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希望

 時計が示す時刻が夜になったので蘇芳さんは部屋へと戻り、私は寝る準備を済ませてから部屋の明かりを一つだけ残して消した。

 維持者だと自覚した日に暗闇でほとんど周りが見えず怪我をしたので、あれ以来部屋の明かりは全て落とさずに小さな電気だけはつける様にしている。

 布団に潜り込んでからいつも通り寝る前に少しゲームでもと思ったのだが、ベッドのそばに置いた木彫りの鳥と目があった気がしてそちらを見た。

 ベッドサイドの棚の上にあるその鳥をチョンとつついて笑う。

 今度蘇芳さんがこの子用の鳥かごを作ってくれるらしい。

 貰ってばかりだと悪いし何かお返しをしたいのだがパソコンで出した物は二人の共有物のような物だし、手作りの物に対してのお礼としては味気ない気がする。

 だったら私も何か作ってみようかなと思い、ゲームではなくパソコンの方を引き寄せる。

 何か置き物……いや蘇芳さんの方が絶対に上手い。

 知識が一切無い状態から図面を見ただけであの時計を作ってしまった蘇芳さんに中途半端な物を渡すのは避けたい所だ。

 私が得意な物で何かないだろうかとパソコンで検索しながら考える。

 組紐とかどうだろうか、編み方はわかるし作ってみようか。

 髪を束ねる事も出来るし刀の下げ緒にしたりも出来る、いくらでも使い道はあるだろう。


「よし」


 頭の中でどういう色合いにしようかなんて考えながら、材料を購入していく。

 明日の夜からゲームは少し休んで編み始めようと決めてちょっとワクワクしながら笑う。

 紐を編み始めるのは夜からだとして明日の昼間は何をしようか、なんて考えた時、この前見た外の世界の様子が頭をよぎった。


「……魔獣か」


 組紐の材料をベッドサイドにある棚に入れてから、何となく鳥の置き物を手に取って呟く。

 部屋は別だがあまり大きな声だと蘇芳さんを起こしてしまうかもしれないし。

 ……それにしてもあの町の惨状は予想外だった。

 まさか魔獣があそこまで我が物顔で歩き回っているだなんて。

 そもそも国の魔獣に関する対策はどうなっているのだろうか。

 結界が復活してからは出番が無かったとはいえ、結界の機能停止中は国の防衛をしていた部隊がいた筈なのに。

 元々結界の無い他国の部隊に比べれば腕は落ちるが、それでも強い人たちの集まりだったはずだ。


「……そういえばあの部隊の隊長さんも結構厳しかったっけ。いかにも姉さんが嫌いそうな感じの」


 頭に浮かんだおそらく当たっているであろう予想に頭痛がしてくる気がして頭を押さえる。

 とはいえ国があの状態ならば、隊長さんも呼び戻されてはいるだろうが。

 まだ本格的に結界が消えた訳では無いだろうと蘇芳さんは言っていたが、時間の問題であることに変わりはない。

 自分が維持者だと知った時に町に危険が訪れる可能性は考えていたが、まさかここまで国が対応しきれないとは。

 前に考えていた通り姉が足を引っ張ったとしか思えない。

 桔梗はどうしているだろうか、彼女の身分さえ明らかになっていれば国ごと亡びるような事は無いとは思うのだが。


「……明日、もう一回町の様子見てみようかな」


 別に何かが出来る訳では無いのだが気になってしまう。

 蘇芳さんがいてくれて良かった。

 私も政治に関しては領主の妻になるという事で必死に勉強したとはいえ、ほんの一年程度だ。

 ずっと政治に関わって来た蘇芳さんの知識には遠く及ばない。

 彼の見解で希望が見えてくるとホッとするし、あの町の状況を一人で悶々と受け止めるのは苦しい。

 蘇芳さんは私の存在を救いだと思っているようだが、私にとっても蘇芳さんの存在は救いだ。

 元婚約者と付き合っていた時は、なんやかんやと暴走しがちだった婚約者のフォローに必死だった気がする。

 なまじ説明すればわかってくれる人だったせいもあって、彼が正義感故に暴走して間違った事をしそうになった時は必死に説得していた。

 あの時はまあそういう所も可愛いからなんて思っていたが、今思い返すと結構無理をしていたんだなと思う。

 蘇芳さんと過ごす日々は穏やかで、すごく楽だ。

 基本的に思慮深い蘇芳さんとは話していても楽しいし、自分では思ってもみなかった意見が聞けたりしてすごくためになる。

 いきなり抱きしめられたりしても彼の生い立ちを考えれば仕方が無いと思えるし、最近ちょっとずつ距離を縮めて来ているアプローチのような物も私が嫌だなと思う範囲には決して入って来ない。


