さんがそう言ってきて脱力してしまう。

 疲れる事はしたくないが、ここから出た際にあの人と会うという事は、色々と説得しなけらばならないという事だ。

 ようやく彼の後始末から解放されたのにまたあの疲れる説得をしなければならないのか。


「もう出なくていい気がしてきた」

「……俺はそれでもかまわないぞ」


 どこか面白そうにそう言った蘇芳さんはもういつもの穏やかな雰囲気に戻っている。

 そのことにホッとしつつも、桔梗に送る手紙を書くために筆を紙に走らせた。



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