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追伸

 蘇芳さんが不機嫌になる事は少ないとはいえ今までもあったが、こんな怒り混じりの不機嫌さは初めて見る。

 思わず彼から離れるために体を引いたが、腰に回った彼の手がピクリとも動かない。

 固定された鉄の棒か何かだろうかと思うほど一ミリたりとも腕の拘束が緩まない事に、ここまで力の差があるのかと驚いた。

 いつも私が用事があったり遠くのものを取ろうとした時にスッと簡単に手や体を離せるのは、彼が気遣ってくれているからなんだろう。

 ある程度の力の差があることはもちろんわかっていたが、彼に離す意思が無いとこんなに動かないものなのか。

 どのみち彼の腕から抜け出したとしてもこの閉鎖空間では逃げ場なんて無いけれど。

 後頭部に回された手は外されていたので彼の顔を見上げるとその視線は少し離れた床の方へと向いている。

 おそらく彼の見ているあたりに桔梗からの追伸の手紙が落ちているのだろう。

 少し無言の時間が続いた後、蘇芳さんは私から離れて先ほどまで見ていた辺りに向かって歩き出した。

 落ちている手紙を拾い上げた蘇芳さんの後ろ姿を見ながら、余計な事を、なんて思ってしまう。

 もちろん蘇芳さんや桔梗にではなく元婚約者に対してだ。

 あの人が余計なことを望んだせいで、蘇芳さんに抱きしめられて頭を撫でられるなんていう幸せな時間が終わってしまった。

 好意を自覚した相手からの抱擁という嬉しい時間の終わりが嫌いな相手のせいだと思うとイラっとする。

 もう二度と関わる事の無い筈だった相手から、全力で拒否したい案件が来たというだけでも不快だというのに。

 湧いてきた微かな怒りを顔に出さないようにしつつ、彼が拾い上げた手紙の内容を思い起こす。

 腹だたしさと信じられなさで数回読み直したので、蘇芳さんに抱きしめられた驚きで頭から飛んでしまっていた内容はしっかりと思い出す事が出来た。


「追伸

 撫子様の元婚約者である領主様ですが、撫子様との復縁を望まれています。

 時間がありませんので簡単に書きますが、現在領主様はその身分を剥奪されるか否かの瀬戸際におります。

 ただし色々な事が重なりあった結果、撫子様が生きており外に出た際に領主様と夫婦になった場合、彼は領主の立場を継続していく事になりました。


 これは私の主観でしかありませんが領主様は撫子様に未練たっぷりです。

 撫子様は大体の事を仕方ないから次は気を付けて、と言いながらずっと領主様を支え、協力しておられましたから。

 今回の件では一番の協力者にならなければならないはずの領主夫人である撫子様のお姉さまは、協力する事も無く自身の主張を繰り返していたようです。

 それに疲れてしまったようですね。

 私と話している間も、撫子ならば支えてくれたはず、もしも彼女が生きているならばまたやり直したい、などと言っておりましたから。

 撫子様が領主様が起こす様々な騒動を許して手助けしていた事がすっかり裏目に出てしまっている様ですね。

 あなたをその場所に投獄する決定をしたのは自分だという事を忘れて、いえ、覚えてはいるのですがあなたならば許してくれると思い込んでいる様です。

 領主様の性格を知っていらっしゃる撫子様なら、どうして彼がこんな発想になるのかわかると思いますが。

 

 撫子様が一番気になるであろう国の事ですが、心配はいりません。

 国には今二つの選択肢があります。

 一つは領主様が撫子様と結婚し、他国の援助を受けながら再度やり直すというもの。

 もう一つが私が嫁いだ国がこの国を傘下に、というよりは実質私の方の国として合併し領主夫婦や上役の方々、神職の方々にはそれなりの対処をさせていただくというものです。

 正直に申しますと撫子様が投獄された時と世界情勢は大きく変わり、現在私が嫁いだ国の方が私とあなたが生まれ育った国よりも数倍上の立場です。

 国の現状、国力、民の意思、それらすべてを考慮しましたがそれも可能だという事になりました。

 私の夫はこの国に無理を強いる気はなく、私が嫁いだ国も領地が広がっても問題が無い程度に潤っておりますので、この国の人達にとっては治める人間が変わるだけになるかと思います。


 私から見ても撫子様はほとんどの事をまあ仕方ないかですませてしまう所がありますので、国のためを思って領主様との復縁を受け入れてしまうかもしれない可能性を考え、こっそりこの手紙を入れておきます。