「……幸せだなあ」


 前世で理不尽に追い詰められながら働き、それがやっと終わると思ったら生も終わってしまった。

 そして今世では身分が高かった為に仕事量も多く、姉の後始末や婚約者のフォローに追われて。

 自分から苦行の道に進んでいた気もするので自業自得なのかもしれないが、この空間に来てからようやくゆっくりと過ごせている気がする。

 一人で過ごした最初の二週間も好きだったが、蘇芳さんと過ごす今の日々の方がリラックス出来て心地いい。

 だからこそ外の世界の結界の件での解決策が早く見つかって欲しいと思う。

 心のどこかにあの寂しい光景が引っ掛かったままでは、何も気にせずに穏やかに過ごす事は出来ない。

 明日見た時に色々と改善されていないだろうかなんてありえない事を思いつつ、手の中で転がしていた小鳥を一撫でしてから元の場所に戻して布団を引き上げる。

 紐を編むのは明日からにしようと決めたし、ゲームをする気分でもなくなってしまったのでもう寝てしまおう。

 外の様子を見るのは不安だけれど隣には蘇芳さんがいる。

 彼とくっついた状態ならば落ち着いて見る事が出来るはずだ。


 次の日になって私が外の様子を見ても良いかと聞いた時、一瞬驚いたような空気を出した彼だがすぐに頷いてくれた。

 ソファに腰掛けた蘇芳さんの隣に座り、何となく自分から彼に寄り掛かる。

 回された手や密着してる部分から安心感を貰いながら外の様子をスクリーンに映した。


「あれ?」

「町の中では無いな。領主の屋敷か」

「……町の様子が見たかったのに。これどういう基準で選ばれた映像が映ってるんだろう?」


 この前見た時には町の様子が映されていた画面には領主の屋敷の一部、前にも見た事がある他国からの使者を迎える部屋が映っている。

 中にいるのは二人、元婚約者と姉だ。

 今まで見た事が無いくらい怖い顔をした元婚約者が姉に向かって声を張り上げているように見える。

 首飾りを胸の前でぎゅっと握りしめている姉はそれに反論する様に何か言い返しているようだ。


「喧嘩中かな?」

「そのようだな。それにしてもずいぶん部屋の中が寂しくなった気がするが」

「え? あ、本当だ」


 他国の使者を迎える部屋だけあってそれなりに飾り付けられていた部屋の中からは調度品等がほとんどなくなっていた。

 よく見れば元婚約者も以前は着けていた装飾品を着けていない。


「おそらくだが、他国へ色々協力してもらうための金策に使ったのだろうな」

「ああ、そっか。じゃああの人が姉さんに向かって怒ってるのは、姉さんが握りしめてる首飾りの事かな。こういう時のためにある筈なのにまだ手放してないんだ」

「あの首飾りに何かあるのか?」


 姉が握りしめている首飾りにはどこからどう見ても高そうな美しい装飾が施されている。

 私も一度あの人と婚約していた時に見せてもらった事がある物だ。


「あの首飾りは代々領主の妻に引き継がれる物だよ。かなりの高級品なんだけど、引き継がれる理由が国に何かあった時にそれを売ってお金にするためなんだよね。領主をそばで支える妻だからこそ引き継げるって物なんだけど。基本的には部屋で保管して、大きな行事以外では着けない事になってるはずなんだけどなあ」

「しっかり首にかけているし、今がその何かあった時だと思うが」

「手放したくないみたいだね」


 首を横に振って首飾りを握り締める姉の瞳は涙で潤んでおり、への字型に引き結ばれた唇も普段ならば同情してしまうほどの悲壮感に溢れている。

 父親もあの顔に弱くて大体の事は何でも許していたっけ。

 ただあれは姉が自分の我が儘を通す時の最終手段だと知っている身としては、アホらしい以外の感情は浮かんで来ない。

 ただいくら夫と言えど流石に国の一大事にその顔は効かないらしく、画面の中の元婚約者は引く様子は見せずに首飾りを指さして何か言っている。

 それでも首飾りを離さない姉の瞳が逃げるように入り口の方に向き、驚いたように見開かれた。

 姉の様子を見た元婚約者もそちらを振り返り、慌てて頭を下げる。


「誰か来たみたいだね」

「援助を頼んでいる他国の要人と言った所か……ん? 君の姉、客の方を睨んでいないか?」

「え?」


 そんな馬鹿なと思ったが確かに入り口の方を睨みつけるように見ている姉に驚く。

 流石にこの状況で自国の助けになるかもしれない客人を睨みつけるなんて、いくら姉でもしないはずなのだが。

 画面の中に入室して来た人間が映り、それが男女二人組だという事が分かる。

 先に入室してきた男性の後ろにそっと寄り添うようにして立つ女性。


「あっ!」


 彼女の顔が見えて思わず立ち上がる。

 立ち上がった事でスクリーンとの距離が近くなり、女性の顔が更にしっかりと見えた。

 私がここに入れられた日に見た、彼女の涙に濡れた瞳を思い出す。

 あの時とは違って穏やかな笑みを浮かべ、背筋をピンと伸ばして立つ女性。

 

「桔梗……」


 小さい頃から一緒にいた親友の姿を久しぶりに見て懐かしい気分になる。

 桔梗の前に立つ男性もどこかで見たような気がしたが、確か前世で見た乙女ゲームのパッケージに描かれていた男性だと思いだした。

 まだ未プレイだったので詳しくはわからないが、パッケージに載っていたという事は、桔梗が主人公だった乙女ゲームの攻略対象の一人という事だろう。

 二人が寄り添う様子はとても仲睦まじく見える。

 あの人が桔梗の選んだ人かと気が付いて、思わず笑顔が浮かんだ。


「そっかあ、おめでとう桔梗」


 じんわりと胸に温かい物が浮かんできたような気がして、届かない事はわかっていたがそう口にする。

 この状況でなければお祝いの品でも送りたい所だ。

 彼女が来てくれたならもう国は大丈夫だろう、領主夫婦はどうなるかは知らないが。

 心配事が一気に解決したような気がしてホッと息を吐いた。


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