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 せっかく薙刀も買った事だし、蘇芳さんも誘ってくれたので試しに彼と一緒に武器を振るってみた。

 結果、現在私は肩で息をして座り込み、蘇芳さんが素振りをするのを見学している。

 それなりに使えるようになってはいたつもりだが、やはり彼とは技術の差も体力の差もすごい。

 目の前で刀を振り回している蘇芳さんは未だに息切れ一つ起こしていないし、動きもすごく綺麗だ。

 武器指導の師匠が色々な武器を振っていた所を思い出す。

 もう達人と呼べるレベルの人だったが、その師匠と比べても蘇芳さんの動きは劣っていない様に思えた。

 それにしても憧れていた人が実際に至近距離で刀を振っている所が見られるなんて思っても見なかった。

 集中しているらしく私がじっと見つめていても気が付いていないようだ。

 画面の向こうにいたこの人が実際に目の前で刀を振るっている、飛んでくる風圧やピンと張った空気を感じてドキドキする。

 真剣な横顔を見つめながら、彼の鍛錬を見学し続けるという贅沢な時間を過ごす事が出来る幸せを噛み締めた。

 しばらくして彼が素振りを終えた所で水を差し出す。

 いつものリビングでは無い、何もない白いままの部屋を少し新鮮に感じながら床に二人で座り込み一息ついた。

 水を数口飲んだ彼がふうと息を吐き出し上を見上げる。

 天井をしばらくじっと見上げた後、視線を床に向ける彼はどこか寂しそうに見えた。


「どうかした?」

「いや、ここに入れられる前は良く外で夜まで鍛錬していたからな。疲れ切って地面に座り込んだ時は星空を見上げていたんだ。刀を振るとその時の癖が出る……もう百年も前の事だと言うのにな」

「……そっか」


 星空か、少し前に蘇芳さんとバーチャルリアリティゲームをやろうとした事があった。

 窓代わりのテレビに映していた海の中の映像が好きなようだったので、その景色の中を散歩しているような気分になれればいいと思ったのだが、結論から言うと出来なかった。

 景色を楽しみたい気持ちはあるらしいのだがどうも海の中に一人きりで取り残された気がして駄目らしい。

 そんなわけで今はその方法で星空を見回す事は無理だ。

 空を見上げる感覚を懐かしく思うのは私も同じだし、なにか良い方法はないだろうか。

 鍛錬をしている間に夜になってしまった為、二人で夕食を食べてからそれぞれ自分の部屋に戻る。

 部屋の性質上、汗はもう消えてしまっているが一度汗だくになったせいかお風呂がいつもより心地良い。

 水滴が落ちてくる天井を見上げながらボーッとしていると、ふと星空を楽しむなら良いものがあるじゃないかと思い付いた。

 急いでお風呂を上がってショッピングサイトを開く。

 目当ての物はすぐに見つかったので、評判を調べたりしながら一番良さそうな物を一つ購入した。

 いつも通りすぐに届いた荷物を開けて説明書を読みながら組み立てる。


「よし、良い物があって良かった」


 出来上がったそれを見て明日を楽しみに眠る事にした。


 そして一夜明けた今日、いつも通り蘇芳さんと朝食を取った後に昨夜買っておいた物と温かい飲み物、それとクッションを二つ抱えて蘇芳さんを誘ってみる事にした。


「蘇芳さん、鍛錬部屋に行かない?」

「今日も薙刀を練習するのか?」

「今日はちょっと別の用事。部屋が白い方が都合が良いからあの部屋借りたいなって思って。蘇芳さんは今日は鍛錬するの?」

「いや、昨日は久しぶりに長時間やったが普段は数日に一度軽く振るうくらいだ。ここには魔獣もいないしな」

「ならちょうど良かった」


 首をかしげる蘇芳さんと一緒に真っ白な部屋へと向かう。

 鍛錬する為に広いスペースが必要だったので、この部屋は何も置いていないし壁や天井も白いままだ。

 壁だけでも色を変えようかと蘇芳さんと話していたのだが、今回の件に関しては白いままだったのがかなりありがたかった。

 部屋の中心にクッションを二つ並べてから、そばに昨日買っておいた物を置く。

 飲み物もお互いの手の届く所に置いたしこれで準備は万端だ。

 首をかしげながらも蘇芳さんがクッションに座ったので隣に私も腰掛けてから部屋の電気を消す。

 そしてそばに置いておいた物、家庭用のプラネタリウムのスイッチをオンにした。


 一瞬後、真っ暗な部屋の中に美しい星空がぶわりと広がった。


 おお、と素直に感動する。

 評判の良い物を買っただけあって、本物に限りなく近いキラキラ輝く星が部屋中に瞬いていた。

 時々流れ星を見る事も出来る満天の星空がさっきまでただ白いだけだった部屋に広がっている。

 本物でないとはいえ、空を見るのは久しぶりだ。

 気に入ってくれただろうかと隣を見れば、星明りに照らされた蘇芳さんが呆然と上を見上げている。


「どうかな、星空が映せる機械があったから使ってみたんだけど」

「……ああ、いいな」


 小さくそう呟いた蘇芳さんの視線は星空で固定されている。

 ……私も彼も、もう本当の星空を見る事は永遠に出来ない事だ。

 星空だけではない。

 青空も雨の降る空も、海も川も、花や木、風を感じる事ももう無い。

 それでもこうして人工的な物ならば楽しむことは出来る。

 彼を見習って私も星空をじっと見上げた。

 どのくらいそうしていただろうか、横に座っていた蘇芳さんがズルズルと体を滑らせて寝転がった事に気が付いてぎょっとする。

 持ち込んだクッションに頭を預けて、仰向けに寝転がったまま空を見上げ続ける彼。

 彼が寝転がった事でいつも通りくっついていた私との距離が開き、体が離れる。

 体が離れた代わりなのか、床についていた私の手はすぐに彼に握りこまれた。


「蘇芳さん?」

「……ああ」


 彼にしては珍しい生返事だ。

 そもそも彼が寝転がっているのを見たのは初日にソファで眠ってしまった時以来だった。

 基本的に姿勢が良い彼は部屋でゴロゴロしたりはしないし、お互いに寄り掛かったりソファに体を預けている事はあっても、こうして完全に寝転がっているのは見た事が無かった。

 今の彼はずいぶんリラックスしているように見える。

 何となく嬉しくなって自分ももう一度空を見上げた。


「蘇芳さん、これ海の中とかも映せるんだって」

「それも面白そうだな、また後で見てみたい」

「他にも色々あるみたいだし、面白そうなのも探してみる?」

「そうだな……時間は無限にある。色々な光景をゆっくり見るのも楽しそうだ」


 寝転がったまま心なしかいつもよりゆっくりと話す蘇芳さん。

 こうして隣で無防備に寝転がるくらいには心許されているのが嬉しい。

 この空間は外の世界に当然の様にあるものがほとんど存在しない。

 本物の空が見られない様に二度と手に入らないものも多くある。

 それでも永遠という先が全く見えない時間をこうして穏やかに過ごす事は出来る。

 蘇芳さんに出会わず自分一人で過ごしていたとしたらダラダラとした時間を満喫してはいただろうが、こういう穏やかな気持ちにはならなかっただろう。

 彼を見習って思い切って私も寝転がってみる。

 

 人工的な星空でも隣に彼がいる分、心は満たされている気がした。


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