親友からの手紙
桔梗の花が添えられた撫子色の箱、そっと蓋を取れば手紙らしきものが数枚と紙や筆が入っていた。
手紙を手に取りソファへ座れば、隣に蘇芳さんも腰掛けて来る。
見られて困るような事も書いていないだろうと、隣から覗き込む彼と一緒に手紙の綺麗な文字を追った。
「撫子様へ
突然のお手紙、いえ、こちらからの干渉に驚いていらっしゃると思います。
本来ならば無事ではすまないであろう長い時間が過ぎてしまった永遠の幽閉の罰ですが、撫子様が最後に私と会話をして下さった時の事を思い出せばきっと無事なのではないだろうかと、そう思う事が出来ております。
楽しくやる手段があり発狂したりはしないと断言できる、撫子様が私に向かってそう言ってくださった時の顔。
時が経ち冷静になってみれば、あの笑い方は撫子様が本当の事を言っている時の表情だと気が付く事が出来ました。
ご存じなかったかもしれませんが、撫子様がこれを試してもらえないだろうかと色々な提案を持ち掛けてくる時、使用人達の間ではあの笑顔の撫子様に言われた時は大丈夫だと言われていたんです。
その笑顔と同じという事は、今あなたが無事であることに確信をもっていいのではないかと思っております。
撫子様があの時逃がしてくれた西の国で、私は今幸せになっています。
色々あって私の身分が西の国の姫に当たるという事が判明し、撫子様の使用人として働いていた数人の同僚と共に西の国に移り住みました。
現在はその西の国と深くから親交のある国の方とご縁がありそちらへ嫁いでおります。
あなたの事ですからもしかしたら私の身分について知っていたのでは、なんて考えたりもしています。
撫子様が投獄されてからこちらは色々と変化がありました。
現在、私とあなたが共に生まれ育った国は危機に陥っております。
生産率の低下、そして国の金銭面での危機に関しては私も他の使用人達も想定はしておりました。
けれど今一番の問題になっているのは結界の機能がどんどん失われている事です。
結界の弱体化については私達も、そして領主夫婦のお二人も想定外の事だったと思います。
維持者であるはずの撫子様のお姉さまがいるにもかかわらず、現在結界は国を覆う範囲を狭め、防御力を落としています。
町の中を魔物が走り回り、その対応をしようにも金銭や人手の不足により防衛も上手くいっておりません。
現状を打破すべく領主様が他国へと助けを求めた為、私の嫁いだ国へも援助の依頼が来ました。
私、一つだけ思い出した事があるのです。
維持者選定の儀式の時、あの鏡が光を伸ばし撫子様のお姉さまが選ばれました。
けれどあの時お姉さまの後ろには撫子様がいらっしゃったことを隣で見ていた私は覚えております。
もしもあの光が人体に当たったら止まってしまうのだとしたら、と考えました。
結界の弱体化が始まったのは、撫子様が投獄されてしばらくしてから。
もしも結界の維持者がお姉さまではなく撫子様であったなら、現状の説明が付く気がしました。
ですがあくまでこれは私の想像。
そしてその考えが正しかったとしても、撫子様はもう永遠の牢獄の中。
どうする事も出来ないと思った時、偶然にも嫁ぎ先で見つけた隠し部屋に過去の書物が残されていたのを見つけたのです。
蘇芳色の服を着た囚人の話、覚えていらっしゃいますよね。
書物はその囚人の兄であった当時の領主と部下によって書かれていました。
私達の時代に維持者として伝わっていたのは当時の領主ですが、実はその蘇芳色の囚人の方こそ結界の維持者だったことが判明した、そう書いてあったのです。
その書物には何とかその囚人を牢獄から出すべく、領主と部下が生涯をかけてその永遠の牢獄を研究した結果が載っておりました。
途中で終わってしまっていたその研究を夫と共に完成させ、ようやくあなたをそこから出す手段を見つけたのです。
ちょうど援助の依頼の話が来ていた事もあり、夫と共にあなたと過ごした国へ向かいました。
色々と証拠を集め、撫子様が冤罪であることを証明する事が出来たのです。
領主夫人になっている撫子様のお姉さまは、あなたを陥れようと嘘をついた事を認めました。
現領主でもある撫子様の元婚約者様は酷く動揺しておられたようです。
私達は援助と引き換えに国中にあなたの無実、そして本当の結界の維持者である可能性が高い事を公表するように要請致しました。
神職の方々はあの鏡の儀式の間違いを認められずにしばし騒いでおりましたが、領主様が押さえこまれたようです。
現在、私達が完成させた研究の手段を用いて撫子様をそこから出そうと計画を進めている所です。
準備に時間がかかってしまうので今すぐと言う訳にはいかないのが心苦しいのですが、楽しくやる手段があると言っていた撫子様の事を信じてこの手紙を送ります。
無事であるならば、箱の中に返事を書いた手紙を入れてほしいのです。
紙や筆などはその箱に入れておきました。
箱に入る大きさの物だけですが、私とやり取りする事が可能です。
もし聞きたい事や欲しい物があればお答えいたしますし、お送りいたします。
撫子様がこの手紙を読んでいる事を心から願っております。
また、あなたとお話がしたいです。
一緒にお茶会がしたいです。
撫子様に会いたいです。
どうかご無事であります様に、届いております様に。
桔梗より」
相変わらず丁寧だな、なんて少しずれた事を考える。
何度お願いしても直らなかった彼女のこの丁寧な口調は文章になっても変わらない。
彼女が西の国の姫だった以上は私よりも身分は上、返信は私も敬語で書く事にしよう。
彼女の事だ、私に敬語をやめる様に返事を書いて来るだろう。
そうしたらお互い様という事で彼女にも普通に話してもらえるかもしれない。
それにしても、流石主人公と言うべきか。
少ない材料で私が維持者であることに気が付き、最高のタイミングで研究書を見つけて。
その研究を完成させて、尚且つ冤罪まで晴らしてくれている。
私は何もしていないのに全てが勝手に解決されていた。
そもそもその研究書を保管していた隠し部屋がある国へ嫁いでいる時点ですごいとしか言いようがない。
私が蘇芳さんと一緒に過ごしている事はわからないはずなのに、しっかり蘇芳さんの事も書いてある手紙。
最後の文章をそっと撫でる。
私も会いたいよ、と心の中でだけ親友へ向けて呟く。
どうやら私の引きこもり生活は本格的に終わりを告げてしまうようだ。
返信を書かなければならないが、桔梗に蘇芳さんの事を説明してどうにか外に二人で堂々と出られるようにしなければ。
頼む相手が彼女だというだけで大丈夫な気がしてくるのだから、頼りがいがありすぎる。
苦笑いしながら返信用の紙に手を伸ばそうとした時、手に持っていた手紙の間から紙が一枚滑り落ちる。
「あっ」
空中でひらりひらりと左右に揺れて少し離れた床の上に落ちた紙を慌てて拾いに行く。
さっきまで読んでいた便せんよりも一回り小さい紙だ。
近づくと上の方に追伸、と書かれているのが分かる。
拾い上げようとしてその文章が目に入って目を見開いた。
「……は?」
急いで拾い上げてそこに書かれている文章に初めから目を通した。