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甘い物

 蘇芳さんが部屋に飛び込んで来てからもう数日が経つ。

 彼が来る時間にしてはかなり早い時間に部屋のドアが勢いよく開いたので驚いたが、それよりも彼が寝間着姿で飛び込んで来た事の方が大きな驚きだった。

 いつもはしっかりと身支度をしてから来る彼が完全に寝起きそのままの格好で飛び込んできた挙句、いきなり抱きしめられて軽くパニックを起こす羽目になってしまった。

 けれどそのままズルズルと座り込んだ蘇芳さんが震えていた事に気が付いてしまえば、抵抗するという選択肢が浮かんでくるはずもない。

 どうしていいかはわからなかったが、彼が落ち着くまで背中を撫でて声を掛け続けた。


 そして今、彼との距離は初めの頃の様に戻っている。

 少し違うのは手を繋ぐよりもぴったりとくっついて座る事が多くなった事だろうか。

 彼とくっついて座るのは嫌いでは無いし、手を繋げなくなるのを寂しいと思っていた身としては嬉しい事だ。

 けれどせっかく回復してきていたであろう彼の精神がまた追い詰められているのかと思うと喜んでばかりはいられない。

 今もぴったりと密着した状態で映画を見ている蘇芳さんはいつも通り無表情のままだが、どこか沈んでいる気がする。

 やはり町の映像を見ていた時にあの人の姿を見たのが原因なのだろうか。

 私の元婚約者は彼の兄と似ているし、色々思い出してしまったのかもしれない。

 余計な事を、と思ったがこれに関しては元婚約者に非は無いだろう。

 こちらが勝手に見ていただけで彼自身も見られている事は知らないだろうし。

 外の様子を見る時の映像が操作出来るなら城の方は映さないのだけれど。

 ただそんな事があっても蘇芳さんは外が気になるらしいので、映像を映さないわけにもいかない。

 どうしようかと彼に悟られないように考えこむ。

 蘇芳さんは以前より一時間程度だがこの部屋に長くいるようにもなった。

 前より追い詰められているのかもしれないし、何か気晴らしでもできればいいのだが。

 今の所私と離れていても平気なのは何か作業をしていたり鍛錬をしている時くらいだろうか。

 何か他の事を楽しんでいる間は大丈夫なのかもしれない。

 色々と考えながらぼんやりと映画を見つめていると、ある事を思い出した。


「あ」

「……どうかしたのか?」


 思わず出た声を聞いた蘇芳さんが首をかしげる。

 相変わらず仕草が可愛い人だな、なんて思ってちょっと笑った。

 映画の中では仲の良い友人同士が二人でケーキを焼いている。

 色々あって沈んでいた時に桔梗に誘われて同じ事をしたなと思い出したのだ。

 あの子が作ってくれるお菓子は美味しくて好きだったけれど、二人で作った時に食べた物はまた別格の味だった。

 ちょっと焦げたとか、変な形になっているとか、ちょっとした事で笑いながら二人で作って食べたあの時間。

 いい気分転換になったし、桔梗が私の事を思って提案してくれたことが何よりも嬉しかったのを覚えている。


「ちょっと前に友達と一緒にお菓子を作った事を思い出して。周りの人に配ったりもしたけど、その後今の映画みたいに二人でお茶会したんだ。映画見てたらちょっと思い出して懐かしくなっちゃって」


 幸いオーブン機能付きの電子レンジはあるし簡単な物なら作れそうだと判断して、隣に座る蘇芳さんににっこりと笑いかける。


「久しぶりに何か作ってみたいなって思ったんだけど、蘇芳さんも一緒に作ってみない?」

「あ、ああ……菓子を作った事など無いがそれでも良ければ」


 戸惑ったようにそう言ってくれた蘇芳さんにお礼を言って早速準備を始める事にした。



 そんなわけで現在私と蘇芳さんはテーブルの前にたすき掛けをして立っている。

 着物だとこういう時に袖を邪魔に感じてしまう。

 これが洋服ならばエプロンでもつければそれで終わりなのだが。

 流石に初心者の蘇芳さんがいるのに難しい物は作れないし、外の世界の文化を気にしなくても良い場所なので簡単なクッキーでも焼くことにした。

 生地は私が作ったので正直二人で作るというよりは型抜きを楽しもうというだけなのだが、まあこれでも楽しいだろう。

 色々な形の型をずらりと並べて、見本に一つ抜いてみる。


「こんな感じで好きな形に抜いていくの」

「これを食べるのか?」

「この後焼くよ。手で食べられるから食べやすいし、サクッとして美味しいよ」

「それは楽しみだな、ずいぶん色々な形があるが」


 私にとっては見慣れた形なのだが、確かにこの世界の人にとっては見慣れないのかもしれない。


「これは星、夜空の星だね。こっちは葉っぱ、これは花形」

「星型? ずいぶん尖っているな」

「まあ確かに星って点にしか見えないものね」

「これは、犬か?」

「そうだね、犬の顔の形だ」

「ほう」


 ポンと一つ型を抜いてどこか満足そうな雰囲気を浮かべる蘇芳さん。


「犬、好きなの?」

「ああ、鍛錬中に懐いてくれた野良が一匹いてな。しばらく可愛がっていたのだが……近くに住む木こり一家に拾われたらしく気が付いたらまるで最初から飼われていますよと言いたげな顔で飼い犬になっていた」

