今はまだ曖昧な関係
外の状況を見て一度様子がおかしくなった蘇芳さんを心配していたのだが、なんだか妙な事になっている気がする。
あの日から何日か経過したが、変に距離が近い。
いや、元々密着して座ったりはしていたのだが押され気味というかなんというか。
今もいつもの様に二人でソファに座って私はゲーム、蘇芳さんは映画を見ているのだが。
ちらりと視線だけを下に向ける。
密着具合がいつもより多いのに加えて腰に彼の手が回っているのが視界に映った。
視線を彼の方へ動かしても涼しい顔で映画の方を見ている蘇芳さん。
カップルの家デートか何かかな、なんて事をちょっと現実逃避しながら思う。
最近こんな感じで前よりも触れている個所が多く、友人同士じゃ絶対にしないようなくっつき方が増えて来た。
流石に色々察する所はあるが、彼は何も言ってこないので特に私から何か言ったりもしていない。
彼の事は嫌いでは無いし、こういう風に触れられても全然嫌悪感は無いので特に問題は無いだろう。
……そう思っている時点で私の心も決まっているような物なのだが。
それにしても触れている人間が違うだけでこんなに気持ちって変わるのか。
前世でブラック勤めしていた時に上司に同じように腰に手を回された時は嫌で嫌で仕方なかったのに。
あの時の事は思い出したくも無いし良い思い出など一つたりとも無いが、あの経験があるせいか大体の事は受け流せるようになったのはまあ良い事だろうと思っている。
あの時の追い詰められていた感覚に比べたら大体の事はまあ良いかで済ませられるようになったし。
ただ私に死ねと言って来たも同然な姉と元婚約者に関しては流石に受け流せないどころか、怒りが湧いては来るのだが。
「撫子」
「え?」
「それはどんな物語なんだ?」
いつの間にか私の手元のゲーム機に目を落としていた蘇芳さんがそう問いかけて来る。
……私が彼の気持ちを何となく察している理由の一つがこれだ。
この前、同じ質問をされた時に私がやっていたのは乙女ゲーム。
それを正直にこの物語の中の登場人物と恋愛するゲームだと説明した所、彼の機嫌が物凄く悪くなった。
この人は普段がほぼ無表情なだけあって、機嫌の悪いオーラを漂わせていると非常に怖い。
それ以来私がゲームをしていると毎回この質問をされるようになった。
乙女ゲームだと機嫌が悪くなるので、最近は昼間蘇芳さんがいる時は別のゲームをするようにしている。
因みに乙女ゲームは彼が自分の部屋に戻った後、夜にベッドの中でこっそりとやっているのだがそれは口が裂けても言うまいと心に決めた。
せめて今やっている物をクリアするまでは続けたいと思っている。
まあまだ一人目のエンディングを見ただけなのでクリアまでは遠そうなのだが。
「この間蘇芳さんがやってみたいって言ってた物作りのゲームと同じ物だよ。蘇芳さんが遊んでいた時は大きな画面のだったけど、これも同じ内容」
「ああ、あれか」
基本的に蘇芳さんはあまりゲームをしないのだが、物を作るのが好きなようで楽しそうにやっていたのがこのゲームだ。
ただゲーム自体はしばらくしたら止めて、私に色々と作りたいから材料を貰えないかと言って来た。
元々木を削ったりして物を作るのが好きだったらしい。
蘇芳さんが欲しいと言った物を揃えて渡した所、夜自分の部屋に戻った時に色々と作っていた様だ。
完成したら見せてくれるとの事で楽しみにしているのだが……そろそろ何か出来たのだろうか。
「蘇芳さん、この間の材料ってもう何か出来たの?」
「ああ、いくつか出来ているぞ。見るか?」
「蘇芳さんが良いなら」
待っていろと立ち上がった蘇芳さんは自分の部屋の方に行った後、すぐに袋を抱えて戻って来た。
さっきまでと同じ様に隣に座った彼が、袋の中から木製の置物をいくつか取り出したのを見て驚く。
「わ、可愛い! すごい、こんなに綺麗に作れるんだね」
手彫りで作られたであろう鳥や犬猫の置物は、すごくリアルで可愛らしい。
触っても大丈夫だというのでそっと鳥の置物に手を伸ばす。
大きさやデザインが幼い頃飼っていたあの小鳥に似ていて懐かしい気分になった。
「鳥が好きなのか?」
「子供の頃に飼ってたんだ。この子にそっくり」
そっと手の平の置物を撫でる。
姉が毒さえ盛らなければもう少し長く生きてくれたのかもしれないあの子。
手に乗せた時のチョンと触れる足の感覚を思い出して懐かしい気分になる。
「……気に入ったのなら、良ければ貰ってくれ」
「え? ああ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」
「いや、そもそも材料は君に出してもらった物だしな。それに俺も君に貰ってもらえると嬉しい」
そう言って少し口角を上げた蘇芳さんに、戸惑いながらもお礼を言って手の中の小鳥を見つめる。
「大切にするね」
「ああ」
まさか彼から手作りのプレゼントがもらえる日が来るとは思わなかった。
にやつきそうになるのを堪えつつ、小鳥を手の平で包む。
ベッドの側にでも飾ろうと決めて、再度蘇芳さんにお礼を言った。
「ああ、そういえばこれも作ってみたんだが」
「え……ええっ!」
袋から出された物を見て本気で驚いた。
細かい歯車がいくつも組み合わされたそれはどう見ても時計だ。
確か木時計というのだったか、木で出来た振り子の時計が目の前にある。
「君が出してくれた本の中にこれの図面が書いてあるものがあったから、歯車から作ってみたんだ」
「すごい、器用だね……」
蘇芳さんに頼まれた物は木の板等の基本的な材料や工具くらいしかなかったので、自分でこの歯車の形に削ったのだろう。
壁に掛けてゼンマイを巻いてみれば、カチカチとどこか心地良い音を立てて時計が動き出す。
綺麗に作られたそれは私の部屋の時計と同じタイミングで時を刻んでいた。
もう感心する事しか出来なくて、じっとその時計を見つめる。
そんな私を見て蘇芳さんが穏やかな口調で呟いた。
「君と過ごすうちに知ったものを自分の手で作る、幸せな事だ」
普段は口角を上げるだけの笑みにほんの少しだけ目じりを細める仕草を加えて彼が笑う。
いつもよりずっとわかりやすい笑顔を見て自分の胸が高鳴ったのが分かる。
……初めは最推しキャラだった彼が弱り切っているのを見て支えたいと、傍にいてあげたいと思っていた。
一緒に過ごす時間が心地良くなって、傍にいてあげたいのではなく傍にいてほしいと思う様になった。
くっつかれても触れられても嫌でないどころか、離れたくないと思っている。
そしておそらく私が蘇芳さんの気持ちを何となく察しているように、彼も私の気持ちを察しているのだろう。
壁に掛けられた時計を見つめながらそっと隣の彼の肩に寄り掛かる。
一拍置いてから腰に回された手の温度に可笑しいような嬉しいような気持ちになって笑う。
「私、この時計の音好きだな」
「そうか、良かった。俺も気に入っている」
この気持ちを告げて恋人になる事はきっと可能だ、けれどもう少しこの明確になっていない関係を楽しみたくもある。
彼も同じように思って何も告げてこないのかもしれない。
どうせ時間は無限にあるし、お互いしか存在しない空間だ。
焦って関係を変えなくても良いだろう。
規則正しいリズムで鳴る時計のカチカチという音を聞きながら、手の中にある木彫りの鳥をそっと撫でた。