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変化(蘇芳視点)

 この永遠の牢獄で彼女と出会ってからもう数か月が経つ。

 あの一人で彷徨っていた時が嘘の様に日々は穏やかだ。

 特に今日の様に彼女と星空を眺めた日は夢見も良いし、心も落ち着いていた。

 夕食を食べ終わった彼女が部屋に帰るのを見送って、己の手を見る。

 さっきまで彼女と繋いでいた手だ。

 ここに入れられる前ですらこんなに長く誰かと手を繋いでいた事など無い。

 それもこんなに長い間に毎日のようになど、それこそ全くの未経験だ。


「……そろそろ離さねばならないのだろうな」


 誰に言う訳でもなくポツリと呟いた言葉が部屋に響く。

 彼女と出会ってから白でなくなった部屋、そのベッドに腰掛けてもう一度手を見つめる。

 いつまでも同年代の女性に密着していて良い筈もない。

 不安定だった自分がひたすら纏わりつくのを笑顔で許容してくれている彼女には感謝しかないが、いい加減に潮時だろう。

 もう不安に駆られて彼女の部屋に飛び込むことも無くなった。

 彼女と過ごす時間に徐々に癒されて、少し前までの日々が嘘の様に穏やかに過ごせている今、いつまでも彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。

 けれど未だ彼女の体温が残っている様な気がする手を見ていると、わかってはいても何故か離しがたいと思ってしまう。

 もう少し、もう少しだけ彼女の優しさに甘えていたい。

 一つため息を吐いてから寝る準備を進めた。



 次の日、彼女に頼んで外の様子を見せてもらう事にした。

 結局今日も並んで座った事で密着する体を、後少しだけと言い訳してそのまま画面の方を見る。

 自分がいた頃から百年近く経過した町は、変わった所も多いが百年前から少し古くなった程度であまり変わらない所も多い。

 良い思い出がある訳では無いが何となく見たくなって、時折彼女に頼んで見せてもらっている。

 画面を見ながら横目でちらりと隣に座る彼女を見れば、本を抱えたまま画面の方を見ている様だった。

 不思議な力を持つ女性、この外と遮断されているはずの空間で見た事も無いような便利な物を手に入れて使いこなしている彼女。

 何かを取り出したり作業したりしている時はいつもあの本を抱えているのでおそらく何か関係があるのだろう。

 この特殊な空間でなければ不審に思っていたかもしれない。

 だが自分達以外意思疎通が出来る人間もおらず、永遠に過ごしていかなければならないこの場所でいちいちそんな事を気にするのも馬鹿らしい。

 その力の恩恵に与り、彼女と過ごす日々に救われている身としては尚更だ。

 わからない事は彼女に聞けば教えてもらえるし、自分も色々な機械の使い方や名前を憶えて来た今、この便利な生活から離れられる気がしないという事も大きいが。

 画面に視線を戻して町の様子を見つめる。

 今日映ったのは、少し懐かしく感じる場所だった。

 自分が政治に関わっていた頃に他国の要人を迎えていた場所、今も同じ使われ方をしていると聞いて何となくじっと見つめる。

 室内の人影の顔が見えた瞬間、自分が息を飲んだのと彼女が声を上げたのは同時だった。

 一瞬兄がいるのかと思ったほどに、兄と瓜二つな男が建物の中に立っている。

 とはいえ百年経っている事や、雰囲気が少し違う事で兄とは別人だとすぐに納得出来た。

 納得はしたが彼女が声を上げた事が気になって、声を掛けてみる。


「どうかしたか?」

「あー、その、中にいる人なんだけど」

「知り合いでもいたのか?」

「前に話した元婚約者。そう言えば今は領主だろうから映るのは当然か」

「……は?」


 自分でも信じられないくらい低い声が出たように思う。

 彼女が驚いたようにこちらを見て来る事にも気が付いたが、そちらは見ずにじっと画面に映る男を見つめる。

 そうだ、確かに以前婚約者の事は聞いていた。

 彼女をここに入れた元婚約者は領主の息子で、結婚と同時に領主になった事も知っていた事だ。

 兄の子孫ならば兄に似ている事も納得できる。

 納得出来はするが、どうしてだろう。

 面白くない、腹の底に何かがずしりと落ちてきたようでムカムカする。

 この空間で過ごしている間、彼女に関わる人間は俺だけだったのに。

 直接目にしたせいだろうか、そんなはずは無いのに今彼女とくっついている部分に割り込まれたような気がして妙に不愉快だ。