 別の国の領主の妻としての立場ではあなたの決定を覆す事は出来ませんし、責める事も出来ません。

 ですがあなたの親友として言わせていただけるなら、撫子様が領主様との復縁を望まれる際はあなたの頬を張ってでもお止めしたいと思っております。


 そうそう、領主様が入れてくれと言っていた貴方宛ての恋文は一応入れておきましたが、恋文という名の俺を許してまた支えてほしいとしか書かれていない手紙ですので、撫子様がどうしても彼と復縁したいと思わない限り見なくてもよろしいかと思います。

 私の心情といたしましてはすぐに彼から領主の座を剥奪してしまいたい所ですが、撫子様を出すためには過去に結界を作成した人間の子孫である領主様の力が必要なのです。

 撫子様をそこから出す時には彼の立ち合いが必須ですので、どうしてももう一度顔を合わせる事にはなってしまうかと思います。


 どちらにせよ、まずはあなたが生きているという事実が欲しいです。

 撫子様から無事であるという返信を頂ければ、国の現状を更に詳しく書いた手紙をお送りいたします。

 返事をお待ちしております。


 返事ですがまず私の所に届くことになっておりますので、領主様にはその後にお見せ致します。

 私にだけ伝えたい事等あれば別の紙の方に書いて入れてくださいませ。

 それと私のこの口調や書き言葉はもう癖のようなものですので、私の身分が上がったからと言って撫子様まで丁寧に敬語で書いて来るのはやめてくださいね。

 親友として悲しくなってしまいますので。

 ……桔梗より」


 まず私が敬語で手紙を出して桔梗にも砕けた口調になってもらおうと思った事が完全にバレている事に対してツッコミたい。

 長年の付き合いで相手の事を理解しているのはお互い様のようだ。

 せっかくのチャンスだったが、今回先に動いたのは桔梗なのでこればかりは仕方が無い。

 それにしても元婚約者の楽観的な考えには眩暈がした。

 いやこういう人だとわかってはいたけれど。

 基本的に穏やかな性格の桔梗の怒り具合が文面から伝わってくる辺り、元婚約者がこの手紙に書ききれないくらいのイラっとする発言をしているとみていいだろう。

 初めは短く済ませるつもりで書き始めたであろう追伸の手紙は後半に行くにつれて文字が小さくなり、ぎりぎりの所で紙に文章が収まっている。

 書いている内に桔梗にも怒りが湧いて来て、最初に書こうと思っていた予定よりも長くなってしまったのだろう。

 そして桔梗の今の身分が怖すぎる、主人公ってすごい。

 これはいくら桔梗が拒否しても公共の場では敬語で話す事を許してもらわなければならない。

 まあその辺りは桔梗もわかってはいるだろうけれど。


 そしてそんな事が書かれていた手紙を拾った蘇芳さんはそれをしばらく見つめた後、手紙を持ったままソファの方へ戻り、箱の中をしばらく探った後にまた別の手紙を取り出した。

 表面に書かれた「撫子へ」の文字には見覚えがある。

 その文字……元婚約者の筆跡を見ただけでなんだか嫌な気分になった。

 おそらく箱の中でもかなり目立たない所に入れられていたのだろう。

 桔梗からの手紙を取った後は箱の中をよく見ていなかったので気が付かなかった。

 読まなくていいのに、という桔梗の気持ちが強く伝わってくる。


「……君から見て、元婚約者はどんな男だったんだ?」

「え?」


 桔梗の無言の主張に苦笑していると、小さな声で蘇芳さんがそう問いかけてきた。

 持った手紙をひらひらと動かしている彼のオーラが少し怖い。

 心なしか声もいつもより低い気がするし、目も据わっている。


「こんなところに放り込んだ君に復縁を申し込むという、考えられないような事をする男はどんな男なのかと思ってな。前にも軽く聞いた事があったかもしれないが」

「ああ……あの、信じられないかもしれないけど」


 じっとこちらを見ながら無言で続きを促してくる蘇芳さんを見返しつつ口を開く。


「その、例えばだけど私とあの人の立場が逆だった場合、私が心の底から謝ればあの人は笑顔で私の事を許すと思う」

「…………は?」


 流石に驚いたらしい彼の目がいつもより少し丸くなった。

 パチパチと瞬きを繰り返す彼、驚いた時にするこの仕草は毎回何だか可愛くて良い物を見た気分になる。

 ……話題は全然良い物ではないけれど。

 一つため息を吐いて、あまり思い出したくない元婚約者との日々を思い出した。


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