「あはは、幸せそうな犬だね。でも犬かあ、私も好きだな。将来飼ってみたいって思ってたんだけど、ここは動物はいないし連れて来られたとしても可哀想だよね」

「まあ、何も無いからな。この部屋は別だが」


 そんな事を話しながら色々な形でポンポンと生地を抜き、抜けなくなったらまとめて伸ばし、また抜いてと繰り返していく。

 最終的に余った生地は丸めて円型にして一緒に焼いてしまう事にして、鉄板の上に並べた。


「本当に色々な形があるな、君が最後の方に抜いていたのは桃型か?」


 鉄板をオーブンに入れて焼き時間の設定をしていると、気になったらしい蘇芳さんにそう聞かれた。

 桃型なんて抜いただろうかと一瞬迷ったが、すぐにハート型の事かと思いつく。

 確かに逆から見れば桃型だ。


「あれは、心臓の形を表しているらしいよ」

「……心臓?」


 蘇芳さんの雰囲気がなぜそんな形を態々抜くのかという疑問に溢れている気がする。

 まあ確かにリアルに考えるとちょっと微妙な形になってしまうな、なんて思った。


「心臓というよりは心、って意味だね。大体好きな人に好意を表わす時とかにあの形の物をあげたりするみたい」

「好意……?」


 オーブンの設定を終えて焼き始めたのを確認してから、焼き上がりまでの時間を潰す為に映画の続きでも見ないかと蘇芳さんに声を掛ける。

 何かを考えこんでいたらしい蘇芳さんが戸惑ったように頷いたのを見て、二人でソファまで戻った。

 映画の続きを再生すると、さっき友人同士で作っていたお菓子を好きな人にもあげようという流れになっている様だった。

 画面の中の女の子たちの表情がキラキラと輝いて、恋をしている楽しさが感じられる。


「……撫子」

「え、何?」


 同じ様にジッと映画を見ていた蘇芳さんが心なしかいつもより低い声で呼びかけて来る。

 さっきと同じ様にくっついて座っていた隣の彼を見ると、少し間があいてから口を開いた。


「……以前友人と作った時、婚約者にも渡したのか?」

「え?」


 予想もしていなかった質問に思わず聞き返すが、蘇芳さんは私の返事を待つように黙ったままだ。

 婚約者、今は元婚約者だがどうだっただろうか。


「基本的にはその子とのお茶会で食べてたしなあ。ああ、一回くらいあげたかも……蘇芳さん?」

「…………」


 何だか妙な空気を纏う蘇芳さんに声を掛けてみるが返事はない。

 再度問いかけようかと思った所で焼き上がりを告げる音楽が部屋に鳴り響いた。


「あ、焼けたみたい」

「……そうか、楽しみだ」


 そう答えてくれた蘇芳さんからはあの妙な空気は無くなっている。

 気のせいだったのかなと思いながら、二人でオーブンの前まで移動した。

 焼き直しの必要が無いくらいには上手く焼けている様だ。

 鍋掴みを使って鉄板を取り出すと、バターの甘い香りが部屋に広がる。

 冷めたサクサクなのも良いけれど、焼き立てのちょっと柔らかいのも美味しいんだよなあ、なんて考えていると顔の横から手が伸びて来て焼きあがったクッキーを一つ掴んで持って行く。

 驚いて隣を見ると、蘇芳さんがクッキーを口に放り込む所だった。

 基本的に行儀の良い彼がしそうにない事をしているのを見てポカンと彼の顔を見つめる。


「……美味いな」

「ええと……美味しかったなら良いけど熱くない?」

「少し熱いがこのくらいなら問題ない」


 さっきまでの妙な雰囲気はもう完全に無く、少しだけ口角が上がっているのを見て嬉しくなる。

 最近はこんな風に口角が上がることが増えてきていて喜んでいたのに、この間部屋に飛び込んできた時から今日までは一度も無かったのだ。

 久しぶりに見た彼の僅かな笑みに嬉しくなって、私もクッキーを一つ口に放り込んだ。



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