 前に婚約者がいた話を聞いた時はこんな感情は湧かなかったのだが。

 自分でもこのよくわからない不快感をどうしていいかわからない。

 けれど心配そうにこちらを見つめる彼女に気づいてしまったので、腹の中の重みを吐き出すようにため息を吐いてから何でもないのだと口にする。

 あまり追求してこずに画面に視線を戻した彼女にホッとしながら、気持ちを切り替える様に画面の中に映る他国の使者について話す。


「あの服って他の国の伝統衣装だよね。それも別々の国の使者の方が同時にいらっしゃるみたいだけど」

「ああ、共に大国だったはずだが。今はどうなんだ?」

「片方は軍事面でかなり強い国だね、もう一つは確か農業での生産量がかなり多い国のはずだけど」


 どうやら自分の時代とあまり変わっていない様だ。

 画面の中では領主夫婦が使者に向かって頭を下げているが、使者の方は首を横に振って出ていってしまう。

 唇を噛み締めている領主夫婦の雰囲気は暗く、何らかの交渉が上手く行かなかったことを雄弁に物語っていた。


「結界の力が弱まって軍事力を求めたのか。下手をすると逆に攻められかねないと思うが切羽詰まって来ているのかもな」

「……農作物の生産力も落ちてると思う。だから軍事力だけでなく食料の生産も他国に頼まざるを得なくなったのかも」

「結界が弱まったとはいえ、すぐに農作物に影響があるとは思えないが」

「自分の力が特殊なのはわかってたからこういう風に便利な機械は出せなかったけど、生産性が向上しそうな物で作れそうな物があった時は仲の良い使用人達に頼んで試してもらってたの。でも私が仲の良い使用人達は基本的に姉に嫌われていたし、使用人の方も姉に愛想をつかしていたから。私が此処に入れられた以上、自分の国に帰る選択をした人は多いと思う」

「生産力を上げる手段を知っている人間が一気に減るという事か」

「まだ私が此処に入れられてから半年も経っていないから、具体的な数字は出ていないとは思う。ただ、今まで他の家よりも多く国に食料を納めてくれていた家の人間がどんどん国外へ出ていってしまっていたら……」

「慌て始める頃合いだろうな。今は国を出る人間を強制的に引き留める手段はあるのか?」

「最近は国の中が裕福だったし、結界の復活もあって余裕が出来たせいかその辺りの決まりが緩くなってたんだよね。敵国でない限りは自由に自分の出身国へ帰っても良い事になってたから。それを根本から変えるためにはある程度の時間がかかる筈だし、私が仲良くしてた人達はその辺りの事をしっかり考えそうな人達ばっかりだったから。もう彼らは国を出ちゃったと思う」

「それで領主夫婦まで会談の場に出て頭を下げているのか」

「あの様子じゃ上手く行かなかったみたいだけどね。流石に上層部に残ってる優秀な人達が動くと思うからすぐに国が滅びたりはしないと思うけど」

「もし他国に援助を受けるなら多少不利な条約は結ばされるかもしれないな」

「……こうなる事は多少予測してたけど思ってたよりも早いなあ」


 そう言った彼女は未だに画面を見つめているが、元婚約者の男を見ても特に何の感情も浮かんでいないようだ。

 以前言っていた通り、もう未練はないと言うのは本当の様だと少しホッとする。

 どうやら俺は少なくとも彼女との生活に他の男の影があるのが気にくわないくらいには、彼女と二人きりの生活が気に入っているらしい。


 いつも通り彼女との夕食を済ませて自分の部屋へと戻る。

 早々に寝る支度を済ませて布団に潜り込み、今日起こった事を思い出す。

 ……今日感じた自分の感情に急いで答えを出す必要は無いだろう。

 どうせ時間は無限にあるし、彼女と二人での生活も変わらず続くはずだ。

 明日起きたらいつもの様に彼女に会いに行って、また二人で過ごす日が繰り返される。

 明日は何をしようか、そう考えながら目を閉じた。



 気が付けばどこかで見た事のある場所に立っていた。

 眠ったはずでは、と辺りを見回す。

 いつもの部屋ではない、遠い記憶の中で見た事のある場所。

 自分が過ごした領主の館の廊下だと気が付いたと同時に、前方から一人の男が歩いて来る事に気が付いた。

 男と視線がぶつかり、自分の意志とは無関係に口が開く。


「兄さん」


 自分の前で歩みを止めた兄と視線が絡みあう。

 心臓がどくどくと嫌な音を立てた気がした。


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